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0-001 転生前後の話
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……今日、僕は死にます。
生まれてから今、この瞬間に至るまで……僕はこの病室でしか現実を知らない。
物心ついた時から病気でベッドの上から動けず、両親やお医者さんの治療の甲斐なく、僕は今日死んでしまいます。
もう、意識が薄れてきている……いつも眠る前に襲い掛かる睡魔じゃないことは、これが死期だということだけは分かります。
ただ、それでも……ベッドの上でできることは、何でもやってきたつもりでした。
ゲームもした、漫画や小説も読み、理解する為に勉強だってしてきていた。
でも……それだけだった。
僕は何も、この世の中に残していない。最後に生きた証を残したいと思っても、気付いた時には死期が目の前まで来ていた。
僕は今日、このベッドの上で死んでしまいます……でも、僕の心には未練が生まれていました。
「ゲームに費やした時間を取り戻したい……」
別に、ゲーム自体が無益だと考えているわけじゃないです。映画みたいなものもあれば、現実の代わりに非現実を楽しめるものもありました。動けない身体の代わりに、空想上だけでも運動することだってできました。
でも……ただ、それだけでした。
僕はゲームをプレイしただけ、ただ楽しむだけで……何も生み出したことはありませんでした。
「その十分の一でもいいから、もっと生きたかった……」
生きて、僕だけの証を残したかった……それだけがずっと、心残りで……
『――ならば、取引をしませんか?』
……その時だった。薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえてきたのは。
もう、僕に声を出すことはできません。
(あなたは誰ですか?)
だから脳裏でそう問い掛けた僕に、その無機質な『声』はただ、『神でも仏でも悪魔でも、好きに呼んで下さい』と返してきました。
そして『声』は、そのまま話を続けてきます。
『――あなたを過去へと飛ばします。あなたがゲームで培った『もの』、その全てと共に』
それが最初、どういうことなのかは分かりませんでした。それでも、僕に理解できたことはあります。
また生きられる。たとえどこに行くことになろうとも、僕はまた生きられる。
そして今度こそ……僕の生きた証を残すことができる。
だから僕はその『声』に、藁にも縋る思いで答えました。
(お願いします……)
と。
『――分かりました。では目的の為に、よろしくお願いいたします』
(目的……ですか?)
そうだ。今まで病気に蝕まれていたことを除いて、僕は何不自由なく生活していた。
けれども、世の中はただで生きられるわけじゃない。空想の世界だけでも、何らかの対価を払わなければならないことは理解している。
でも、今の僕には生きてやりたいことがある。それができるのであれば、その目的だって果たしてみせる。
そして……消えゆく意識がいつも寝る前に訪れる睡魔に差し替わる中、僕はその『声』に尋ねました。
(ところで……僕は何をすればいいのでしょうか?)
『――あなたに果たして欲しい目的はただ一つ……』
そして、『声』と共に、僕は過去へと飛び立ちました。
『――どんな手段を用いても構いません。世界の未来の為に……』
ある目的、そう……
**********
『――世界の未来の為に……映画上映中にスマホを点けたら死罪となる法案を、絶対に可決させて下さいっ!』
「という目的の為に、協力して下さい。お願いします」
突然の懇願に、一瞬眩暈が襲ってきた。
「……ごめんなさい。ちょっと考えさせてもらってもいいかしら」
私はある学校の生徒として生活していた一少女……のはずだった。
しかし目の前の少年(精神年齢はともかく、肉体的には少し年上だと思う)の話を聞いていると、色々と頭が混乱してしまう。
私は何とか冷静さを保ち、感情を抑えつつ、一先ず内容を整理してみることにした。
1、目の前の少年は、未来から逆行してきた(要確認)
2、第三者の目的の為に、過去へとやってきた(要確認)
3、その第三者は、映画上映中にスマホを点ける未来を止めるのが目的(話のみ)
4、彼が持つ能力は、未来(前世?)で遊んでいたゲームで培ったもの全て(要確認)
5、自分の正体も、彼が遊んでいたゲームのNPCであること(記憶に齟齬有、信憑性大)
6、そして……第三者の正体が不明であるということ
(その『声』の正体は分からないけれど……何が目的なの?)
