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068 運び屋達の休日(その3)
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「ありがとうございました~、今度は買って下さいね~」
「……銃弾代、払ったんだからいいでしょう」
「せめてもう少し早ければ、在庫不足を理由に吹っかけ、……丁度値下げしたタイミングでしたので、お客様はついていますね」
「どっかの爆弾魔けしかけるわよ」
適当なやり取りの後、春巻のミリタリーショップを出た姫香は、店への足として使った黒の側車付二輪車に跨った。
「お昼、どうしよう……」
ただ、ヘルメットを被り、エンジンスタートのボタンを押している間も……その後の予定が脳裏に浮かぶことはなかったが。
「料理も手間だし、外食にしようかな? う~ん……」
一先ずは一度、自宅へ帰ろうと側車付二輪車を駆る姫香。
(こんなことなら……別に、逃げなくても良かったかな?)
銃器を購入しようと、わざわざ裏社会の住人の悪銭を持ち出したのは早まったかもしれないと、姫香は若干後悔していた。
資金洗浄とて、完璧に行われている保証はない。それに、社会の表と裏では相場が違い過ぎて、経済の流れが完全に異なっている。表の資産は表で、裏の財産は裏で消費しなければ、流れに不純が生じてしまう。たとえわずかであっても、そこから足が付く可能性は、決してゼロではなかった。
だから私財を切らず、睦月の小遣いをパクってきた姫香だが……今回の試射で支払った銃弾代は、以前ちょろまかした資金の残りだった。新しい銃器が入荷すると聞いてはネコババを繰り返していたものの、それも今日、とうとう札束一つ分を余らせる結果へと繋がってしまった。
(かといって、いまさら返すのもなぁ……)
昼食のメニューと裏金の扱いを同列に悩みつつ、姫香はアクセルを緩めていく。
「……姫香ちゃん?」
街中へと入り、自宅から少し離れた場所にある赤信号に捕まっていると……横の歩道から突然、声を掛けられた。
姫香が振り返った先には、その声を掛けてきた彩未が居た。
しかも……何故か、由希奈を連れて。
時間を戻し、姫香が睦月の小遣いをパクって逃走していた頃、
「ええ~……まあ、しょうがないか……うん、じゃあまたね」
自宅のゲーミングチェアに腰掛けていた彩未は通話を切り、スマホを机の上に投げた。
彩未もまた、今日は休日だった。
しかも厄介なことに、『ブギーマン』の仕事もなければ、大学の定期試験ですら当分先で、おまけに講義の課題等も何もない。
だから誰かと遊ぼうと対人依存症を発揮し、あちこちに電話を掛けているのだが……完全になしのつぶてだった。
「どうしよう……もう、睦月君達の所行こっかな?」
睦月に恋心は抱いているものの、最後には必ず別れが待っている。だからなるべく関わらない方がいいのではと考えていた彩未だったが……それでも暇ができるとつい、傍に行きたくなってしまう。それにいざとなれば、姫香と遊びにでも行けばいい。
問題はただ一つ……向こうの都合が付くとは限らない、ということだ。
「睦月君はともかく、姫香ちゃんは私からの通知オフにしてるからなぁ……」
睦月に連絡を入れる場合、運転していることも多い為か、単純に繋がり辛いことが多い。だからよく姫香に連絡していたのだが、仕事用は『ブギーマン』として利用するので(辛うじて)無視されてはいないものの、個人用だと確実に通知オフで放置されてしまう。
とはいえ、仕事の連絡先に遊びの連絡をしようものなら……良くてガン無視、場合によっては今後の付き合いはなくなり、最悪殺されかねない。いくら彩未でも、そんな下らない理由で命は賭けられなかった。
「……ま、とりあえず家に、遊びに行けばいっかな?」
だから連絡が付き辛い二人に対して、彩未はアポなしで直接会いに行くしかなかった。
留守かどうか位はスマホを攻撃的なハッキングしてGPS情報を調べれば問題ない。
よく居留守を使われるものの、居場所さえはっきりしていれば存外どうとでもなる。たとえどちらかが出掛けていたとしても、もう片方の位置さえ自宅ならば、最悪無駄足を踏まなくて済む。
とはいえ、大体は一緒に居ることが多いので、両方とも調べるのは面倒なだけなのだが。
「さて、と……今日はどっちを調べよっかな~」
適当にコインの裏表で決めようかと考えていた彩未の下に、突如スマホの通知音が鳴り響いた。
「ん?」
