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137 姦し三人娘、結成?(その3)

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 周囲にエンジン音が木霊した為、その場に居た全員の注目を受ける中、睦月は車を停車させた。
「よっ、と」
「あ~……面白かった」
 天井部分ルーフに乗っていた二人に続き、睦月達は続々と降車すると、荷室ラゲッジルームバックドアトランクを開けて中身を取り出し始めた。
「結局、いくらになったんだ?」
「管理が雑でなければ、目算でギリギリ数億……最初に話してた、配当金に足りるかどうかといったところか」
 狙撃銃ライフル片手に訪ねてくる英治に、理沙は肩を竦めながら答えた。
「少なくとも、馬鹿正直に払えば二度と裏賭博ができなくなる額しか・・なかった。はっきり言って、麻薬組織狩りマガリよりも弱い者いじめ感が強くて嫌になる」
「その割には、経費ばっかり掛かっちゃったしね~……ボクももう、爆弾残ってないよ」
 そう話に加わってくる弥生を一瞥し、和音は煙管キセルを燻らせてから紫煙と共に、言葉を吐いた。
「まあ、どうせあぶく銭さ。経費はちゃんと払うから安心しな」
 その分、報酬は減ると考えた方がいい。特に条件がなければ、経費を除いた等分がそれぞれの儲けになる。
「ああ、そのことだけど……」
 地図を広げていたテーブルの上に鞄の中身を出し、和音と理沙が一度、正確な金額を割り出そうとしている中、睦月だけは一歩離れた状態で告げた。
「…………俺は経費だけ・・でいい」
 先に和音達と合流していた姫香が、睦月の足を蹴ろうとしてくるが、代わりに自動拳銃ロータ・ガイストの銃把を突きつけて牽制する。
「どうしたの睦月?」
「何かあったのか?」
 弥生と郁哉が不思議そうに問い掛けるが、睦月は二人の声を無視し、和音にある書類を掲げて見せた。

「今回の件……本命・・はこっちだろ? 婆さん」

 その韓国語の・・・・書類・・を掲げつつ、睦月は和音へと詰め寄っていく。咄嗟に自身をまさぐり出す少女に近付いて蹴りを入れ、自動拳銃ロータ・ガイスト片手に戻ってきた姫香を適当にいなしながら。
「おかしいと思ってたんだよ。普通に野球楽しみたいなら胴元をさっさと潰せばいいし、どうでもいいなら『技術屋弥生』達を巻き込む理由もない。しかも『喧嘩屋郁哉』達まで、事前に・・・呼び出す必要もなかったはずだ。おまけに……さっき鵜飼が言った通り、金が欲しいだけ・・なら麻薬組織狩りマガリで十分だしな」
 勘定が終わり、懐からタクティカルペンを抜く睦月と向かい合うようにして、愛用の煙管キセルを手の中でもてあそび出す和音。しかしどちらも、無暗に殺気を振りまくような真似はしないし、してこなかった。
「この書類の内容と情報の背景、俺の取り分はそれだけでいい」
「……いつ、気付いたんだい?」
鵜飼・・と姫香の銃を取り合ってた時に、この書類を見つけた」
 実際、理沙が弥生や佳奈といった『頭のネジが外れた』二人と組まされていた時点で、睦月なりに『面倒事を押し付けられてるな……』と内心、若干哀れに思っていた。しかし、和音の思惑もあって、彼女を胴元側に近付けたかったと考えれば……現金の強奪以外の目的がある可能性にも、すぐに気付けた。
「大方、弥生達が暴れている隙に奪わせたんだろうが……これ何なんだよ?」
「まあ……もう、ばれたからいいけどね」
 他の者達にも聞かせようと考えてか、睦月にもまた報酬の取り分を投げ渡してくる。それを受け取った後すぐに、和音は書類について話し始めた。

