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111 案件No.007_美術品運送(競合相手有)(その1)

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「ん? 君は……荻野んとこの孫か! 随分久し振りだな」
 目的地に到着すると、そこには今回の依頼人でもある、顔馴染みの警備会社の管理職マネージャーこと伊藤きよしと共に、懐かしい顔触れが待っていた。
「えっと……もしかして、峰岸みねぎしさんですか?」
 秀吉から聞いた限りだが、祖父の代からの『運び屋』としての競合相手でもある、峰岸一郎いちろうが睦月に対して、親し気に手を振ってきていた。
 それに応えつつ、睦月は一度、停車させた車から降りた。そして相手が峰岸であることを確認してから、改めて挨拶を返した。
「お久し振りです。もう引退されたと、父から聞いていたんですが……」
 腕前は本物だが、『運び屋』となった秀吉とは違い、峰岸の息子は大手企業へと就職していた。元々継がせる気がない上に続ける理由もなかったとかで、睦月が『走り屋』を始める前にはすでに引退し、隠居したと聞いている。
 けれども、何故か彼はこうして、伊藤と共に肩を並べていた。
「まあ、実際に引退したんだが……な」
 その事情の説明も含めてか、伊藤は一歩前に出て睦月に話し始めた。
「今回はいくつかの・・・・・手に別れて、美術品を運んで貰いたいんだ」
 要するに、陽動を含めた何手にも分かれて、本物の・・・美術品を届けることが今回の依頼内容らしい。警備会社の社員を含めたいくつかの班はすでに出立しており、残るは睦月達だけだとか。
「残りの内、一つを頼みたい。到着を確認次第、いつも通り報酬を振り込む」
「分かりました。ということは……もう一つは峰岸さんが?」
「いや、私じゃない……」
 峰岸がそう話した途端、一台の車が睦月達の方へと近付いて来ていた。夜間でも目立つホワイトカラーのスポーツカーで、改造カスタムしているのか、やたらと駆動音が響いてくる。
「どうもどうも……爺ちゃん、待たせてごめん!」
「遅いぞ秀樹ひできっ!」
 会話の内容からして、峰岸の孫なのだろう。まるでホストのようなきらびやかなスーツ姿で現れたその青年は、夜にも関わらずに掛けていたサングラスを外しながら、祖父の元へと近寄って行った。
「そうは言っても時間通りじゃん……で、こっちが競合相手ライバル?」
「秀樹っ!」
 車の傍に居る年の近い青年、ということで睦月に立てた親指を向けてくる秀樹に、峰岸は一喝してその手を下げさせた。
「いつも言っているだろう。『仕事は――』、」
「『――礼節を持って取り組め』、だろ? もう何度も聞いたよ、それは」
 しかし、祖父からの叱責も孫には響いていないらしく、秀樹は伊藤の方を向くと、すぐさま手を伸ばしてきていた。
「じゃあ、早く本物・・渡してくれ。高学歴の・・・・俺が完璧に届けてやるよ」
(前にも似たようなことがあったな……)
 いちいち相手にするのも面倒なので、睦月はこの状況を放置することにした。『運び屋』とは何の・・関係も・・・ない・・経歴を自慢してくる秀樹と、その背後で伊藤に頭を下げている峰岸。
 睦月は彼等の動向を見守りつつ……事前にコンビニで購入していた、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けた。



