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067 運び屋達の休日(その2)

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 道具であれば、何でもいいわけではなかった。
 状況によっては手段を選ぶことはできないものの、それは事前に道具を用意しない理由にはならない。
 だから姫香もまた、自分に合う銃を求めていた。普段でこそ睦月の自動拳銃お下がりや、予備の拳銃バックアップの為に特注した袖の仕込みスリーブガン用の小型回転式拳銃リボルバーを握るし、状況に応じて大型の銃器類長物も使いこなしている。
 姫香自身、武器に拘りはないものの……睦月と同じ自動拳銃オートマティックを使い続けられない事情があった。たとえ、自分がそう望んでいたとしても。
「…………」
 元々、自動拳銃ストライカーをはじめとした5.7mm口径の自動拳銃オートマティックは、装弾数を増やす為に二列以上の蛇腹に詰め込む複列ダブルカラム弾倉マガジンを使用している。その為に銃把が大きく、姫香の小さな・・・手には持て余してしまうのだ。
 ゆえに、姫香の前に並べられたのは全て、直列に並ぶ単列シングルカラム弾倉マガジンの小型自動拳銃オートマティックのみ。口径もまた、睦月が普段使う5.7mm小口径高速弾ではなく、一般的に普及されている上に値段も安い9mm拳銃弾のものしかなかった。
(なかなか、合わないわね……)
 口径は指定したもので、銃把の幅は希望するものに近い。けれども、実際に姫香が握ってみた結果、どうしてもしっくりこなくて、思わず眉を顰めてしまう。
「以前からご希望されていました、小型の自動拳銃オートを揃えさせていただきましたが……お気に召しませんでしたでしょうか?」
「……一応、何発か試し撃ちさせて」
 コンベアからスペース内にある台座の上に三丁の銃を選んで移し、代わりに紙幣を数枚載せた。
 残りの銃と載せられた紙幣は操作されたコンベアにより、入り口近くに待機していた春巻の下へと運ばれていく。
 服の試着等であれば着替えるだけで済むのだが、銃の試射はそうもいかない。発砲毎に起きる銃器内の部品の消耗を除いても、銃弾そのものは必ず消費してしまうからだ。
 ここが銃社会外国であれば、店によっては試射用の銃弾をつけてくれる場合もあるかもしれないが、反銃社会日本ではそれ自体が流通の難しい代物である。
 ゆえに、試射をする為には銃弾を購入する必要があった。
「今送りますね~」
 姫香の送った紙幣を確認した春巻は、再度コンベアを操作して銃弾の入ったケースを送り込んでいく。手間の掛かる手順だが、何事も安全には変えられない。特に、一瞬の油断が死を招く代物を扱っているのなら、なおさらだった。
「さて……」
 手近な一丁の弾倉マガジンを手に取り、銃弾を込めていく。
 試射用に込めるのは一つの弾倉マガジンにつき三発のみ。三点スリー撃ちバーストと同様、銃弾の無駄撃ちと部品の余計な消耗を防ぐ為に。
 かつての訓練で、姫香はそう教え込まれていた。
「……よし」
 銃弾を込め終えた姫香は、近くのフックに引っ掛けてある難聴防止用の耳当てイヤーマフを身に着け、正面に用意された円形の的に注目する。
「…………」
 まずは一丁、握った小型自動拳銃オートマティック弾倉マガジンを差し込み、銃身スライドを引いて銃弾を薬室チャンバーに装填した。
 人が銃を、飛び道具を使う感覚はそれぞれ違う。
 そのまま銃を撃つ感覚の者もいれば、何かを投げ飛ばす感覚を持つ者もいる。
 姫香が前に睦月から聞いた時は、『殴る、蹴るみたいな攻撃手段の一つ』と返された。昔の話を聞いた限りではどうも、相手を殴るのと銃弾をぶつけるのは同じ感覚らしい。
 拳銃でドッジボールをやるような異常な環境下に居たのだ。銃器が『人を殺せる凶器』だと考えられても、『便利な道具の一つ』という認識が拭えていない。だから睦月が銃器以外の物を武器に使うのもよくあることだし、最悪車で相手を轢くことも珍しくなかった。
 しかし、姫香は違う。
 姫香のいた環境では『便利な道具の一つ』ではなく、『便利な凶器の一つ』として、銃器の扱い教わっていた。だから銃把を握り、腕を伸ばして銃口を向けるだけの睦月とは違い……
「…………ふっ!」
 姫香は叩き込まれた構えで、銃口を的に向けた。

 ――ダン、ダン、ダンッ!

