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シリーズ002
013 帰宅途中
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結局、ブッチ達が駆けつけた時には全てが終わっていた。
手に入れた戦利品は殺人鬼夫婦の死体二つに、十二発の銃弾が込められた弾倉入りの自動拳銃が一丁、防弾ベストが穴開き含めて二着と彼等の稼いだ、ダイナーだと数ヶ月分の売り上げになる程の金銭だ。分肉刀や剃刀はその場で捨ててきた。特に剃刀はもう、使い物にはならないだろう。
死体は夜明け前までに、ブッチが馬車道に捨てに行ってくれた。分肉刀で盗賊に襲われたと偽装し、身包みを剥いだ状態でだ。首都まで届けるという手もあるが、死闘を演じたばかりのユキとカナタは今、まともに身動きができる状態ではない。それに、衛兵や冒険者ギルドに詳細を伝えれば、火縄銃等の事情も話さなければならなくなる。今後の生活にも、確実に影響が出てくるだろう。
そして何よりも、戦利品をちょろまかした方が利益率が高いという点が一番大きかった。
元々の予定がご破算になったのだ。それ位の代償は受け取っても、罰は当たらないだろう。
「なんか、疲れたな……」
「ほんまやな……」
ブッチもシャルロットも、今は運転と見張りに集中している。
今はユキとカナタをゆっくりさせた方がいいと配慮してくれたからだ。
「……なぁ、お兄」
「ん?」
なんだ、と聞くことはしない。ユキにはカナタが言いたいことが、もう分かっているからだ。
「『俺の女』って、今世で初めて言ってくれたな」
「……うるさい、口が滑っただけだ」
事実、前世では恋人同士だったのだ。おまけに別れることなく、一番身近な存在として今世を生きているのだ。今更、他の女に興味が湧くわけがない。
「まあそうやろうな。娼婦も娼館も興味はなく、春画の類もベッドの下に隠しとらん。お兄の身近な異性なんて、ほんまうち位やろう」
「思い上がりも甚だしいな……」
しかし、転生してもユキの気持ちが変わることはなかった。それだけは事実だ。
たとえ名前どころか人生すら新しくなったとしても、生き様なんてものは、簡単には変わらない。
だからだろうか。ユキが今でも、この妹に堪らなく焦がれてしまうのは。
「そもそも春画なんて、前世でも買ってなかっただろうが」
「あれ、でも昔、洗濯物取り込んでた時に下着が足りひんかったことがあってんけど……」
「……どうせ風に飛ばされたんだろう? エロ方面全部、なんでもかんでも俺のせいにすんじゃねえよ」
実際は風ではなく、金属部分に反応した烏に奪われただけだった。目撃した癖に何もしなかったことを責められるのが嫌だからと住みついたばかりのユキは、その秘密を墓場まで持っていくことにしたのが、ことの顛末である。
……そしてまさか、墓場まで持ち込んだ後も黙ることになるとは、当時も今も思わなかったが。
「というかよぉ我慢できんな、お兄……うちが他の男に靡くとは思わへんかったん?」
「むしろそっちの方がまだ諦めが……ちょっと待て」
ふと、ユキの脳裏にある疑問が浮かんだ。
「なんでお前……双子に転生した後も、ずっと俺に気があるんだよ?」
……そもそも、おかしな話だった。
元々同じ世界、同じ気持ちを抱くはずの人間が、全く別の行動を取っているのだから。
そして、そう考えてもおかしくないと思える理由が、一つだけあった。
「お前……この世界なら双子でも結婚できるって、ずっと前から知っていただろう?」
「…………え? 何言うとん、お兄?」
とぼけているように見えた愚妹の顔に脳天締めを極めたユキは、その手に徐々に力を込めていく。
「あ、あががっ、がっ!」
「お前なっ、俺がどんな思いで自分押し殺していたと思っていやがるっ!?」
「おっ、おに、お兄っ、ちょっ! ちょ、ちょ、ちょっストップストップっ!?」
このまま押し倒してやろうかとも思ったが、屋外な上にブッチ達もいるのだ。そんなことはできないので、脳天締めを外したユキは、カナタの頬を思い切り引っ張り上げることにした。
「いひゃぃいひゃぃ……」
「お前な……最初からそう言えば済む話だったんじゃないのか?」
上半身を起き上がらせたユキは、同じくカナタも頬を引っ張り上げたまま身を起こさせた。
そしてユキから手を放されたカナタは、抓られていた頬を擦りながら、怨み言のように呟きだす。
「痛ぅ~。なんで怒るんよ、もぉ……」
