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036 案件No.003の後日談

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 バーベキューの日から数日後、ゴールデンウイークももうすぐ終わる頃合いだった。

 ――ブーッ、ブーッ……

 休日でまだ時間がある内にと、睦月が整備工場で自動拳銃ストライカー(弾倉マガジン型の煙幕スモーク手榴弾グレネードを使用した銃)の分解整備をしている中、近くに置いていたスマホが鳴り出す。
「……彩未か」
 そう呟くと、睦月は清掃していた自動拳銃ストライカー部品パーツを置いた。
 ここには他の人間もいるので、睦月は持ち上げたスマホを通話状態にし、スピーカー状態にしてから置き直した。
『……あ、睦月君?』
「仕事の報告か?」
『うん、そう……』
 若干歯切れの悪い物言いだが、睦月が対応可能だと判断してか、そのまま報告を始めてくる。
『結論から言うけど……弥生ちゃんの依頼人は、そのお婆ちゃんだったよ』
「マジ、か……」
 睦月は、先日の依頼が終わった後すぐに、『ブギーマン彩未』に依頼を出していた。
 その内容は、『『ペスト弥生』の依頼人を探る』ことだった。
 そしてその結果は、思わず顔を覆いたくなってしまう程に酷かった。
「……一番最悪のパターンだな」
『どういうこと? ずっと気になってたんだけど……』
「多分だが……婆さんも仲介人だ。依頼人は別に居る」
 依頼も終わり、自宅マンションまで戻ってくる少し前に、ふと睦月の脳裏にある疑問が浮かんでいた。
「弥生はたしかにトチ狂っちゃいるが、理由もなく国相手に喧嘩吹っかけるような奴じゃない。そして面白半分に依頼するなんて金の無駄、普通は誰もやらねえよ……誰かが暁連邦共和あの国に攻撃を仕掛けている可能性がある」
『え? 公安警察とかじゃないの?』
「だったら、わざわざ『爆弾魔ペスト』を雇って全滅にする必要はないし、何より……時系列的におかしいんだよ」
 弥生が仕事を請け負っていたのは、ゴールデンウイーク前のことだった。
 無論、別の仕事を請けた後に、暁連邦共和国の工作船を沈める依頼が来た可能性もあるが……弥生はこう言っていた。
『暁連邦共和国の工作船だよね? 『日本こっちに来るから沈めてくれ』、って依頼が来たから色々と・・・準備して・・・・、ついさっき遠隔爆破し終わらせたけどさ』
 つまり、その依頼人は……事前に知っていたのだ。工作船が来ることを。
「俺達でも、連中が来ることを知ったのは直前ギリギリだぞ? しかも国家機関や警察組織とかじゃないとなると……誰が何の目的で、工作員の船を沈めさせたんだ?」
 わざわざ資金を用意し、和音を通して『ペスト弥生』に依頼する理由は何か?
 警察組織等が事前に知っていたのであれば、現場に組織の人間を送り込めばいい。ただの一般人で偶々知ったのであれば、証拠と共に通報すればいいだけの話だ。
「俺も最初は、暁連邦共和あの国を恨んでいる人間が依頼したのかとも考えたんだけどな……」
 なのに、そのどちらでもないのであれば……
「……それこそ真っ先に思い浮かぶのは、拉致被害の関係者だろう? だったら、そいつ等生け捕りにして情報を得るなり交渉するなりした方が、被害者を助けられる可能性が高い。とっくに死んでるとかでもない限りは、絶対に・・・選ばないはずだ」
 情報を得る速度と正確さ。組織だとしても小規模、個人で動いていてもおかしくない程の即応性。おまけに、『ペスト弥生』に依頼する資金と仲介人和音とのコネクションの両方を持っているとなると……
「……裏社会の住人で、暁連邦共和あの国に喧嘩を売ろうとしている奴、もしくは連中がいる。しかも日本こっちへ来た工作船を沈めたってことは……『拉致被害者を助ける算段が別にある』か『単純な報復行為』、もしくはその両方だろうな。『拉致被害者を減らす為』ってのも考えられるが……少なくとも、拉致被害の関係者に、裏社会の住人が混じっている可能性が高い」
『それって……近い将来、荒れる・・・かも・・ってこと?』
「下手したら戦争規模レベルでな……」
 以前、睦月も依頼人の関係者名児耶に言った話だ。
『裏社会はたとえ顔馴染みでも、仕事で競合して死んでも恨みっこなし、ってのが暗黙の了解ルールだ。あっても身内の仇討ちとかその程度。当事者間の問題トラブルは、お互いが納得できればそれで『はいおしまい』なんだよ』
 それは、逆に言えば……当人達が納得しなければ、たとえ相手が国だろうと神仏の類だろうと、容赦なく敵対するということだ。
 特に厄介なのが、和音に依頼できる程の人脈を持っているという点だろう。手段の為に目的を選ばない弥生とは違い、あの歳まで平然と情報屋を続けている実力の持ち主なのだ。少なくとも、一山幾らの素人を相手にするとは思えない。
 それだけでも、今回の弥生の依頼人の、その能力の高さが窺える。
「彩未……お前、さっさと引退した方が良かったんじゃないか? 下手したら国レベルの厄介事に巻き込まれるぞ?」
『ただいま絶賛後悔中……』
「まあ、何にせよ……」
