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第1章「異世界と狂戦士」
「契約」
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リリア嬢が提案してきた"契約"の内容は、要約すると主に3つ程あった。
先ずは"お互いの秘密の厳守"だ。
これは俺の身体の呪いとリリア嬢が他国の諜報員であるという秘密をお互いに漏らさないということだ。当然俺としてもリリア嬢の秘密を誰かに漏らしても、今のところ俺にメリットは無いのでそんなことするつもりなどないのだが…。
それに、あの小悪魔の様なSっぽいリリア嬢も中々…。
んんっ。それで2つ目の契約は、出来るだけ早く俺が能力を向上させるというよくわからないものだった。簡単に言えば早く強くなってね!という事だ。その為に彼女は出来る限り手伝うと言う。うーん…到底彼女に何かメリットがあるとは思えないが…。俺が強くなる事で彼女が何か得をすることがあるのだろうか?まあ、俺とってはメリットしかないので全然構わないけれど。まさか俺がイケメン過ぎるからとかかな?…流石に無いか。うん。
そして最後に、時が来たら彼女と共に"とある場所"へ行くということだった。その場所は結構遠くにあるらしく、そこそこ長旅になるとの事。あんな美女と旅に出れるなんて…これも俺にとってメリットしかないので何の問題も無い。何なら俺の悲願である童貞卒業も………ちっ、この忌々しい呪いのせいで!クソッ!!
以上の3つが俺に要求する"契約"の内容らしい。
俺にとってプラスの要素しかないのが少し怪しいが…まあ、リリア嬢が裏切るという事も無いだろう。何故なら…
「ではこの古代具、"契約の呪印"を用いて契約を結びます。この古代具は契約を守らないような意志や行動を取ると、押された呪印が契約者の生命力を徐々に吸い取るというある種呪いの古代具ですね」
「流石諜報員ですね…僕古代具を生で見るのは初めてですよ」
この契約には微妙な効果を持つ物ですら、金貨数百枚の値がつくと言われている超希少アイテムである古代具(アーティファクト)が使われるのだ。
リリア嬢は小さな筒状の物を取り出す。それは上下に蛇模様の禍々しい飾りが付いていて、微かに黒いモヤを発しているように見えた。
「それって…バンドウ様の初めてを私がもらってしまったということですか?」
「なっ…」
「ふふっ…それでは契約の方に移らせていただきますね」
リリア嬢の表情はそれまでの穏やかなものから一転して、真剣なものへと変わる。
「古代具は扱い方を間違えてしまうと大変な事になりますから、ここからは真剣に…では始めます!」
リリア嬢はとても器用な手つきで、俺の肌に触れないようにして腕の袖を捲り上げた。
そしてそこに古代具、契約の呪印を押し当てると、反対側の呪印を彼女の腕に押し当てる。
それから彼女は契約の内容を詠唱し始める。
その内容は先程要約した3つの事についてである。
「~~~の以上を私リリア・カルネルと彼…イッセイ・バンドウは偉大にして至高なる神バルゼルに誓います」
彼女が詠唱を終えると、契約の呪印は禍々しい色…黒とも闇とも言える漆黒のオーラのようなものを纏い、俺の腕に激痛が走った。
「うっ!!」
そして今は昼間なのにも関わらず、俺の目の前は真っ暗な闇に包まれた。
そして、その闇の中では聞き覚えのない声が聞こえてくる…
「ーワレノーーークーーーーガーーヨイーーーーーーワレハーーバルゼルーーーーーー」
耳を切り裂くような酷く不快な金切り声が聞こえたが、ガサガサと雑音のようなものが響いていてほとんど聞き取れなかった。
そしてその声が聞こえなくなると同時に、俺を包んでいた漆黒の闇は晴れたのだった。
「ふう…これで契約は完了となります。これからよろしくお願いしますねっバンドウ様!」
