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白狼の憂鬱
昼、宦官は甘味の罠を知る③
しおりを挟む「…………っ」
「兄上、そのように喉元に刃を当てていたら、話せないではないですか」
やんわりとした口調で、ラファエロがエドアルドを窘めた。
ディアマンテがその言葉に安堵したのは、一瞬で、エドアルドが喉元から刃を離した途端に、ざっという音がして、彼女の視界が黒いもので遮られ、ディアマンテはびくりと肩を震わせた。しかし、彼女が自分の身に何が起きたのか、理解するのにそう時間はかからなかった。
目にも留まらぬ速さで腰に下げた剣を抜き去ったラファエロが、ディアマンテの結い上げた髪を断ち切り、それをディアマンテの目の前に投げ捨てたからだ。
「こうしておけば、罪人であることが一目瞭然ですし、手間が省けるでしょう?」
キエザをはじめとした周辺国に住む女性は、皆一様に腰のあたりまで髪を伸ばしている。
その女性の髪が切られるのは、斬首刑に処される場合のみ。………つまり、罪人に対して為されることだった。
「………まだ、斬首にすると決めた訳ではないがな」
切ってしまったものは仕方がないと言うかのように、エドアルドは肩をすくめてからディアマンテに向き直ると、床に付いているディアマンテの手を、躊躇いもなく踏みつけた。
同時に、ボキボキと鈍い音が耳に届いた。
近衛騎士に扮していたエドアルドが身につけているのは、金属製の甲冑で、当然足元も重厚な金属に覆われている。
その足で石の床に踏みつけにされたのだから、骨の数本は呆気なく折れるだろうということが推察された。
「ぎゃあああっ!」
淑女の口から飛び出たとは思えないような絶叫に、広間の空気は凍りついた。
「………痛いか?………痛いだろう。だが、そなたの行いによって人生を踏み躙られた者達の痛みは、そんなものではない。………それを理解した上でもなお、知らなかっただのと騒ぎ立てられるか?」
「ゔぁ……ああっ!!」
エドアルドが更に力を込めると、最早悲鳴にならない悲鳴がディアマンテの口から漏れた。
妖艶な女帝ディアマンテ元正妃は見る影もなく、無様にのたうち回る、ただの露出狂の中年女を、汚い物でも見るかのように、エドアルドは見下ろしている。
「………エドアルド様、………もう止めてください………」
その時、耐えきれなくなったクラリーチェが、エドアルドの背中にすがりついた。
途端に、エドアルドの動きがぴたりと止まる。
「全ての事実を、明らかにして下さっただけで、充分です」
クラリーチェは、微かに肩を震わせながら、精一杯訴えた。
「兄上、そのように喉元に刃を当てていたら、話せないではないですか」
やんわりとした口調で、ラファエロがエドアルドを窘めた。
ディアマンテがその言葉に安堵したのは、一瞬で、エドアルドが喉元から刃を離した途端に、ざっという音がして、彼女の視界が黒いもので遮られ、ディアマンテはびくりと肩を震わせた。しかし、彼女が自分の身に何が起きたのか、理解するのにそう時間はかからなかった。
目にも留まらぬ速さで腰に下げた剣を抜き去ったラファエロが、ディアマンテの結い上げた髪を断ち切り、それをディアマンテの目の前に投げ捨てたからだ。
「こうしておけば、罪人であることが一目瞭然ですし、手間が省けるでしょう?」
キエザをはじめとした周辺国に住む女性は、皆一様に腰のあたりまで髪を伸ばしている。
その女性の髪が切られるのは、斬首刑に処される場合のみ。………つまり、罪人に対して為されることだった。
「………まだ、斬首にすると決めた訳ではないがな」
切ってしまったものは仕方がないと言うかのように、エドアルドは肩をすくめてからディアマンテに向き直ると、床に付いているディアマンテの手を、躊躇いもなく踏みつけた。
同時に、ボキボキと鈍い音が耳に届いた。
近衛騎士に扮していたエドアルドが身につけているのは、金属製の甲冑で、当然足元も重厚な金属に覆われている。
その足で石の床に踏みつけにされたのだから、骨の数本は呆気なく折れるだろうということが推察された。
「ぎゃあああっ!」
淑女の口から飛び出たとは思えないような絶叫に、広間の空気は凍りついた。
「………痛いか?………痛いだろう。だが、そなたの行いによって人生を踏み躙られた者達の痛みは、そんなものではない。………それを理解した上でもなお、知らなかっただのと騒ぎ立てられるか?」
「ゔぁ……ああっ!!」
エドアルドが更に力を込めると、最早悲鳴にならない悲鳴がディアマンテの口から漏れた。
妖艶な女帝ディアマンテ元正妃は見る影もなく、無様にのたうち回る、ただの露出狂の中年女を、汚い物でも見るかのように、エドアルドは見下ろしている。
「………エドアルド様、………もう止めてください………」
その時、耐えきれなくなったクラリーチェが、エドアルドの背中にすがりついた。
途端に、エドアルドの動きがぴたりと止まる。
「全ての事実を、明らかにして下さっただけで、充分です」
クラリーチェは、微かに肩を震わせながら、精一杯訴えた。
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