 最初の歯切れの悪い物言いについて、知識量と経験則を基に彩未の現状を推測した睦月は、会話を締める為の一言を口にした。
「……俺は依頼した時に、ちゃんと忠告したぞ? 『もし婆さんだったら、名前が出た時点ですぐ手を引け』って」
『いやぁ、ちょっと自分の実力を試してみたくてつい……睦月君助けて』
「依頼内容を守らないから、そうなるんだよ……」
 昔一度、睦月達に捕まった過去があるにも関わらず、学習能力がないのかと疑ってしまう程に酷い状況だった。最悪、睦月に頼れば助かるとでも、甘い考えを抱いていたのだろうか。
 推測ではあるが、彩未は現在、和音達に囚われている可能性が高かった。いや、もうほぼ確定だろう。それでも連絡を寄越せたということは、背後に居る睦月に配慮してくれたのかもしれない。もっとも、向こうが歯牙にも掛けていない可能性もあるが。
 そして残念なことに、睦月にできることは限られていた。
「俺に預けてる分の金を交渉の材料カードにしろ。それ以外に助ける手段を持ち合わせてねえよ」
『うわ酷っ! 私を連れて逃げるとかしてくれてもっ、』
「お前も結構、無茶言うな……」
 老獪な情報屋、しかも昔馴染みとくれば、睦月にとってはもはや化け物だ。
 真正面から殺そうとしても事前に察知して逃げられるだろうし、暗殺依頼を含めた情報戦は相手の領域テリトリー。殺害の成功失敗に関わらず、報復が必ず来るのは自明の理だ。睦月が和音を殺す為には、それこそ人生を賭けなければならない。
 そして睦月にとって……彩未を助けるだけ・・では、和音を敵に回す理由には足りない。
 だから睦月は彩未に依頼する際、事前に忠告しておいたのだ。『名前が出た時点ですぐ手を引け』と。
「諦めろ、相手が悪すぎる……そうだろう・・・・・婆さん・・・
『……まったく、自分の女位、ちゃんと面倒見たらどうだい?』
 電話口に突如、彩未以外の声が混ざる。どうやら向こうも、スピーカーモードで通話していたらしい。
「無駄な争いはしない主義なんだよ。殺してない、ってことはあんたも同じだろう?」
『この小娘殺した方が、厄介だからね……敵に回したくないのはお互い様さ』
「喜んでいいのかどうか、微妙な評価だな……」
 和音にとって、少なくとも睦月との関係が壊れる程度には、彩未との仲が親しいものだとは把握されていたらしい。でなければ、報告の電話すらする暇もなく潰されていたはずだ。
「……で、婆さんの方から連絡がないってことは、保険の・・・範囲外・・・ってことでいいんだよな」
『ああ……まだ・・、ね』
 最後にそう言い残すと、和音の方から通話を切ってきた。
「『まだ・・』、ね……」
 その一言だけで、睦月の脳裏には不安要素が無数に浮かんできてしまう。もし一人であったならば、思考の迷路に迷い込んでいたかもしれない。
「かなり、大きな問題になっているみたいだね……」
「……やっぱりそう思いますか? 京子・・さん」
 思考を遮られたことで、袋小路に追い込まれることがなくなった睦月は、壁にもたれている京子の方を向いた。
「少なくとも、私が知る限り……警察側が今回のことを知ったのは、全てが終わった後だよ。しかも事後処理に動いていた公安警察ですら、最低限のことしかせずに、面倒事を所轄に回してしまっていたらしい」
 京子の話が本当であれば、やはり睦月の考え通り……暁連邦共和国に対して、並々ならぬ憎悪を抱く存在が居る。個人か集団かは分からず、非公式であることしか分かっていない。
 和音に尋ねる、という手もなくはないが……相手が相手だ。よくて相場以上を吹っ掛けられ、最悪敵対の道を歩みかねない。
「まあ、こちらでも調べてみるよ……その為に私を呼んだんだろう?」
「プラス、身体も目当てだったんですけどね……」
 しかし仕方がないとばかりに、京子は睦月に対して、肩を竦めてくる。
「何なら今度、調べた結果と共に提供してあげるよ。それに……今日は用事があるんじゃなかったかな?」
「それまで暇なんですよ。だから自動拳銃こいつの整備もしてたってのに……というか、」
 身体を起こし、背を向けてくる京子に、睦月は言葉を続けた。
「いいかげん、人を情報屋代わりに使うの、止めてくれません? 情報屋婆さんならすぐにでも紹介しますから」
「残念ながら……一介の公務員の予算や給料しか持ち合わせてないんでね」
 せめてこれだけでも、と京子は睦月にあるものを投げつけてから、整備工場の裏口を通って外へと出て行った。
「ぼったくられすぎだろ……俺」
 投げつけれられた布の塊を広げてみる睦月。
 それは……黄緑色の下着ショーツだった。彩未から電話が来た際、到着と同時に入ったトイレから丁度出てきたところだったので、おそらくは事前に脱いでいたのだろう。
「もうちょっとだったのに……」
 もう少し、電話が遅ければ京子とよろしくやれたのに、と睦月はぼやいてから、下着ショーツを分解した自動拳銃ストライカーの横に置いた。せめてもの抵抗とばかりに、広げた状態で。
「彩未ももう少し、時間を遅らせて……、」
 そこでふと、睦月の言葉が途切れた。
時間を・・・遅らせて・・・・……?」
 脳裏に、ある疑念が生まれたからだ。