机の上にあるタブレットPCに手を伸ばそうとしていた彩未だったが、目標を投げ捨てたはずのスマホに移し、手に取って着信を確認する。
相手は、今回声を掛けていない人物だった。
未だに付き合いが浅く、下手に関わり過ぎるとウザがられて、今後の付き合いに響く恐れがあるので様子見を決めていたのだが……何か用があるのか、今回は向こうから連絡が来たのだ。
「……由希奈ちゃん?」
「……で、買い物誘われたから待ち合わせして歩いている時に、由希奈ちゃんが偶々姫香ちゃんの側車付二輪車を見つけた、ってわけ」
「ふ~ん……」
彩未達と遭遇した姫香は、一度自宅に側車付二輪車を駐車してから合流し、三人で生鮮スーパー近くにある総合運動公園へと向けて歩いていた。目的地は、その入り口近くにある自然食のレストランだった。
「……でも良かったの? わざわざ私に合わせてレストランなんて」
「大丈夫ですよ。昼食は特に決めてなかったので」
「元々、急なお出掛けだったしね~」
由希奈の肯定に彩未も追随してきたので、姫香もそれ以上は気にしないことにした。
「ならいいけど……」
そうこう話している内に、三人は総合運動公園の入り口に到着していた。
この公園は数年前に新しく建て直した際、入り口近くに飲食店が立ち並ぶスペースが設けられている。姫香達が向かうレストランも、その内の一つだった。
「自然食のレストランって、私、今日が初めてなんですけれど……どういう所なんですか?」
「普通のレストランよ。使っている食材が有機栽培ってだけで」
「そういえば……私もこの辺りは、あまり来ないかな?」
店に入り、少ししてから寄って来た店員に案内されたテーブル席に腰掛けた三人は、それぞれメニューに目を通し、何を食べようかと検討し始める。
「ここ、腕はいいけど席数の割に従業員少ないから、下手に時間掛かる料理は選ばない方がいいわよ。無駄に待たされるし」
「分かりました。たしかに今日は休日ですし……」
姫香にそう言われ、由希奈も店内を見渡してから答えた。
「……他のお客さんも多いですね」
「どこも人手不足だよね~」
内心では姫香も、彩未と同意見だった。
実際、前回の仕事では睦月も、現状の人手不足に頭を悩ませていた。姫香自身は特に気にしていないが、たとえ非正規雇用でも、今後は状況に応じて増員できるようにすることで話がついている。
彩未も同じ状況なのかと、姫香は注文を通した後に聞いてみた。
「『ブギーマン』の所も、人手不足なの?」
「ううん。由希奈ちゃんが声を掛けてくれなかったら、今日の私の遊び相手がいなかった、ってだけ」
「……あんた何で、対人依存症に声掛けたのよ?」
そこで姫香はようやく、由希奈に今回のお出掛けの目的を尋ねた。親指を立てた手の甲を向けるおまけ付きで。
「えっ、と……ちょっと、彩未さんに相談したいことがあって……」
「ふ~ん……」
露骨に目を逸らしてくる由希奈を見て、姫香はなんとなくだが理由を察した。
「まあ、いいんじゃない……好きにすれば?」
その姫香の余裕を持った態度に、見透かされたとでも思ったのか……由希奈は少し、唇を噛み締めていた。
「コンビニも最近、新しい商品が増えたよね~」
「俺はあんまり、新商品を試す気にはなれないけどな……」
休日の割には人のいないコインランドリーの待合スペース。睦月が定番の唐揚げ弁当を食べている横で、弥生はコンビニの新商品と銘打って陳列棚に並んでいたサルサタコスを、全種類食べ比べしていた。
「でもやっぱり、そこまで大きな変化はないかな~……もっと珍しいの出せばいいのに、孵りかけの卵とか」
「見た目、生産、保存方法の観点から難しいだろうな……そもそもコンビニで扱っていいものじゃねえよ。ベトナム舐めんな」
唐揚げ弁当を食べ終えた後、睦月は大型の洗濯機の中で洗濯物が回っているところを眺めていたのだが、さすがにそれだけでは時間が持たない。
しかし、終了予定まで、まだ三十分以上も時間がある。
「暇だな……」
「変に時間が余ってると、なんかもったいないって思うよね~」
「……本当にな」
人間という生き物は、常に最高の状態を維持できるわけではない。どこかで休みを挟まなければ、途中で倒れてしまう。それは頭脳も同じで、思考しない時間を用意しなければ、同じく集中力が途切れやすくなる。
ある意味食休めも兼ねて、特に考えることなくぼーっとしようとした睦月だったが……手持ち無沙汰だと、どうにも落ち着くことができずにいた。
「やっぱり苦手だな……考えない時間を作る、ってのは」