リリア嬢はまるで何事も無かったかのように、笑顔で話し始める。
「リリアさん…い、今のは??」
「あー、先程の声ですか?んー、世間ではこの契約の呪印を作ったとされている邪神バルゼルの声なんて言ったりしますね」
何故かはっきりとしない表情のリリア嬢だが、邪神バルゼルか…昔本で読んだ記憶がある。確か…
「神々の戦いにおいて敗れた神…でしたっけ?」
「神話などではそのように書かれていますね。この契約の呪印もそうですが、呪い系の古代具は殆どが邪神バルゼルによって作られたとされています」
「なんか嫉妬深い神ですね」
「!!………ふふっ、やっぱり面白いですね、バンドウ様は」
リリア嬢の方を一瞥すると、獲物を見つけた肉食獣のような目をしてこちらを見ているのが見えた。
このままだと彼女から「じゅるり」という擬音が聞こえてきそうだったので、敢えて話題を変えるように…
「そ、それでこのタトゥーみたいなのが契約の呪印…なんですか?」
俺の腕にはいつのまにか、絡み合う蛇のような模様が刻まれていた。
「はい。私の腕にもこの通り…」
見ると、リリア嬢の腕にも俺のと全く同じ模様が刻まれていた。
「お揃い…ですね?」
わざとらしく顔を赤らめ恥ずかしがる素振りを見せるリリア嬢を見ると、わざとやっているとわかっていても可愛く見えてしまう。
これが童貞の弱さか…何でもかんでも可愛く見えてしまうもんな…。
心の中で悲痛な叫びを漏らす俺だったが、その後のリリア嬢を受けてそれも吹き飛ぶこととなる。
「さて、契約も無事済んだ事ですし…バンドウ様の狂戦士の力について話しましょうか」
そういえば突然脅迫され契約を迫られた為、何故リリア嬢が俺の呪いについて知ってるのか、それにあのような英雄譚を語ったのかを聞きそびれていたのだった。
「ぜ、是非お願いします!!」
俺は食い入るように彼女の話を聞く。
「先程の英雄譚を覚えていますか?ある男が人を支配していたドラゴンを倒した話ですが」
「はい、さっきもなんとなく想像がついたのですが…もしかしてその男がドラゴンを倒すのに用いた"生まれながらの才能"っていうのが…」
「流石ですねバンドウ様、一言一句覚えていらっしゃるとは…」
「ええ、もう何年もただひたすら文章を暗記する事を繰り返していた頃があったので…」
「??」
リリア嬢は疑問の表情を浮かべる。
「いや、気にしないでください。…それで、その男は俺のこの呪い…リリアさんのいう狂戦士の能力を使ってドラゴンを倒しはしたものの…」
「"本能の赴くまま暴れまわった"………正にバンドウ様の能力と合致します」
リリア嬢は続ける。
「そしてこの英雄譚はこの世の全てが記載されていると言われている古代具…"イデアの書"に載っているものなのです」
イデアの書…確かその本には今は失われてしまった歴史や、この世界の真実などが神話や英雄譚などといった抽象的な表現で記載されていると一般的には言われている古代具だったような…。
しかし、イデアの書に書かれていることが真実かどうか確かめようもない為、世間ではあまり信用されていなく、価値の低い古代具として有名だったような覚えがある。
「リリアさん、イデアの書って確か…」
「バンドウ様、信じて頂けないかもしれませんが、私の所属する国では独自の研究と解析によってイデアの書の信頼度はかなり高いという判断がされています」
「そ、そうなんですね…」
「はい。それに狂戦士に関しては私の国ではいくつか文献も残っているのですよ?」
何?!?!
「え?!?!そ、それは一体どんな内容なのですか?!?!」
俺は興奮のあまりリリア嬢に詰め寄ってしまう(身体に触れないように気を付けながら)。
「お、落ち着いて下さいバンドウ様っ。襲われてしまうかと思いました…」
リリア嬢はまるで自身が可愛く見える角度を完全に把握しているかのように上目遣いで見つめてくるが…そんな場合ではない!!
おれの童貞卒業がかかっているのだ!!
