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008 水着ではしゃいでいます。
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クラブ、という言葉で真っ先に思い浮かぶのは部活動だ。その意識がある内は、高校生以下の精神年齢だと言える。
だからもう一つの意味である接待飲食店やナイトクラブを連想するのは、大抵が十八歳以上の人間だ。いや、飲酒や喫煙を考えれば、成人を超えなければ楽しむことはできないだろう。
……表向きは。
「それでもお酒や煙草はなしね。ここはチェック緩いけど、適当に騒いだらすぐ帰るから」
「未晴さん、こういうところによく来るんですか?」
「結婚前に旦那とよく、遊びに来てたんだよね~」
しかし、と未晴は公彦の身体を眺めた。
「公彦君、随分鍛えてるね。腹筋割れているとか」
「元運動部で、筋トレが日課になってて……」
少し幅が広い、黒のビキニパンツを穿いただけの公彦は自らの肉体をよく見せようと、少しポーズを取ってみせた。未晴も先日購入した水着姿で腰に手を当てながら、ゆっくりと肢体を舐めるように見つめている。
「へぇ~、野球? サッカー?」
「スポーツチャンバラです」
一瞬未晴の身体が崩れ、腰に当てていた手がずるりと垂れ下がった。
「……あれ筋トレする要素あるの?」
「振り回すだけじゃ勝てないんで、やり返すための力をつけていたらそのまま……まあ、中学までの話ですけどね」
しかしこのまま話していても仕方がないと、二人は更衣室前から奥へと続く通路を進んでいく。ここに入る際は地下へと降りていたので、地上部分の建物より広い印象を公彦は受けている。
「元々はあそこの地下で騒いでいるだけだったんだけど、すぐ近くのフィットネスクラブが閉鎖したから、買い取って強引に改造したのがここの始まりね」
「儲かっているんですね……」
「お金って、あるところにはあるもんだからね~」
布を前で交差させるデザインのビキニを着た未晴が先行していくのを公彦が追いかけていくが、その目線が狙っているものは決して顔ではない。
「ちっちゃいのに物好きだね~」
「いや、好きな人は好きですよ」
無論、視線が胸やお尻に向くのに相手が気づかない道理はない。
しかもスタッフは通路の端々にしか配置されておらず、時間も半端なので他の客はあまりいない。気づかれないようにする、という方が難しかった。
「というか、公彦君も大きさとかは気にしない質でしょう」
「あははは…………も?」
「旦那も同じクチなんだよね~」
たまに話に上がる未晴の旦那だが、公彦は相手がどんな人物かを知らない。
いや、間男なのだから会わない方がいいのは理解しているのだが、それでも未晴の伴侶に関しては、ずっと興味を持っていた。
「……どんな人なんですか? その旦那さん、って」
「どんな、って……」
どう話したものかと未晴は、今はネックレスにして首にかけている結婚指輪を指で弄びながら、自らの伴侶のことを脳裏に思い描いていた。
「……ヘタレだけど、変なところで男らしい、かな」
そう答えた頃にはすでに通路の端へと到達した二人は、スタッフと話してから中へと入っていく。
「うわぁ……」
「プールもいいけど、」
未晴が公彦の手を引きクラブの中へと入っていく。
よくテレビとかで見かける、暗いホールにミラーボール等の照明で明滅が激しい空間の中、DJが掻き鳴らす音楽に合わせて踊るクラブだが、ここは他とは違う一面がある。
「こういうのも悪くないでしょ?」
公彦に向けてウィンクを飛ばす未晴。
その背後では、ライトアップされた状態で降り注ぐ人口の雨にの下、水着姿で踊り狂う男女が屯っていた。
「よし、踊ろう!」
「うわぁっ!?」