はっきり言って、意味が分からない。
世界の未来の為に、といいつつ目的である少年にやらせたいことが、映画上映中のスマホの使用を止めることだというのが分からない。死罪はやり過ぎにしても、法で規制させたい程に止めさせたい理由とは何なのか?
(単なる私怨? それとも……上映中のスマホの点灯が原因で、未来が大変なことになるとか?)
私自分もそうだけど、そんなふざけた能力を渡した上で過去への転生を行えるのなら、その『声』が世界そのものに干渉することだって可能なんじゃないのかしら……?
(それなのに……わざわざ彼を能力付きで転生させた理由は?)
どちらにせよ、今は情報が足りない。
すると、少年が物珍しそうにファーストフードの店を眺めているのが見えた。
(まあ、何にしても……)
「ねえ、あなた……お金はある?」
「えっと……これでいいですか?」
記憶にあるものとは違う貨幣を差し出された。それが本物なのかは分からないけれど……植え付けられた分では偽物じゃないと示しているので問題ないだろう。
「じゃあ、一旦食事にしましょう」
嬉しそうに何度も頷く少年を見て、私は一先ず、彼を年下として扱うことにした。
「……あ、その前にちょっといいかしら?」
結論から言うと、お金は問題なく使えた。
「ごめんね……もうちょっと考えさせてくれる?」
「大丈夫ですよ。急ぐ理由はないですから」
(と、言われてもね……)
注文したセットのポテトを摘まみつつ、向かいの席でハンバーガーを齧っている少年から視線を外し、私は先程購入した新聞を広げた。
お金が使えるかの確認もあったけれど、必要な情報が得られるかもしれないと購入したものの一つだった。
(日付は過去になっている……それに、情報も古い)
空想上の人物とはいえ、現実を基にしたゲームだったということもあり、知識の矛盾はそこまで大きくない。それに、与えられた知識も自分のものにうまく融合されている。多少は混乱したものの、これなら生活する上で常識から大きく外れることはないだろう。
(それにしても……)
軽く斜め読みしただけでも、今はスマホどころか携帯、果てはインターネットすら普及する前の時代だということが分かる。無論、映画館はもうすでに運営されているし、この時点でマナーを守らない鑑賞客も一定数は存在するはずだ。おまけに法整備がまだ進んでいない部分もある上に、時代的な価値観で未来よりも大雑把なところもあったと思う。
それでも今の時代に飛ばし、未来のアイテムであるスマホを規制する法案を可決させろと言うのは……
(もしかして……自分に都合のいい政治家を作るのが目的?)
目的が主なのか、それとも単なる次いでなのか、考えなければならないことは多い。
それに……自分自身の今後についても、だ。
(色々考えて分かったけれど……私は何故か、彼に好感を抱いている。出会ったばかりであるはずの、彼に?)
そもそも何故、私は彼の味方でいようとしているのだろうか。そう考えてみると、思考に矛盾があるのが分かる。おそらくは認識阻害や印象操作の一種かもしれない。
「ねぇ……あなたの能力って、詳しく聞いてもいいかしら?」
「あ、はい! いいですよ」
根が純粋過ぎるのか簡単に説明してくれたけれど……教えられていく内に、その内容が非常にまずいことが分かってしまう。
1、ほぼ無限といっても差し支えない位の資金源(ゲーム内通貨を換金した累計)
2、空想、現実問わずの知識量(ゲームに関することのみで、使えないものもある)
3、空想、現実問わずの技術(但し世界に魔力がなくて、魔法全般が使えない)
4、空想、現実問わずのアイテム(素材含め、ただ取り出すことしかできない)
5、NPC召喚(収集的な意味で持っているキャラクターを呼び出すことが可能)
6、不老及び周囲への認識阻害(NPC含めて若いまま、不審に思われない)
7、生物、無生物を問わず乗物の召喚(世界に合わせて改変されて召喚される)
8、運動能力の向上(ゲーム内での平均運動量-前世での運動量で、これは自己管理)
9、そして恐れていた通り……性行為関係の能力向上
「でも性交って、どうすればいいのか分からないんですよね……」
「そうね……まずは恋人を作るところから、始めてみたらいいんじゃないかしら」
何てとぼけてみたけれど、私は内心5と9、そして自分自身に掛けられた縛りが一番厄介だと思い知らされた。
(彼が本気を出したら……呼び出したNPCを道具みたいに使い潰すかもしれない)
冷たい考え方にはなるけれど、私含めてNPCだけに被害がいく分には問題ない。元々は架空の存在だ、ここにいること自体が間違っている。それに知らないNPCが好き放題されようとも、自覚できない以上良心が痛むことはないだろう。
でももし……その欲望の捌け口が世界に、そこに生きている人達に向かったら?
