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シリーズ002
014 番外編・関西人ソウルフード再現記録_その1
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この大陸世界『アクシリンシ』には、『海』というものがない。代わりに湖等に魚介類が生息している為、必要となればその近隣の町から取り寄せるしか、得る方法はなかった。
なので遠方に住む者達にとって、魚介類を食する習慣がないことが多い。むしろこの世界の人間によっては、食べることなく一生を終えることが多々ある。
人間というものは、知らない物事に対して欲しがることはない。要不要の判断すら行わないものだ。しかし、『知る者』にとっては不幸と言わざるを得なかった。
特に、元は『海』のある世界で生きていた者達にとっては。
「ふむ……」
ここより少し北にある小国『ペリ』の商人に、以前から注文していたものが昨日届いた。その商品の状態をたしかめていたユキは、以前フィルに頼んで製作してもらっていたものを取り出し、早速調理に取り掛かることにした。
今は昼食時も終わり、店には誰もいない。カナタやブッチもだ。
夕食時まで暇だからとシャルロットと一緒に、近くにいる賞金首の魔物を狩りに出掛けているからだ。
特にカナタは、機嫌良く店を後にしていた。ユキがこれから作ろうとしているものを楽しみにしながら。
「今回もどうにか手に入ったが……また上手く作れっかな?」
前世でも一度、興味本位で作ったことがある。材料も生成方法も分かるのだが、どうしても魚介類が欠かせない代物なので、今世では滅多に作ることはない。
しかしそれでも、ユキは材料が手に入る度に、それを作っていた。
自分ではなく、大切な人の好物だから。
「しかし面倒な世界だよな、ここも」
日本とは、『地球』世界にある島国のことだ。ゆえに、食事は海産物が多く、西洋文化が伝わるまでは肉の方があまり食べられていなかった。色々理由はあるかもしれないが、おそらく単純に、手に入りやすい食材の料理の方が作りやすいから後世まで残ったということだろう。
文化に特色が生まれるのは、そのような背景が関係しているのかもしれない。
だから定食屋を経営することを選んだ。海産物を出汁として使用する料理が多い和食は難しいと考え、肉料理をメインにしたのだ。
前世で働いていた定食屋では洋食が多かったというのもあるが、この世界では和食が受け入れられ辛い可能性もある。それ以前に、地域によっては海産物を用いた料理自体が、ほとんど知られていない。
一時期、魚介類を定期的に発注できた時は、ブイヤベースやパエリア等をメニューに加えていた。ここ最近は盗賊騒ぎで交易もままならなかったが、ようやく少しだが、流通が再開されてきている。
欠品扱いのメニューは多いままだが、この調子で流通が回復されることを祈るしかない。
「にしても……本当に手間ばっかり掛かるな、これは」
海産物はほとんど使わないというのに、もしかしたら使わなくても作れるかもしれないが、今のところ成功していないので、前世でも用いた方法で作るしかなかった。
ちなみに成功、失敗の判断は当の食べさせたい人物の胸三寸である。
前世より胸がない癖に。前世より胸がない癖に!
「潰れぃ!」
――ダァン!
