上 下
28 / 32
シリーズ002

010 日が沈んでいる間でも、邪魔は入る

しおりを挟む
 夜明けを待たない内に、ユキは目を覚ました。
「おにぃ、おにぃ
「……ん、もう時間か?」
 というよりも、叩き起こされた。
 もう交替の時間なのかとも思ったが、二番目に起きていたはずのシャルロットが今、毛布をかぶって寝ようとしている。それどころか、一度ユキと目が合った。
 その目が語っている……『ご愁傷様』と。
「……何故起こした?」
「眠気覚ましに付きうてぇな」
 とりあえずカナタの頭を
「アタッ!」
 軽くはたいたユキは、火縄銃マッチロックを肩にかついでから入り口近くに落ちている枯れ枝を拾い集めた。
「……なんだかんだ付き合いええよな、おにぃって」
「寝直すのが面倒臭めんどいだけだ」
 カナタは入り口付近から離れずにいるが、それでも周囲の警戒の為か、視線を四方八方とめぐらせている。その中、枯れ枝を集め終えたユキは、以前作成したかまどの中に全て入れ置き、いつでも火をおこせるように準備していた。
「さて……飯どうするかな?」
 とりあえず洞窟に残していた保存食は全て処分するとして、鍋に水を入れていく。スパイスでもあればカレーにできるが、ここには米もパンもない。そもそも米自体が大陸の東でしか食されていないので、簡単には手に入らない。というよりも値が張る。
「ビーフストロガノフにでもするか、肉はビーフじゃなくて鱗豚オークだけど」
「なんでこの世界の豚って、うろこがあんねんやろうな?」
「あのうろこぐの面倒なんだよな……かといって人に頼むと高くつくし」
 しかもたまにだが、二足歩行で練り歩く鱗豚オークもいるのだ。明らかに魔物の手合いではあるが、それらも食べようと思えば食べられる。
 実際ユキ達も、一度鱗豚オークを狩ってタダで肉を手に入れようとしたことがある。しかし養殖されている四足歩行ではなく、野生の二足歩行の点が人だと思わせて一度、さらに発した鳴き声が人の言葉に聞こえて二度、最後に豚ではなく人の解剖かいぼうに思えて三度、躊躇ためらってしまったのだ。
 あれ以来、もう二度と鱗豚オークを狩ろう、という気は起きなくなった。
「とはいえ、また鱗豚オークを狩る気にはなれないけどな」
「いっそ養殖したらどないや、おにぃ
「お前はまだその時、実家にいたっけ? 飼っていた豚を的にして射撃練習をさせられたことがあったんだが……」
 言葉は発していないが、ゲェと息をくのが気配だけで分かる。それだけ大袈裟おおげさにかましたのだ。
「……その時のことを思い出すから、豚に限らず、動物を飼う気は起きなかったんだよ」
「まあ、うちも責任持って飼える方ちゃうから、別にええねんけどな……」
 あ、でも、とカナタは言葉を続けた。
「おにぃも最初はうちに飼われとったようなもんやんな。実家から来てすぐの頃はずっとこもっとったし」
「……悪かったよ」
 前世での話が出ると、ユキの立場が若干悪くなる。



 まだ『ユキ・ゼイモト』としての生を受ける前、実家から出たばかりの頃は当時のカナタに会いにいくという以外に、生きる目的がなかった。だから再会した後は完全にヒモみたいな状態で、彼女のバイト先の一つである定食屋ダイナー厨房ちゅうぼうの手が足りないからと、手伝いに駆り出されたのが働くきっかけだった。
 しかし、その強引さがかえって良かったのかもしれない。包丁すら持つのが初めてだったはずなのに、半年も経たない内にまかない料理を試しに作らせてもらえるまでに成長したのだ。周囲の助けもあるが、働き始めて一月もしない内に簡単な料理を家で作ったことがある。そして帰ってきた彼女に振る舞ったのだが、その時に見せてくれた顔が忘れられなくて、のめり込んでしまったというのが大きな理由だった。