「じゃあな! ちゃんと時間までに偽物・・運んどけよ~」
 最後まで睦月を下に見る発言をしている秀樹だったが、見送った後に峰岸から謝罪を受け、その理由を聞かされた。
「すまない……今回依頼を請けたのも、実は秀樹の為なんだ」
 聞くところによると、峰岸の息子が有名工科大学を卒業し、大手企業で高収入を得ていること。そして世間でよくある『学歴差別』の影響を受けながら成長した為に、孫の秀樹は『大学=手段』ではなく、『勝ち組のステータス』として認識してしまっているらしい。
「その上、あの性格でな。父親息子の居る会社は当然・・として、多くの企業から採用を見送られた結果、『世間が悪い』と勘違い・・・しているらしく……どこで私の仕事を聞いてきたのか、『自分も『運び屋』になる!』と言い出して、聞かなかったんだ」
「またありきたりな……『進学する程アホになる』なんてこと、ありませんよね?」
 そんな睦月(通信制高校在学中)に対して、峰岸(工業高校卒業)も伊藤(大学卒業)も、揃って顔を背けながら、なまじ否定できない現状に口を噤んでいた。
「まあ、実際世間が悪いと思いますよ? 『高学歴=勝ち組』なんて印象、あちこちに植え付けてるんですから……しかも、言ってる連中の大半が、『高学歴・・・』と『高学校歴・・・・』の違いも分かってないでしょうし」
 大学に入る努力自体は褒められたものだし、高偏差値等で有名になっているのであれば、そこへ入学できたことは十分に誇れる。けれども、その先も努力しなければ、せっかく手に入れた結果をどぶに捨てることになりかねない。
 祖父である峰岸には悪いが……あの秀樹という青年は明らかに、『大学を卒業しただけ・・で満足してしまった』手合いだった。
「本気でやりたいことが見つからないならまだしも、探すことすら蔑ろにしているくせに……自分が知らないことでさえも見下すようになったら、その時点で人間・・終わりですよ」
「……実際、それで無理を言って、今回の依頼を請けさせて貰ったんだ」
 世間知らずを直す強硬手段、その一番は睦月自身も経験のある方法……実体験だった。
「ただ、良いんですかね? こちらはいつも・・・通り・・、仕事をこなすだけですけれど……」
 伊藤が持って来た残り二つの荷物。
 それが高確率で、どちらも・・・・偽物・・であることに気付いてしまった時点で、依頼料の出し損ではないかと他人ひと事ながらも心配してしまう睦月。だが峰岸は、静かに首を横に振って否定してきた。
「その心配はない。秀樹には言っていないが、何かあれば私と息子夫婦が賠償する・・・・手筈になっている」
 つまり、賠償それ前提で話を進めたことになる。つまり、睦月がここに呼ばれた理由は……
「『学歴の前に、自ら学んだことを活かせるように』と思い、中卒の同業者のことを話したんだが……すまない、完全に教育を間違えてしまったようだ」
「大丈夫ですよ。大半は聞き流してましたし」
 気にならない、といえば嘘になる。
 いくら自分のやりたいことがはっきりしていたとはいえ、学歴に関しては世間一般の範疇を外れてしまっている。大学進学が『正しい』とまでは言わなくとも、『当たり前』だと考えたこと自体は何度もあった。その為に、『学歴を得ない』ことに対して罵倒・・されると、多少なりとも不安・・で、感情的になりやすくなってしまう。
(本当、どこも似たような話ばかりだな……)
 けれども、どれだけ揺らごうとも傷付こうとも、結局は慣れなければならない。自身で選んだからこそ、周囲に惑わされてはいけないと、その為に聞き流す術を身に付けてきたのだ。
「それに……あのままほっとけば、勝手に・・・失敗するでしょうし」
「ああ、うん。多分……同じことを考えてる」
 夜間に白く目立つ車、しかも無意味な・・・・駆動音を鳴らし立てているのだ。この後どうなるのか等、夜間走行を経験している者なら考えるまでもない。
「峰岸さん……教えてないんですか?」
「あそこまで『自分はできる!』と言い切っているんだ。どうせ聞く耳を持たんよ」
「まあ、たしかに……」
 とはいえ、やることは変わらないと、睦月は伊藤から荷物を受け取り、車に仕舞い込んだ。
「というわけで、こちらも出発します。また合流地点で」
「うん。よろしく頼むよ」
 まだ微かとはいえ、秀樹に渡した依頼品が偽物・・で、睦月の方が本物・・の可能性もあるのだ。
 ……いや、真贋は関係ない。
 ただ依頼された物を運び届ける。それが『運び屋』だと自分に言い聞かせながら、睦月は車を発進させた。