「女の子抱いてる時みたいに、逆に一心不乱に何かを考えてみるとか?」
「……それは『目先の女に目が眩んでる』って言うんだよ。それにどっちかと言えば、性交は運動して諸々を発散する類だろうが」
おまけに今日は、姫香との夕食が待っている。もしかしたら、その後には(十中九分九厘)お楽しみがあるかもしれない。
そう考えるだけでも、睦月は恵まれている方だと思えた。今この場で(脳は)休めているのか、という認識とはズレてしまうが。
「ああ……でも、」
「でも?」
そこでふと、睦月がぼやいた言葉に、弥生が食い付いてくる。何だかんだ、彼女も暇を持て余していたのかもしれない。
「どうせこの後は掃除が待っているし……単純作業していれば、逆に頭使わなくて休まると思ってさ」
「でも身体は休まらないよ?」
「それは頭を休ませてからにすればいいだろ? 順番だ、順番」
目的さえ果たせれば、その過程には興味を持たない。それが睦月のやり方だ。
「結局のところ、睡眠が一番の回復手段なんだよな……夢を見ていてもちゃんと休めてるよな?」
「水泳の息継ぎみたいなものだよ。健康体ならすぐ脳の睡眠に切り替わるって」
「夢を見た日とかだと、どうも実感が湧かなくてな……」
この場で仮眠でも取れれば、とは思う睦月だが、さすがに無防備すぎるので、その考えは却下する。
「ぶっちゃけ睡眠なんて、覚醒と休息を繰り返しているだけだからね?」
「理屈では分かってるんだけどさ……にしても暇だな」
「それさっきも言った」
適当な話題を広げようとしてみるものの、時間はあまり経過していなかった。
かと言って、コインランドリー内では弥生相手に性交も仕事もできない。バッチリ監視カメラに出歯亀されてしまうので、確実に困ることになる。
主に睦月が。
「適当に本か何か、持ってくりゃ良かったな……」
「そういえば睦月って……姫香ちゃん程、スマホに依存してないよね?」
「そこまで使う必要がない上に、結構自重している部分があるからな……」
指折り数えつつ、睦月はスマホの用途を口に出していく。
「大体誰かと居ることが多いから、連絡手段としては仕事でしかあまり使わないな。SNSも自分から発信する理由も内容もないどころか、ほとんど見ないし。紙の方が好きだから電子書籍も別にいいし、姫香と違って定額配信登録してまで、いちいちスマホで映画を見る気はない。ましてやゲームなんて……」
「好きじゃないの?」
「好きだから、だよ」
少し重めに息を吐きながら、睦月は事情を告げた。
「発達障害の影響なのか、性格的な問題なのか……辞め時が見付からないまま、だらだらと物事を続けてしまうことが多いんだよ。仕事関係ならまだいいが、どうでもいいゲームに長時間掛けてしまう可能性もあるから、念の為手を出さないようにしている」
「つまり……諦めが悪い、ってこと?」
「諦めることができないんだよ。グダグダと続ける割には切っ掛け一つないとあっさり傾けない上に、辞めても何だかんだ平気だったりするし」
単に、諦めが悪いだけならいい。しかし、睦月の場合は違う。
「本当…………面倒だよな」
一度集中状態に入った睦月は自他を問わず、決め(られ)た行動を取り続けることが多い。拘りが強過ぎて、どんな状況でもすぐに切り替えることが難しいのだ。
「だからゲームの類は、なるべく絶つようにしている。特にやり込み要素の高いシミュレーション系は、下手したら延々とやりかねん」
「……あれ? でも昔、勇太の家で皆とよくゲームしてなかった?」
「今じゃ何で、あそこまで嵌ってたのかは分からないけどな……」
世間で電子機器を用いた競技類が生まれたように、続けていくにはゲーム類もまた、根気が必要になってくるのだろう。以前聞いた、プロのゲーマーが筋トレもしている話を思い出していると、睦月の耳に洗濯の終了を知らせるアラームが鳴り入ってきた。
「……銃弾代、払ったんだからいいでしょう」
「せめてもう少し早ければ、在庫不足を理由に吹っかけ、……丁度値下げしたタイミングでしたので、お客様はついていますね」
「どっかの爆弾魔けしかけるわよ」
適当なやり取りの後、春巻のミリタリーショップを出た姫香は、店への足として使った黒の側車付二輪車に跨った。
「お昼、どうしよう……」
ただ、ヘルメットを被り、エンジンスタートのボタンを押している間も……その後の予定が脳裏に浮かぶことはなかったが。
「料理も手間だし、外食にしようかな? う~ん……」
一先ずは一度、自宅へ帰ろうと側車付二輪車を駆る姫香。
(こんなことなら……別に、逃げなくても良かったかな?)