 姫香の撃ち方は、銃身軸の再照準Center Axis Relockと呼ばれる技法である。
 両手の親指を合わせて握る独特の構えで銃の反動リコイルを軽減させ、片目と斜めに構えた銃身で標的を正確に狙う技法だ。
「ふぅ…………」
 歴史は浅いものの、敵に対して被弾面積を小さくし、かつ近付かれても自らの銃を奪われない内に構えて発砲できる技法だが、その分扱い辛い面がある。
 訓練に訓練を重ねた正確な構えに、身体に近付けることで暴発した際のリスクを背負う覚悟。

「…………全然駄目ね」

 そして、技法や体格に合わせた銃が必要となる。
 一般的な成人男性であれば体格の分、ある程度は許容できるものの……姫香の小さな手では、そうはいかない。
 掌に納まる銃把と、構えに影響しない範囲での銃身の後退動作ブローバックを併せ持つ拳銃。かつ装弾数を意識するのであれば、回転式拳銃リボルバーよりも自動拳銃オートマティックの方が都合がいい。
 しかし、今撃った銃は……姫香にとっては外れ・・だった。
「……的には当たってますよ?」
「当たれば良い、ってものじゃないわよ……」
 鉄柵と防弾ガラスを越えて、春巻の声が飛んでくる。彼女の言う通り、姫香の放った銃弾は全て正面の的、その中心を射抜いていた。
 しかしそれは、全て姫香の方が・・・・・合わせた・・・・結果に過ぎない。
 一度構えを解いた姫香は弾倉マガジンを抜き、自動拳銃オートマティックと共に台座へと戻した。そして耳当てイヤーマフを外してから、春巻の方へと振り返って言った。
「何で私が銃に・・合わせてあげなきゃいけないのよ。睦月じゃあるまいし」
「あれ? 『運び屋』さんって意外と被虐趣味マゾなんですか?」
「失礼ね、ベッドの上ではバリバリの加虐趣味サドよ」
 何故か自分のことのようにご立腹な姫香に、春巻は一先ず最敬礼で謝罪した。相手によって、怒りの琴線は違うのだ。不快な思いをさせたのであれば、先に謝罪しておかなければ今後の商売にも響く。
 それを見て、姫香は仕方なく怒りを解き、腰に手を当てて溜息を吐いた。
「まあ……大方、発達障害考え方のせいでしょうけどね」
 ASDには、相手の表情や話し方、身振り手振り等の言外の表現が理解できない特徴がある。その為、言葉だけでは場の空気が読めない時もあれば、それ・・が原因で周囲の目を気にし過ぎてしまう傾向もある。睦月の場合は完全な後者で、周囲の人間や環境によっては『運び屋』どころか、最悪何者にもなれなかった可能性もあった。
 しかし、周囲の目を気にして、無意識に合わせようとする癖がある為か、使い慣れないものでも自分から合わせにいくことができる。物事全てではないが、使用経験値の高い車や武器類に関してならば、『何を使いたいか』以外で拘る理由があまりないようだった。
 その代わり、他の分野では扱いが荒いところがあり、女の扱いベッドの上でも加減が効かず、相手に逃げられたことが何度もあったらしい。以前、その睦月本人から睦言ピロートークで零されたことがある。
 ある意味では姫香にも共感できる考え方だが、こちらはまず譲歩という考えがない。緊急時と睦月のこと以外では、たとえ自分の身体だとしても、一切の妥協を許すことはなかった。そうでなければ厳密なアレルギーでもないのに、化学調味料に慣れようとしないわけがない。
「とにかく……今必要なのは、私の・・銃よ」
 再び耳当てイヤーマフを身に着け、二丁目の小型自動拳銃オートマティックに手を触れた。
 そして再び銃弾を込め、再度三連続で発砲する。

 ――ダン、ダン、ダンッ!

 一丁目の射撃と大差なく、的の中心に銃弾が吸い込まれていく。しかしこちらもいまいちに思い、姫香はまた弾倉マガジンを抜いて台座に置いた。
 そして耳当てイヤーマフを首に掛けてから振り返った姫香は、銃を置いた台座にそのままもたれかかった。
「新しい商品が並ぶ度に見に来てるのに……いつ見つかるのやら」
「いっそのこと、特注品カスタムメイドした方がいいと思いますけれど……『運び屋』さんの銃も、たしか特注そうですよね?」
「その作った人間があてにならないのよ……しかも緘黙症の対象該当者で口利けないし」
 あの睦月も、(頭のネジが外れていることもあるが、)昔馴染みの弥生に整備・・の依頼は出しても、点検・・を任せることはしなかった。
 特に商売道具である車や武器は、最後には必ず自分の手で、念入りに確認している。誰かへの『過去の評価信用』も『未来への期待信頼』も、苦境に陥った際に常に頼れるとは限らない。
 どんな苦難だろうと、最後は自分自身で解決できる力がなければ、意味がなかった。
 だからこそ、睦月は誰にも縋らないし、姫香に頼ることも最低限で済ませようとする。
 ……睦月に頼られるその機会を逃したくないから、姫香は準備に余念をなくそうとして、未だに終えられずにいるのだ。
「そういえば……この店って受注生産オーダーメイドはやってないの?」
反銃社会日本じゃ、需要ないですからね~……」
 春巻は顔に、苦笑いを浮かべていた。
 そもそも銃の受注オーダーどころか、特注カスタムすら世界的に需要が少ない。大体はメーカー品で満足してしまう世の中で、個別に銃を調整してくれる『技術屋』自体が珍しかった。
 それ以前に……弥生は別に、銃の専門家でも何でもない。ただの(イカれた)天才だ。
「なら、他を当たるしかないと思いますけれど……」
「私もそう思うけど、そんな都合良く条件に合う店や人間なんて……あ」
 その時、姫香の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
 反銃社会日本に引っ越してきた後も『銃器職人ガンスミス』を目指し、かつ狙撃銃ライフル整備・・自体は完璧にこなしていた少女のことを。
「落ち着いたら、ちょっと当たってみようかな……」
「どなたか……心当たりが?」
「最近引っ越してきたドイツ人。まだ営業前だし、腕前も確かめてみないとだけどね」
 三度身に着けた耳当てイヤーマフ、装填した三丁目の自動拳銃オートマティックを構えて、姫香は引き金を引いた。
 相変わらずの的中率だったが……射線上の結果よりも、銃との噛み合わなさに姫香は目を細め、口元を歪めていた。