「早い話が……それは『犯罪組織クリフォト』の求人票・・・だよ」

 その名前を聞き、この場に居る人間のほとんどに緊張が走った。
「……『犯罪組織クリフォト』って何?」
 唯一、未だに関わっていない佳奈を除いて。
「もしかしたら、暁連邦共和国どこぞの拉致国家と関係があるかもしれない犯罪組織だよ。詳細は後で誰かに聞け」
 説明を適当な誰かに押し付けようとも、睦月は追及を止めることはない。それを分かっている為か、和音は話を続けてきた。
「その情報が秘匿回線を用いたネット空間ダークウェブ上にあることが分かっても、私の伝手じゃ、うまく接続アクセスできる人間が居なくてね。仕方がないから、閲覧した疑いのある奴を探したわけさね」
「……で、それが裏賭博の元締めだったから、アホみたいな金額と賭け方して、油断を誘ったと?」
「『試合の打ち切りコールドゲーム』の提案をしそうな睦月も居るし、どうせ襲撃することに変わりないから損はなし……普通に婆さんの一人勝ちじゃねえか」
 英治や郁哉が野次を飛ばしてくるものの、睦月や和音は意に介さず、話が途切れることはない。
「なるほど。で、もしかしてこれ……中途・・採用か?」
「……ま、そういうことだよ」
 転職した際、過去の経歴や実績、もしくは会社の意向により、役職付きの待遇で迎え入れられることがある。それには様々な事情が絡んでくるのだろうが、睦月はそのことに対して、『人手不足』という理由が大きいのではと考えていた。
 人にはそれぞれ適性があり、一般社員プレイヤーで実力を発揮できる者も居れば、管理職マネージャーとして業務を円滑に動かすことの方が向いている人間も居る。
 誰が何に向いているかはそれこそ、簡単には見分けられないが……一般社員プレイヤーが多く、管理職マネージャーが少ないのはただ単に、席に限りがあるだけではない。そこに座るに足る人材が、滅多に見つからないからだ。
 当然だろう。管理職マネージャーに求められるのは、組織として業務を遂行する業務遂行能力マネジメントスキルだけではない。情報伝達を円滑に行う意思疎通能力コミュニケーションスキルや、突発的な物事や複雑な課題を理解し、解決に導く問題解決能力ソリューションスキルも必要となってくる。それら全てを兼ね備えた人間等、居る方がむしろ珍しいくらいだ。
 しかも、会社内ですでに出来上がっている風土との兼ね合いもある。迎合するか一新してしまうかに関わらず、適応できなければ実力を発揮することもできない。
 ゆえに、睦月の手元にある『犯罪組織クリフォト』の求人票から、ある情報を掴むことができる。

 ――残る……幹部の・・・人数が・・・

犯罪組織クリフォトの名前通りなら、中心人物ボスは『殻球クリファー』か、一番目の『無神論バチカル』。それ以外の空いている席の数が分かれば……たしかに、かなり有益な情報になるな」
「……普通に二人分、じゃないのか?」
 アクゼリュスとツァーカブの件にどちらも関わっていた英治はそう答えてきたが、睦月は肩を竦めて否定した。
「だとしたら、求人票の掲載が……見限る判断が早過ぎる。むしろ、人手不足を疑った方がいい」
 求人していると宣告しても、それが世間に伝わらなければ意味がない。何らかの理由で注目が集まっていたり、誰もが知る程人気がある企業ならばまだしも、一般に知られていない、しかも非合法な犯罪組織に都合良く、人が集まってくるとは限らないのだ。
「この前だって暁連邦共和あの国、他所の戦争に介入しようと出兵した途端、その兵士達が全員残らず国外逃亡してバックレたんだぞ? あまりに人望無さ過ぎて、ニュース観た時爆笑したわ」
『あ~……』
『え、そんな面白いことがあったのっ!?』
 反応が二極化しているが、前者がまともにニュース等を見ている者であり、後者が世間を知ろうとしなかった者である。それ以外は静かに、沈黙を貫いていた。
「まあ、とにかく……幹部級を任せられる人材が不足しているから、求人票こんなものを出していたってのは分かった。で、結局何人・・、足りてないんだ?」
 韓国語特有の表音文字ハングルが読めない睦月は紙をピラピラと揺らしながら、そう問い掛ける。それに答えたのは、書類を取られたことに気付かなかった無様を晒した理沙だった。

「…………『若干名・・・』、だ!」

 力任せに書類を奪われ、そう吐き捨てられた睦月は思わず、頭を抱えてしまった。
「一昔前の中小企業かよ……」
 現在では職業安定法により、労働条件の明示が義務付けられている為、『若干名』という曖昧な表現を用いた求人票を掲載することは難しい。けれども、規定前の時期や裏社会が使いたがる程のメリットが、その単語にはあった。
「若干名って、一人や二人のことじゃねえの?」
「言葉としては一応、一から十人未満って意味だよ」
「要は……人手不足なくせに、あえて枠が少ないように見せかけて決断を迫らせる典型だろ、これ」
 英治の疑問に弥生が答える中、睦月は腰に手を当てて溜息を吐いた。
「昔聞いた話なんだけどな……英治の言った通りの雰囲気で求人活動しておきながら、弥生が言う人数位に枠を用意していた企業もあったらしい。特に人手不足の企業は、そうでもしないと人が集まらなかったんだと」
 いくら大企業であろうとも、その業界について詳しくなければ、知られることのない会社も存在する。それが中小企業であれば、規模の小ささと数の多さも相まって、なおさらだ。実際、睦月の会社である株式会社『freeフリー courierキャリア』ですら、世間的には知らない人間の方が多いだろう。
 だからこそ、営業や広告、業務実績等で少しでも知名度を上げようと、それぞれの企業は日々努力しているのだ。
「てことはそれ、意味がなかったのか?」
「まあ……掲載時期次第、だろうな」
 理沙に追撃しようとする姫香の肩を引き寄せながら、睦月は郁哉にそう告げた。
「日付がアクゼリュスと戦いやり合う前後なら、最低一人は欠けているってことだろ? 力が正義の犯罪組織ならなおさら、無暗に求人票晒して人手不足だと宣伝するメリットなんてないはずだ」
「……なら、最低一人は確定だな」
 姫香から数歩離れ、改めて求人票の表音文字ハングルに目を通した理沙が、睦月の推測を肯定した。
「それは六月の話だろ? これが掲載されたのは五月の頭、ゴールデン・・・・・ウィークの・・・・・半ば・・頃だ」
 そう理沙が読み上げた途端、睦月と郁哉、ついでに弥生が視線を交わらせた。
(まさか、亡命かまそうとしてたおっさんを受け入れた理由って……)
 暁連邦共和国の神経を疑う睦月達だったが、この場で他にあの亡命騒ぎを知っている者は少ない。一先ずなかったことにした三人は、それぞれ視線を散らした。
「とりあえず……知りたいことは、それで十分かい?」
 理沙から書類を受け取った和音はそれをテーブルの上に置くと、もてあそんでいた煙管キセルに新しい刻み煙草を詰め込みだした。
「内容の精査はこれからおこなうから、続きはまた今度にさせて貰うよ」
「まあ……たしかに、これ以上は時間の無駄か」
 この場で韓国語を話せる者は少なく、表音文字ハングルを読める人間となればさらに限られる。後は和音に任せるしかなくなった睦月は、静かに背を向けた。
「なら俺達は、もう帰るわ。何か分かったらまた教えてくれ。有料なら価格も込みで」
「……はいよ」
 和音との会話を最後に、睦月は車に乗り込んだ。その横では、姫香もまた側車付二輪車サイドカー二輪車バイクへと跨っている。
「じゃあな~」
 その言葉を残して、睦月達は帰路に就いた。