最初はたたらを踏んだ公彦だが、周囲に合わせて身体を動かすうちに要領を得てきたのか、今は未晴と共にびしょ濡れになりながら、体力が続く限り踊りに明け暮れていた。
「まあ、ある意味水の中で踊っているのに近いから、体力なんてすぐになくなっちゃうんだけどね」
「は、はぁ……」
一頻り踊ってから、二人は休憩とばかりにカウンター席に並んで腰掛けていた。
若干息切れを起こしている公彦を労わりながら、未晴はジュースを二本、カウンター越しに注文していた。
「……というか、ここでお酒飲んで踊っていたら、半分死ぬんじゃあ?」
「実際にそれで倒れる人、多いよ~」
未晴が指差した先には、水着の上に白衣を着た人間が、簡易ベッドの上に寝そべっているお姉さんを看病していた。また、看病している者以外にも、男女の区別なく水着の上から白衣を着た人間が数名、近くのブースで談笑しながら控えている。
「だから卒業したてて青田買いされた医学生が、研修医という名目で働いているのよ。ここなら患者が出ても、症状はほとんど同じだからテンプレ通りの治療を施すだけで済むし、おまけに口止め料込みで給料もいいから」
医者になるには医大を卒業して医師免許を取得し、研修医の過程を得ることが必要となる。しかし、俗にいう『藪医者』が生まれるからくりの一つを見てしまい、公彦は将来に不安を覚えた。
「まあ、それだけで簡単に研修医を卒業できるわけでもないだろうし、そこまで心配しなくていいと思うけどね~」
「そんなものですかね……」
しかし未晴は公彦の不安を意に介さず、座ったまま水着の縁に指を掛けて、位置を直している。
「そもそもここ、そこまでブラックじゃないからね~。もっとひどいところだと全員全裸だったり……公彦君」
「ふぅ……はい?」
受け取ったジュースを一息に飲み干した公彦に、未晴は目を合わせないまま出口を指差した。
「……疲れたし、帰ろっか」
ホールのある一点を見つめていた未晴は、静かに席を立った。
水着から着替えた二人は、一時間もしない内にクラブを後にしてから電車に乗り、最寄り駅のホームの端に移動した。開店時間の都合で昼過ぎから入場していたのだが、滞在時間が短すぎたということもあってか、ようやく日が沈みかけている時間で、周囲はまだ比較的明るい。
「あのクラブももう駄目か~結構気に入ってたんだけどな」
「何かあったんですか?」
短すぎる滞在時間を疑問に思う公彦に対して、未晴は待機用のベンチに腰掛けて、荷物を置いてから答えた。
「……タトゥーギャング、って知ってる?」
「ヤ○ザ、とかですか?」
「洋風のそれだけど、どっちかといえば若者中心の犯罪集団的な意味でね」
未晴は両手を持ち上げて、左手の甲を右手の人差し指で軽く叩いた。
「昔、クラブ通いをしていた時に、危うく揉めかけたことがあって。あのクラブで見かけたのは新顔だったけど、タトゥーを見ればあいつらの仲間だって、すぐに分かるから」
「揉めかけた、って……」
公彦は何故か、バイトで運ぶ新聞とビニールで包装された、鈎型の物体を思い描いた。自らにとって身近で、犯罪者と揉めたと言われて、真っ先に浮かぶのがそれだからだ。
しかし未晴はそのことを知らず、ただ淡々と話を続けてくる。
「一応言っとくけど、被害者側でね……連中、麻薬売ってたのよ」
「……あそこ、麻薬も売ってたんですか?」
「だったら最初から行かないって」
手を振り、軽い調子で返す未晴だが、どことなくその笑顔には影があるように見えた。
「でも時間の問題。運営側が警察に通報するか、それとも加担して麻薬の密売に手を染めるか……どっちにしても関わっていいことじゃない」
「そう、ですね……」
公彦は一瞬、ゴロウとバイトのことを考えて顔を俯かせてしまう。
しかし未晴は犯罪に巻き込みかけてしまったことを気にしてか、立ち上がって公彦の手を取った。
「ごめん、お詫びさせて。本当はやめとこうかと思ったんだけど……」