「お前が、黙って、そのこと話さずにっ、俺のことをおちょくってたからだろうがっ!」
「…………黙って?」
一瞬、空気が固まったように思えた。その口調に思わず、ユキも怒りを忘れてぽかんとしてしまう。
「なあお兄、ちょっと聞きたいんやけど……もしかして、双子でも結婚できるってこと、ずっと知らんかったん?」
「この前の盗賊騒ぎの時に、ブッチさんから聞くまでな」
なんとなくオチが読めたのだろうか、荷台の端の方にいるブッチは愛用の帽子を指で弾いていた。話は聞こえているのだろうが、関わるつもりはないのか、顔を隠して口を挟む様子がない。
「てことは…………今まで知らんかった、ってこと?」
「だからそう言っているだろうが。そもそも、最初から知ってたらとっくに手ぇ出してるよ」
「まあ、そりゃそうやな……」
色々溜まっている男の目の前に、やりたい放題できる関係の女がいる。何もしないという選択肢自体、飾りにしかならない。
「てっきり頭固くてずっと、この世界の常識に馴染めんのかと思っとったわ。でも、変やな……」
何がだ、と目で訴えてくるユキに、カナタは答えた。
「うちがそれ初めて聞いた時、お兄にも『自分から話しておく』、言うとってんけどな……」
「おい、それってまさか……」
もうすぐ一週間経つ。ユキ達が帰ってくる頃だ。
前回は予定より一日遅れたが、今回は人数も多い為か、早めに戻ってくると聞いている。そんな中、フィルは工房の戸締りをしっかりとしてから、今はダイナーの方にいる店番兼護衛のトレイシーの元へと向かった。
あまり長時間工房を空けられないが、食料がなければ餓死してしまう。ユキからは後で清算することを条件に、店のものを食べてもいいと事前に許可は得ている。
「さっさと食って、仕事の続きをしないとな……ん?」
すでに昼日中だ。早ければ帰っているだろうとは思っていたが、予想よりも早い到着だったようだ。ダイナーの方から見慣れた、白金髪の目立つ褐色の女性が歩いてきて、フィルの方に軽く手を振ってくる。
「レイさん、あいつ等帰ってきたんですか?」
「おう。無事帰って来てたぜ」
義足によりまちまちになる足音がすれ違っていく。
「俺が留守番しとくから……ゆっくり食って、気を付けて帰って来いよ」
「はい、じゃあまた後で」
すでに昼食を済ませてきたのか、トレイシーは満足気に帰っていく。その背中を一瞥してから、フィルは再びダイナーの方へと足を向けた。
「……あれ?」
もう店が見えてきたところだった。何故かユキが扉から出てきたのは。
「もしかして……」
先程、トレイシーの口からから気になる言葉が出てきた。
『気を付けて帰って来いよ』
こんな田舎町の中で、わざわざそんな注意が必要だろうが?
普通なら挨拶するところだが、フィルは己の勘を信じて、ユキに背を向けて走り出した。
そして、その勘を信じたことで、フィルの寿命は延びた。
「よくも人の妹に手を出したなゴラァ!」
「くっそ、昔の話なのにっ!?」
「ぷはぁ~……頭固い思うとったら、そういうことやってんな」
「あれ? カナタって、煙草吸うの?」
「前世ではお兄と付き合う前まで吸っとってんよ。ちなみに初めてのキスは煙草の味やったで」
カウンター席の上に灰皿を置いたカナタは、先程トレイシーより分けて貰った煙草に火を点けて、口内で煙を燻らせている。前世で止めていた上に、火薬への引火が怖くで普段は吸わないが、今日はそんな気分だったからだ。
ユキとカナタとの関係は、シャルロットにも話してある。というより、普段から恋バナで盛り上がっていた流れで、一緒に話してしまっていたのだ。
そもそも同年代の女子が『オルケ』にいなくて、今まで恋愛関係の話相手に飢えているのだ。それもあって、首都に通いつけの美容室を持っていた程なのだから。
「というか……カナタ嬢ちゃんって、モテるんだな」
「言うて子供の頃の話やで。それに、どうせ他に歳の近い女がおらんかった、ってのもあったやろうしな」
真相はこうだった。
今でこそ過疎化が激しく、町長も諦めているので口にしなくなったが、田舎町では割と近親相姦も盛んで、この際兄妹でもいいからくっつけと触れ回っていたことがあった。
その時のことを、フィルが年上の女性から愉快気に聞かされたことが、そもそもの始まりだった。
昔、カナタはフィルに告白されたことがある。しかし、たとえ変態と思われようとも、自分はユキが異性として好きだと返答。
『……え、お前等結婚するの?』
その際、口を滑らせたフィルを問い質したカナタは、この世界では双子でも結婚できる事実を知ることになったのだ。