そして短絡的に目的を果たす、つまり……世界の征服や滅亡でスマホやその概念を握り潰そうとしたら?
(どう転んでも……目的だけに能力を使わせるしか、彼が世界を滅ぼすのを防ぐ手立てがない)
たとえ架空の存在だったとしても、今私は生きているのだ。別に正義感なんて持ち合わせてなんていない。もうそこまで子供じゃないのだから。
けれども……世界が滅びて困るのは、私も同じなのだ。
……だったら、私のやるべきことは一つ。
「ところで聞きたいのだけれど……なんで私を最初に呼び出したの?」
「えっと……僕が好きなキャラの中で、一番頭が良さそうだったから…………まずは相談相手が欲しくて、それで……………………」
「そう……それはありがとう」
(いろんな意味で、ね……)
ある意味運が良かった。
事前に聞いている限り、死んでしまうまでは闘病生活が長くて箱入り状態、性欲も理解できていない程に精神年齢が若かった。
それなら今のうちに……彼の生き方を矯正できるかもしれない。
さすがに好感度はどうしようもないけれど、それだって彼が『好きな相手』だと錯覚していると自覚できるだけ、まだましだ。何なら今から、彼を素敵な男性に教育することだってできる。
そして本来の目的も……今のうちに政治家を何人か育てておき、支援組織をいくつか用意しておけば、問題なく達成できるだろう。
(それと並行して、好感度の縛りの解除と……『声』の正体を探る)
経済力だけでも世界まるごとを買えてしまう程に反則級なのに、それ以上に力を与えてくる存在。
いくつもの能力を与えられたものの、純粋過ぎて使い方に迷っている少年。
そして訪れるであろう、スマホ社会の未来と用意しなければならない結末。
本来ならば一生徒の範疇を超える内容だけど……今の私はどこか、それを面白く感じてしまっている。
「あなたの目的に協力してもいいんだけど……一つだけ条件を出してもいいかしら?」
「何ですか?」
私の精神は、完全に縛られているわけじゃない。
「あなたの目的を達成する為に……私が中心になって活動してもいいかしら? 必要になれば何か協力をお願いするかもしれないけれど、基本的に私と他の人達だけで行動しようと思うの」
「いいですよ。僕には難しそうな話ですし……僕はただ、自由に創作活動をしながら生活しているだけでもいいってことでしょうか?」
「ええ、そうよ……それで十分よ」
おそらくは自身の欲望……自己意識が好感度に対する矛盾をついて、自我を形成できているのだろう。
何にせよ……能力という巨大な力を身近に置き、それを基に世界を変革させようというのだ。たとえ中二病じゃなくても……こんな面白いことは他にない。
そしていずれは……その『声』の正体も暴いてみせる。
「面白くなってきたわね……」
思わず独り言が漏れてしまう程に、私は今後が楽しみになってきていた。
さあ、始めよう。無自覚な能力持ちを導いて、世界を救う物語を。
「ところで、映画館って行ったことがないんですけれど……そこは『化け物の巣』なんですか?」
「空想的な意味ではそうかもしれないけど……全然違うわよ」
どうやら……人間に常識を教えることも、NPCの仕事の一つらしい。
生まれてから今、この瞬間に至るまで……僕はこの病室でしか現実を知らない。
物心ついた時から病気でベッドの上から動けず、両親やお医者さんの治療の甲斐なく、僕は今日死んでしまいます。
もう、意識が薄れてきている……いつも眠る前に襲い掛かる睡魔じゃないことは、これが死期だということだけは分かります。
ただ、それでも……ベッドの上でできることは、何でもやってきたつもりでした。
ゲームもした、漫画や小説も読み、理解する為に勉強だってしてきていた。
でも……それだけだった。
