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第五十六章 天上偽神の戦い

そして時の輪が原初に戻る

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 転移したヴィーナスさんの肉体は、ここに漂っていました。
 巨大な世界でした、肉体を構成する粒子がメートルサイズではっきりと見えます。

 当然、四肢を無くしたヴィーナスさんの肉体は、巨大惑星くらいのサイズですが、はっきりとこの粒子が認識できるのです。

 どうやら色界の最上天、第四禅天の色究竟天(しきくきょうてん)のようです。
 
 ……なぜ、ここで止まるのか……クロノス神がおられるのか……

 ……ヴィーナスよ……待っていた……

 ……私はクロノスと戦うために来た、貴方がクロノスなのか?
 
 ……クロノスという神は存在しない、ただクロノスと呼ばれる現象はあるが、我はその現象を司っている……

 ……ではお相手願おう……

 ……なぜ、戦うのか……

 ……神のご意思でもあるが、私の愛する世界を守る為に戦う……

 ……ブラフマーを倒した以上、三千大千世界の生き物に、仇なすものはないのでは……

 ……時がめぐれば、必ず今の世界は滅び、新しく世界が生まれる、私は滅びは許容できない、だから守る為に戦う。

 私は欲深い、本来は色究竟天(しきくきょうてん)に存在出来るはずもない、それでもここにあるという以上、戦う事は許容されているのだろう……

 ……私が誰か分かるのか?ヴィーナスよ……

 ……いま貴方と話しながら私は理解した。
 神話によれば、ヴィーナスはクロノスにより切り飛ばされた、ウーラノスの陽物より生まれたとある。
 これは真実を含んでいると考えられる……

 あえて名指すならば、ウーラノスだと思うが、大自在天と呼ぶ方がよいか?
 ……つまり貴方は私、世界は継続しながら成長させるべきもの、私は『天之御中主(あめのみなかぬし)』神の、このお考えの為に生まれた者。

 私は貴方を倒す、そして世界を、『色』に芽生えた魂を、時が支配する三千大千世界の彼方、『涅槃』へ導く…… 

 ……そこまで分かっているならヴィーナスよ、汝は自らを滅する事になるのだが、よいのか?……

 ……そうなるな 、その昔にも私は私を殺した事――惑星エラムより愛をこめて2 胡蝶の夢編を参照――が有るからな、慣れているよ……

 ……『時』を破壊するのか?……

 ……今ではない、そして『時』を破壊するつもりもない、いつか『時』から離れるのだ、そうなるまでは正常に時が流れれておればいいだけだ……

 ……なるほど、ならばなすべきをなせ、空無辺処(くうむへんしょ)で、いつか再び会えるかもしれんな……

 ……もうすぐ私は無色界に入るだろう、空無辺処(くうむへんしょ)はすぐだ……その前に一つ聞く、なぜブラフマーにささやいた?

 デーヴァは滅んでいたはず、最後のデーヴァ神族を無理やり生き残らせたのは、時の神と聞いた、ならば貴方であろう?
 
 ……神は我らを置いていかれたからだ、汝が神と信じる存在が、果たして神と断言できるのか?……

 ……私はブラフマーを倒して満足だった、少なくとも世界は存続でき、そしてデーヴァがデーヴィーを支配する世界は阻止できた。

 人々はなんとか進化し、高見に上る足がかりを得た。
 あとは蒔いた種が育っていく。

 ほっとけば必ず滅亡し、必ず悲嘆の満ち満ちた世界がやってくる。
 そんな『時の循環』に、世界を強制的にはめ込む力は滅した。

 だから、私から見た、いびつな成長に導くものはいない。
 利己特性とは進化を急速に進める毒薬、それがさも当然のように受け入れられるのは、デーヴァ神族の残滓なのだろう。

 はっきり言えば、この私の守る世界はデーヴィーの世界、この世界、この時代の高等知性体は当初は雌体、デーヴィーだった。

 誰かが進化の過程で、生存競争を刷り込んだ。
 それゆえに牡体が発生した。

 私はいままで当然としていた時の循環、輪廻を断ち切ろうとしている私たちの神、『天之御中主(あめのみなかぬし)』神が、邪神ではないかと思ったこともある。

 それでも私たちにとっては、『正しい神』と思っていた。
 貴方の言いたいことは理解しているが、いままでの世界は本来の姿ではないのではないか?

 別に神で無くとも支障はない、私は私を頼る世界を、より良き世界に導くだけだ、これが返事だ……  

 ……誰かが進化の過程で生存競争を刷り込んだ、それは否定できないな……
 まぁいい、デーヴァは使命を果たした。
 おしゃべりはここまでとしよう、ヴィーナスよ、デーヴァは滅んでいないようだな……なすべきをなせ…… 

 ……私は貴方、貴方は私、ともに神が分けられた『色』の半身、今再び原初に戻るとき。
 クロノスと呼ばれる時の輪よ、原初の流れに戻れ。
 代価はわが身……

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