銃器を購入しようと、わざわざ裏社会の住人の悪銭を持ち出したのは早まったかもしれないと、姫香は若干後悔していた。
資金洗浄とて、完璧に行われている保証はない。それに、社会の表と裏では相場が違い過ぎて、経済の流れが完全に異なっている。表の資産は表で、裏の財産は裏で消費しなければ、流れに不純が生じてしまう。たとえわずかであっても、そこから足が付く可能性は、決してゼロではなかった。
だから私財を切らず、睦月の小遣いをパクってきた姫香だが……今回の試射で支払った銃弾代は、以前ちょろまかした資金の残りだった。新しい銃器が入荷すると聞いてはネコババを繰り返していたものの、それも今日、とうとう札束一つ分を余らせる結果へと繋がってしまった。
(かといって、いまさら返すのもなぁ……)
昼食のメニューと裏金の扱いを同列に悩みつつ、姫香はアクセルを緩めていく。
「……姫香ちゃん?」
街中へと入り、自宅から少し離れた場所にある赤信号に捕まっていると……横の歩道から突然、声を掛けられた。
姫香が振り返った先には、その声を掛けてきた彩未が居た。
しかも……何故か、由希奈を連れて。
時間を戻し、姫香が睦月の小遣いをパクって逃走していた頃、
「ええ~……まあ、しょうがないか……うん、じゃあまたね」
自宅のゲーミングチェアに腰掛けていた彩未は通話を切り、スマホを机の上に投げた。
彩未もまた、今日は休日だった。
しかも厄介なことに、『ブギーマン』の仕事もなければ、大学の定期試験ですら当分先で、おまけに講義の課題等も何もない。
だから誰かと遊ぼうと対人依存症を発揮し、あちこちに電話を掛けているのだが……完全になしのつぶてだった。
「どうしよう……もう、睦月君達の所行こっかな?」
睦月に恋心は抱いているものの、最後には必ず別れが待っている。だからなるべく関わらない方がいいのではと考えていた彩未だったが……それでも暇ができるとつい、傍に行きたくなってしまう。それにいざとなれば、姫香と遊びにでも行けばいい。
問題はただ一つ……向こうの都合が付くとは限らない、ということだ。
「睦月君はともかく、姫香ちゃんは私からの通知オフにしてるからなぁ……」
睦月に連絡を入れる場合、運転していることも多い為か、単純に繋がり辛いことが多い。だからよく姫香に連絡していたのだが、仕事用は『ブギーマン』として利用するので(辛うじて)無視されてはいないものの、個人用だと確実に通知オフで放置されてしまう。
とはいえ、仕事の連絡先に遊びの連絡をしようものなら……良くてガン無視、場合によっては今後の付き合いはなくなり、最悪殺されかねない。いくら彩未でも、そんな下らない理由で命は賭けられなかった。
「……ま、とりあえず家に、遊びに行けばいっかな?」
だから連絡が付き辛い二人に対して、彩未はアポなしで直接会いに行くしかなかった。
留守かどうか位はスマホを攻撃的なハッキングしてGPS情報を調べれば問題ない。
よく居留守を使われるものの、居場所さえはっきりしていれば存外どうとでもなる。たとえどちらかが出掛けていたとしても、もう片方の位置さえ自宅ならば、最悪無駄足を踏まなくて済む。
とはいえ、大体は一緒に居ることが多いので、両方とも調べるのは面倒なだけなのだが。
「さて、と……今日はどっちを調べよっかな~」
適当にコインの裏表で決めようかと考えていた彩未の下に、突如スマホの通知音が鳴り響いた。
「ん?」
机の上にあるタブレットPCに手を伸ばそうとしていた彩未だったが、目標を投げ捨てたはずのスマホに移し、手に取って着信を確認する。
相手は、今回声を掛けていない人物だった。
未だに付き合いが浅く、下手に関わり過ぎるとウザがられて、今後の付き合いに響く恐れがあるので様子見を決めていたのだが……何か用があるのか、今回は向こうから連絡が来たのだ。
「……由希奈ちゃん?」
「……で、買い物誘われたから待ち合わせして歩いている時に、由希奈ちゃんが偶々姫香ちゃんの側車付二輪車を見つけた、ってわけ」