『ガァアア……!?』
急に不機嫌になったカナタの火縄銃が火を噴いた。
今日、カナタ達は『オルケ』の近くに出たという、懸賞金を掛けられた魔物を狩りに来ていた。その魔物とはデルピュネーという、上半身は女性の身体をしているが、下半身は蛇という怪物だった。
「あ~、もったいない」
「おっちゃん! 女欲しけりゃ娼館行きぃ!」
「ちょっとカナタ! あれ私の獲物っ!?」
カナタの放った弾は、狙い違わずデルピュネーの左胸を撃ち抜いていた。ちなみにその胸の大きさは、察していただけると助かります。
早合を用いて次弾を手早く装填するカナタ。妙な迫力に押されてか、デルピュネー含めて全員が反論も反撃もできずに、ただ呆然とその様を眺めてしまっていた。
「しゃあ! 逝ねやぁ!」
今度は右胸を撃たれたデルピュネーは、とうとうダメージが致死量に達したのか、仰向けにゆっくりと倒れていく。一度蛇の下半身を仰け反らせてから、とうとう動きを止めた。
「……私さ、背後からカナタに撃たれたりしないわよね?」
「そこまで差があるようには見えないが?」
ブッチの正直な感想に、シャルロットは愛用の魔杖をフルスイングした。
「……ま、こんなもんか」
出来栄えに満足したユキは、それを用いた料理の準備に取り掛かった。
農耕地帯があるので安く手に入る軟質小麦粉と水と出汁、卵と下ろした長芋を混ぜ合わせていく。ある程度混ぜ合わせてから刻んだキャベツや青ネギを加えて混ぜ続けた。
「…………ん?」
一通り混ぜ終えた時だった。
泡だて器をボウルの中から取り出し、軽くこびり付いた生地を落とすと、近くのまな板の上に置く。他に刻むものはすでに別の皿に取り分けているので、作業台に直接置かなくてもいいからだ。
他に客が来るとも聞いてはいるが、首都で問題を起こしたばかりだ。用心も兼ねて、カウンターのキッチン側に立てかけた小太刀に触れる。以前にも火縄銃を仕込んでいた時はあったが、実際は装填していない。火も使うので、誘爆を防ぐ為た。
「……よう」
「おっす……」
入ってきたのは、最近喧嘩してばかりいる幼馴染のフィルだった。後ろには彼の工房の店番兼護衛でもあるトレイシーも控えている。
今更仲違いをする程の関係でもないが、気まずさからか、あまり口数が増えない。
小太刀の柄から手を放しつつ、ユキの方から口を開いた。
「工房はいいのか?」
「ダイナーより戸締りは安全だ。というか、いいかげんそっちも改装したらどうだ?」
「……金が貯まればな」
しかし、その気まずさもすぐに薄れていくだろう。『オルケ』で暮らしてからずっと、彼等を見てきたトレイシーは気にすることなく、カウンター越しに灰皿を勝手に持ち出して、煙草を咥えた。
「お兄、帰ったで~」
「はいお帰り~」
陽が暮れる中、カナタ達は帰ってきた。その頃にはユキも準備が終わり、後は調理に取り掛かるだけである。
「手ぇ洗えよ」
「はいな~」
事前に作るものを知っているので、今回カナタは珍しくキッチンに入り、水場で手を洗いだした。
「ほい味見」
「どなどな……うん、ええやん」
昨日からずっと作っていたものが上手くいったことに、ユキは安堵した。一晩掛けた調理が無駄にならずに済み、肩の力が少し抜けていく。
「じゃあ、後は頼んだ」
「ほいほい」
普段カナタは料理をしない。けれども、別にできないわけじゃない。
前世でもユキと再会する前は一人で暮らしていたのだ。ほとんど感覚だが、貧乏暮らしの為に料理を覚えて節約していた時期もある。
そして今回作るものは、ユキも働き出して生活に余裕ができた為に、カナタが『食べたい』と言い出したので、わざわざ作り方を調べたのだ。
昨日から準備していたもの、ソースの作り方も、ユキはその時に覚えた。
「ふんふふ~ん……」
普段はハンバーグを焼く為の鉄板で、カナタはユキが先程混ぜ合わせていた生地を焼いていく。
