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070 運び屋達の休日(その5)
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過去の積み重ねが生きる道筋を作り出し、未来の標へと繋がる。
現在を生きるということは、過去から未来への道筋を歩くことなのかもしれない。
そして、人が千差万別の生き方をしているということは、それだけの数の過去も未来も……現在もあるということだ。
「人っていうのはね、切っ掛け一つで簡単に変わるのよ。睦月の場合は発達障害もあってか、そう簡単には変わらないけど……決して例外じゃない」
一番分かりやすいのは、睦月が持つ銃の変転だ。
最初は睦月のいた学校の授業でも用いていた、.38(約9mm)か9mm口径のゴムスタン弾が使える銃を選択していた。その影響もあってか今でも、大体の予備の拳銃は(互換性の問題もあるので、)同じ口径の物を揃えている。
そもそも、睦月が5.7mm口径の自動拳銃に切り替えたのは、中学卒業後の修業時代の出来事が大きかった。詳しくは姫香も聞いていないが、昔修行の相手をしてくれた殺し屋の女性が使っていた得物に『合わせた』から、らしい。
また、自動拳銃を機関拳銃に改造しようと考えたのも、『走り屋』時代に『運び屋』として送迎しようとした彼女の護衛をする際、『機関銃が欲しい』と考えた上での結論だとか。
(全部女絡みなのが、ちょっと腹立つけどね……)
しかし、その出会いと経験の積み重ねが、今の『荻野睦月』を作り出したのは事実だ。
問題なのは……これからも、その『荻野睦月』が続くとは限らないということだった。
「逆に聞くけど……私が、今の睦月との関係に満足していると、本気で思ってる?」
答えは否、だ。
今でこそ自我が芽生え、スマホを通して自身の欲望が湧き出し、自立も自律もできている。だが当時の……光に当てられたばかりで視野が狭くなっていた姫香は違う。
望まれれば恋人でも相棒でも部下でも道具でも……性を含めた奴隷状態に堕ちることも受け入れられた。けれども、睦月は最初、そのどれもを拒絶した。
姫香の為を想っても、自身の欲望を叶えたいからでもない。
自分を貶めないよう……戒めの為に、だ。
「あんたには前にも話したっけ? ……睦月ってね、自分が考えている以上に、堕落しやすい人間だと思っているのよ」
ゆえに、睦月は時に、自ら道化を演じることもある。
「だから私や他の女が甘やかすと……十中八九、『運び屋』としての荻野睦月は、その時点で死ぬわよ?」
「っ!?」
言葉の出ない由希奈、彩未もまたその点は理解しているのか、話を聞きながら食事の残りを片付けていた。
「分かりやすく言うと……睦月に限らず、人間っていうのは『ハーレムの為に』頑張っている内が良くて、『ハーレムに甘えた』途端にあっさり見限られる生物なの」
日本をはじめとして、多くの国々が重婚そのものを認めていない。数少ない例外を除き、重婚罪として処罰されるのが大半だ。
理由は色々と言われているものの、姫香や睦月達はこう考えていた。
――人は、一人しか幸せにできない。
何故なら……一人の人間として真っ当に生きる上では、それが限界だからだ。
歴史や地域によっては、重婚を認める風習もあるにはある。だが、その理由の大半は『必要だから』に他ならない。自身の欲望や合理的な理由を優先するあまり、他者の心情を推し量っていないからだ。
ゆえに、たとえ神であろうとも……滅びの運命から逃れることはできない。
「もし現在の睦月が死んで、私に縋ってやりたい放題するような屑に成り果てたら……さすがに見捨てるわよ」
それ以前に、人は『生きて死ぬ』一点を除いて、不平等な生き物である。
男が複数の女に懸想をしても、その全員に対して、平等に接することはできない。
逆に、複数の女性が一人の男性を慕っても、男を含めて全員が仲良くできるとは限らなかった。
また、たとえ資産や権力で従えても、圧倒的な暴力で威圧しても、仮に相手の心を操れる能力があったとしても……その基礎が無くなれば瓦解する。