 英治や理沙の持つ銃器、ついでに言えば佳奈の斧槍ハルバートが目立つので、『運び屋睦月』とは別に車を手配し、途中からここまで歩いてきていた。
 もう警戒する必要はないからと、(絶賛残業中の)勇太に迎えの手配を頼もうと、電話を掛け出した理沙を眺めていた郁哉はふと、あることに気付いた。
(まさか、な……考え過ぎか?)
 佳奈の下へと寄っていく弥生を見送っていると、入れ替わりに英治が話し掛けてきた。
「どうかしたのか?」
「……いや、ちょっと気になっただけだ」
 英治にはそう答えたものの、郁哉は佳奈が初めて、和音の店を訪れた日のことを思い出していた。
『確信も実害もないから、今は問い詰めたりしないが……場合によっては、無理矢理にでも聞き出すからな』
 睦月が理沙の身体から書類を奪ったのは、別の・・人間の・・・所有物・・・だと言う自動拳銃オートマティックについて、揉めていた時だったらしい。
 付き合いの長い昔馴染みである郁哉からすれば、睦月が『又貸ししたがらない』性格なのはよく知っている。他の昔馴染み達にもまた、それは周知の事実だ。
 そしてもし、付き合いが深いあの少女がそれを知った上で、あの目立つ自動拳銃オートマティックを貸し出したのだとすれば……睦月が和音の本当の目的を知る機会を、増やすことに繋がる。
 いや、もしかしたら……その目的を睦月よりも前に、知っていたのだとすれば?
(一体、何が目的なんだ……)
 最初はグルなのかとも考えたが、結果として今回は、真逆の方向に進んでしまっている。けれどももし、睦月が・・・知る・・ことが前提で、最悪『情報屋和音』の方から話し出していた可能性もあったとすれば……
(……ちょっと、調べてみるか)
 どうせ喧嘩する相手の仕事について、調べる予定だったのだ。少女一人を洗うくらい、大した手間ではない。

(最初は、睦月より強そうだと思っていただけなんだけどな……あの女、何を企んでる?)

 理沙とも付き合いがあるらしいので、まずは義兄勇太を当たろうかと考えた後、郁哉はゆっくりと腰を降ろした。



 後日、勇太の下を訪れ、そこから理沙にも話を聞こうとした郁哉だったが、また別の機会に改めることにした。
『広~い!』
『何もな~い!』
『勝手に入るな走り回るな馬鹿共っ!』
 弥生と佳奈が、先に理沙の部屋に上がり込んでいたので、これ以上はますます面倒なことになりかねない。
「意外と壁、薄いんだな……」
「……ベランダに近いからだろう。身内だから非常時に備えて、戸境壁こざかいかべも外してあるしな」
 適当なスポーツドリンクのペットボトルを投げ渡してきた勇太は、タワーマンションの背景を背に、そう語った。
『止めろこらっ! ここは義兄あにの名義だから修理費が私に……』
「それくらい、出してもいいんだけどな……せっかく部屋で遊べる友達ができたんだし」
「本当、金だけはあるよな。お前……」
 タワーマンションの高層階を二部屋、しかも二つ並びで購入できる昔馴染みの財力に呆れながら、郁哉は部屋には不釣り合いな値段のペットボトルを呷った。

「というか、その友達って……あれ・・でいいのか?」
「……ノーコメントで」
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