僕は何も、この世の中に残していない。最後に生きた証を残したいと思っても、気付いた時には死期が目の前まで来ていた。
僕は今日、このベッドの上で死んでしまいます……でも、僕の心には未練が生まれていました。
「ゲームに費やした時間を取り戻したい……」
別に、ゲーム自体が無益だと考えているわけじゃないです。映画みたいなものもあれば、現実の代わりに非現実を楽しめるものもありました。動けない身体の代わりに、空想上だけでも運動することだってできました。
でも……ただ、それだけでした。
僕はゲームをプレイしただけ、ただ楽しむだけで……何も生み出したことはありませんでした。
「その十分の一でもいいから、もっと生きたかった……」
生きて、僕だけの証を残したかった……それだけがずっと、心残りで……
『――ならば、取引をしませんか?』
……その時だった。薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえてきたのは。
もう、僕に声を出すことはできません。
(あなたは誰ですか?)
だから脳裏でそう問い掛けた僕に、その無機質な『声』はただ、『神でも仏でも悪魔でも、好きに呼んで下さい』と返してきました。
そして『声』は、そのまま話を続けてきます。
『――あなたを過去へと飛ばします。あなたがゲームで培った『もの』、その全てと共に』
それが最初、どういうことなのかは分かりませんでした。それでも、僕に理解できたことはあります。
また生きられる。たとえどこに行くことになろうとも、僕はまた生きられる。
そして今度こそ……僕の生きた証を残すことができる。
だから僕はその『声』に、藁にも縋る思いで答えました。
(お願いします……)
と。
『――分かりました。では目的の為に、よろしくお願いいたします』
(目的……ですか?)
そうだ。今まで病気に蝕まれていたことを除いて、僕は何不自由なく生活していた。
けれども、世の中はただで生きられるわけじゃない。空想の世界だけでも、何らかの対価を払わなければならないことは理解している。
でも、今の僕には生きてやりたいことがある。それができるのであれば、その目的だって果たしてみせる。
そして……消えゆく意識がいつも寝る前に訪れる睡魔に差し替わる中、僕はその『声』に尋ねました。
(ところで……僕は何をすればいいのでしょうか?)
『――あなたに果たして欲しい目的はただ一つ……』
そして、『声』と共に、僕は過去へと飛び立ちました。
『――どんな手段を用いても構いません。世界の未来の為に……』
ある目的、そう……
**********
『――世界の未来の為に……映画上映中にスマホを点けたら死罪となる法案を、絶対に可決させて下さいっ!』
「という目的の為に、協力して下さい。お願いします」
突然の懇願に、一瞬眩暈が襲ってきた。
「……ごめんなさい。ちょっと考えさせてもらってもいいかしら」
私はある学校の生徒として生活していた一少女……のはずだった。
しかし目の前の少年(精神年齢はともかく、肉体的には少し年上だと思う)の話を聞いていると、色々と頭が混乱してしまう。
私は何とか冷静さを保ち、感情を抑えつつ、一先ず内容を整理してみることにした。
1、目の前の少年は、未来から逆行してきた(要確認)
2、第三者の目的の為に、過去へとやってきた(要確認)
3、その第三者は、映画上映中にスマホを点ける未来を止めるのが目的(話のみ)
4、彼が持つ能力は、未来(前世?)で遊んでいたゲームで培ったもの全て(要確認)
5、自分の正体も、彼が遊んでいたゲームのNPCであること(記憶に齟齬有、信憑性大)
6、そして……第三者の正体が不明であるということ
(その『声』の正体は分からないけれど……何が目的なの?)
