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第四十五章 カルシュの願い
08 復興チャリティ公演
しおりを挟むひと月後、ヴィーナス・セリムの、復興チャリティ公演の日がやってきました。
劇場は大入り満員、この日のために、突貫工事で大拡張した劇場で、立見まで設定しましたが、全然足りません。
支配人とエリーゼさんが蒼い顔でやってきて、私に直談判してくれました。
それを聞いて政府首脳は、もっと真っ青な顔になったのは、いうまでもありません。
とにかく昼夜二部構成でも、まだ足りません。
そこでとんでもないことに午前、午後、夜と三回行うことになりました。
エリーゼは、サリーさんとダフネさんからこっぴどく怒られていましたが、私はこれを行うことにしました。
「ヴィーナス様、すいません、こんな計画になってしまって……」
「奴隷の身でありながら……主の身を第一に考えないなんて……、私は失格です。」
「エリーゼ、私が頑張ればよいことです、これもカルシュのためです。」
「しかし途中の段取りは、間違いのないようにお願いしますよ。」
こうして、午前の公演の幕が上がりました。
立錐の余地がないとはこのことでしょう、本当にすごい数です。
大陸各地から多くの人がやってきています。
この劇場が、なぜ大陸一の劇場といわれているかといいますと、その規模もさることながら、声が隅々まで響き渡るのです。
突貫工事で拡張したのですが、その素晴らしい響きは変わりません。
私はウェディングヴェールで顔を隠して舞台に立ちました。
そして深々と頭を下げて、そして照明が落ちました。
このことは観客に知らせてあります。
その暗闇の中から、劇場内にアメージング・グレースが響きます、私は心をこめて歌います。
知っている歌を次から次へ、カルシュの復興を願い、エラムの平和を願い、歌を歌います。
中ごろにサマータイムブルースをはさみ、スタンド・バイ・ミーと続けました、雨に濡れても、明日に架ける橋、勿論、エラムの言語で歌っています、静まり返っています。
歌はさらに続き、公演の最後に私はオーバー・ザ・レインボーを歌いました。
こうして万雷の拍手を浴びて、午前の部を終了しました。
舞台袖で支配人さんが待っていてくれます。
「ご苦労様です、お客様は心打たれたようですよ、よい公演です。」
と支配人さんはいってくれましたが、私には観客は淡々と聞いているように思えました。
「そうでしょうか?」
「セリムさん、本当に良いというものは、後から心に浸みこんでくるものです。」
「ごらんなさい、お客様を、皆さん今日の歌を、口ずさんでいらっしゃってます。」
そういえば、小さく色々な歌が聞こえます。
だんだんと観客席で合唱が聞こえます、お客さんはまだ席に座ったままなのです。
支配人さんが、
「できましたら、もう一曲、お願いできませんでしょうか。」
と云ってくれます、アンコールというやつですか。
私は再び舞台に上がりました。
そして、ベートーヴェンの第九の歓喜(よろこび)の歌を歌います。
最後の最後に、このカルシュ復興のためには、もってこいの歌かもしれません。
そして、
「観客の皆さん、一緒に歌いましょう。」
とリードしながら、全員で合唱しました。
午後の部、夜の部も同じように、観客はアンコールを要求してくれます。
おかげで、私はほとんど食事がとれませんでした。
「ヴィーナス様、お疲れ様です。」
とエリーゼさんが飲み物を差し出します。
本当に疲れましたし、のどが痛いです、でも良かったです。
歓喜(よろこび)の歌が、これほど気に入られるとは、予想していませんでした。
とっさの選択でしたが、カルシュの人の心に触れたのでしょう。
公演が終わっても、町中でこの歌が聞こえます。
歌の力に引きづられるように、活気がみなぎりだしたのは確かです。
カルシュ自治同盟政府は、あのコンサートでの盛り上がりを、うまく利用しています。
歓喜(よろこび)の歌を自治同盟の歌の扱いにし、何かと国家のイベントの時に斉唱しています。
そして、カルシュ自治同盟政府からお手紙が来ました。
公演の成功と、その効果について、また感謝の言葉も述べられています。
そして、次の文言が書かれていました。
我らカルシュ自治同盟政府は、先の公演での黒の巫女様の、民を思われるお気持ちに触れ、協議した結果、我らカルシュの国民にも、アムリアやホラズムと同じように、慈悲を賜りたいと衆議一致しました。
国民も黒の巫女様に、我らの女王陛下になっていただきたい願っており、請願の声が日増しに高くなっております。
どうか我らの女王陛下に即位していただきたい。
カルシュ自治同盟の民の願いを、かなえていただききたい。
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