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偽宦官の立ち位置

承乾宮の失せ物③

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「とはいえ、近頃は後宮内で失せ物や盗難の報告が増えているというのは本当なのだ。アシが付くような真似はしてないだろうな」

 銀月の居室に戻った白狼は、改めて雇い主に釘を刺された。他の者達は仕事に散り、二人きりになった途端に身も蓋もない言い草である。

「だからさぁ、よその盗難事件をみんな俺のせいにするんじゃねえよ」
「全部違うと言い切れるか?」
「……信用ねえなぁ」

 当然だ、と銀月は腕を組んだ。綺麗な姿をしているせいか、こういう時には無駄に迫力が加わるから質が悪い。睨みつけられた白狼はばつが悪くなって頭を搔いた。
 出会い方が出会い方である。実際疑うなというのは無理だろう。

「あっさり気が付かれるようなモノは盗ってねえって」
「物を無くして気が付かないことはないだろう」
「ところがこれが意外と気づかないもんなんだな」
「お前な……。下手なことをして捕まるようなことになるんじゃないぞ。来月には中秋節の行事がある。その準備で後宮内もバタついているからな。こういう時期はいろいろ問題が出るもので、その分警備も厳しくなる」
「分かったって。分が悪い賭けは性に合わねえんだ」
「どうしてもというなら宮の中でやれ。外ではやるな」
「分かったってば! もうやらねえって」

 素直に認めて降参とばかりに首を振れば、椅子に座った銀月は眉根を寄せて白狼を見上げた。

「大体そんなに盗んでどうするんだ。金にも換えられないのに。給金が足りぬのか?」
「いやいや、そうじゃなくて」

 給金が足りないなどといえばバチが当たりそうなものだ。市井に暮らしていた時に比べれば懐具合は暖かすぎる。仕事といえば塵捨ごみすてと銀月の暇つぶしの相手くらいで、食うに困ることもなく寝るところもあるのだから。
 ただつい癖というか、腕が鈍ってしまうのではないかという危機感からか、緊張感を求めた挙句なのか、どうにも指が疼くのだ。しかしそれを言っても銀月には伝わるまい。白狼はどう言いつくろおうかと曖昧に笑いながら視線を彷徨わせた。

「金は十分だよ、大丈夫。もう大人しくしとくって」

 しばらくは、という言葉を飲み込んだ白狼に、銀月はまだ訝し気な目を向けていた。しかしなおも言及することは避けたのか、こくりと頷くと表情を和らげる。そしておもむろに自分の髪に挿したかんざしを一本抜き、その手を白狼に差し出した。

「なんだよ」
「簪や珠飾りが欲しければほら、これをやろう。どうせ父上がしょっちゅう寄こしてくるから」
「要るかそんなもん。それこそ上等すぎて、換金のしようがねえわ」

 やっぱり分かっていない。白狼は大きく肩を落としてため息を吐いた。

★ ★ ★ ★ ★

 承乾宮じょうかんきゅうにおける白狼の主な仕事は、朝の掃除後に宮の中のごみを集めて後宮の隅にある焼却炉に持って行くことと、主たる銀月の暇つぶしの相手をすることである。
 朝のひと騒動の後、白狼は銀月が下賜しようとした簪を固辞して塵箱ごみばこを片手に正房を出た。今日の小葉は耳飾りの件で気もそぞろだったのだろうか、いつもより集めた塵の量が少ない気がしないでもない。

 心持ち軽い塵箱を抱えた白狼は、ふと思い立って自室に立ち寄ると寝台の下にしまっておいた籐籠とうかごを引っ張りだした。
 手持ちの胡服こふくとさらし布の束を避けて奥に手を突っ込み、指先に当たった固いものを握りこむ。そしてそれを懐に収めると、白狼は改めて塵箱を抱えて宮を出た。

 握りこんだものは後宮に来てから「拝借」した飾り物だった。個数にしてほんの三個。実際に白狼が承乾宮の者以外からちょいと拝借してやったのは、この三件だけであった。

「家探しでもされたら面倒だもんな」

 見つかる前に返すか、埋めるか。しかし返すのは拝借するより難易度が高い。一件は皇后の所のあのいけ好かない女官という事を覚えているが、他は記憶が曖昧だ。ならばいっそ埋めてしまおうと、白狼は頭の中で後宮の庭園など人気の少ないところを思い浮かべる。
 花壇のどこかや、あるいは庭園の池に捨てるか。とはいえ宦官が一人で庭園をうろうろしていたりこっそり穴を掘っていたりすれば見咎められるかもしれない。
 うーん、と白狼は首をひねる。
 もう面倒だからこの塵と一緒に焼却炉に放り投げてしまおうか。それが一番後腐れがないかもしれない。ちょっともったいないが、と各宮の門が立ち並ぶ石畳の通りを歩きながら懐の中で珠飾りを弄んだときだった。
 チリっとした嫌な感覚とともに視線を感じて白狼は立ち止った。

「……なん、だ?」

 ぐるりとあたりを見回すが、行きかう女官や宦官などで白狼を見ている者はいない。それぞれの仕事で忙しく歩き回っているような者ばかりだ。しかし気のせいかとその場を立ち去ろうとしても、まだ違和感が拭えなかった。
 こういうときは、と白狼は歩きながら素早く視線を走らせる。街中で警吏に目を付けられた時や、同業者に尾行されていた時の感覚に似ていた。背後か、あるいは視線を回しにくい建物の上の方からか。いずれにせよこの感覚は嫌な記憶とともに刷り込まれている。「見られている」のは間違いないだろう。
 盗みの現場を見られるヘマはしていないはずだが、身に覚えがありすぎるせいか不穏な気配に背筋が冷えた。

「……ちっ」

 無駄にうろうろしすぎたか。白狼は舌打ちをするとわずかに歩みを速めた。ひと区画歩き角を曲がった瞬間が勝負だ。後ろを振り返らずに歩き、角を曲がったと同時に塵箱を横抱きにして白狼は全速力で駆けた。まずは距離を取ることが先決である。
 横道に入ったせいか人通りが減り、白狼の走りを邪魔するものはほとんどなかった。ひと区画、ふた区画とジグザグに走り、四つ目の角をまた曲がる。
曲がったところで白狼の視界が白いものに覆われた。と同時に身体は何かにぶつかって大きくよろける。

「きゃあ!」

 どすっという音とともに抱えていた塵箱が石畳に落ちた。白狼本人も尻もちをつき、腰をしたたかに打ち付けて顔をしかめる。痛みに滲む視野を動かせば、隣には一人の女が膝をついて倒れていた。
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