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シリーズ001
002 両親の旧友
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その男、ブッチを家に招き入れた二人は、とりあえずテーブル席に腰掛けさせてから、コーヒーを差し出すことにした。
「コーヒーは久しぶりだ。ここから南は、まともな店がなかったからな……」
静かにコーヒーを飲んでいるブッチをそのままに、カナタはユキがいるカウンター裏に入り込んできた。
「……お兄。あのおっちゃん、本当におとん達の友達やと思う?」
「どうだろうな」
道中、話してみたがユキやカナタの名前も知っていたのは確かだ。
カナタはともかく、普段妹から『お兄』と呼ばれているユキの名前は、事前に知っていなければ分からないはずだ。
「少なくとも、俺達を騙して得することなんてないだろう? 適当に昔話を聞きながら、ゆっくり知っていけばいいさ」
ただし警戒は忘れずに、と後ろ腰に差し直した小太刀を指で叩きながら、ユキは告げる。カナタはとりあえず納得した、とばかりに軽く鼻を鳴らしてから出て行った。
「シチューはあるか? 特にビーフシチューが好物でな」
「ありますよ。ちょっとお時間はいただきますが」
シチュー等の鍋物を作り置きすることは多いが、あまり長持ちするものではない。事前に客が多く来ることが分からない限りは、注文されてから一鍋分を作って応えることが大半だ。
鍋を煮込んでいる間、ユキは目を離さないまま、ブッチに声を掛けた。
「父や母とは、死ぬ前に別れたんですか?」
「ああ、面倒な仕事が舞い込んできてな」
一度コーヒーを飲み干してから、ブッチは被り続けている帽子を指で弾いた。
「それで何年か南の端にいたんだが、面倒事を片付ける度に別の面倒事が舞い込んできやがって……おかげでここに来れたのが今になっちまったんだよ」
「南の端、というと……『魔界』、ですか?」
大陸世界『アクシリンシ』において、大陸を一つの円とするならば、円周上を囲うようにして存在する魔物や魔族達の巣窟がある。この世界ではその巣窟のことを俗に『魔界』と称し、周辺に位置する国々は独立して、その防衛を行っている。
ブッチは暗にその通りだと、首を傾けた。
「この辺りの冒険者や傭兵は、そのほとんどが徴集されたんだ。そうしないと南の魔王チェヌブとその軍勢に、南大陸を支配されかねなかったからな」
「南の侵略のことは聞きました……ひどい戦いだった、と」
フィルの両親も、その戦いに鍛冶職人として参加していた。
戦火の規模は後方の兵站基地にまで及び、その時の怪我が原因で長く生きられなかったらしい。
「ああ、酷い戦いだったさ。生き残れたのが不思議なくらいだ」
よく見ると、帽子にはいくつもの傷を繕って誤魔化している跡があった。
キッチンからでも分かるのだ。小さな傷はきっとそれ以上だろう。
「ブッチさん、傭兵だったんですか?」
「正確には元冒険者で、お前等の両親に雇われてから傭兵、専属の護衛になったんだ」
それと、とブッチは付け足した。
「さっきみたいに敬語じゃなくていいぞ。面倒だし、そこまで立派な人間じゃないからな」
「そこはまあ、適当に……腕前の方は?」
「そうだな……」
そこから先は、ユキの目には留まらなかった。
ブーツに仕込んでいたハンターナイフを抜くと、裏から回り込んでいたカナタの首元に当て、振り下ろしかけていたフライパンを宙に止めた。
「まあ、これくらいはな」
「……なんで分かったん?」
「想像力は武器になる。あらゆる想定をしてきたからこそ、俺は生き残れたんだ」
ナイフとフライパンが降ろされたタイミングでユキはカウンターから出、丁度出来上がったビーフシチューをブッチの目の前に置いた。
「美味そうだな」
「毒味は?」
「毒盛るなら、あの奇襲は逆効果だ」
皿に盛られたビーフシチューが、徐々に姿を消していく。それだけ空腹だったとみて、ユキは追加の皿を用意しに戻っていく。
「おっちゃん、強いねんな~」
「そうしなきゃ生き残れなかったからな……」
空の皿を避け、コーヒーの残りを飲み干すブッチ。
カナタはフライパンを肩に担ぎながら、カウンター席の一つに腰掛けた。ユキに背を向け、次の皿を待つブッチの方を向いて。
「で、これからどないするん?」
「面倒事を片付けて良かった数少ないことの一つは、金に困らないってことだ。しばらくは適当な所で、のんびり暮らすさ」
そう言っていくらかの金銭を出すと、テーブルの上へと順に並べ出した。
「多めに出すから、お前さんの持ってた火薬も、少し分けてくれないか?」
「ええけど……なんに使うん?」
「それは……」
言葉を繋げる前に、ブッチは店先の異変に気が付いた。
ユキもカウンターから出てきて、カナタの傍に駆け寄る。
「……最近何か、恨みを買ったか?」
「今朝、食い逃げとっ捕まえた位やな」
「つまりその仲間か?」
人望があったのか、それとも仲間をやられた恨みか、盗賊の集団がダイナーの前に集結しているというのが、話のオチだろう。
問題は、そのオチでどちらが負けるか、ということだけだ。
「音を聞く限り、ざっと十人程か……」
ブッチは荷物からベルトと、前世で見覚えのある武器を取り出して、身体に巻き付けていく。
「ちょっと片付けてくる。待ってろ」
「ええけど……火薬は?」
「ああ……」
ホルスターから抜いた、古びた廻転銃を片手に、ブッチは店を出た。
「……今回は手持ちだけで十分だ」
その様子を、ユキやカナタは見に行かない。いや、その必要はなかった。
「殺せたよな、俺達……」
「ほんまに、おとんらの友達やったんやな……」
そう、いつだって殺せたのだ。銃の恐ろしさは、自分達が一番よく知っている。
だからこそ、分かるのだ。あえて銃を使わない意味を。
「……なあ、一つ思いついたんだが」
「奇遇やな……」
銃声は止んだ。都合十二発、廻転銃二丁分の装弾数と一致している。それ以上はいなかったのか、それとも弾切れで残りは肉弾戦なのか。
分からないが、次に店に入って、いや戻ってくるのが誰かなのは、二人にはすぐに分かった。
「……うちもや」
「……で、あのおっさんを雇ったと?」
「ああ、部屋は空いていたしな」
その日の夜。
入り口近くに新しく拵えたテーブル付きの椅子に腰掛けているブッチは、カナタから分けて貰った火薬と手持ちの雷管で銃弾を作成していた。廻転銃の方は分解整備中で、荷物から取り出した予備の物をベルトについたホルスターに納めている。
そしてフィルに事の顛末を説明しながら、ユキは注文された鱗豚肉のステーキを鉄板の上で焼いていた。
「一日三食の住み込み、賃金は成果報酬だから、存外安上がりで済んだんだよ」
「向こうも静かに暮らしたい、とか言ってなかったか?」
「『どうせやることは変わらない』ってさ」
それが、ブッチに恨みを持つ者達が襲ってくることなのか、それとも単にそれ以外で稼ぐ方法を知らないのかは分からない。だが少なくとも、今朝浮き彫りとなった問題は、あっさり解決したとみていいだろう。
「まあ、お前達が決めたのなら好きにすればいいが……ところでカナタは?」
「ん? そこらにいないか?」
気がつけば、カナタは店内にいなかった。
「ブッチさん、カナタは?」
「ああ、あの嬢ちゃんなら出掛けて行ったぞ。仕舞ってる火薬取りに行くとかで」
「あそこか……」
それだけ分かると、特に心配事はないとユキは皿に盛りつけたステーキをフィルの前に置き、ブッチに彼を紹介した。
「おお~できとるできとる」
店の裏、よりも少し離れた場所に、小さな小屋があった。その中は地下への階段と、その周囲に木製の道具が所狭しと並んでいる。しかし、そこには鉄をはじめとした金属はなく、代わりに硫黄や木炭が積み上げられていた。
そして、カナタは地下で作られているものの出来栄えを確認しに来たのだ。