「ふ~ん……」
彩未達と遭遇した姫香は、一度自宅に側車付二輪車を駐車してから合流し、三人で生鮮スーパー近くにある総合運動公園へと向けて歩いていた。目的地は、その入り口近くにある自然食のレストランだった。
「……でも良かったの? わざわざ私に合わせてレストランなんて」
「大丈夫ですよ。昼食は特に決めてなかったので」
「元々、急なお出掛けだったしね~」
由希奈の肯定に彩未も追随してきたので、姫香もそれ以上は気にしないことにした。
「ならいいけど……」
そうこう話している内に、三人は総合運動公園の入り口に到着していた。
この公園は数年前に新しく建て直した際、入り口近くに飲食店が立ち並ぶスペースが設けられている。姫香達が向かうレストランも、その内の一つだった。
「自然食のレストランって、私、今日が初めてなんですけれど……どういう所なんですか?」
「普通のレストランよ。使っている食材が有機栽培ってだけで」
「そういえば……私もこの辺りは、あまり来ないかな?」
店に入り、少ししてから寄って来た店員に案内されたテーブル席に腰掛けた三人は、それぞれメニューに目を通し、何を食べようかと検討し始める。
「ここ、腕はいいけど席数の割に従業員少ないから、下手に時間掛かる料理は選ばない方がいいわよ。無駄に待たされるし」
「分かりました。たしかに今日は休日ですし……」
姫香にそう言われ、由希奈も店内を見渡してから答えた。
「……他のお客さんも多いですね」
「どこも人手不足だよね~」
内心では姫香も、彩未と同意見だった。
実際、前回の仕事では睦月も、現状の人手不足に頭を悩ませていた。姫香自身は特に気にしていないが、たとえ非正規雇用でも、今後は状況に応じて増員できるようにすることで話がついている。
彩未も同じ状況なのかと、姫香は注文を通した後に聞いてみた。
「『ブギーマン』の所も、人手不足なの?」
「ううん。由希奈ちゃんが声を掛けてくれなかったら、今日の私の遊び相手がいなかった、ってだけ」
「……あんた何で、対人依存症に声掛けたのよ?」
そこで姫香はようやく、由希奈に今回のお出掛けの目的を尋ねた。親指を立てた手の甲を向けるおまけ付きで。
「えっ、と……ちょっと、彩未さんに相談したいことがあって……」
「ふ~ん……」
露骨に目を逸らしてくる由希奈を見て、姫香はなんとなくだが理由を察した。
「まあ、いいんじゃない……好きにすれば?」
その姫香の余裕を持った態度に、見透かされたとでも思ったのか……由希奈は少し、唇を噛み締めていた。
「コンビニも最近、新しい商品が増えたよね~」
「俺はあんまり、新商品を試す気にはなれないけどな……」
休日の割には人のいないコインランドリーの待合スペース。睦月が定番の唐揚げ弁当を食べている横で、弥生はコンビニの新商品と銘打って陳列棚に並んでいたサルサタコスを、全種類食べ比べしていた。
「でもやっぱり、そこまで大きな変化はないかな~……もっと珍しいの出せばいいのに、孵りかけの卵とか」
「見た目、生産、保存方法の観点から難しいだろうな……そもそもコンビニで扱っていいものじゃねえよ。ベトナム舐めんな」
唐揚げ弁当を食べ終えた後、睦月は大型の洗濯機の中で洗濯物が回っているところを眺めていたのだが、さすがにそれだけでは時間が持たない。
しかし、終了予定まで、まだ三十分以上も時間がある。
「暇だな……」
「変に時間が余ってると、なんかもったいないって思うよね~」
「……本当にな」
人間という生き物は、常に最高の状態を維持できるわけではない。どこかで休みを挟まなければ、途中で倒れてしまう。それは頭脳も同じで、思考しない時間を用意しなければ、同じく集中力が途切れやすくなる。
ある意味食休めも兼ねて、特に考えることなくぼーっとしようとした睦月だったが……手持ち無沙汰だと、どうにも落ち着くことができずにいた。
「やっぱり苦手だな……考えない時間を作る、ってのは」