しかし、振られたフィルにとっては面白い話ではない。だからせめてもの嫌がらせにと、『自分から話す』とカナタに伝えた。
しかし、結局ユキには伝えなかった。ただ、そのせいで思わぬ誤算が生まれてしまう。
フィルがカナタに告白したのは十にも満たない子供の頃の話であり、しかも丁度町長が諦めムード真っただ中だった。だからユキがその話を聞くことなく、年月だけが過ぎてしまったのだ。
そして秘密というものは大抵、黙っていた期間分に比例して感情も大きくなることが多い。
つまり……ユキは完全にブチ切れていた。
『てめえマジで許さん! 的にしてやるから大人しく捕まりやがれっ!』
『誰が捕まるかっ!?』
店内にまで響いてくる怒声に我関せずと、三人はゆっくりと午後のひと時を楽しんでいた。
また、ユキが爆破した火縄銃について、今度はフィルがブチ切れることになるのだが、それはまた別の話である。
シリーズ002 あとがき
前世は親戚かつ恋人同士、今世は双子の兄妹という話が、思った以上に長く続きそうです。一本の話は文庫本サイズで大体十万字を目指すものだと考えている私ですが、今回は大体五万字前後でシリーズを完結させています。以前から色々と試行錯誤しているのですが、どうやらこのスタイルの方が合っているのかもしれません。
物語としてはユキとカナタが二人、前世でどんな暮らしをしていたのかを明らかにしつつ、今世での生活と絡めていきたいと思います。できれば他の面々にも活躍の機会を与えたいのですが、(少し伏線を多く入れ過ぎたので、)まだまだ終わりそうにありません。今後ともお付き合いいただければ幸いです。
それでは皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。
次のシリーズか他の作品かは分かりませんが、また読んでいただければ嬉しく思います。
今後もある程度書き溜めてから徐々に更新してまいりますので、機会がありましたらよろしくお願いいたします。
桐生彩音
P.S. まだまだ料理描写が足りませんでしたので、練習も兼ねて番外編を十二時に更新します。そちらもお楽しみいただければ幸いです。
手に入れた戦利品は殺人鬼夫婦の死体二つに、十二発の銃弾が込められた弾倉入りの自動拳銃が一丁、防弾ベストが穴開き含めて二着と彼等の稼いだ、ダイナーだと数ヶ月分の売り上げになる程の金銭だ。分肉刀や剃刀はその場で捨ててきた。特に剃刀はもう、使い物にはならないだろう。
死体は夜明け前までに、ブッチが馬車道に捨てに行ってくれた。分肉刀で盗賊に襲われたと偽装し、身包みを剥いだ状態でだ。首都まで届けるという手もあるが、死闘を演じたばかりのユキとカナタは今、まともに身動きができる状態ではない。それに、衛兵や冒険者ギルドに詳細を伝えれば、火縄銃等の事情も話さなければならなくなる。今後の生活にも、確実に影響が出てくるだろう。
そして何よりも、戦利品をちょろまかした方が利益率が高いという点が一番大きかった。
元々の予定がご破算になったのだ。それ位の代償は受け取っても、罰は当たらないだろう。
「なんか、疲れたな……」
「ほんまやな……」
ブッチもシャルロットも、今は運転と見張りに集中している。
今はユキとカナタをゆっくりさせた方がいいと配慮してくれたからだ。
「……なぁ、お兄」
「ん?」
なんだ、と聞くことはしない。ユキにはカナタが言いたいことが、もう分かっているからだ。
「『俺の女』って、今世で初めて言ってくれたな」
「……うるさい、口が滑っただけだ」
事実、前世では恋人同士だったのだ。おまけに別れることなく、一番身近な存在として今世を生きているのだ。今更、他の女に興味が湧くわけがない。
「まあそうやろうな。娼婦も娼館も興味はなく、春画の類もベッドの下に隠しとらん。お兄の身近な異性なんて、ほんまうち位やろう」
「思い上がりも甚だしいな……」
しかし、転生してもユキの気持ちが変わることはなかった。それだけは事実だ。
たとえ名前どころか人生すら新しくなったとしても、生き様なんてものは、簡単には変わらない。
だからだろうか。ユキが今でも、この妹に堪らなく焦がれてしまうのは。
「そもそも春画なんて、前世でも買ってなかっただろうが」
「あれ、でも昔、洗濯物取り込んでた時に下着が足りひんかったことがあってんけど……」
「……どうせ風に飛ばされたんだろう? エロ方面全部、なんでもかんでも俺のせいにすんじゃねえよ」