「こんだけありゃ、足りるやろ。にっしっし……」
毒素防止用の口布の中、カナタはほくそ笑みながら、必要な分だけを抜き取っていった。
「コーヒーは久しぶりだ。ここから南は、まともな店がなかったからな……」
静かにコーヒーを飲んでいるブッチをそのままに、カナタはユキがいるカウンター裏に入り込んできた。
「……お兄。あのおっちゃん、本当におとん達の友達やと思う?」
「どうだろうな」
道中、話してみたがユキやカナタの名前も知っていたのは確かだ。
カナタはともかく、普段妹から『お兄』と呼ばれているユキの名前は、事前に知っていなければ分からないはずだ。
「少なくとも、俺達を騙して得することなんてないだろう? 適当に昔話を聞きながら、ゆっくり知っていけばいいさ」
ただし警戒は忘れずに、と後ろ腰に差し直した小太刀を指で叩きながら、ユキは告げる。カナタはとりあえず納得した、とばかりに軽く鼻を鳴らしてから出て行った。
「シチューはあるか? 特にビーフシチューが好物でな」
「ありますよ。ちょっとお時間はいただきますが」
シチュー等の鍋物を作り置きすることは多いが、あまり長持ちするものではない。事前に客が多く来ることが分からない限りは、注文されてから一鍋分を作って応えることが大半だ。
鍋を煮込んでいる間、ユキは目を離さないまま、ブッチに声を掛けた。
「父や母とは、死ぬ前に別れたんですか?」
「ああ、面倒な仕事が舞い込んできてな」
一度コーヒーを飲み干してから、ブッチは被り続けている帽子を指で弾いた。
「それで何年か南の端にいたんだが、面倒事を片付ける度に別の面倒事が舞い込んできやがって……おかげでここに来れたのが今になっちまったんだよ」
「南の端、というと……『魔界』、ですか?」
大陸世界『アクシリンシ』において、大陸を一つの円とするならば、円周上を囲うようにして存在する魔物や魔族達の巣窟がある。この世界ではその巣窟のことを俗に『魔界』と称し、周辺に位置する国々は独立して、その防衛を行っている。
ブッチは暗にその通りだと、首を傾けた。
「この辺りの冒険者や傭兵は、そのほとんどが徴集されたんだ。そうしないと南の魔王チェヌブとその軍勢に、南大陸を支配されかねなかったからな」
「南の侵略のことは聞きました……ひどい戦いだった、と」
フィルの両親も、その戦いに鍛冶職人として参加していた。
戦火の規模は後方の兵站基地にまで及び、その時の怪我が原因で長く生きられなかったらしい。
「ああ、酷い戦いだったさ。生き残れたのが不思議なくらいだ」
よく見ると、帽子にはいくつもの傷を繕って誤魔化している跡があった。
キッチンからでも分かるのだ。小さな傷はきっとそれ以上だろう。
「ブッチさん、傭兵だったんですか?」
「正確には元冒険者で、お前等の両親に雇われてから傭兵、専属の護衛になったんだ」
それと、とブッチは付け足した。
「さっきみたいに敬語じゃなくていいぞ。面倒だし、そこまで立派な人間じゃないからな」
「そこはまあ、適当に……腕前の方は?」
「そうだな……」
そこから先は、ユキの目には留まらなかった。
ブーツに仕込んでいたハンターナイフを抜くと、裏から回り込んでいたカナタの首元に当て、振り下ろしかけていたフライパンを宙に止めた。
「まあ、これくらいはな」
「……なんで分かったん?」
「想像力は武器になる。あらゆる想定をしてきたからこそ、俺は生き残れたんだ」
ナイフとフライパンが降ろされたタイミングでユキはカウンターから出、丁度出来上がったビーフシチューをブッチの目の前に置いた。
「美味そうだな」
「毒味は?」
「毒盛るなら、あの奇襲は逆効果だ」
皿に盛られたビーフシチューが、徐々に姿を消していく。それだけ空腹だったとみて、ユキは追加の皿を用意しに戻っていく。
「おっちゃん、強いねんな~」
「そうしなきゃ生き残れなかったからな……」
空の皿を避け、コーヒーの残りを飲み干すブッチ。