「女の子抱いてる時みたいに、逆に一心不乱に何かを考えてみるとか?」
「……それは『目先の女に目が眩んでる』って言うんだよ。それにどっちかと言えば、性交は運動して諸々を発散する類だろうが」
おまけに今日は、姫香との夕食が待っている。もしかしたら、その後には(十中九分九厘)お楽しみがあるかもしれない。
そう考えるだけでも、睦月は恵まれている方だと思えた。今この場で(脳は)休めているのか、という認識とはズレてしまうが。
「ああ……でも、」
「でも?」
そこでふと、睦月がぼやいた言葉に、弥生が食い付いてくる。何だかんだ、彼女も暇を持て余していたのかもしれない。
「どうせこの後は掃除が待っているし……単純作業していれば、逆に頭使わなくて休まると思ってさ」
「でも身体は休まらないよ?」
「それは頭を休ませてからにすればいいだろ? 順番だ、順番」
目的さえ果たせれば、その過程には興味を持たない。それが睦月のやり方だ。
「結局のところ、睡眠が一番の回復手段なんだよな……夢を見ていてもちゃんと休めてるよな?」
「水泳の息継ぎみたいなものだよ。健康体ならすぐ脳の睡眠に切り替わるって」
「夢を見た日とかだと、どうも実感が湧かなくてな……」
この場で仮眠でも取れれば、とは思う睦月だが、さすがに無防備すぎるので、その考えは却下する。
「ぶっちゃけ睡眠なんて、覚醒と休息を繰り返しているだけだからね?」
「理屈では分かってるんだけどさ……にしても暇だな」
「それさっきも言った」
適当な話題を広げようとしてみるものの、時間はあまり経過していなかった。
かと言って、コインランドリー内では弥生相手に性交も仕事もできない。バッチリ監視カメラに出歯亀されてしまうので、確実に困ることになる。
主に睦月が。
「適当に本か何か、持ってくりゃ良かったな……」
「そういえば睦月って……姫香ちゃん程、スマホに依存してないよね?」
「そこまで使う必要がない上に、結構自重している部分があるからな……」
指折り数えつつ、睦月はスマホの用途を口に出していく。
「大体誰かと居ることが多いから、連絡手段としては仕事でしかあまり使わないな。SNSも自分から発信する理由も内容もないどころか、ほとんど見ないし。紙の方が好きだから電子書籍も別にいいし、姫香と違って定額配信登録してまで、いちいちスマホで映画を見る気はない。ましてやゲームなんて……」
「好きじゃないの?」
「好きだから、だよ」
少し重めに息を吐きながら、睦月は事情を告げた。
「発達障害の影響なのか、性格的な問題なのか……辞め時が見付からないまま、だらだらと物事を続けてしまうことが多いんだよ。仕事関係ならまだいいが、どうでもいいゲームに長時間掛けてしまう可能性もあるから、念の為手を出さないようにしている」
「つまり……諦めが悪い、ってこと?」
「諦めることができないんだよ。グダグダと続ける割には切っ掛け一つないとあっさり傾けない上に、辞めても何だかんだ平気だったりするし」
単に、諦めが悪いだけならいい。しかし、睦月の場合は違う。
「本当…………面倒だよな」
一度集中状態に入った睦月は自他を問わず、決め(られ)た行動を取り続けることが多い。拘りが強過ぎて、どんな状況でもすぐに切り替えることが難しいのだ。
「だからゲームの類は、なるべく絶つようにしている。特にやり込み要素の高いシミュレーション系は、下手したら延々とやりかねん」
「……あれ? でも昔、勇太の家で皆とよくゲームしてなかった?」
「今じゃ何で、あそこまで嵌ってたのかは分からないけどな……」
世間で電子機器を用いた競技類が生まれたように、続けていくにはゲーム類もまた、根気が必要になってくるのだろう。以前聞いた、プロのゲーマーが筋トレもしている話を思い出していると、睦月の耳に洗濯の終了を知らせるアラームが鳴り入ってきた。
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