「それで、その本にはなんて?!」
「はい!確か狂戦士は…自我を失う代わりに人間離れした強大な力を手にする伝説級(レジェンダリー)の超希少特殊技能であり、狂戦士化後の能力については保有者の魔力に依存する…と記載されていました」
あれ?なんか凄そうな特殊技能なんだけど…。超希少特殊技能?!なんだその響きは!!凄く…凄そうだぞ!!
…いやいやいや。待てよ。女の子に触れられないなんて俺にとっては呪い以外何者でもないのだ!!!騙されるな俺!!
「そして狂戦士の発動条件は時代や人によって様々だったらしいです。イデアの書では"元の世の最後の願い、そして希望が彼の能力の鍵となる"と書かれているそうです」
元の世の最期の希望?前世の最期の願い?…そういえば死ぬ直前に変な声が聞こえてきたような?…なんだっけな?確か生まれ変わったら何になりたい的な感じだったな?…それに対して確か俺は…
「クールなイケメンで、全体的に能力(スペック)が高くて、でも""女の子の為なら命を賭けて全力で頑張れる""カッコいい男かな~…なんてね笑」
みたいに答えた気がするな。
ん?ちょっと待てよ?
最後の願いが能力の鍵となる???
…
女の子の為なら命を賭けて全力で頑張る??
何の為に?
童貞卒業の為?
卒業する為には?
女性とイチャイチャする?
女性と触れ合う?
女性と触れ合うのが能力発動の鍵????
…………。
イデアの書凄えぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!!!!!!!!
いやいや、世間でインチキ書なんて言われてるけど違うよこれ!イデアの書は真実が書かれてますわこれ。
リリア嬢の国も凄いね、どうやって解析したのか知らないけどイデアの書の有能さに気づくなんて…。
いや待てよ。ていうかこれって…もっと別のこと言ってたら、こんな…女性に触れると発動するなんていう最悪な発動条件にならずに済んだのでは?
………。
NOOOOOOO!!!!!!!!!!!
オーマイガァァァァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!
なんて事だ…なんて事をしてしまったんだ俺は…。後悔先に立たずとはまさにこの事か…。
「バンドウ様?ど、どうされました!?」
心の中で様々な感情が交差するも、リリア嬢の言葉で現実に戻ることができた。
「い、いや…ちょっと驚いた…だけです。なるほど…イデアの書か…」
「何か心当たりでも?」
そう尋ねるリリア嬢の顔が、受付嬢のものから諜報員のそれになっていたのは流石だと思ったが…無駄に情報を渡す必要も無いと思ったので…
「い、いえ。なんでもないです」
リリア嬢は何かに気づいたのか、ジト目でしばらくこっちを見つめていたが…
「ふーん…まあいいですっ!バンドウ様の能力についてはこれくらいですかね。他に何か質問はありますか?」
今はこれ以上は特にないか…
「大丈夫だと思います」
「そうですか、それは良かったです」
抜群の営業スマイルに戻ったリリア嬢の清々しい程の笑顔は、やはり諜報員としての演技だとわかっていても目を奪われてしまう。
「あ…あと大事な事を言い忘れてました」
リリア嬢はわざとらしい演技で手をポンっと叩く。
「…なんですか?」
リリア嬢は俺の問いに満面の笑みで答えた。
「契約が全部終わったら、バンドウ様の能力…その狂戦士の力を封印できる方を紹介してさしあげますねっ」
…え?ちょっと待って。それって…
「リリアさん?!それって…俺の呪いが解けるってことですか?!?!」
俺は興奮して危うくリリア嬢の肩を掴みかけるが…呪いが頭をよぎり、直前で踏ん張った。
その様子を間近で見ていたリリア嬢であったが、微動だにせずに笑顔のままこちらを見つめていた。
しかし俺の内心は、今すぐ駆け出して全身で喜びを表現したいところだが…。転生して早15年、精神年齢はもう40近いという事もあるのだろうか…この世で一番嬉しい知らせを聞いたはずなのに、意外と心は落ち着いている。
「全てが終わったら…ですからね?」
しかし、リリア嬢の言葉が真実かどうか今の俺には分からないのでこの話は後々じっくりと時間をかけて、念入りに話を聞くとしよう。
リリア嬢も簡単には教えてくれないと思うし、契約の呪印もある。ここは慎重に事を進めるべきだと思う。
俺は笑顔のリリア嬢に対して、力強く頷く。
…凄く絵になるシーンだが、リリア嬢もまさか目の前の男が童貞卒業なんて目的のためにこんな本気になっているなんて思ってもないだろうな。
客観的にこのシリアスな状況を見るとなんかわらけてしまうが…
取り敢えずはこれからの事か。リリア嬢の指示に従って強くなるんだったかな?
