上 下
24 / 32
シリーズ002

006 首都にもたらされる不穏な噂

しおりを挟む
 別行動の間にブッチがたずねたのは、前回首都をおとずれた時にも出会った情報屋だった。
 その男、オーウェン・ユメルは以前にも来た酒場の席に、すでに陣取っていた。常連なので普段からよく顔を出す彼のことだ。前回はいなかったので伝言を頼んだのだが、今回はその必要もなく、手間がはぶけたとも言える。
「よう、オーウェン」
「今回はずいぶん早い再会になったな、ブッチ」
 仕事で居座っているのかとも思ったが、すでに片付けた後だったらしく、オーウェンは向かいの席を指差した。
「噂の方はもういい。盗賊の元凶はもう、片付けたからな」
「聞いているよ。サンティアゴの討伐に異能持ちの捕縛、かなりもうかっただろう?」
 情報屋に対して隠し事は無意味だと、ブッチは早々に腹芸を諦めた。
「経費で結構持っていかれたよ。それより気になることがあってな……」
 ブッチはオーウェンに対して、その時に起きたことを静かに話し始めた。
 盗賊をあぶし、その拠点を制圧したこと。その際サンティアゴと決闘する羽目になったこと。そして……その賞金首が近くに隠れていた副首領の異能持ちに殺されたことも。
 無論、火縄銃マッチロック臼砲きゅうほう等、使用した武器は伏せてはいるものの、その程度では大した口止めにはならないことも承知の上でだ。
「……昔、ローズシリーズの一つ、アイリスローズの使い手が例のダイナーに来ていたらしい。話し振りからして、一時期滞在していただけだろう。だけどな、どう考えても……その情報が出てくるのが遅すぎるんだよ」
「たしかに、それが本当にアイリス・・・・ローズなら、すでに姿を消している。その持ち主は『ペリ』という小国から北東に向かったという話だが……おそらく、次の目的地は『バハール』だ」
「東の大国か……」
 この大陸世界『アクシリンシ』には、五つの大国がある。ここ南の大国『ヤズ』を除けば、中央の『モブサム』と西の『ペイズ』に北の『クィズ』、そして話に挙がった東の大国、『バハール』だった。
「目的はおそらく、刀の類だろうな。アイリスローズは太刀だと聞く。普段は使わないようにしているのなら、代わりの武器を手に入れようとするはずだ」
 武器製造に関して言えば、名門クロックス家の名が世界全土に知れ渡っている。特に始祖である『ローザ・クロックス』が作り上げた、薔薇鉱石ローザニウムという特殊な鉱石を基にした武器、通称『ローズシリーズ』こそが最強であると言われている。その技術は門外不出で、クロックス家に連なる者しか加工する手段を持ち合わせていない。
 しかし、ここ最近はもう、『ローズシリーズ』を作り上げられることはないはずだ。
「もう薔薇鉱石ローザニウムは掘り尽くされちまっている。少なくとも、大陸の南側にある鉱床は軒並み空だ」
「他も同じような状況らしいぞ。おまけにクロックスの本家は『エルザ・クロックス』という女が銃器の製造に踏み切った為に、革新派と保守派に考え方が完全に分かれたそうだ」
薔薇鉱石ローザニウムの加工技術の代わりに、銃器に力を置くかそれとも、武器製造の名門として名を遺すか、か……」
 ふと、先祖伝来の廻転銃リボルバーに指が伸びてしまう。
 ふるきにこだわっていては前に進めないが、ただ新しいものに飛びついていればいいというものではない。
 大事なのは結局、現在いまの自分達が、どう生きるかなのだから。
「クロックス家からの流れ者も含めて、鍛造に長けている者が多いのは東だ。そちらに武器を買い付けに行くとにらんで、ローズシリーズ狙いの奴等も東に向かっている」
「となると……今回の話は、本当におかしなことになるぞ?」
 では何故、今更ローズシリーズの噂が出回ったのか。
 そもそも本当にそれは、アイリス・・・・ローズの話だったのだろうか。
「他のローズシリーズが、『オルケあの町』にあるってのか?」
「それはない、と断言できないのが怖いな……」
 ローズシリーズには、初期型と後期型がある。
 クロックス家の始祖、『ローザ・クロックス』が作り上げた初期シリーズと、その子孫達が作り出した後期シリーズだ。初期のものはそれこそ大国が管理している場合が多く、市井しせいに出回っているローズシリーズはそのほとんどが後期のものだ。