実際は風ではなく、金属部分に反応した烏に奪われただけだった。目撃した癖に何もしなかったことを責められるのが嫌だからと住みついたばかりのユキは、その秘密を墓場まで持っていくことにしたのが、ことの顛末である。
……そしてまさか、墓場まで持ち込んだ後も黙ることになるとは、当時も今も思わなかったが。
「というかよぉ我慢できんな、お兄……うちが他の男に靡くとは思わへんかったん?」
「むしろそっちの方がまだ諦めが……ちょっと待て」
ふと、ユキの脳裏にある疑問が浮かんだ。
「なんでお前……双子に転生した後も、ずっと俺に気があるんだよ?」
……そもそも、おかしな話だった。
元々同じ世界、同じ気持ちを抱くはずの人間が、全く別の行動を取っているのだから。
そして、そう考えてもおかしくないと思える理由が、一つだけあった。
「お前……この世界なら双子でも結婚できるって、ずっと前から知っていただろう?」
「…………え? 何言うとん、お兄?」
とぼけているように見えた愚妹の顔に脳天締めを極めたユキは、その手に徐々に力を込めていく。
「あ、あががっ、がっ!」
「お前なっ、俺がどんな思いで自分押し殺していたと思っていやがるっ!?」
「おっ、おに、お兄っ、ちょっ! ちょ、ちょ、ちょっストップストップっ!?」
このまま押し倒してやろうかとも思ったが、屋外な上にブッチ達もいるのだ。そんなことはできないので、脳天締めを外したユキは、カナタの頬を思い切り引っ張り上げることにした。
「いひゃぃいひゃぃ……」
「お前な……最初からそう言えば済む話だったんじゃないのか?」
上半身を起き上がらせたユキは、同じくカナタも頬を引っ張り上げたまま身を起こさせた。
そしてユキから手を放されたカナタは、抓られていた頬を擦りながら、怨み言のように呟きだす。
「痛ぅ~。なんで怒るんよ、もぉ……」
「お前が、黙って、そのこと話さずにっ、俺のことをおちょくってたからだろうがっ!」
「…………黙って?」
一瞬、空気が固まったように思えた。その口調に思わず、ユキも怒りを忘れてぽかんとしてしまう。
「なあお兄、ちょっと聞きたいんやけど……もしかして、双子でも結婚できるってこと、ずっと知らんかったん?」
「この前の盗賊騒ぎの時に、ブッチさんから聞くまでな」
なんとなくオチが読めたのだろうか、荷台の端の方にいるブッチは愛用の帽子を指で弾いていた。話は聞こえているのだろうが、関わるつもりはないのか、顔を隠して口を挟む様子がない。
「てことは…………今まで知らんかった、ってこと?」
「だからそう言っているだろうが。そもそも、最初から知ってたらとっくに手ぇ出してるよ」
「まあ、そりゃそうやな……」
色々溜まっている男の目の前に、やりたい放題できる関係の女がいる。何もしないという選択肢自体、飾りにしかならない。
「てっきり頭固くてずっと、この世界の常識に馴染めんのかと思っとったわ。でも、変やな……」
何がだ、と目で訴えてくるユキに、カナタは答えた。
「うちがそれ初めて聞いた時、お兄にも『自分から話しておく』、言うとってんけどな……」
「おい、それってまさか……」
もうすぐ一週間経つ。ユキ達が帰ってくる頃だ。
前回は予定より一日遅れたが、今回は人数も多い為か、早めに戻ってくると聞いている。そんな中、フィルは工房の戸締りをしっかりとしてから、今はダイナーの方にいる店番兼護衛のトレイシーの元へと向かった。
あまり長時間工房を空けられないが、食料がなければ餓死してしまう。ユキからは後で清算することを条件に、店のものを食べてもいいと事前に許可は得ている。
「さっさと食って、仕事の続きをしないとな……ん?」
すでに昼日中だ。早ければ帰っているだろうとは思っていたが、予想よりも早い到着だったようだ。ダイナーの方から見慣れた、白金髪の目立つ褐色の女性が歩いてきて、フィルの方に軽く手を振ってくる。
「レイさん、あいつ等帰ってきたんですか?」
「おう。無事帰って来てたぜ」
義足によりまちまちになる足音がすれ違っていく。
「俺が留守番しとくから……ゆっくり食って、気を付けて帰って来いよ」
「はい、じゃあまた後で」
すでに昼食を済ませてきたのか、トレイシーは満足気に帰っていく。その背中を一瞥してから、フィルは再びダイナーの方へと足を向けた。
「……あれ?」
もう店が見えてきたところだった。何故かユキが扉から出てきたのは。
「もしかして……」
先程、トレイシーの口からから気になる言葉が出てきた。
『気を付けて帰って来いよ』
こんな田舎町の中で、わざわざそんな注意が必要だろうが?