カナタはフライパンを肩に担ぎながら、カウンター席の一つに腰掛けた。ユキに背を向け、次の皿を待つブッチの方を向いて。
「で、これからどないするん?」
「面倒事を片付けて良かった数少ないことの一つは、金に困らないってことだ。しばらくは適当な所で、のんびり暮らすさ」
そう言っていくらかの金銭を出すと、テーブルの上へと順に並べ出した。
「多めに出すから、お前さんの持ってた火薬も、少し分けてくれないか?」
「ええけど……なんに使うん?」
「それは……」
言葉を繋げる前に、ブッチは店先の異変に気が付いた。
ユキもカウンターから出てきて、カナタの傍に駆け寄る。
「……最近何か、恨みを買ったか?」
「今朝、食い逃げとっ捕まえた位やな」
「つまりその仲間か?」
人望があったのか、それとも仲間をやられた恨みか、盗賊の集団がダイナーの前に集結しているというのが、話のオチだろう。
問題は、そのオチでどちらが負けるか、ということだけだ。
「音を聞く限り、ざっと十人程か……」
ブッチは荷物からベルトと、前世で見覚えのある武器を取り出して、身体に巻き付けていく。
「ちょっと片付けてくる。待ってろ」
「ええけど……火薬は?」
「ああ……」
ホルスターから抜いた、古びた廻転銃を片手に、ブッチは店を出た。
「……今回は手持ちだけで十分だ」
その様子を、ユキやカナタは見に行かない。いや、その必要はなかった。
「殺せたよな、俺達……」
「ほんまに、おとんらの友達やったんやな……」
そう、いつだって殺せたのだ。銃の恐ろしさは、自分達が一番よく知っている。
だからこそ、分かるのだ。あえて銃を使わない意味を。
「……なあ、一つ思いついたんだが」
「奇遇やな……」
銃声は止んだ。都合十二発、廻転銃二丁分の装弾数と一致している。それ以上はいなかったのか、それとも弾切れで残りは肉弾戦なのか。
分からないが、次に店に入って、いや戻ってくるのが誰かなのは、二人にはすぐに分かった。
「……うちもや」
「……で、あのおっさんを雇ったと?」
「ああ、部屋は空いていたしな」
その日の夜。
入り口近くに新しく拵えたテーブル付きの椅子に腰掛けているブッチは、カナタから分けて貰った火薬と手持ちの雷管で銃弾を作成していた。廻転銃の方は分解整備中で、荷物から取り出した予備の物をベルトについたホルスターに納めている。
そしてフィルに事の顛末を説明しながら、ユキは注文された鱗豚肉のステーキを鉄板の上で焼いていた。
「一日三食の住み込み、賃金は成果報酬だから、存外安上がりで済んだんだよ」
「向こうも静かに暮らしたい、とか言ってなかったか?」
「『どうせやることは変わらない』ってさ」
それが、ブッチに恨みを持つ者達が襲ってくることなのか、それとも単にそれ以外で稼ぐ方法を知らないのかは分からない。だが少なくとも、今朝浮き彫りとなった問題は、あっさり解決したとみていいだろう。
「まあ、お前達が決めたのなら好きにすればいいが……ところでカナタは?」
「ん? そこらにいないか?」
気がつけば、カナタは店内にいなかった。
「ブッチさん、カナタは?」
「ああ、あの嬢ちゃんなら出掛けて行ったぞ。仕舞ってる火薬取りに行くとかで」
「あそこか……」
それだけ分かると、特に心配事はないとユキは皿に盛りつけたステーキをフィルの前に置き、ブッチに彼を紹介した。
「おお~できとるできとる」
店の裏、よりも少し離れた場所に、小さな小屋があった。その中は地下への階段と、その周囲に木製の道具が所狭しと並んでいる。しかし、そこには鉄をはじめとした金属はなく、代わりに硫黄や木炭が積み上げられていた。
そして、カナタは地下で作られているものの出来栄えを確認しに来たのだ。
「こんだけありゃ、足りるやろ。にっしっし……」
毒素防止用の口布の中、カナタはほくそ笑みながら、必要な分だけを抜き取っていった。
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