「それで…これからどうしましょうか?」
「そうですねぇ。取り敢えずバンドウ様はゴブリン退治やスライム狩りなど無難なクエストをこなして下さい。先ずは魔力量を上げましょう」
この世界はレベルアップの概念のように、モンスターや魔物を狩ると身体の魔力量が上昇するらしい。魔力量とはその名の通り魔法を使う際の必要な力であり、スタミナであり、生命力でもある。要は身体的な全てのものに必要なエネルギーである。
まあ、人間が魔物の類を狩って強くなるということは、その逆も考えられるということだ。生物の成長に終わりは無い。…いつか読んだ本にそんなことが書いてあった気がする。
「分かりました…他には?」
「今はそのくらいで大丈夫です。何かやってほしいことがあればこちらからお伝えしますので」
「…では、今日はこれで。呪いを解く件…後でちゃんと話してくださいね!お願いですよ?」
リリア嬢は俺の言葉に答える事無く、相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべながら無言で手を振る。
その様子を受けて俺はリリア嬢に一礼し、部屋を出た。
「ふふっ。これからよろしくお願いしますね?…狂戦士(バーサーカー)さん」
リリアは部屋を後にする壱成を見ながら、静かにそう呟いたのだった。
先ずは"お互いの秘密の厳守"だ。
これは俺の身体の呪いとリリア嬢が他国の諜報員であるという秘密をお互いに漏らさないということだ。当然俺としてもリリア嬢の秘密を誰かに漏らしても、今のところ俺にメリットは無いのでそんなことするつもりなどないのだが…。
それに、あの小悪魔の様なSっぽいリリア嬢も中々…。
んんっ。それで2つ目の契約は、出来るだけ早く俺が能力を向上させるというよくわからないものだった。簡単に言えば早く強くなってね!という事だ。その為に彼女は出来る限り手伝うと言う。うーん…到底彼女に何かメリットがあるとは思えないが…。俺が強くなる事で彼女が何か得をすることがあるのだろうか?まあ、俺とってはメリットしかないので全然構わないけれど。まさか俺がイケメン過ぎるからとかかな?…流石に無いか。うん。
そして最後に、時が来たら彼女と共に"とある場所"へ行くということだった。その場所は結構遠くにあるらしく、そこそこ長旅になるとの事。あんな美女と旅に出れるなんて…これも俺にとってメリットしかないので何の問題も無い。何なら俺の悲願である童貞卒業も………ちっ、この忌々しい呪いのせいで!クソッ!!