普通なら挨拶するところだが、フィルは己の勘を信じて、ユキに背を向けて走り出した。
そして、その勘を信じたことで、フィルの寿命は延びた。
「よくも人の妹に手を出したなゴラァ!」
「くっそ、昔の話なのにっ!?」
「ぷはぁ~……頭固い思うとったら、そういうことやってんな」
「あれ? カナタって、煙草吸うの?」
「前世ではお兄と付き合う前まで吸っとってんよ。ちなみに初めてのキスは煙草の味やったで」
カウンター席の上に灰皿を置いたカナタは、先程トレイシーより分けて貰った煙草に火を点けて、口内で煙を燻らせている。前世で止めていた上に、火薬への引火が怖くで普段は吸わないが、今日はそんな気分だったからだ。
ユキとカナタとの関係は、シャルロットにも話してある。というより、普段から恋バナで盛り上がっていた流れで、一緒に話してしまっていたのだ。
そもそも同年代の女子が『オルケ』にいなくて、今まで恋愛関係の話相手に飢えているのだ。それもあって、首都に通いつけの美容室を持っていた程なのだから。
「というか……カナタ嬢ちゃんって、モテるんだな」
「言うて子供の頃の話やで。それに、どうせ他に歳の近い女がおらんかった、ってのもあったやろうしな」
真相はこうだった。
今でこそ過疎化が激しく、町長も諦めているので口にしなくなったが、田舎町では割と近親相姦も盛んで、この際兄妹でもいいからくっつけと触れ回っていたことがあった。
その時のことを、フィルが年上の女性から愉快気に聞かされたことが、そもそもの始まりだった。
昔、カナタはフィルに告白されたことがある。しかし、たとえ変態と思われようとも、自分はユキが異性として好きだと返答。
『……え、お前等結婚するの?』
その際、口を滑らせたフィルを問い質したカナタは、この世界では双子でも結婚できる事実を知ることになったのだ。
しかし、振られたフィルにとっては面白い話ではない。だからせめてもの嫌がらせにと、『自分から話す』とカナタに伝えた。
しかし、結局ユキには伝えなかった。ただ、そのせいで思わぬ誤算が生まれてしまう。
フィルがカナタに告白したのは十にも満たない子供の頃の話であり、しかも丁度町長が諦めムード真っただ中だった。だからユキがその話を聞くことなく、年月だけが過ぎてしまったのだ。
そして秘密というものは大抵、黙っていた期間分に比例して感情も大きくなることが多い。
つまり……ユキは完全にブチ切れていた。
『てめえマジで許さん! 的にしてやるから大人しく捕まりやがれっ!』
『誰が捕まるかっ!?』
店内にまで響いてくる怒声に我関せずと、三人はゆっくりと午後のひと時を楽しんでいた。
また、ユキが爆破した火縄銃について、今度はフィルがブチ切れることになるのだが、それはまた別の話である。
シリーズ002 あとがき
前世は親戚かつ恋人同士、今世は双子の兄妹という話が、思った以上に長く続きそうです。一本の話は文庫本サイズで大体十万字を目指すものだと考えている私ですが、今回は大体五万字前後でシリーズを完結させています。以前から色々と試行錯誤しているのですが、どうやらこのスタイルの方が合っているのかもしれません。
物語としてはユキとカナタが二人、前世でどんな暮らしをしていたのかを明らかにしつつ、今世での生活と絡めていきたいと思います。できれば他の面々にも活躍の機会を与えたいのですが、(少し伏線を多く入れ過ぎたので、)まだまだ終わりそうにありません。今後ともお付き合いいただければ幸いです。
それでは皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。
次のシリーズか他の作品かは分かりませんが、また読んでいただければ嬉しく思います。
今後もある程度書き溜めてから徐々に更新してまいりますので、機会がありましたらよろしくお願いいたします。
桐生彩音
P.S. まだまだ料理描写が足りませんでしたので、練習も兼ねて番外編を十二時に更新します。そちらもお楽しみいただければ幸いです。
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