 数こそ少ないものの、国も躍起やっきになってその所在を探り、己がものにしようと企んでいる程だ。なにせ中にはそれ一本だけで、小さな国ですらも買い取ることができる代物も存在するのだから。
「やっぱり気になるか? 関わっていた・・・・・・人間としては」
「……昔の話だ」
 注文した酒をグラスに注ぎながら、ブッチは首を振った。
 今思い出しても、仕方のないことなのだから。
「まあとにかく、噂の方はもういいんだったな? 元凶がいなくなったということは、賞金首もあの店には集まらないだろうし」
「ああ、それでいい。悪かったな、面倒な仕事を頼んで」
「気にするな」
 少し多めに色を付けて、空のグラスに金を入れて押し流した。テーブルの上を流れるグラスを受け取ったオーウェンは、その中身をあらためてから、ブッチの方へと顔を寄せた。
「後、ついでに……異能持ちの男について、詳しく聞かせてくれないか?」
「異能持ちの男?」
 妙なことを聞かれたものだと、ブッチは思った。
 たしかに異能持ち自体、ユキ達には噂の域を出ない代物だったらしいが、その成り立ちを知っているブッチからしてみれば、ごく当たり前に存在する話である。特に気にすることはないと衛兵に突き出したのだが、あの男に何かあるのだろうか。
「たしかに異能持ちだったが、ただの小物だぞ? 賞金首の陰に隠れて甘い汁を吸うような」
「そいつの元上司、俺の知り合いなんだがな……」
 先程も、その元上司の部下と話していたらしい。初めて見る赤髪の女だったが、紹介状は本物だったので話を聞いていたとか。
「一緒に渡された封緘ふうかんの方の手紙に書かれてたんだよ。『もし見かけたら内密に『ペリ』に送還させろ』、ってな。適当に罪をでっち上げるのに苦労したよ……」
「国家機密に関わっていたのか? そいつ」
「本当は死んだ振りをしていたらしいんだよ。適当な奴を死体に仕立ててな。さすがに異能持ちだってのは初耳だったが……そいつ、『ペリその国』の出身だってさ」
「……何が言いたい?」
 ブッチの脳裏に、ある噂が流れた。
 意図的に異能持ちを作る研究がなされている話は、以前から聞いたことがあった。異能の中には魔法以外の、下手すればそれ以上の現象を呼び起こす可能性もあり、国によっては異端として扱われることもあるが、ある意味魔法よりも重宝されることがあるらしい。
 だか、その成り立ちを知っている者達からすれば……明らかに異常な精神の持ち主だということが分かる。
「意図的に異能持ちを増やそうとしている奴がいる、なんて噂が本当だとでも?」
「実際、そいつが死んだ振りをしたのも、その関連事件だったらしいぞ」
 本来、異能持ちの人間が多いのは魔物や魔族達の巣窟そうくつである『魔界』近辺だ。それ以外で異能持ちになる事象はあまり聞くことはない。
 それだけ、異能持ちが生まれる機会が少ないからだ。
「……ま、そんな噂信じても、仕方ないがな」
「もし本当だったら、どうする?」
 それを証明する手段はただ一つ。
「そいつが口封じに消される方に、ボトルおごりで」
「乗った」
 手を打ち合わせるのを最後に、ブッチは席を立った。
「どちらにせよ、引き続き調べといてくれ。面倒事はごめんだ」
「分かってるよ」
 結局、大した情報は得られなかった。
 以前依頼していた、『オルケ』で珍しい武器が流れているという妙な噂に関する調査も、ある意味振出しに戻ったようなものだ。ローズシリーズが流れているだけなら話は分かるのだが、ユキ達が使う火縄銃マッチロックのせいで、実態の見えない噂に尾鰭おひれがつき過ぎただけなのかもしれない。
 なんにせよ、ブッチにとっては平穏であることが唯一の望みだった。
「……あ、そうだ。首都の近くで、隠れ家に使えそうな場所に心当たりはないか?」
「隠れ家? 東の森の中以外なら、人気ひとけのない南側の国境近くしかないんじゃないか?」
「また危なそうなところを……ま、考えとくか」
 テーブルの上に情報料チップを並べてから、ブッチは宿へと戻っていった。



 しかし半月後、ブッチの元に届けられた早馬の手紙には頭を抱えることになる。
『ボトルは頂いた』
 ブッチにとっては、ボトル代以上の損失を告げる手紙だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...