「え……」
ちょっとした勘違いなのだが、未晴は内心怯えているかもしれない公彦をある場所へと誘った。
「……ホテル、行かない?」
だからもう一つの意味である接待飲食店やナイトクラブを連想するのは、大抵が十八歳以上の人間だ。いや、飲酒や喫煙を考えれば、成人を超えなければ楽しむことはできないだろう。
……表向きは。
「それでもお酒や煙草はなしね。ここはチェック緩いけど、適当に騒いだらすぐ帰るから」
「未晴さん、こういうところによく来るんですか?」
「結婚前に旦那とよく、遊びに来てたんだよね~」
しかし、と未晴は公彦の身体を眺めた。
「公彦君、随分鍛えてるね。腹筋割れているとか」
「元運動部で、筋トレが日課になってて……」
少し幅が広い、黒のビキニパンツを穿いただけの公彦は自らの肉体をよく見せようと、少しポーズを取ってみせた。未晴も先日購入した水着姿で腰に手を当てながら、ゆっくりと肢体を舐めるように見つめている。
「へぇ~、野球? サッカー?」
「スポーツチャンバラです」
一瞬未晴の身体が崩れ、腰に当てていた手がずるりと垂れ下がった。
「……あれ筋トレする要素あるの?」
「振り回すだけじゃ勝てないんで、やり返すための力をつけていたらそのまま……まあ、中学までの話ですけどね」
しかしこのまま話していても仕方がないと、二人は更衣室前から奥へと続く通路を進んでいく。ここに入る際は地下へと降りていたので、地上部分の建物より広い印象を公彦は受けている。
「元々はあそこの地下で騒いでいるだけだったんだけど、すぐ近くのフィットネスクラブが閉鎖したから、買い取って強引に改造したのがここの始まりね」
「儲かっているんですね……」
「お金って、あるところにはあるもんだからね~」
布を前で交差させるデザインのビキニを着た未晴が先行していくのを公彦が追いかけていくが、その目線が狙っているものは決して顔ではない。
「ちっちゃいのに物好きだね~」
「いや、好きな人は好きですよ」
無論、視線が胸やお尻に向くのに相手が気づかない道理はない。
しかもスタッフは通路の端々にしか配置されておらず、時間も半端なので他の客はあまりいない。気づかれないようにする、という方が難しかった。
「というか、公彦君も大きさとかは気にしない質でしょう」
「あははは…………も?」
「旦那も同じクチなんだよね~」
たまに話に上がる未晴の旦那だが、公彦は相手がどんな人物かを知らない。
いや、間男なのだから会わない方がいいのは理解しているのだが、それでも未晴の伴侶に関しては、ずっと興味を持っていた。
「……どんな人なんですか? その旦那さん、って」
「どんな、って……」
どう話したものかと未晴は、今はネックレスにして首にかけている結婚指輪を指で弄びながら、自らの伴侶のことを脳裏に思い描いていた。
「……ヘタレだけど、変なところで男らしい、かな」
そう答えた頃にはすでに通路の端へと到達した二人は、スタッフと話してから中へと入っていく。
「うわぁ……」
「プールもいいけど、」
未晴が公彦の手を引きクラブの中へと入っていく。
よくテレビとかで見かける、暗いホールにミラーボール等の照明で明滅が激しい空間の中、DJが掻き鳴らす音楽に合わせて踊るクラブだが、ここは他とは違う一面がある。
「こういうのも悪くないでしょ?」
公彦に向けてウィンクを飛ばす未晴。
その背後では、ライトアップされた状態で降り注ぐ人口の雨にの下、水着姿で踊り狂う男女が屯っていた。
「よし、踊ろう!」
「うわぁっ!?」
最初はたたらを踏んだ公彦だが、周囲に合わせて身体を動かすうちに要領を得てきたのか、今は未晴と共にびしょ濡れになりながら、体力が続く限り踊りに明け暮れていた。
「まあ、ある意味水の中で踊っているのに近いから、体力なんてすぐになくなっちゃうんだけどね」
「は、はぁ……」
