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第十二章 商品
ヴァルベック辺境伯家のパン
しおりを挟むメアリーの父親、リッチモンド子爵は、王都の宿舎で、娘に手紙を書いた。
宿の者に、チップをはずみながら、
「済まぬが、急ぎこの書簡をヴァルベック辺境伯邸へ届けてくれ」
子爵の領地は長年の水害の元凶である、領内の河川の堤防のかさ上げを完了、今年の水害の季節を何事もなく乗り切ったことを確認し、王国へ報告の為に王都に出てきたのである。
王都に居られる新しい寄親の第二王子殿下にも、お礼を申し上げるために、妻と二人、久しぶりに王都に出てきた。
実は堤防改築費は娘の犠牲の上に成り立っている。
メアリーの最初の結婚で手にした15万ランドではあるが、貴族の習慣として『結納金』の半分は返さなくてはならない、ただ夫の家が格上の場合、受け取らない場合もある。
メアリーの最初の夫である侯爵は、受け取ったのである。
リッチモンド子爵はとにかく、残った7万5千ランドで出来るだけの事はした。
このメアリーの『結納金』を使い、何とか領民の日々の暮らしの援助をしていた。
しかし元凶の堤防はそのままである……
堤防の補修費、つまりかさ上げの代金は20万ランドもかかる。
日本円にしてたかだか1,400万円、しかしこれには人件費が入っていない。
領民を動員すれば、なんとか人件費は賄えるが、今度は支給する食料代がない……
リッチモンド子爵には長年の水害対策で手元に余裕などない……
そんな時、寄親の侯爵家が取り潰しとなり、国王から娘の再婚を命じられた。
その相手は文句も言わず、傷物になった娘の結納金として15万ランドを支払ってくれた。
相手は格上の辺境伯、返金は受け取ることはなかった。
後、5万ランド……娘の最初の結婚の結納金がまだ1万5千ランド残っている……
リッチモンド子爵は家財の売れる物は全て売り払い、残り3万5千ランドを確保するつもりであったが、新しく寄親になった第二王子の家令から3万5千ランドの提供の話があった。
借金ではあるが、20年分割払いで利息なし、抵当は売ろうとしていたリッチモンド子爵の家財となった。
姉が嫁いでいる辺境伯の第三夫人の実家、というのが理由と説明された。
半年後、工事が始まると、勘当同然のヴァルベック辺境伯の第三夫人、つまり娘のメアリー名義で、マガタ商会が連日食料を運んでくるのです。
ロングライフの惣菜パンという物らしく、長持ちするものです。
あと、粉を熱湯で溶くスープもついています。
メアリーからの手紙も一緒に届いた。
ヴァルベック辺境伯の伝手で、手に入る物らしく、今のところ売り物ではないとのことです。
パンが1ランド50セント、スープが50セントで、廉価なものなので、気にしないでくださいと書かれていた。
リッチモンド子爵は返事を書く事もなく、堤防補修の陣頭指揮をとり、時には自らも汗して働いた。
翌朝、ヴァルベック辺境伯のレンタル馬車が宿に迎えに来た。
「メアリー!会いたかったわ!元気なの!」
「お母様、私はこの通り元気です、お父様も……」
「すまない、お前に会わす顔がないが、息災か?」
「はい、お父様は少し御痩せに?」
「うむ、領民と共に堤防工事をしておったのでな、贅肉も落ちたわ」
「とにかくヒロ様がお待ちです♪どうかお越しください」
「儂は辺境伯殿に会わす顔がない、お前、儂の代わりにお礼を申し上げてくれ」
妻にこんなことを言っているリッチモンド子爵です。
「貴方、辺境伯様に失礼ですよ」
「……そうだな……」
この後、リッチモンド子爵は自ら丁寧に無礼を詫びていました。
ヒロさんから、メアリーさんの尽力をべた褒めし、輿入れしていただいて心より感謝している、とかの言葉を聞きます。
時々はメアリーにあって欲しいとの願いに、嬉しそうに頷いていました。
しばらくして、リッチモンド子爵家で、勤労奉仕の領民に配布された食事が、王都で噂になっています。
堤防補修の材料を納品した商人にも、この食事が振舞われ、商人の口から、出入り先の顧客へと広がったようです。
ドロア侯爵家の使用人のパーティーで出されたパンの噂も加味されて、ヴァルベック辺境伯家のパンは美味しいと……
ついに第一王妃様に献上する羽目になったのです。
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