アンビバレントな狂戦士

山崎トシムネ

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第1章「異世界と狂戦士」

「ジーン・オ・ウェイン」

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「グゥゥゥウ…」

突如として現れ、騎士の腹部を切り裂いた獣のような男は次の狙いをウェインの脇にいた騎士の男に狙いを付けたようだ。


「ガァッッ!!」

耳障りな金切り声を発しながら、騎士の男に飛びかかる。

「ひぃぃぃい!」


「衝撃波(ショックウェーブ)!!」

飛びかかってきた男に対して横からウェインが技能(スキル)を発動させる。

ウェインの手から可視化された魔力の波動が放出され、飛びかかってきた金髪の男に直撃する。

しかし衝撃波を受ける直前、男は腕に黒いオーラを宿し衝撃波を掻き消そうと試みているようであった。そして、それが不可能であることが分かると、敢えてオーラを纏った両腕で受け自らへのダメージを軽減させたように映った。

馬鹿な!?…あの速度の衝撃波を見切っただと?!


「っ!!」

飛びかかった男は衝撃波を受けて後方に飛ばされるも、ダメージを受けた様子は全く無かった。


「おい、しっかりしろ」

「す、すいませんっ。助かりました」


ウェインと騎士は腰の剣を抜き、改めて男と対峙する。

男の姿をよく見ると、先程の衝撃波によるものとは考えにくい、大量の血が身体に付着しているのが分かった。

傷の様子から察するに、返り血ではなく男自身の体から出血しているようだが…

それにあの量はかなりの深手のはず。しかし…あの異様に早い身のこなし。何か強化魔法を使っている気配も見られない…これは一体どういうことだろうか。何かアイテムによる強化?それとも特殊技能の一種か?しかしあのように人間性を喪失するような特殊技能など聞いたことないが…。

兎に角、この男がそこらの盗賊とは考えにくい。今の一連の動作から、弱く見積もっても私と同格の強さがあると考えるべきだろう。


既に近衛騎士団の団員が2名もやられている。これ以上の損害は私の評価に関わるか…。


「おいっ!お前は下がっていろ、足手まといだ」

「か、かしこまりましたっ!」


騎士を後ろに下げ、ウェインは男の前へ出る。構えるのは世に名高い魔剣ネグロ。漆黒の刀身は持ち主の魔力を大きく増幅させる代わりに、魔法抵抗力や筋力を低下させるという特徴を持つ。


「ウェイン様?!ま、魔剣をお使いになられるのですか?!?!」

「こいつは俺と同格かそれ以上だ!使わざるを得ない…それとルナの奴を呼んでこい」

「ええ?!ウェイン様がルナ様を頼るなんて…」

「言葉に気をつけろ、聖騎士として任務を全うする上であの女が必要なだけだ」

「申し訳ありませんっ!!直ぐに行きます!!」

ウェインに睨まれた騎士は慌てて野営地へと戻って行く。


「さて…何者なんだお前は?」


「グゥゥゥ…」

ウェインの問いかけに金髪の男が答えるはずも無く、男は獲物を見定めるかのような鋭い視線でウェインを見つめていた。


「来ないならこちらから行くぞっ!!」

ウェインは踏み込むと同時に無詠唱で魔法を唱える。本来魔法は詠唱文を唱える事で本来持ってる力を遺憾無く発揮出来るのだが、無詠唱で発動させると魔法自体の効果は半減してしまうものの相手に気づかれにくいというメリットがある。

無詠唱を習得するのには本来膨大な時間がかかるのだが…私は生まれ持った特殊技能によってその期間が大幅に短縮されている為に、いくつかの魔法は無詠唱で発動させることが出来る。

私が発動させた魔法は加速(ファスト)。初動のスピードと踏み込んでからのスピードに誤差を生じさせることによって、相手の目測を誤らせることが出来る。私がいつも挨拶がわりに用いる技である。

これを初見で見抜くのはかなりの実力者でなければ不可能………馬鹿なっ!?

しかしウェインの思惑とは裏腹に、男の目は迫り来るウェインを確実に捉えていた。

そして…


「グゥゥゥアッ!!」


男はウェインをかわすと、横から顔面を殴りつけた。

「がはぁっ!」

ウェインは派手に吹き飛ばされる。

自慢の顔面は大きく歪み、至る所で出血しているようだ。

男は更に獣のように飛び掛かり、ウェイン目掛けて黒く光る腕を振り抜く。

「くっ!」

ウェインは間一髪のところで避けるも、追撃の手は緩まない。

男は避けたウェインに対して素早く身体を反転させると、そのまま回し蹴りを繰り出す。


「かはぁっ!!!!」

今度は避けきれずに腹部に蹴りをもらうウェイン。あまりの威力にそのまま後方へと直線的な軌道を描きながら吹き飛んだ。

木に激突したウェインは激しく吐血する。魔剣ネグロの効果で防御力が著しく低下しているウェインに対して男の獣のような捨て身の攻撃はかなり効いたようだ。

あまりの威力にウェインは体を動かすことが出来ない。しかし、男が追撃の手を緩めるはずも無く…。


不味い…体が動かない…まさかこれ程とは…


ウェインの目には一直線にウェイン目掛けて突撃して来る男の姿が映る。

この私がこのような所で終わる訳には…くそっ!くそっ!くそっ!!!

ウェインは気力を振り絞って回避しようとするも、男は既にウェインの目の前まで迫ると、その黒く染まった禍々しい腕を振り上げた。

「やめろ!!やめてくれっ!!!!頼む!!!頼むからぁ!!!!」

泣き噦るウェイン。そこに普段のプライドの高い貴族としてのジーン・オ・ウェインの姿は無かった。

しかし、ウェインの目に映ったのは…

「…笑ってる?」

狂気に満ちた笑みを浮かべた男の姿であった。

男は必至に助けを乞う姿を見て、まるで嘲笑するかのように冷たく、そして狂気を感じさせる薄っすらとした笑みを浮かべていた。

そして男はその狂気染みた笑みを浮かべながら、その異様に隆起した腕を振り上げると、勢いよく振り下ろしたのだった。
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