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第三章

53 領地からやってきた

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 その日、パスカリーノ辺境伯家タウンハウスには、領地からあるものが到着した。
 未だに落ち込んでいるロザリンドは、やはり部屋に籠りがちで、鈴の様な笑い声も、くるくると変わる表情もあまり見られなくなっていた。

「ローザ、ちょっと裏庭に出てみない?」

 ロザリンドの兄ブラッドリーの妻、クリスティーナが、裏庭散策に誘いに来た。
 ロザリンドは少し考えて、「今日はやめておくわ」と断ろうとすると、「いいから!ちょっと来てみなさいな!」と半ば強引に連行された。

「何かあるの?お義姉さま」
「うふふ。それは見てのお楽しみよ!」

 楽しそうにロザリンドの手を引くクリスティーナに、渋々裏庭へと向かう。
 タウンハウスの裏庭は馬車用の馬がいる厩舎などがあり、馬用の運動場などが設けられ、庭園と言うよりは馬場の風情だ。
 ガッシリとした筋肉で引き締まった体躯、漆黒の鬣、知性を感じさせる、凛として黒く大きなその瞳にロザリンドを捉えると、嬉しそうな嘶きが聞こえてくる。

「え!?まさか!」

 その声にロザリンドは弾かれたように顔を上げ、その姿を見つけると、いても立ってもいられずに走り出した。

「っ!エドワード!」

 飛びついてきたロザリンドの顔に頬ずりをするエドワード。ロザリンドはそんなエドワードの身体を優しく撫でながら、久方ぶりの笑顔を浮かべた。

「お前の元気がないから、領地から呼び寄せたんだ」
「ありがとう!お兄様!」

 エドワードに付き添っていたブラッドリーが、ロザリンドの頭を撫でながら、あまりに大きいエドワードに尻込みしているマルコムを手招きする。

「マルコムおいで!大丈夫だから!」

 侍従の足にしがみついて怯えていたマルコムは、ヒョコッと顔を出すと「ほんとに?」目を潤ませている。そのなんとも愛らしい姿に、ロザリンドも思わず笑顔が弾ける。

「なんて可愛いのマルコム!大丈夫よ!エドワードは見た目はとっても頼もしいけど、すっごく優しい子だから!」

 ロザリンドの言葉にエドワードが「当然だ」と言うかのように、歯を見せてニッと笑ったように嘶くと、「うわぁー!母上ー!」とマルコムはクリスティーナの元へ全速力で走った。
 その様子に一同が笑顔で場が和んだ時、執事がブラッドリーの元へやってきて来客を告げた。

「若旦那様、トマス・バリー・ファインズ候爵令息様がお越しです」
「え?そうか、では応接室へ。ローザ、お前は部屋に戻っていなさい。マルコムと遊んでやってくれ」

 ブラッドリーは突然のトマスの訪問に眉を顰めるも、対応すると執事に指示し、応接室へと向かって行った。

「トマス様?なんで?」

 ロザリンドは疑問に思いつつも、可愛い甥っ子の手を引き、自室へ戻った。
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