すでに不平等な生物が、平等を求めること自体不可能なのだ。本来であれば、女性に囲まれた男性なんてものは存在しない。
…………ありえないのだ。
「それ以前に……睦月って、単に女癖が悪いだけで、別に『ハーレムを作りたい』とかは思ってないわよ」
それこそが、姫香があえて、睦月の女癖を直さない理由でもあった。
望む生き方をさせてかつ、目標に達成する手前を維持する。その状況を続けることでしか、今の睦月を生かす方法はなかった。
それに、睦月は『運び屋』として生涯を終えることを、最優先にしていた。ハーレムどころか資産運用の勉強すら、まともに行っている様子はない。
要するに……睦月は複数の女性と関係を持っているだけで、ハーレム願望があるわけではない。結果的にそうなっているとしても、別に望んでそうしているわけではないのだ。
「その証拠に……そこの彩未が彼氏作って離れている時も、特に気にせずキャバクラ行ってたわよ」
「え、その時姫香さんはっ!?」
「ぶっ!? ……いや私の扱いっ!?」
突然名前が出て、思わず食事中に噴き出してしまった彩未に不愉快な眼差しをぶつけてから、姫香は由希奈の質問に答えた。
無論、彩未が咳き込んでいるのは無視した上で。
「その時は、たしか…………当時嵌ってた海外ドラマ観てたわね」
「嘘だ。またどこかのレストラン相手に『道場破り』して、罰代わりに『謹慎してろ』って言われたとかだ。きっと」
「彩未うるさい」
完全に図星だったが、姫香は彩未を一睨みして黙らせた。
「はぁ……もう言うけど、別に監禁されてたわけじゃないわよ。だから当時は、従う理由も義理もなかったし」
「それでも、睦月さんの言うことを……?」
「……大人しく聞いてたわよ。自分の意思で」
もう、溜息を吐く他なかった。
「これも前に言ったと思うけど……『人を愛すること』と『人生を捧げること』は、完全に別物。それでも自分から、睦月の指示に従っていた。納得いかなければ、従わなければいいだけだしね」
「……無人島に一つしか持って行けないなら、『睦月君』と『スマホ』のどっち?」
「圏外かつ充電手段がないなら睦月。それ以外ならスマホ選んで、睦月に迎えに来て貰う」
まさしく、欲望のままに生きている姫香ならではの回答だった。
「というかそれ以前に……睦月君が言い寄ってきた女の子連れ込もうとした時に、女子力マウント取って追っ払ってなかった?」
「余計なこと言ってると、例の写真ばら撒くわよ」
「……すみませんでした」
もう茶々を入れられないと思ってか、彩未の顔は立てられたメニューに隠れてしまう。それでもまだ、声だけは飛んで来ていたが。
「でも姫香ちゃん、睦月君に言い寄る女の子全員にマウント取ってきてるじゃん」
「当たり前でしょう? 睦月に言い寄る時点で全員有罪よ」
実に自分勝手な言い分が並べられたが……由希奈はなんとなく、姫香の言いたいことが理解できてきた。
「姫香さん、すごい自信ですね……」
「当然でしょう」
要するに、睦月の周囲に何人女がいても、姫香には関係がないのだ。
その全員を(女として)打倒し、睦月の傍に立ち続ける。それこそ、姫香が愛想を尽かすまで。
「私が惹かれたのは、そういう男よ。たしかに見た目は微妙だし、慎重通り越して自己肯定感が低すぎる上に、他人に気を使い過ぎて勝手に神経やられるような性格しているけど……」
『言い過ぎじゃない(ですか)?』
姫香があまりに睦月を扱き下ろすので、思わずツッコむ二人だったが、言葉は止まない。
「それでも……何があっても、自分の規律を曲げずに走り抜ける。そんな睦月だからこそ隣に立ちたいし、他の女に『最高の男を侍らせている』って、自慢してやりたいのよ」
久芳姫香の、質の悪い愛をまざまざと見せられた由希奈はもう、何も言うことができなかった。
一方、姫香曰く『最高の男』は今……
「……ちょっと待て。何で俺、姫香の『スッポン』の世話をしてるんだ?」
「え? 親が子供のペットの世話を渋々やるようなものじゃないの?」
……自分が『ペットの世話』を押し付けられていたことに、ようやく気付いていた。
