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シリーズ002

009 予定外の出国

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「勘弁してくれませんかね。今日は娘と食事に行く約束しているから、残業したくないんですよ。本当に」
「悪く思うな。これで娘さんとうまいもんでも食ってくれ」
 多少の金銭を握らせて衛兵に無理を言い、ユキ達はブッチの先導で闇に包まれた首都の外へと出国した。
「【火炎アレブ】!」
「松明代わりになるとか、便利やなぁ、それ」
「……本当は、戦闘用に使えるようにしたのよね」
 シャルロットの杖先に灯した炎をしるべにして、なるべく目立たないように森の中へと消えて行った。
「ふぁああ……疲れたわぁ」
 三輪電気自動車を隠した洞窟へと辿たどり着いた途端、一先ひとまずは安全を確保できたからか、カナタを皮切りに、全員が地面に座り込んでしまう。
「なんかすみません。面倒なことに巻き込んでしまって……」
「ユキ坊は悪くないさ。どうせ遅かれ早かれ誰かれだ」
 実際、行方不明者が出ていること自体は冒険者ギルドでも把握していたらしく、話はトントン拍子に進んだ。
 その行方不明者達の末路に気付き、冒険者ギルドへと報告を入れたのはいいが、その時点で自らに危険が降り注ぐ可能性もある。なので一報を入れてすぐ、全員荷物をまとめてから、宿泊の予定をキャンセルして強引に出国(『オルケ』も『ヤズ』の属領なので、言葉として正しいのかは疑問が残るが)してきたのだ。
「まさか、あのミートパイの中身が人肉・・とはな……」



 ユキが購入したミートパイは、安価が売りだったのは知っていた。何の肉を使っていたのかは分からないが、そこまでいいものではないだろう。そう考えて購入し、試しに食べてみようとした直後だった。ブッチが待ったをかけたのは。
『お前等食うなっ!』
 何事かと聞いてみれば、ブッチいわく戦争でぎ慣れたにおいだったらしい。念の為冒険者ギルドへとミートパイそのものを持ち込み、職員に鑑定を依頼したのだが、その予想は完全に当たっていた。
 戦争の際に焼死体近くにいたこともあり、人の肉が焼けたものだとすぐに気付けたのだ。ブッチが代表して冒険者ギルドに掛け合い、今は職員やすぐ動ける冒険者達が、今頃は例の店舗周辺を包囲していることだろう。
 そして、その犯人からの逆恨みを受けないよう、ユキ達は予定を前倒しにして逃げ出したのだ。



「しばらくは首都に近づけないな。買い出しも済ませておきたかったが、こればっかりは仕方ないか」
「にしても不思議やねんけど……」
 ふとカナタは、三輪電気自動車の荷台から取り出した火縄銃マッチロックの包みをほどきながら、聞く暇のなかった疑問を口にした。
「例のパイ屋が材料に人の肉使つこうとるのは分かってんけどな、どうやって調達しとったんやろう?」
「カナタ、『フリート街の殺人鬼』の話って、前世で聞いたことない?」
 展開が同じなのだろうか、シャルロットにはもう答えが分かっているようだった。
「二階の理髪店も多分グルなのよ。そこ、安さを売りにして貧乏人や駆け出し冒険者といった貧困層の人間が多く来ていた、って冒険者ギルドでも言っていたでしょう。そういうのって、大抵孤独な人間だってことが多いじゃない?」
理髪店二階で孤独な人間を殺して、パイ屋一階で死体の処分がてらミートパイにする、ってところか……『地球お前等の』世界じゃあ、有名な事件なのか?」
「一応架空の話なんだけど……たしか、どこかで実在の人物がいるとか聞いたことがあるような…………」
「そんな人間が転移してきたとかやったら……最悪やな」
「やめろ。フラグになったらどうする」
 自分の火縄銃マッチロックを取り出して火薬を注入するユキにそう指摘を受けるカナタだが、当人は気にせず芥砲かいほうに弾を装填してから、スカートの中に仕込んでいる。
握り鉄砲仕込みっていいわね……予備ない?」
「悪いんやけどシャル、そんな都合よくないわ」
 予備の火縄銃マッチロックにも火薬を入れ、岩壁に立てかけていく。さすがにすぐには来ないだろうが、そもそも誰が告げ口したのかも向こうには分からないだろうが、それでも警戒は必要だ。
 なにせ以前も、単なる噂だけで盗賊団が襲撃してきたのだ。今回もそうなる可能性があるので、準備をおこたるという考えはない。
「じゃあ交替で見張るか。最初は誰が起きてる?」
「あ、ついでに朝食作りますんで、俺は最後にお願いします」
 この面子で唯一の料理担当であるユキは、見張りの順番を最後にする希望を出した。特に異存はないのか、ブッチをはじめ全員がそれを認めた。
「じゃあ三番目、うちで」
「それなら私は二番で」
「となると俺が一番か……」
 ブッチ、シャルロット、カナタ、そしてユキの順番で見張ることもすぐに決まった。
 時間帯も深夜に差し掛かることもあり、ブッチを除く全員がすぐに眠りに就く。
「さて、どうなるか……」
 処分予定だった干し肉をかじりながら、ブッチは外に視線を向けて、見張りに立った。



