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第一章

10 王宮舞踏会にて3

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 ―――もうダメ…。お腹が空いたわ。

 ロザリンドは未だビュッフェにありつけないでいた。今しがた鳴った腹の音は現在奏でられている軽快なヴァイオリンの音色に紛れ込んでバレなかったが、ファーストダンスから既に4曲踊り続けている。
 というのも、ファーストダンスでロザリンドの見た目に心を奪われた令息達が次から次へとダンスを申し込んでくるからだ。
 なかなか抜け出す機会を見つけられず、ロザリンドはヘロヘロだった。
 ちなみに兄であるブラッドリーは付き合いのある侯爵に捕まり、デビュタントの妹を心配しつつもこちらもなかなか抜け出せずにいた。

「今宵は踊っていただき、ありがとうございました。良ければこの後あちらでお話でもどうですか?」

 曲が終わると、相手の令息が誘ってきたが、ロザリンドは正直、話などしている場合ではなかった。「ええと、そうですね…」と返答に困っていると、また一人近付いて来る者がいた。

「これはこれは可憐なレディ!ぜひ私とも一曲いかがですか?」

 聞き覚えのある声に、ロザリンドが弾かれた様に顔を上げると、そこにはアリソンの邸で仲良くなった青年がイタズラっぽい笑みを浮かべて手を差し伸べていた。

「喜んで!ウォーレン様!…えと、ごめんなさいね、お話はまた今度。誘って下さってありがとうございます」

 断りを入れてウォーレンの手を取ったロザリンドは、「ちょっとだけ踊ったら抜けていい?もうお腹が空きすぎて辛いのよ」と囁いた。

「ブッ!ちょっと笑わせるなよ!今夜の一番人気の令嬢が蓋を開けたらこんなんだもんな。ほんと詐欺だよ、君のその見た目」
「もう!ひどい言い草ね!だって日中は準備でろくに食べれなかったのよ。ここだけの話、さっきの人と踊ってる時お腹が鳴ってしまったのよ!……まあ、ちょうど音楽が最高潮に盛り上がっていた所だからバレなかったけど…ゴニョゴニョ」

 口を尖らせて目を逸らすロザリンドに、ウォーレンは笑いを堪える。

「じゃあこの曲が終わったらビュッフェまでエスコートしてあげるよ」
「え~。最後まで踊らないとダメ?」
「踊ってよ。せっかくなんだから」

 ウォーレンはそう言って笑うと軽快にステップを踏み始める。クルクルと軽やかにホール内を踊りはじめると、ロザリンドもだんだん楽しくなってきて、空腹を一時忘れて自然な笑顔となった。澄ましていない素の笑顔の破壊力は凄まじく、目撃した者たちの心を鷲掴みにした。おまけに踊っている相手が王妹を母に持ち、王太子の従弟にして、次期王太子妃の従兄でもあるパーカー公爵家の嫡男、眉目秀麗で社交界きっての大注目株ウォーレン・グレッグ・パーカー。この時ダンスホールで一番観衆の視線を集めていた。良くも悪くも目立ちに目立っていたのだが、本人はどこ吹く風だ。

「ウォーレン様はダンスがお上手なのね!」
「伊達に公爵家の嫡男はやってないよ」
「ふぅん、今まで数多の令嬢達のお相手を務めてきたわけね」
「それも仕事のうちだからね。必要があれば踊りますとも」
「爽やかなフリして意外と腹黒ね」
「君に言われたくないな~。本当に詐欺だよ」
「もう!」

 しばし睨み合うが、耐えられなくなりどちらからともなく吹き出した。
 そして曲が終わり、お辞儀をするとお互い誰かに誘われる前にササッとホールを後にして一目散にビュッフェコーナーへ向かったのだった。
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