「別にいいんじゃない? 多分睦月も食べることになりそうだし」
「それはそうかもしれないけどさ……」
そして食べられる運命であるはずの『スッポン』は、綺麗に清掃された水槽内を暢気に歩き回っていた。
「それに……終わってから言うこと? それ」
「それは言うな」
一度中身を抜いた水槽内に新しい餌を盛り付けながら、睦月はそう返すしかなかった。
――ブーッ、ブーッ……
『…………ん?』
そんな時に、睦月のスマホが突如、着信を知らせて来たのだった。
レストランを後にした由希奈は彩未と共に、近くにある木陰の中に鎮座しているベンチに、並んで腰掛けた。
「まあ……精々、頑張んなさい」
そして姫香は、食事の後にそんな捨て台詞を吐いてから、公園内の奥へと歩いて行った。すぐに帰らなかったのはおそらく、食休めも兼ねて、軽く身体を動かそうとしてのことだろう。
「由希奈ちゃん……大丈夫?」
「はい……何か別の意味で、姫香さんに挑みたくなりましたけど」
「気持ちはものすごくよく分かるけど……ちゃんと、自分の気持ちに向き合ってからにした方がいいよ。半端に挑んで返り討ちに遭った娘、もう何人もいるからね」
そう言う彼女もまた、同じように返り討ちに遭ったのかと思い、由希奈は彩未の方を向いた。しかし目の前に挙げられた手は、勢いよく横に振られている。
「私は違うからね! まあ……返り討ちに遭った娘を見て、判断材料にしていたことは否めないけど」
どちらにせよ、姫香に酷い目に遭わされたのはたしかなはずだ。前に聞いた話を思い出し、由希奈は若干顔を歪めていく。それに気遣ってか、また彩未から話を振られてきた。
「もう……諦める?」
「……いいえ」
それでも、自分自身の気持ちははっきりさせたい。でなければ、その想いをずっと引き摺ることになる。
「ちゃんと、気持ちをはっきりさせてから決めます」
だから……由希奈はまだ、『諦める』という選択肢を取ることはなかった。
「後……本当にちょっと、姫香さんを負かしてみたい、って思いません?」
「『友達との喧嘩』程度なら、私も参加ね。姫香ちゃんにはいっつも泣かされてるし……」
ふと、由希奈は姫香と彩未の関係について考えてしまう。
「……何で姫香さんと、友達やってるんですか?」
由希奈と違って、彩未はもうはっきりと、答えを出していた。
しかも、一度は本気で殺されかけたこともあったはずだ。直接聞いたわけではないものの、彩未はおそらく、そのことに気付いている。それでも何故、姫香と交友を持てているのか?
そう思い、由希奈は疑問を口にしたのだった。
「う~ん……」
由希奈の問い掛けに彩未は少し考え、そして答えてきた。
「…………面白いから、かな?」
彩未はベンチに体重を預け、空を見上げながら話してくる。
「でも結局は、それが一番だと思うよ」
彩未は右手を持ち上げ、目元に翳しだした。
「利害もなく相手と付き合うって、相応の信頼関係がないと難しいんだよ。簡単に信じ過ぎると相手に利用されちゃうし、逆に信じられないと、かえって縁が切れちゃう」
「…………」
姉が『詐欺師』に狙われた件や、発達障害の影響で人付き合いが苦手なことから、彩未の言いたいことは由希奈にも理解できる。それに、今こうして話しているのも、まだ付き合いが浅い分危険な可能性もあることに、ようやく気付くことができた。
「それでも……由希奈ちゃんが今日、私に声を掛けてくれたのと同じかそれ以上に、私は姫香ちゃんのことを信じているの。まあ……『無駄な争いはしない』って分かりきってるからだけどね」
そう、『過去の評価』は大事だ。
――でなければ、相手からの『未来への期待』を得られないのだから。
『用事ができた。今日は仕事用の車で迎えに行く。時間までに終わらせるから、後で場所だけ教えてくれ』
メッセージアプリで姫香にそう連絡してから、睦月は弥生を伴ってエレベーターに乗り、一階へと降りていく。
「弥生、今日の乗り物は?」
「小型二輪で来たけど?」
「なら、それに乗ってついて来てくれ」
停止し、開かれた扉から降りた二人は、一度別れることになる。