 ――ガチャ!
「突撃隣のひるごは~ん……って、何やってるの?」
「……見ての通り、洗濯物を干しているところだ」
 英治を送った後に帰宅した睦月は購入したセール戦利品を運び入れると、今度は事前に回していた洗濯機から中身を取り出し、洗濯物を干していた。そんな中、また弥生がアポなし訪問してきたのだが……今朝とは違い、今は構っている余裕がない。
「これからコインランドリーに行って、シーツ類大物洗濯してくる予定なんだよ」
「ふ~ん……あれ、姫香ちゃんは?」
「今日は休日オフ……俺の小遣いへそくりパクって、出掛けて行きやがった」
「ああ……だから今日、不機嫌なんだ」
 来たばかりの弥生は知らないが、(帰宅途中で英治相手に散々愚痴っていたものの、)未だに怒りが収まりきらなかったらしく、睦月自身の顔に出ていたようだった。
 しかしいつものことかと、玄関前に居た睦月を避けて入室してくる弥生。真っ先に向かったのは無論、冷蔵庫だった。
「……あれ、何もないの?」
「買い出し前だよ。しかも先約有りで、今日は食材まで買う予定はない」
「え~……」
「だから昼はコンビニで買って済ませようとしてたんだよ。どうせ終わるまで、コインランドリーの中で待ってるつもりだったし」
 愚図り出す弥生に、睦月はランドリーバッグを一つ持ち上げて投げ渡した。
「コンビニ飯でいいなら奢ってやるから、少しは手伝え」
「う~ん……まあ、いいけどさ」
 残りのランドリーバッグを手に出掛けようとする睦月に従い、弥生もまた玄関へと戻っていく。
「というか……何で毎回俺の家うちに来るんだよ? お前は」
「近いし婆ちゃんから説教受けたくないし何だかんだ奢ってくれるし」
「……ん?」
 その時ふと、睦月の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
「いや待て……あいつ・・・の所は?」
「あいつ、って……ねえちゃんのこと?」
「そうだよ……」
 弥生が『ねえちゃん』と呼び慕っているのは一人だけ。睦月もまた、昔馴染みの中ではガキ大将姐御とは別に、格上の女だと思っている人物だった。
「よくよく考えたら、あいつの所に行けばいいじゃねえか。そっちには行かないのか?」
 弥生妹分には何だかんだ甘い彼女のことだ。睦月と同様に奢るなりしそうなものだが……
「……あれ? もしかして知らないの、睦月?」
「何が?」
 首を傾げる睦月に、弥生は脱いだばかりのアウトドアブーツを履き直してから、睦月の方を見上げてきた。
ねえちゃん、大学に進学したのは知ってるでしょう?」
「偶に学費、稼ぎに来るからな。引越し前にも一度、出稼ぎマガリに付き合わされて……あれ、あいつまだ大学にいるのか?」
 現役合格のはずなので、留年等でなければすでに卒業していてもおかしくない。なのに、未だに学費を求めて出稼ぎに来ている。
 金が入用だとしても、わざわざ学費だと嘯く理由も必要性もないし、わざわざ睦月弟分相手に学歴マウントを取りに来る程馬鹿でも暇人でもない。
「そういえば……いつだったか、『研究を続ける』とか言ってたような…………」
「うん、今は大学院生やってるよ。それで『博士課程に進学したから超忙しい』、って」
「物好きだな、あいつも……」
 要するに、忙しくて弥生に構っていられないらしい。
 ならば仕方ないと、兄貴分である睦月は諦めて、弥生妹分の面倒を見ることにしたのだった。
「せっかくだし、夏季休暇夏休みとかに会いに行かない?」
「……気が向いたらな」
 玄関の鍵を掛けた睦月は荷物を抱え直しながら、弥生にそう返すのだった。
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