はっきり言って、意味が分からない。
世界の未来の為に、といいつつ目的である少年にやらせたいことが、映画上映中のスマホの使用を止めることだというのが分からない。死罪はやり過ぎにしても、法で規制させたい程に止めさせたい理由とは何なのか?
(単なる私怨? それとも……上映中のスマホの点灯が原因で、未来が大変なことになるとか?)
私自分もそうだけど、そんなふざけた能力を渡した上で過去への転生を行えるのなら、その『声』が世界そのものに干渉することだって可能なんじゃないのかしら……?
(それなのに……わざわざ彼を能力付きで転生させた理由は?)
どちらにせよ、今は情報が足りない。
すると、少年が物珍しそうにファーストフードの店を眺めているのが見えた。
(まあ、何にしても……)
「ねえ、あなた……お金はある?」
「えっと……これでいいですか?」
記憶にあるものとは違う貨幣を差し出された。それが本物なのかは分からないけれど……植え付けられた分では偽物じゃないと示しているので問題ないだろう。
「じゃあ、一旦食事にしましょう」
嬉しそうに何度も頷く少年を見て、私は一先ず、彼を年下として扱うことにした。
「……あ、その前にちょっといいかしら?」
結論から言うと、お金は問題なく使えた。
「ごめんね……もうちょっと考えさせてくれる?」
「大丈夫ですよ。急ぐ理由はないですから」
(と、言われてもね……)
注文したセットのポテトを摘まみつつ、向かいの席でハンバーガーを齧っている少年から視線を外し、私は先程購入した新聞を広げた。
お金が使えるかの確認もあったけれど、必要な情報が得られるかもしれないと購入したものの一つだった。
(日付は過去になっている……それに、情報も古い)
空想上の人物とはいえ、現実を基にしたゲームだったということもあり、知識の矛盾はそこまで大きくない。それに、与えられた知識も自分のものにうまく融合されている。多少は混乱したものの、これなら生活する上で常識から大きく外れることはないだろう。
(それにしても……)
軽く斜め読みしただけでも、今はスマホどころか携帯、果てはインターネットすら普及する前の時代だということが分かる。無論、映画館はもうすでに運営されているし、この時点でマナーを守らない鑑賞客も一定数は存在するはずだ。おまけに法整備がまだ進んでいない部分もある上に、時代的な価値観で未来よりも大雑把なところもあったと思う。
それでも今の時代に飛ばし、未来のアイテムであるスマホを規制する法案を可決させろと言うのは……
(もしかして……自分に都合のいい政治家を作るのが目的?)
目的が主なのか、それとも単なる次いでなのか、考えなければならないことは多い。
それに……自分自身の今後についても、だ。
(色々考えて分かったけれど……私は何故か、彼に好感を抱いている。出会ったばかりであるはずの、彼に?)
そもそも何故、私は彼の味方でいようとしているのだろうか。そう考えてみると、思考に矛盾があるのが分かる。おそらくは認識阻害や印象操作の一種かもしれない。
「ねぇ……あなたの能力って、詳しく聞いてもいいかしら?」
「あ、はい! いいですよ」
根が純粋過ぎるのか簡単に説明してくれたけれど……教えられていく内に、その内容が非常にまずいことが分かってしまう。
1、ほぼ無限といっても差し支えない位の資金源(ゲーム内通貨を換金した累計)
2、空想、現実問わずの知識量(ゲームに関することのみで、使えないものもある)
3、空想、現実問わずの技術(但し世界に魔力がなくて、魔法全般が使えない)
4、空想、現実問わずのアイテム(素材含め、ただ取り出すことしかできない)
5、NPC召喚(収集的な意味で持っているキャラクターを呼び出すことが可能)
6、不老及び周囲への認識阻害(NPC含めて若いまま、不審に思われない)
7、生物、無生物を問わず乗物の召喚(世界に合わせて改変されて召喚される)
8、運動能力の向上(ゲーム内での平均運動量-前世での運動量で、これは自己管理)
9、そして恐れていた通り……性行為関係の能力向上
「でも性交って、どうすればいいのか分からないんですよね……」
「そうね……まずは恋人を作るところから、始めてみたらいいんじゃないかしら」
何てとぼけてみたけれど、私は内心5と9、そして自分自身に掛けられた縛りが一番厄介だと思い知らされた。
(彼が本気を出したら……呼び出したNPCを道具みたいに使い潰すかもしれない)
冷たい考え方にはなるけれど、私含めてNPCだけに被害がいく分には問題ない。元々は架空の存在だ、ここにいること自体が間違っている。それに知らないNPCが好き放題されようとも、自覚できない以上良心が痛むことはないだろう。
でももし……その欲望の捌け口が世界に、そこに生きている人達に向かったら?