 ――Prrr…………
「……おう、そっちはどうだ?」
『交渉成立っ! 結構緊張したが、軽いもんだったぜ』
「当然だろ? 高学歴の・・・・俺達にかかりゃ、楽勝じゃねえか」
 片手でハンドルを握りつつ、道路交通法違反ながらスマホで運転を続けながら、秀樹は電話口の相手にそう話した。
「結局『殺し屋・・・』なんて、金積みゃどうとでもなるんだよ」
 その資金も、新聞紙で作った札束や、塩を加工して麻薬に見せかけた何かだ。どうせ殺しに・・・しか・・興味のない連中だから、それで十分だろうと秀樹は考えていた。おまけに匿名で依頼したので、報復される心配もない。
 そして結果、荻野睦月競合相手を殺す依頼を出すことに成功したのだ。
「まあ……正直に言うと、『爆弾魔ペスト』に連絡が付けば一番ベストだったんだけどな。結果出してない奴でも、邪魔位はできんだろう」
『……『ペスト・・・』がベスト・・・、ってか?』
「笑うなよ。俺も自分で言ってて、口がにやけちまってるんだぞ?」
 仲間内に、裏格闘技の大会関係者との伝手が有る奴が居たのは幸運だった。
 その仲間を通して、大会優勝者の『殺し屋』に依頼できたのだ。『男子格闘技』で優勝した『喧嘩屋』でも良かったのだが、接触する前に消えたので、すでに諦めている。他には、ネットで偶々見つけた『爆弾魔ペスト』の連絡先だけだが、繋がらない以上仕方がない。
「後はお前等、しっかり邪魔しとけよな。俺の後に集合場所から出て来た、黒いスポーツカーだ。人気のない所でやっちまえ!」
『任せとけって。頃合いを見て『殺し屋』に押し付けとくからさ』
「頼んだぞ!」
 その言葉を最後に、手に持っていたスマホをスマホスタンドに差した秀樹は、車の運転に集中し始めた。
「さぁて、楽しいお仕事の時間だ……」
 就職活動ではなかなか合う・・企業・・が見つからず、苦労したものだが……まさか祖父が、『運び屋』を生業としていたことには正直驚いた。特に、父親が大手企業で働いていただけに、社会的立ち位置のギャップに戸惑っていたものの……隔世で家業・・を継げばいいだけの話だと気付いた時には、これは運命だとすら思っていた。
どうせ・・・裏稼業なんだから、礼節も何も、あったもんじゃないだろうによ……)
 礼節が必要なのは、誰かに傅かなければならない連中だけだ。仲間内ならそんな忖度も要らないし、実力主義で稼げれば何の問題もない。
(何で親父の奴、爺ちゃんの仕事継がなかったんだろうな……こんな楽勝なのに)
 そんなことを考えながら、秀樹はハンドルを切り、高速道路・・・・へと入って行く。
(夜にかっ飛ばせば、時間に余裕ができるな……そうだ。ついでにサービスエリアで何か食っていくか)
 依頼遂行中にも関わらず、秀樹は腹ごしらえをしようと高速道路に入って早々に、サービスエリアへと向かって行った。



「フン、フン、フフ~ン、フ~ン……」
 楽し気に口ずさみながら、廣田ひろた佳奈かなは自らのサイドテールの端を、指で弄んでいた。
 少し離れたところでは、依頼人が仲間へだろう、スマホで楽し気に電話をしていた。
(新聞紙に塩か~……養父師匠もよく騙されかけた、って言ってたっけ?)
 相手はどうやら、こちらの耳の良さや読唇術を習得している可能性を、一切考慮していないらしい。離れただけで隠れもせずに話している時点で、危機感が皆無だった。
(……ま、こっちは情報だけ・・でも、値千金なんだけどね)
 けれども、それを相手に伝える義務はない。
『本当に欲しいものは、言葉にする前に手に入れろ』
 と、口酸っぱく言われて育ってきたのだ。おかげで今、佳奈は欲しい情報だけでなく、そこまでの移動手段すら、手に入れることができた。後は連れて行って貰うだけで、お釣りを出してもいいとすら思っている。
 もっとも……自分から何かを差し出す気は、一切ないが。
 おまけに、佳奈は仕事の成否を問わず、実績として残す気もなかった。
(騙し騙されの裏社会……相手も気の毒に)
 実績がないということは、積み上げてきた功績を傷付ける心配がない。
 つまり……自分の思い通りに引っ掻き回しても、気にする必要がないのだ。
「おい、そろそろ行くぞ……『槍騎兵ランサー』」
「はいは~い」
 安直だが、今後の・・・活動を考えれば、適当な通り名をでっち上げておいた方が良い。槍兵は『スピアマン』だから男の印象が強く、槍騎兵ランサーと言われても馬術どころか免許すら持っていないのだ。それに、後者を選んだのだって、単に響きが気に入ったからに他ならない。
 だから女の斧槍ハルバート使いが、今後別の通り名を持ったとしても、今回は・・・関わっていないとしらを切れるのだ。噂が立ったとしても、それ以上の成果で上書きしてしまえば、簡単に黙らせられる。
「今行くよ~」
 槍袋と刃物部品が納められたアタッシュケースを両手でそれぞれ持ち、佳奈は依頼人の運転する車の、後部座席に乗り込んだ。
 運転手と助手席に一人ずつで、後部座席に腰掛けるのは佳奈だけ。槍袋の長さもあるが、大きな要因は動かせる車の台数を増やすことだろう。
「さて……行くかっ!」
 依頼人でもある運転手の掛け声と同時に鳴り響くエンジン音。それに呼応し、周囲の車も次々と駆動音を奏で始めていた。
(それにしても……)
 様々な色の自動車群が夜闇を染め上げる中、佳奈は外の景色を眺めている。

(ようやく会えるね…………『運び屋』君?)

 しかし、彼女の意識の中には……その光景が含まれていなかった。
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