一頻り踊ってから、二人は休憩とばかりにカウンター席に並んで腰掛けていた。
若干息切れを起こしている公彦を労わりながら、未晴はジュースを二本、カウンター越しに注文していた。
「……というか、ここでお酒飲んで踊っていたら、半分死ぬんじゃあ?」
「実際にそれで倒れる人、多いよ~」
未晴が指差した先には、水着の上に白衣を着た人間が、簡易ベッドの上に寝そべっているお姉さんを看病していた。また、看病している者以外にも、男女の区別なく水着の上から白衣を着た人間が数名、近くのブースで談笑しながら控えている。
「だから卒業したてて青田買いされた医学生が、研修医という名目で働いているのよ。ここなら患者が出ても、症状はほとんど同じだからテンプレ通りの治療を施すだけで済むし、おまけに口止め料込みで給料もいいから」
医者になるには医大を卒業して医師免許を取得し、研修医の過程を得ることが必要となる。しかし、俗にいう『藪医者』が生まれるからくりの一つを見てしまい、公彦は将来に不安を覚えた。
「まあ、それだけで簡単に研修医を卒業できるわけでもないだろうし、そこまで心配しなくていいと思うけどね~」
「そんなものですかね……」
しかし未晴は公彦の不安を意に介さず、座ったまま水着の縁に指を掛けて、位置を直している。
「そもそもここ、そこまでブラックじゃないからね~。もっとひどいところだと全員全裸だったり……公彦君」
「ふぅ……はい?」
受け取ったジュースを一息に飲み干した公彦に、未晴は目を合わせないまま出口を指差した。
「……疲れたし、帰ろっか」
ホールのある一点を見つめていた未晴は、静かに席を立った。
水着から着替えた二人は、一時間もしない内にクラブを後にしてから電車に乗り、最寄り駅のホームの端に移動した。開店時間の都合で昼過ぎから入場していたのだが、滞在時間が短すぎたということもあってか、ようやく日が沈みかけている時間で、周囲はまだ比較的明るい。
「あのクラブももう駄目か~結構気に入ってたんだけどな」
「何かあったんですか?」
短すぎる滞在時間を疑問に思う公彦に対して、未晴は待機用のベンチに腰掛けて、荷物を置いてから答えた。
「……タトゥーギャング、って知ってる?」
「ヤ○ザ、とかですか?」
「洋風のそれだけど、どっちかといえば若者中心の犯罪集団的な意味でね」
未晴は両手を持ち上げて、左手の甲を右手の人差し指で軽く叩いた。
「昔、クラブ通いをしていた時に、危うく揉めかけたことがあって。あのクラブで見かけたのは新顔だったけど、タトゥーを見ればあいつらの仲間だって、すぐに分かるから」
「揉めかけた、って……」
公彦は何故か、バイトで運ぶ新聞とビニールで包装された、鈎型の物体を思い描いた。自らにとって身近で、犯罪者と揉めたと言われて、真っ先に浮かぶのがそれだからだ。
しかし未晴はそのことを知らず、ただ淡々と話を続けてくる。
「一応言っとくけど、被害者側でね……連中、麻薬売ってたのよ」
「……あそこ、麻薬も売ってたんですか?」
「だったら最初から行かないって」
手を振り、軽い調子で返す未晴だが、どことなくその笑顔には影があるように見えた。
「でも時間の問題。運営側が警察に通報するか、それとも加担して麻薬の密売に手を染めるか……どっちにしても関わっていいことじゃない」
「そう、ですね……」
公彦は一瞬、ゴロウとバイトのことを考えて顔を俯かせてしまう。
しかし未晴は犯罪に巻き込みかけてしまったことを気にしてか、立ち上がって公彦の手を取った。
「ごめん、お詫びさせて。本当はやめとこうかと思ったんだけど……」
「え……」
ちょっとした勘違いなのだが、未晴は内心怯えているかもしれない公彦をある場所へと誘った。
「……ホテル、行かない?」
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