「…………何で、なんだ?」

 拉致問題そのものは、昨日今日の出来事じゃない。それこそ数十年規模での話だ。
 なのに、工作員に対して反撃に出た話は、睦月が知る限り、今回初めて聞いた。無論、公安警察等の国家機関が秘密裏に処理した可能性もあるが、少なくとも、暁連邦共和国に対して強気の姿勢を見せたなんてニュースは聞いたことがない。
「今まで、暁連邦共和国向こうが何も仕掛けてこなかったからか? それとも……」
 睦月は両掌を合わせ、顔の前に持ってくる。
「…………攻撃する準備が整った?」
 そう考えると、全ての辻褄が合う。
 十年単位、下手したらそれ以上の執念で周到に準備を整え、今まさに攻勢に転じようとしている存在。
「厄介なこと、この上ないな……」
 その者、もしくは者達が何を企んでいるのかは不明だ。しかし、国家の意向法律に従えないだけの・・・犯罪者とは違い、国そのものに喧嘩を売るということは……たとえ小国であろうとも、世界が動くということだ。
 個人が国家に敵対するのであれば、その影響は計り知れない。確実に、社会の裏表を問わずに波紋を呼び起こすことになる。
 ただでさえ、国に喧嘩を売る手段は限られているのだ。国の代表を暗殺するだけでも政治は荒れるが、もしNBC兵器を持ち出されてしまえば……無関係な一般市民にまで、被害の手が及ぶ。
 しかも、睦月達の目の前で攻撃が始まったということは、まず確実に巻き込まれるのは……日本この国だ。
「どこのどいつだよ。こっちは引越したばっかりだってのに……あ、」
 瞬間、睦月はある人物のことが頭に浮かんだ。

「まさか…………親父じゃねえだろうな?」

 引越し後のタイミングで起きた今回の件。しかも、秀吉は別れ際にこう言っていた。
『そのやりたいことをやる為に、必要なものがあってな……それでちょっと、やばい仕事に手を出しちゃった』
「それが、今回の件と関係あるとすれば……」
 疑問は尽きない、しかし証拠もない。
 これ以上の考察は不可能だと判断した睦月は、身体から嫌な気を出すように息を吐いた。
「とりあえず……次会った時に『関係ある』ことが分かったら、一発蹴ろう」
 そうぼやいてから、睦月は自動拳銃ストライカーの分解整備に戻った。
 何せ、睦月の空き時間は少ない。



 この後用事がある上に……明日は姫香とのデートが待っているのだから。
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