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第五十六章 天上偽神の戦い

わが身を糧に

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 ヴィーナスさんは仮想制御戦闘能力を最大にし、なおかつスイッチングによるタイムラグを、『神の贈り物』で相殺して戦っています。

 一個のヴィーナスさんが、無数の世界で同時に存在し戦っている。
 そのうちの一人のヴィーナスさんが傷など負えば、それは全てのヴィーナスさんが傷つく……
 
 互いの思念波は、鋭利な投げナイフといっていいでしょう。
 払う事など出来ません、思念波に思念波をぶつけているのです。

 徐々にブラフマーが優勢になってきました。
 ブラフマーの思念波攻撃に、ヴィーナスさんが合わせているのです。

 ……主導権を握ったぞ、ルシファーは受け身に回った、合わせるのが精一杯のようだ、いまだ!
 ブラフマーの思念波攻撃が加速され、その中に紛れ、ブラフマー自身の幽子がぶつかってきたのです。

 ……ルシファーを構成する粒子をいくつか破壊したぞ、ダメージはかなりのもののはず……
 しかし、ブラフマーにも激痛が走ります。

 ……手首を構成する幽子を持って行かれたか……しかしルシファーは左腕がない、我よりもさらに激痛のはず、思念波の威力が落ちてきているようだ。
 
 ヴィーナスさんは肩から先の腕を失っています。
 ……まずいわ、疲労と激痛で眼がくらむ、このままでは負ける、もう脳内麻薬も効かない……
 仕方ない、戻れないかもしれないが、戦いに狂うしかない……

 ヴィーナスさん、自ら理性などの感情を構成する幽子を作り替えます。
 全ての心を、破壊衝動に統一したのです。
 目が妖しく輝き始め、口から泡を噴き、狂気の表情を浮かべています。 

 ……これは……自らを書き換えたのか……理性がなくなっているぞ……
 
 ヴィーナスさんの、思念波の威力が跳ね上がっています。
 迷いも躊躇もなくなり、ただ戦いだけに全てをかける。
 エラムでの戦いの経験が、無意識に動員されています。
 
 ついにヴィーナスさんの思念波が、ブラフマーの構成する幽子の幾つかを破壊します。
 脇腹の一部がえぐられたようです。
 さらに次々とダメージを受け始めたブラフマー
 
 ……何と言う威力か……
 しかしルシファーを凝視すると、ルシファーが徐々に端から消えているのです。

 ……自らの構成粒子を、叩きつけているのか……
 驚愕したブラフマーです。

 ヴィーナスさんは狂気に身を任せています。
 ブラフマーを倒すことが全て、その為にはなんでもする、どんなものでも投入する、陶酔しているのです。

 言葉を変えれば、自らの血と肉を引きちぎり投げつけ、激痛にのたうちまわり、それがエクスタシーとなっているのです。
 
 ……大したものだ、狂気か……
 冷徹な分析が敗因となる時が有る、それがこの時でした。

 この瞬間に、ヴィーナスさんはいま存在する初禅三天の第一天、梵衆天(ぼんしゅうてん)の構成粒子を、全方位から叩きつけたのです。
 それはブラフマーを包み込み、全てを昇華しました。
 この時、戦っていた世界も、一瞬で消し飛んだのです。

 ブラフマーは最後の一瞬、記憶幽子を初禅三天の第二天、梵輔天(ぼんぼてん)へ転移させることに成功しました。
 ヴィーナスさんも瞬時に、ブラフマーにすがりつくように梵輔天(ぼんぼてん)へ転移したのです。

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