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第六十六章 アスラの末裔

貴女はクインク……なのか?

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「親切にしていただき、ありがとうございます」

 美子さんの返事に、振り返ったペルペトゥアは唖然としました。
 その少女の髪は黒髪だったからです。

「……その髪は染めているのか?だったらすぐにやめろ、不敬に当たる……」

「この髪は、父母からいただいたものですが、いけませんか?」

「……貴女はクインク……なのか?」

「……」
 少女はなにも答えなかった。
 
 ……この方はクインク様ではないのか?
 黒髪はクインク様の象徴……しかし、なぜ……
 いや、聞くまい、なにか理由があるのだろう……

「分かった、何も聞くまい、人それぞれに、言いたくないことがあるだろうから」
「しかし黒髪はやめたほうがいい、鬘でもかぶったらどうか?」

「鬘ですか?そうですね、たしか持っていましたね」

 少女は持っていたかばんの中から、ストロベリーブロンドの鬘を取り出しました。
「おしゃれしたいので、いつも持っています」

 ……かばんの中に?
 最初に手を入れたときには、空に見えたのだが……

「とにかく食事をしよう、そうそう、明日にはここを引き払うので、荷物はほとんど処分してしまっている」
「寝具も一つしかないが、お前がつかえばいい、暖炉の前で寝れば家の中だ、なんとか寝れる」

 寝具といっても薄い毛布ですが、ペルペトゥアはそれを少女に譲ったのです。

「ありがとうございます」
 固いパンに、暖炉で炙り溶けたチーズをつけ、これまた焼き上げたソーセージとともに、質素な食事をとると、二人は寝たのです。

 ペルペトゥアが朝起きると、部屋の中は暖かく、 暖炉の火はまだ燃えていました。

「お早うございます、朝ご飯ができていますよ」
 昨日と同じ夕食が、用意されています。

 ……これは……

 ペルペトゥアが不思議そうな顔をしたとき、宿舎の外がなにやら騒がしくなります。
「門番、ここか?『夜』に門を通った、ペルペトゥアの宿舎は」

「間違いありゃしません、あいつ、どこからか子供を抱えてきて、『夜』に門を通ったので、私は止めようと思ったのですが、なんせ相手はペルペトゥア、通すしかなかったのでさぁ」

「奴は私に小青銅貨など与えたんで、何かしら後ろ暗いことで、子供をさらったに違いありませんぜ」

「ご苦労、衛兵、こいつを牢に放り込んで置け、賄賂をとり、門を通した罪だ」
「そんな!」
「うるさい奴だ、早く連れて行け!」

 宿舎の中ではペルペトゥアが、
「悪いがティアマト、送ってはいけなくなった」
「あいつは私と農園支配人を争った者だ」
「こうなったら、何が何でも私を亡き者とするはず」

「何とか私がここから逃がしてやる」
「お前も捕まったらただではすまないだろう、すまなかったな」

「ペルペトゥアさん、私を守ってくださるの?」
「其のつもりだ!」
「では一緒に逃げましょう、言いませんでしたが、私はちょっとばかり役に立ちますよ」

 少女は手に持っていた杖を二三回振り、ペルペトゥアに向かって
「ついてきなさい」と、命じたのです。

 ペルペトゥアは苦笑したが、このとき少女を包む、威厳のようなものを感じたのです。

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