そして短絡的に目的を果たす、つまり……世界の征服や滅亡でスマホやその概念を握り潰そうとしたら?
(どう転んでも……目的だけに能力を使わせるしか、彼が世界を滅ぼすのを防ぐ手立てがない)
たとえ架空の存在だったとしても、今私は生きているのだ。別に正義感なんて持ち合わせてなんていない。もうそこまで子供じゃないのだから。
けれども……世界が滅びて困るのは、私も同じなのだ。
……だったら、私のやるべきことは一つ。
「ところで聞きたいのだけれど……なんで私を最初に呼び出したの?」
「えっと……僕が好きなキャラの中で、一番頭が良さそうだったから…………まずは相談相手が欲しくて、それで……………………」
「そう……それはありがとう」
(いろんな意味で、ね……)
ある意味運が良かった。
事前に聞いている限り、死んでしまうまでは闘病生活が長くて箱入り状態、性欲も理解できていない程に精神年齢が若かった。
それなら今のうちに……彼の生き方を矯正できるかもしれない。
さすがに好感度はどうしようもないけれど、それだって彼が『好きな相手』だと錯覚していると自覚できるだけ、まだましだ。何なら今から、彼を素敵な男性に教育することだってできる。
そして本来の目的も……今のうちに政治家を何人か育てておき、支援組織をいくつか用意しておけば、問題なく達成できるだろう。
(それと並行して、好感度の縛りの解除と……『声』の正体を探る)
経済力だけでも世界まるごとを買えてしまう程に反則級なのに、それ以上に力を与えてくる存在。
いくつもの能力を与えられたものの、純粋過ぎて使い方に迷っている少年。
そして訪れるであろう、スマホ社会の未来と用意しなければならない結末。
本来ならば一生徒の範疇を超える内容だけど……今の私はどこか、それを面白く感じてしまっている。
「あなたの目的に協力してもいいんだけど……一つだけ条件を出してもいいかしら?」
「何ですか?」
私の精神は、完全に縛られているわけじゃない。
「あなたの目的を達成する為に……私が中心になって活動してもいいかしら? 必要になれば何か協力をお願いするかもしれないけれど、基本的に私と他の人達だけで行動しようと思うの」
「いいですよ。僕には難しそうな話ですし……僕はただ、自由に創作活動をしながら生活しているだけでもいいってことでしょうか?」
「ええ、そうよ……それで十分よ」
おそらくは自身の欲望……自己意識が好感度に対する矛盾をついて、自我を形成できているのだろう。
何にせよ……能力という巨大な力を身近に置き、それを基に世界を変革させようというのだ。たとえ中二病じゃなくても……こんな面白いことは他にない。
そしていずれは……その『声』の正体も暴いてみせる。
「面白くなってきたわね……」
思わず独り言が漏れてしまう程に、私は今後が楽しみになってきていた。
さあ、始めよう。無自覚な能力持ちを導いて、世界を救う物語を。
「ところで、映画館って行ったことがないんですけれど……そこは『化け物の巣』なんですか?」
「空想的な意味ではそうかもしれないけど……全然違うわよ」
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