「その分、結構甘やかしているだろ。今世では」
「……そやけどな、おにぃ
 後は火を点けるだけとなった時、背中に何かが触れるのが分かった。いや、ユキも気付いている。それが抱きしめてきたカナタだということは。
「もうちょい、イチャついてもええやんか……」
 今世となり、立場が大きく変わってしまった。
 離れ離れにならずに済んだことは良かったかもしれないが、双子として生を受けたことについては、神という存在がいるのならば、多少の呪詛じゅそきたくなるというものだ。
「本当、なんで双子で生まれたんだろうな。俺達は……」
「……ええやんか、もう。何も考えんで」
 このまま振り返って、抱きしめ返せば話は簡単なのかもしれない。けれども、今のユキにはそれができなかった。
(……双子でも、結婚できる)
 その事実をカナタに伝えないまま、自分の気持ちをぶつけることなんてできない。いや、なまじ前世でのお互いの気持ちを知っている分、妙な言い辛さが気持ちを邪魔してくる。
 だから代わりに、ユキはカナタに言った。
「……なあ、カナタ」
「なんや?」
 ユキには今世で双子として転生したことの次に、残念だと考えていることがあった。

「お前……前世の方が胸有ったよな」

 ――ゴンッ!

「いつつ……」
 一先ひとまずは冷静になれたものの、カナタの禁句タブーに触れた為に火縄銃マッチロックでぶん殴られた頭をさすりつつ、ユキは火打石に手を伸ばそうとした。
 この世界にもマッチはあるが、あまり数は出回っていないので値が張る。だから急ぎの時以外は、基本的に火打石でゆっくり火をおこすのが普通だ。
 使えるのであれば魔法で火をおこすこともあるが、大体は火打石を使う。だから今回も使おうとかまど近くに置いていたものに手を伸ばそうとした時だった。
「……おにぃ
「なんだカナタ? さっきのことはさすがに謝れと言えば……」
 言葉は、最後まで続かなかった。
けぃ!」
「うがっ!」
 カナタに蹴り飛ばされるユキ。その背後では投げられたナイフが鍋に刺さり、中の水がこぼれだしている。
 ブッチやシャルロットではない。そもそもこんなナイフ、いや剃刀かみそりを持っているのなんて、見たことがなかった。
 つまり、これを投げつけてきたのは第三者だということになる。
「なんだっ!?」
「分からんけど……」
 ユキが持っていた方の火縄銃マッチロックを投げ渡し、カナタは自らの分の火縄に、隠し持っていたマッチで手早く火を点けた。
「……多分、敵や」
 ナイフを投げてきたであろう方角に向けて、カナタは火縄銃マッチロックの銃口を向けた。



「へえ……面白そうじゃない」
「この世界にも銃があるのは知っていたが……まさか火縄銃マッチロックとは」
 元居た『地球』世界の現在では珍しい骨董品に、目を奪われるアンソニーとクローデットの殺人鬼夫婦。
 人目を避けようとこの森に入ると、声が聞こえてきたのでその方向にゆっくりと向かってみると、そこには顔の似通った、恐らくは双子かもしれない兄妹がいた。兄妹だとは思うのだが、妙にスキンシップが激しいので少し様子を見ていると、何やら言い争いになった途端、女の方が男の方を火縄銃マッチロックでぶん殴ったのだ。
 洞窟の近くに二人いて、他に誰がいるのかまでは分からないが、すぐに出てこないところを見ると、居ても中の方で寝ている可能性が高い。
 となると、あそこにいる二人はおそらく見張りだ。
「どちらにせよ、あいつ等はぶち殺す。オーケー?」
「ヤー」
 二人は動く。



 それに合わせてユキ達も対応しようとするも、一つだけ問題があった。
「カナタ、俺にもマッチの火を……いやいい。自分で何とかする」
 次に投擲とうてきされた剃刀かみそりにマッチをやられ、今火が点いているのは、カナタの火縄銃マッチロックの火縄だけである。
 ユキは撃つ為に火を点ける必要があるが、相手から姿を隠せる。カナタはすぐに撃てる分、暗闇の中、火で居場所を察知されてしまう。だから今は引き金に指を掛けず、てのひらで火縄をおおって隠している。
 相手が何者かは分からないが、動いている気配は二つ。おそらくは二人組だろう。
「多分、例の殺人鬼だな。俺達を追いかけてきたか、逃げててたまたま遭遇したかは知らないが」
「まあなんでもええけど……死なんといてや」
「大丈夫だよ……」
 相手は二手に分かれた。ユキはその片方に足を向ける。
「いざとなったらぶっ放してから、火を消して身を隠してろ。その辺の要領は、お前の方がいいだろ? ……後でな」
 軽くカナタの頭をでてから、ユキは駆けだした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...