睦月は仕事用の国産スポーツカーが置いてある整備工場に。弥生は駐輪場に停めてある小型二輪を取りに。
「……いいかげん、許してあげたら?」
「無茶言うな……」
二人は別れ際に、そう言い残していった。
現在を生きるということは、過去から未来への道筋を歩くことなのかもしれない。
そして、人が千差万別の生き方をしているということは、それだけの数の過去も未来も……現在もあるということだ。
「人っていうのはね、切っ掛け一つで簡単に変わるのよ。睦月の場合は発達障害もあってか、そう簡単には変わらないけど……決して例外じゃない」
一番分かりやすいのは、睦月が持つ銃の変転だ。
最初は睦月のいた学校の授業でも用いていた、.38(約9mm)か9mm口径のゴムスタン弾が使える銃を選択していた。その影響もあってか今でも、大体の予備の拳銃は(互換性の問題もあるので、)同じ口径の物を揃えている。
そもそも、睦月が5.7mm口径の自動拳銃に切り替えたのは、中学卒業後の修業時代の出来事が大きかった。詳しくは姫香も聞いていないが、昔修行の相手をしてくれた殺し屋の女性が使っていた得物に『合わせた』から、らしい。
また、自動拳銃を機関拳銃に改造しようと考えたのも、『走り屋』時代に『運び屋』として送迎しようとした彼女の護衛をする際、『機関銃が欲しい』と考えた上での結論だとか。
(全部女絡みなのが、ちょっと腹立つけどね……)
しかし、その出会いと経験の積み重ねが、今の『荻野睦月』を作り出したのは事実だ。
問題なのは……これからも、その『荻野睦月』が続くとは限らないということだった。
「逆に聞くけど……私が、今の睦月との関係に満足していると、本気で思ってる?」
答えは否、だ。
今でこそ自我が芽生え、スマホを通して自身の欲望が湧き出し、自立も自律もできている。だが当時の……光に当てられたばかりで視野が狭くなっていた姫香は違う。
望まれれば恋人でも相棒でも部下でも道具でも……性を含めた奴隷状態に堕ちることも受け入れられた。けれども、睦月は最初、そのどれもを拒絶した。
姫香の為を想っても、自身の欲望を叶えたいからでもない。
自分を貶めないよう……戒めの為に、だ。
「あんたには前にも話したっけ? ……睦月ってね、自分が考えている以上に、堕落しやすい人間だと思っているのよ」
ゆえに、睦月は時に、自ら道化を演じることもある。
「だから私や他の女が甘やかすと……十中八九、『運び屋』としての荻野睦月は、その時点で死ぬわよ?」
「っ!?」
言葉の出ない由希奈、彩未もまたその点は理解しているのか、話を聞きながら食事の残りを片付けていた。
「分かりやすく言うと……睦月に限らず、人間っていうのは『ハーレムの為に』頑張っている内が良くて、『ハーレムに甘えた』途端にあっさり見限られる生物なの」
日本をはじめとして、多くの国々が重婚そのものを認めていない。数少ない例外を除き、重婚罪として処罰されるのが大半だ。
理由は色々と言われているものの、姫香や睦月達はこう考えていた。
――人は、一人しか幸せにできない。
何故なら……一人の人間として真っ当に生きる上では、それが限界だからだ。
歴史や地域によっては、重婚を認める風習もあるにはある。だが、その理由の大半は『必要だから』に他ならない。自身の欲望や合理的な理由を優先するあまり、他者の心情を推し量っていないからだ。
ゆえに、たとえ神であろうとも……滅びの運命から逃れることはできない。
「もし現在の睦月が死んで、私に縋ってやりたい放題するような屑に成り果てたら……さすがに見捨てるわよ」
それ以前に、人は『生きて死ぬ』一点を除いて、不平等な生き物である。
男が複数の女に懸想をしても、その全員に対して、平等に接することはできない。
逆に、複数の女性が一人の男性を慕っても、男を含めて全員が仲良くできるとは限らなかった。
また、たとえ資産や権力で従えても、圧倒的な暴力で威圧しても、仮に相手の心を操れる能力があったとしても……その基礎が無くなれば瓦解する。
すでに不平等な生物が、平等を求めること自体不可能なのだ。本来であれば、女性に囲まれた男性なんてものは存在しない。
…………ありえないのだ。
