44 / 97
白狼の憂鬱
昼、宦官は甘味の罠を知る①
しおりを挟む部屋へと戻ったリディアは、身を清めて夜着に着替えた後、寝台の縁に腰を降ろした。
「クラリーチェ様は、一体何が仰いたかったのかしら…………」
リディアがテオをどう考えているか。
その答えがクラリーチェに返したものでないとすると、何が正解なのだろう。
考えれば考えるほど、迷路の奥に入り込んでしまったかのような気持ちになる。
俯いて、じっと握り締めた手を見つめていると、いよいよ目が冴えてきてしまった。
「………このままじゃ、眠れそうにないわ」
テオの事を考えると、気持ちがざわざわとするかのようで落ち着かないのは確かだった。
リディアは立ち上がると、窓辺へと向かい、窓を開け放った。
深まった秋の夜風が冷たくリディアの頬を撫でる。
「テオ様は今、何をしているのかしら…………」
人好きのするテオの爽やかな笑顔を思い浮かべると、また妙に胸のあたりが擽ったいような気がして、リディアはその感覚を押し込めるように月を見上げた。
青白く冴えわたる月は十三夜の月だった。
ひんやりとした月明かりが、不安定に揺れ動くリディアの心の中を見透かすように舞い降りてきた。
「………リディア嬢?」
不意に名前を呼ばれて、リディアは飛び上がった。
慌てて声の主を探すと、窓の下からリディアを見上げるテオの姿を見つけた。
普段は常に周囲に目を配り、微かな気配でも察知できるように神経をとがらせているのに、声を掛けられるまで全く気配に気が付かなかった事に、リディア自身が一番驚いていた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
まるでただの令嬢のように、呆けていたと思われたくなくて、リディアはふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオがリディアに視線を向けてくる。
相変わらず呆れるくらいに真っ直ぐな、迷いのない視線だった。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、います」
どうしてこんなにも可愛げのない、素っ気ない返事を返してしまうのだろうと自分で思いながらも、ついそうしてしまうのは、彼の真面目さと、妙な優しさに無性に腹が立つからだとリディアは自分に言い聞かせた。
「テオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
テオが何かを言いかけたことに気がついたが、敢えて知らん顔をして、リディアは窓を乱暴に締めた。
どうしてこんなにも、苛立つのだろう。
どうしてこんなにも、悔しいと感じるのだろう。
どうしてこんなにも、彼が気になるのだろう。
「眠れないのは、あなたのせいよ………」
思い通りにならない、暴れる感情を無理矢理呑み込むと、リディアはそのまま寝台へと倒れ伏したのだった。
「クラリーチェ様は、一体何が仰いたかったのかしら…………」
リディアがテオをどう考えているか。
その答えがクラリーチェに返したものでないとすると、何が正解なのだろう。
考えれば考えるほど、迷路の奥に入り込んでしまったかのような気持ちになる。
俯いて、じっと握り締めた手を見つめていると、いよいよ目が冴えてきてしまった。
「………このままじゃ、眠れそうにないわ」
テオの事を考えると、気持ちがざわざわとするかのようで落ち着かないのは確かだった。
リディアは立ち上がると、窓辺へと向かい、窓を開け放った。
深まった秋の夜風が冷たくリディアの頬を撫でる。
「テオ様は今、何をしているのかしら…………」
人好きのするテオの爽やかな笑顔を思い浮かべると、また妙に胸のあたりが擽ったいような気がして、リディアはその感覚を押し込めるように月を見上げた。
青白く冴えわたる月は十三夜の月だった。
ひんやりとした月明かりが、不安定に揺れ動くリディアの心の中を見透かすように舞い降りてきた。
「………リディア嬢?」
不意に名前を呼ばれて、リディアは飛び上がった。
慌てて声の主を探すと、窓の下からリディアを見上げるテオの姿を見つけた。
普段は常に周囲に目を配り、微かな気配でも察知できるように神経をとがらせているのに、声を掛けられるまで全く気配に気が付かなかった事に、リディア自身が一番驚いていた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
まるでただの令嬢のように、呆けていたと思われたくなくて、リディアはふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオがリディアに視線を向けてくる。
相変わらず呆れるくらいに真っ直ぐな、迷いのない視線だった。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、います」
どうしてこんなにも可愛げのない、素っ気ない返事を返してしまうのだろうと自分で思いながらも、ついそうしてしまうのは、彼の真面目さと、妙な優しさに無性に腹が立つからだとリディアは自分に言い聞かせた。
「テオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
テオが何かを言いかけたことに気がついたが、敢えて知らん顔をして、リディアは窓を乱暴に締めた。
どうしてこんなにも、苛立つのだろう。
どうしてこんなにも、悔しいと感じるのだろう。
どうしてこんなにも、彼が気になるのだろう。
「眠れないのは、あなたのせいよ………」
思い通りにならない、暴れる感情を無理矢理呑み込むと、リディアはそのまま寝台へと倒れ伏したのだった。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】元妃は多くを望まない
つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。
このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。
花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。
その足で実家に出戻ったシャーロット。
実はこの下賜、王命でのものだった。
それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。
断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。
シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。
私は、あなたたちに「誠意」を求めます。
誠意ある対応。
彼女が求めるのは微々たるもの。
果たしてその結果は如何に!?
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる