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第一章

1 田舎令嬢、王都へ行く

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 抜けるような青い空に見渡す限りの緑の平原。そこにスッと通る王都までの真っ直ぐな道を1台の馬車が駆けていた。

「ルーシー!見て!王都が見えてきたわ!」

 柔らかい金色の巻き毛を風にたなびかせ、ロザリンドは馬車の窓から身を乗り出した。
 お気に入りのレースのボンネットが風に煽られて飛びそうになり、慌てて押さえる。

「はいはい、見えておりますお嬢様。危ないのでいい加減にお座り下さい」

 幼い頃からロザリンドに付いている侍女のルーシーは、王都が近づくにつれ落ち着きを失っていくロザリンドを冷静に諌める。

「んもう!ルーシーはさっきからそればっかり!今日から王都で生活するのよ!少しも心が踊ったりしないの?」
「私はお嬢様が浮つきすぎて態々危険な事に首を突っ込んだり、態々面倒ごとを呼び寄せたり、態々変な物を拾ってきたりする事の方が心配です」
「わ、態々態々うるさいわね!大丈夫よ!わたくし王都では目標があるもの」

 貴族令嬢らしからず、エヘン!と鼻息を荒くするロザリンド。
 辺境伯である父の特殊な職務柄、幼い頃から一年の殆どを辺境の領地で過ごして来た彼女は、王都で生活している“いわゆる貴族令嬢”とはかけ離れている。

 世の令嬢達が刺繍や茶会に勤しんでいる頃、ロザリンドは馬に跨り、鉄砲やクロスボウを肩に狩りに勤しんだ。ちなみに幼少期より培ってきた乗馬の腕は、鞍も着けず裸馬さえも操る程だ。(本人曰く、『鞍がない方が馬の生命力を感じられて、もうやみつきよ』との事だ)
 社交に必要なマナーやダンスのレッスンから抜け出しては、泥だらけになりながら木に山に登り、周囲の大人達を呆れさせてきた。

 そんな生活を送っているからにはどれだけ逞しい令嬢なのかと思われるが、周囲の努力により整えられた白磁のような肌は滑らかで、薔薇色の頬に薄桃色のぽってりとした唇、艶めく金色の巻き毛、同色の長い睫毛に縁取られた少し垂れがちで大きなエメラルドの瞳。
 黙っていれば見た目だけはまるで人形の様に華奢で可憐な美少女なのだ。意外にも読書好きで、雨の日と日が暮れてからは読書に耽る一面もある。

 しかし、普段の行いからルーシーは『きっとろくな事ではない、たぶん最近よく読んでいる探偵物の推理小説の様に、王都に蔓延る闇の組織をどうこうするとかだ』などと推測し、溜め息を付きながら一応尋ねる。

「目標ですか?」
「そうよ!わたくし、クリスお義姉様が贈って下さる小説の様な、素敵な恋をするの!」
「…はい?」

 領地での野生児ぶりからは想像も付かない目標にルーシーは唖然とする。いや、一般の令嬢的にはまあ、少々夢見がちだが普通の回答なのだ、しかしこの令嬢にいたっては予想の斜め上の回答だった。
 一方のロザリンドはエメラルドの瞳をキラキラと輝かせながらグッと拳を握る。

「どの小説も舞台はいつも王都だものね!なら王都に行けばわたくしの運命の人に出逢えるはずよ!あんなにたくさんの物語があるんだもの!きっとすぐに見つかるに違いないわ!そして、その方と探偵団を結成して王都に蔓延る闇の組織を…「そんな組織は存在しません」」

 ルーシーはやはり予想通りだった回答を食い気味にピシャリと否定した。
 言っていることがよくわからないが、「えーそうかしら?絶対にあるわよぅ」と行儀悪く口を尖らせ、恐らく現実と物語の区別がついていない様子のロザリンドを横目に、先が思いやられると再び深く溜め息をついたのだった。

 そんな一行を乗せて、馬車は王都・センシィノスに到着、そのまま兄夫婦の待つ貴族街にあるパスカリーノ家のタウンハウスへと走り続けた。
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