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第四章 浮田京子の物語 乙女心

すっごく!すっごく!綺麗!

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 浮田京子は、吉川クリームヒルトにあこがれていた。
 恋心とよんでもいい感情、しかしクリームヒルトは親友のお友達。

 大人から見ると、大したこともないのだが、浮田京子にとっては重大な問題、それゆえ大事な親友の友達の為に忠告をすることに……

 シャイな娘は、せっかくのチャンスをものにできない。
 そして不幸がやってきて、初めてクリームヒルトに自分の気持ちと、お別れを口にした……

* * * * *

 大寒波がまだ蓬莱を襲う一年前のこと、その少女を浮田京子は垣間みた。
 四月十日と、はっきりと記憶している。

 前日より聖ブリジッタ女子学園山陽校は、新しい編入生の噂で持ちきりだった。

 女神とか妖精とか、すばらしく賢いとか、そんな噂だったが、浮田京子のクラスには編入生はなく、クラスメートは隣のクラスに編入した、吉川クリームヒルトを休み時間に見に行ったりしていた。

「ねぇ、お京ちゃんは行かないの?」
「違うクラスに押しかけるのって、ご迷惑でしょう?」
「前は良く遊びにいっていたじゃない?」
「前はね……」

「もう、お京ちゃんらしくない!まだ佐田さんと仲たがいのままなの?」
「仲たがいじゃないけど……」
 
 そう、浮田京子は、佐田町子と仲良くしていのですが、近頃なんとなく、気まずい関係になっているのです。

 理由は分からないのですが、きっかけが何かは、思い当たります。

 ある時、佐田さんが、お京ちゃんの家に遊びにきたのです。
 旧家でもあり、お商売が順調でもある浮田家には、立派なお庭があり、お京ちゃんはそれを見せたかったのです。

 そのときからです。
 なにかしら佐田さんは、よそよそしくなり、自然と行きかうこともなくなったのです。
 そんな訳で、お京ちゃんは、隣のクラスに行くことはありませんでした。

 お昼休みになり、すぐにお京ちゃんは食堂へと向かいました。
 仕出し屋の娘なのに、お弁当は持ってきたことのないお京ちゃん。

 母親の貴子は忙しくて、人のお弁当は山のように作っているのに、娘のお京ちゃんには、作ったことがないのです。

 お京ちゃんは、毎日オムライスを食べることにしています。
 結構食堂は込んでいて、面倒なので手前の売店で、パンなど買っている子もいますが、お京ちゃんは断固として、オムライスなのです。

 廊下を食堂に向かって、とことこと歩いているお京ちゃん。
 足音がしますので、思わず振り返ったら、その横をすごいスピードで、誰かが走り抜けて行きます。
 真っ白いスラッとした足、金色の髪をなびかせて……

 チラッとみたその横顔は、クラスメートが賛美していた外人さんでした。
 そしてお京ちゃんに向かって、
「ごめんなさいね、驚かせたかしら」
 と、声をかけたのです。

「いえ、大丈夫です」と答えると、ニコッと笑って「良かった」といい、走り去っていったのです。

「妖精みたい……綺麗……すっごく!すっごく!綺麗!」
 走りすぎていく、その子の後ろ姿を眺めながら、思わず力を込めて、呟いたお京ちゃんでした。

 食堂へ行くと、いつもと雰囲気が違います。
 皆、隅のテーブルを、それとなく見ているのが分かります。
 自然とお京ちゃんも、そちらを注視しますと、先ほどの妖精さんが、女神のような二人と座っています。

 隣のテーブルで、
「あの方たちね、吉川姉妹って……それにしてもお綺麗ね……怖いぐらい、近づけないわね……」
「まだ一番下の外人さんみたいな方、クリームヒルトさんっていうの?養女とお聞きしたけど、まだ近寄れそうだけど……」

「上のお二人は、皆が女神と呼んでいるけど、その通りね……でも下の方なら……妖精さんとなら、お友達になれるかもね……」
「下の方って下級生よ」
「それでもいいわよ、お友達になれれば!」

 そんな会話でしたが、耳を兎のように大きくしていたお京ちゃん、まったく同じ感想をもっていました。

 さらに別のテーブルでは、
「ねぇ、女神様のお弁当、五段重ねよ!しかもすごいのよ、ご自分で作ったといっておられたわ、板前さんも真っ青よ」

 そんなところへ、佐田さんが大宮さんと田中さんと一緒に、パンの袋などもって、しゃべりながら歩いています。

 女神の二人にきずいていないのか、隅のほうに向かっています。
 ふと、佐田さんが妖精さんにきずいたようで、声をかけていました。

 妖精さんと話をしていると、女神さまが席を勧めています。
 そしてお弁当などを分けています。

「うらやましいわ……」
 ため息のような呟きが、隣から聞こえてきました。

 お京ちゃんは、この綺麗な妖精さんと、お友達になりたかったようです。
 先ほどまで、どこかで意を決して声をかけよう。
 友達になってと言おう、そんな決意だったのですが、この光景をみて、そんな決意が消し飛んでしまいました。

「やっぱり私ではだめよね……マチちゃんたちですものね、妖精さんと仲良くできるのは、あの三人がお似合いよね……私なんて……」
 でも、妖精さんの笑顔が、忘れられないお京ちゃんでした。

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