好物である、お好み焼きを作っているのだ。
「こういうのは本当うまいよな、お前は」
「まあ、貧乏時代の唯一の贅沢やったしな」
それもユキとの生活で、自宅でも食べられる程贅沢の頻度が上がったこともまた、カナタの幸運の一つだった。
転生して以降、もう食べられないと考えていたカナタだったが、この世界でも食べられるようになったことに狂喜してユキにも抱き着こうとした位だ。
(その時知ってりゃなあ……)
頭を押さえて拒絶したことに内心後悔していると、カナタが声を掛けてきた。
「お兄、一枚目出来たからお皿取ってくれへん?」
「はいよ」
鰹に近い魚が用いられた削り節をキッチンポットにまとめ、フィルが作った削り器の代わりに皿を取り出して、カナタの傍に寄る。
「ほら、持って来たぞ」
「ああ、うん……」
……ふと、ユキの頬に柔らかい感触が生まれる。
「……おおきにな」
珍しく照れているカナタに、ユキは軽く笑いかけた。
「……おう」
なので遠方に住む者達にとって、魚介類を食する習慣がないことが多い。むしろこの世界の人間によっては、食べることなく一生を終えることが多々ある。
人間というものは、知らない物事に対して欲しがることはない。要不要の判断すら行わないものだ。しかし、『知る者』にとっては不幸と言わざるを得なかった。
特に、元は『海』のある世界で生きていた者達にとっては。
「ふむ……」
ここより少し北にある小国『ペリ』の商人に、以前から注文していたものが昨日届いた。その商品の状態をたしかめていたユキは、以前フィルに頼んで製作してもらっていたものを取り出し、早速調理に取り掛かることにした。
今は昼食時も終わり、店には誰もいない。カナタやブッチもだ。
夕食時まで暇だからとシャルロットと一緒に、近くにいる賞金首の魔物を狩りに出掛けているからだ。
特にカナタは、機嫌良く店を後にしていた。ユキがこれから作ろうとしているものを楽しみにしながら。
「今回もどうにか手に入ったが……また上手く作れっかな?」
前世でも一度、興味本位で作ったことがある。材料も生成方法も分かるのだが、どうしても魚介類が欠かせない代物なので、今世では滅多に作ることはない。
しかしそれでも、ユキは材料が手に入る度に、それを作っていた。
自分ではなく、大切な人の好物だから。
「しかし面倒な世界だよな、ここも」
日本とは、『地球』世界にある島国のことだ。ゆえに、食事は海産物が多く、西洋文化が伝わるまでは肉の方があまり食べられていなかった。色々理由はあるかもしれないが、おそらく単純に、手に入りやすい食材の料理の方が作りやすいから後世まで残ったということだろう。
文化に特色が生まれるのは、そのような背景が関係しているのかもしれない。
だから定食屋を経営することを選んだ。海産物を出汁として使用する料理が多い和食は難しいと考え、肉料理をメインにしたのだ。
前世で働いていた定食屋では洋食が多かったというのもあるが、この世界では和食が受け入れられ辛い可能性もある。それ以前に、地域によっては海産物を用いた料理自体が、ほとんど知られていない。
一時期、魚介類を定期的に発注できた時は、ブイヤベースやパエリア等をメニューに加えていた。ここ最近は盗賊騒ぎで交易もままならなかったが、ようやく少しだが、流通が再開されてきている。
欠品扱いのメニューは多いままだが、この調子で流通が回復されることを祈るしかない。
「にしても……本当に手間ばっかり掛かるな、これは」
海産物はほとんど使わないというのに、もしかしたら使わなくても作れるかもしれないが、今のところ成功していないので、前世でも用いた方法で作るしかなかった。
ちなみに成功、失敗の判断は当の食べさせたい人物の胸三寸である。
前世より胸がない癖に。前世より胸がない癖に!
「潰れぃ!」
――ダァン!