「それ以前に……睦月って、単に女癖が悪いだけで、別に『ハーレムを作りたい』とかは思ってないわよ」
それこそが、姫香があえて、睦月の女癖を直さない理由でもあった。
望む生き方をさせてかつ、目標に達成する手前を維持する。その状況を続けることでしか、今の睦月を生かす方法はなかった。
それに、睦月は『運び屋』として生涯を終えることを、最優先にしていた。ハーレムどころか資産運用の勉強すら、まともに行っている様子はない。
要するに……睦月は複数の女性と関係を持っているだけで、ハーレム願望があるわけではない。結果的にそうなっているとしても、別に望んでそうしているわけではないのだ。
「その証拠に……そこの彩未が彼氏作って離れている時も、特に気にせずキャバクラ行ってたわよ」
「え、その時姫香さんはっ!?」
「ぶっ!? ……いや私の扱いっ!?」
突然名前が出て、思わず食事中に噴き出してしまった彩未に不愉快な眼差しをぶつけてから、姫香は由希奈の質問に答えた。
無論、彩未が咳き込んでいるのは無視した上で。
「その時は、たしか…………当時嵌ってた海外ドラマ観てたわね」
「嘘だ。またどこかのレストラン相手に『道場破り』して、罰代わりに『謹慎してろ』って言われたとかだ。きっと」
「彩未うるさい」
完全に図星だったが、姫香は彩未を一睨みして黙らせた。
「はぁ……もう言うけど、別に監禁されてたわけじゃないわよ。だから当時は、従う理由も義理もなかったし」
「それでも、睦月さんの言うことを……?」
「……大人しく聞いてたわよ。自分の意思で」
もう、溜息を吐く他なかった。
「これも前に言ったと思うけど……『人を愛すること』と『人生を捧げること』は、完全に別物。それでも自分から、睦月の指示に従っていた。納得いかなければ、従わなければいいだけだしね」
「……無人島に一つしか持って行けないなら、『睦月君』と『スマホ』のどっち?」
「圏外かつ充電手段がないなら睦月。それ以外ならスマホ選んで、睦月に迎えに来て貰う」
まさしく、欲望のままに生きている姫香ならではの回答だった。
「というかそれ以前に……睦月君が言い寄ってきた女の子連れ込もうとした時に、女子力マウント取って追っ払ってなかった?」
「余計なこと言ってると、例の写真ばら撒くわよ」
「……すみませんでした」
もう茶々を入れられないと思ってか、彩未の顔は立てられたメニューに隠れてしまう。それでもまだ、声だけは飛んで来ていたが。
「でも姫香ちゃん、睦月君に言い寄る女の子全員にマウント取ってきてるじゃん」
「当たり前でしょう? 睦月に言い寄る時点で全員有罪よ」
実に自分勝手な言い分が並べられたが……由希奈はなんとなく、姫香の言いたいことが理解できてきた。
「姫香さん、すごい自信ですね……」
「当然でしょう」
要するに、睦月の周囲に何人女がいても、姫香には関係がないのだ。
その全員を(女として)打倒し、睦月の傍に立ち続ける。それこそ、姫香が愛想を尽かすまで。
「私が惹かれたのは、そういう男よ。たしかに見た目は微妙だし、慎重通り越して自己肯定感が低すぎる上に、他人に気を使い過ぎて勝手に神経やられるような性格しているけど……」
『言い過ぎじゃない(ですか)?』
姫香があまりに睦月を扱き下ろすので、思わずツッコむ二人だったが、言葉は止まない。
「それでも……何があっても、自分の規律を曲げずに走り抜ける。そんな睦月だからこそ隣に立ちたいし、他の女に『最高の男を侍らせている』って、自慢してやりたいのよ」
久芳姫香の、質の悪い愛をまざまざと見せられた由希奈はもう、何も言うことができなかった。
一方、姫香曰く『最高の男』は今……
「……ちょっと待て。何で俺、姫香の『スッポン』の世話をしてるんだ?」
「え? 親が子供のペットの世話を渋々やるようなものじゃないの?」
……自分が『ペットの世話』を押し付けられていたことに、ようやく気付いていた。
「別にいいんじゃない? 多分睦月も食べることになりそうだし」
「それはそうかもしれないけどさ……」
そして食べられる運命であるはずの『スッポン』は、綺麗に清掃された水槽内を暢気に歩き回っていた。