「はあ、危なかった……」
「まさかここでばれるとは……思ったより早かったか」
 一階にパイ屋、二階に理髪店を経営していた夫婦がいた。夫であるアンソニー・バーカーがパイ屋を、妻であるクローデット・バーカーが理髪店を務めていたのだが、それも今夜が最後となった。
 事前に準備した、外から死体を運び込むのにも使う脱出路を用いて首都を後にしたものの、今まで築き上げてきたものは、売上金以外のほとんどを置いていく羽目になった。それというのも、自分達の所業がばれてしまったからだ。
 二人は元々殺し屋、いや快楽殺人者だった。
 依頼を受けて相手を殺していたのはいいものの、いつも死体の処理に頭を悩ませていた。その時、隠れ蓑にしている料理屋で肉料理にして出すことを思いつき、死体の肉を材料にミートパイを作成して販売したのだ。
 しかしアンソニーの料理の腕か、クローデットの血抜きの技術か、それとも死体の状態が良かったのか。二人の予想以上に評判となり、街中から客が殺到し、やがて人肉を用いていたこともすぐにばれてしまった。
 警察から逃げ、無我夢中で逃走している際に何故か、別世界の『ヤズ』とかいう国の近くに転移してきてしまう。不思議なことに言語も通じるので、一先ひとまずは冒険者として近くの魔物を狩り、その資金をもって二階建ての店舗を購入したのだ。
 二人にとって、正直に言えば魔物狩りもまた自らの快楽を満たすには十分だった。しかしそれ以上に、自分達が積み上げた死体で作り上げたミートパイの味を忘れることができずにいた。
 だから殺した。
 孤独な人間、誰も探そうとしない人間を選んでは殺し、その肉をいてミートパイにする。
 殺す場所は様々だ。日の暮れた店内で最後の客を殺すこともあれば、近くで魔物を狩っていた冒険者を逆にひっそりと狩ることもあった。地下に大型の精肉機をこしらえた時は『野生の鱗豚オークを狩ってきてそのままぶち込む』という言い訳も通じたが、精肉途中の死体が残っているのを見られては、どれだけ弁が立っても言い訳不可能だ。できても精神鑑定に持っていくのが関の山だが、この世界にそんな制度があるとは思えない。普通に村八分にした方が手っ取り早いのだから。
「まさか経営して数日で足がつくとは思わなかったな……」
「半月は持つと思っていたけど……まあ、いいわ」
 幸い、売上金だけは持ち出せた。
 いつかはばれるというのも、前の世界での経験から分かっていたので、逃走準備は常に万全だった。だから逃げられたのはいいものの、問題は期間の短さだ。
 周辺の国どころか首都以外の町の情報すら仕入れることはできなかった。辛うじて分かるのは、ここから東にある『ヤィ』という国では現在、元婚約者が醜聞スキャンダルをばらいたせいで情勢が安定しないということのみ。
「少し休んでから、東に向かうわよ。情勢が混乱している中なら、こっそり紛れ込むことだってできるわ」
「そこでまた殺すとするか……今度は女を狩りたいな」
「ちなみにるなら、ちゃんと殺しシメてからね。生きたままったら浮気とみなすわよ」
 どこまでも狂った殺人鬼夫婦の眼前には、首都の東側に存在する森が見えていた。
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