『ガァアア……!?』
急に不機嫌になったカナタの火縄銃が火を噴いた。
今日、カナタ達は『オルケ』の近くに出たという、懸賞金を掛けられた魔物を狩りに来ていた。その魔物とはデルピュネーという、上半身は女性の身体をしているが、下半身は蛇という怪物だった。
「あ~、もったいない」
「おっちゃん! 女欲しけりゃ娼館行きぃ!」
「ちょっとカナタ! あれ私の獲物っ!?」
カナタの放った弾は、狙い違わずデルピュネーの左胸を撃ち抜いていた。ちなみにその胸の大きさは、察していただけると助かります。
早合を用いて次弾を手早く装填するカナタ。妙な迫力に押されてか、デルピュネー含めて全員が反論も反撃もできずに、ただ呆然とその様を眺めてしまっていた。
「しゃあ! 逝ねやぁ!」
今度は右胸を撃たれたデルピュネーは、とうとうダメージが致死量に達したのか、仰向けにゆっくりと倒れていく。一度蛇の下半身を仰け反らせてから、とうとう動きを止めた。
「……私さ、背後からカナタに撃たれたりしないわよね?」
「そこまで差があるようには見えないが?」
ブッチの正直な感想に、シャルロットは愛用の魔杖をフルスイングした。
「……ま、こんなもんか」
出来栄えに満足したユキは、それを用いた料理の準備に取り掛かった。
農耕地帯があるので安く手に入る軟質小麦粉と水と出汁、卵と下ろした長芋を混ぜ合わせていく。ある程度混ぜ合わせてから刻んだキャベツや青ネギを加えて混ぜ続けた。
「…………ん?」
一通り混ぜ終えた時だった。
泡だて器をボウルの中から取り出し、軽くこびり付いた生地を落とすと、近くのまな板の上に置く。他に刻むものはすでに別の皿に取り分けているので、作業台に直接置かなくてもいいからだ。
他に客が来るとも聞いてはいるが、首都で問題を起こしたばかりだ。用心も兼ねて、カウンターのキッチン側に立てかけた小太刀に触れる。以前にも火縄銃を仕込んでいた時はあったが、実際は装填していない。火も使うので、誘爆を防ぐ為た。
「……よう」
「おっす……」
入ってきたのは、最近喧嘩してばかりいる幼馴染のフィルだった。後ろには彼の工房の店番兼護衛でもあるトレイシーも控えている。
今更仲違いをする程の関係でもないが、気まずさからか、あまり口数が増えない。
小太刀の柄から手を放しつつ、ユキの方から口を開いた。
「工房はいいのか?」
「ダイナーより戸締りは安全だ。というか、いいかげんそっちも改装したらどうだ?」
「……金が貯まればな」
しかし、その気まずさもすぐに薄れていくだろう。『オルケ』で暮らしてからずっと、彼等を見てきたトレイシーは気にすることなく、カウンター越しに灰皿を勝手に持ち出して、煙草を咥えた。
「お兄、帰ったで~」
「はいお帰り~」
陽が暮れる中、カナタ達は帰ってきた。その頃にはユキも準備が終わり、後は調理に取り掛かるだけである。
「手ぇ洗えよ」
「はいな~」
事前に作るものを知っているので、今回カナタは珍しくキッチンに入り、水場で手を洗いだした。
「ほい味見」
「どなどな……うん、ええやん」
昨日からずっと作っていたものが上手くいったことに、ユキは安堵した。一晩掛けた調理が無駄にならずに済み、肩の力が少し抜けていく。
「じゃあ、後は頼んだ」
「ほいほい」
普段カナタは料理をしない。けれども、別にできないわけじゃない。
前世でもユキと再会する前は一人で暮らしていたのだ。ほとんど感覚だが、貧乏暮らしの為に料理を覚えて節約していた時期もある。
そして今回作るものは、ユキも働き出して生活に余裕ができた為に、カナタが『食べたい』と言い出したので、わざわざ作り方を調べたのだ。
昨日から準備していたもの、ソースの作り方も、ユキはその時に覚えた。
「ふんふふ~ん……」
普段はハンバーグを焼く為の鉄板で、カナタはユキが先程混ぜ合わせていた生地を焼いていく。
好物である、お好み焼きを作っているのだ。
「こういうのは本当うまいよな、お前は」
「まあ、貧乏時代の唯一の贅沢やったしな」
それもユキとの生活で、自宅でも食べられる程贅沢の頻度が上がったこともまた、カナタの幸運の一つだった。
転生して以降、もう食べられないと考えていたカナタだったが、この世界でも食べられるようになったことに狂喜してユキにも抱き着こうとした位だ。
(その時知ってりゃなあ……)
頭を押さえて拒絶したことに内心後悔していると、カナタが声を掛けてきた。
「お兄、一枚目出来たからお皿取ってくれへん?」
「はいよ」
鰹に近い魚が用いられた削り節をキッチンポットにまとめ、フィルが作った削り器の代わりに皿を取り出して、カナタの傍に寄る。
「ほら、持って来たぞ」
「ああ、うん……」
……ふと、ユキの頬に柔らかい感触が生まれる。
「……おおきにな」
珍しく照れているカナタに、ユキは軽く笑いかけた。
「……おう」
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