「それに……終わってから言うこと? それ」
「それは言うな」
一度中身を抜いた水槽内に新しい餌を盛り付けながら、睦月はそう返すしかなかった。
――ブーッ、ブーッ……
『…………ん?』
そんな時に、睦月のスマホが突如、着信を知らせて来たのだった。
レストランを後にした由希奈は彩未と共に、近くにある木陰の中に鎮座しているベンチに、並んで腰掛けた。
「まあ……精々、頑張んなさい」
そして姫香は、食事の後にそんな捨て台詞を吐いてから、公園内の奥へと歩いて行った。すぐに帰らなかったのはおそらく、食休めも兼ねて、軽く身体を動かそうとしてのことだろう。
「由希奈ちゃん……大丈夫?」
「はい……何か別の意味で、姫香さんに挑みたくなりましたけど」
「気持ちはものすごくよく分かるけど……ちゃんと、自分の気持ちに向き合ってからにした方がいいよ。半端に挑んで返り討ちに遭った娘、もう何人もいるからね」
そう言う彼女もまた、同じように返り討ちに遭ったのかと思い、由希奈は彩未の方を向いた。しかし目の前に挙げられた手は、勢いよく横に振られている。
「私は違うからね! まあ……返り討ちに遭った娘を見て、判断材料にしていたことは否めないけど」
どちらにせよ、姫香に酷い目に遭わされたのはたしかなはずだ。前に聞いた話を思い出し、由希奈は若干顔を歪めていく。それに気遣ってか、また彩未から話を振られてきた。
「もう……諦める?」
「……いいえ」
それでも、自分自身の気持ちははっきりさせたい。でなければ、その想いをずっと引き摺ることになる。
「ちゃんと、気持ちをはっきりさせてから決めます」
だから……由希奈はまだ、『諦める』という選択肢を取ることはなかった。
「後……本当にちょっと、姫香さんを負かしてみたい、って思いません?」
「『友達との喧嘩』程度なら、私も参加ね。姫香ちゃんにはいっつも泣かされてるし……」
ふと、由希奈は姫香と彩未の関係について考えてしまう。
「……何で姫香さんと、友達やってるんですか?」
由希奈と違って、彩未はもうはっきりと、答えを出していた。
しかも、一度は本気で殺されかけたこともあったはずだ。直接聞いたわけではないものの、彩未はおそらく、そのことに気付いている。それでも何故、姫香と交友を持てているのか?
そう思い、由希奈は疑問を口にしたのだった。
「う~ん……」
由希奈の問い掛けに彩未は少し考え、そして答えてきた。
「…………面白いから、かな?」
彩未はベンチに体重を預け、空を見上げながら話してくる。
「でも結局は、それが一番だと思うよ」
彩未は右手を持ち上げ、目元に翳しだした。
「利害もなく相手と付き合うって、相応の信頼関係がないと難しいんだよ。簡単に信じ過ぎると相手に利用されちゃうし、逆に信じられないと、かえって縁が切れちゃう」
「…………」
姉が『詐欺師』に狙われた件や、発達障害の影響で人付き合いが苦手なことから、彩未の言いたいことは由希奈にも理解できる。それに、今こうして話しているのも、まだ付き合いが浅い分危険な可能性もあることに、ようやく気付くことができた。
「それでも……由希奈ちゃんが今日、私に声を掛けてくれたのと同じかそれ以上に、私は姫香ちゃんのことを信じているの。まあ……『無駄な争いはしない』って分かりきってるからだけどね」
そう、『過去の評価』は大事だ。
――でなければ、相手からの『未来への期待』を得られないのだから。
『用事ができた。今日は仕事用の車で迎えに行く。時間までに終わらせるから、後で場所だけ教えてくれ』
メッセージアプリで姫香にそう連絡してから、睦月は弥生を伴ってエレベーターに乗り、一階へと降りていく。
「弥生、今日の乗り物は?」
「小型二輪で来たけど?」
「なら、それに乗ってついて来てくれ」
停止し、開かれた扉から降りた二人は、一度別れることになる。
睦月は仕事用の国産スポーツカーが置いてある整備工場に。弥生は駐輪場に停めてある小型二輪を取りに。
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