以上の3つが俺に要求する"契約"の内容らしい。
俺にとってプラスの要素しかないのが少し怪しいが…まあ、リリア嬢が裏切るという事も無いだろう。何故なら…
「ではこの古代具、"契約の呪印"を用いて契約を結びます。この古代具は契約を守らないような意志や行動を取ると、押された呪印が契約者の生命力を徐々に吸い取るというある種呪いの古代具ですね」
「流石諜報員ですね…僕古代具を生で見るのは初めてですよ」
この契約には微妙な効果を持つ物ですら、金貨数百枚の値がつくと言われている超希少アイテムである古代具(アーティファクト)が使われるのだ。
リリア嬢は小さな筒状の物を取り出す。それは上下に蛇模様の禍々しい飾りが付いていて、微かに黒いモヤを発しているように見えた。
「それって…バンドウ様の初めてを私がもらってしまったということですか?」
「なっ…」
「ふふっ…それでは契約の方に移らせていただきますね」
リリア嬢の表情はそれまでの穏やかなものから一転して、真剣なものへと変わる。
「古代具は扱い方を間違えてしまうと大変な事になりますから、ここからは真剣に…では始めます!」
リリア嬢はとても器用な手つきで、俺の肌に触れないようにして腕の袖を捲り上げた。
そしてそこに古代具、契約の呪印を押し当てると、反対側の呪印を彼女の腕に押し当てる。
それから彼女は契約の内容を詠唱し始める。
その内容は先程要約した3つの事についてである。
「~~~の以上を私リリア・カルネルと彼…イッセイ・バンドウは偉大にして至高なる神バルゼルに誓います」
彼女が詠唱を終えると、契約の呪印は禍々しい色…黒とも闇とも言える漆黒のオーラのようなものを纏い、俺の腕に激痛が走った。
「うっ!!」
そして今は昼間なのにも関わらず、俺の目の前は真っ暗な闇に包まれた。
そして、その闇の中では聞き覚えのない声が聞こえてくる…
「ーワレノーーークーーーーガーーヨイーーーーーーワレハーーバルゼルーーーーーー」
耳を切り裂くような酷く不快な金切り声が聞こえたが、ガサガサと雑音のようなものが響いていてほとんど聞き取れなかった。
そしてその声が聞こえなくなると同時に、俺を包んでいた漆黒の闇は晴れたのだった。
「ふう…これで契約は完了となります。これからよろしくお願いしますねっバンドウ様!」
リリア嬢はまるで何事も無かったかのように、笑顔で話し始める。
「リリアさん…い、今のは??」
「あー、先程の声ですか?んー、世間ではこの契約の呪印を作ったとされている邪神バルゼルの声なんて言ったりしますね」
何故かはっきりとしない表情のリリア嬢だが、邪神バルゼルか…昔本で読んだ記憶がある。確か…
「神々の戦いにおいて敗れた神…でしたっけ?」
「神話などではそのように書かれていますね。この契約の呪印もそうですが、呪い系の古代具は殆どが邪神バルゼルによって作られたとされています」
「なんか嫉妬深い神ですね」
「!!………ふふっ、やっぱり面白いですね、バンドウ様は」
リリア嬢の方を一瞥すると、獲物を見つけた肉食獣のような目をしてこちらを見ているのが見えた。
このままだと彼女から「じゅるり」という擬音が聞こえてきそうだったので、敢えて話題を変えるように…
「そ、それでこのタトゥーみたいなのが契約の呪印…なんですか?」
俺の腕にはいつのまにか、絡み合う蛇のような模様が刻まれていた。
「はい。私の腕にもこの通り…」
見ると、リリア嬢の腕にも俺のと全く同じ模様が刻まれていた。
「お揃い…ですね?」
わざとらしく顔を赤らめ恥ずかしがる素振りを見せるリリア嬢を見ると、わざとやっているとわかっていても可愛く見えてしまう。
これが童貞の弱さか…何でもかんでも可愛く見えてしまうもんな…。
心の中で悲痛な叫びを漏らす俺だったが、その後のリリア嬢を受けてそれも吹き飛ぶこととなる。
「さて、契約も無事済んだ事ですし…バンドウ様の狂戦士の力について話しましょうか」
そういえば突然脅迫され契約を迫られた為、何故リリア嬢が俺の呪いについて知ってるのか、それにあのような英雄譚を語ったのかを聞きそびれていたのだった。
「ぜ、是非お願いします!!」
俺は食い入るように彼女の話を聞く。
「先程の英雄譚を覚えていますか?ある男が人を支配していたドラゴンを倒した話ですが」
「はい、さっきもなんとなく想像がついたのですが…もしかしてその男がドラゴンを倒すのに用いた"生まれながらの才能"っていうのが…」
「流石ですねバンドウ様、一言一句覚えていらっしゃるとは…」
「ええ、もう何年もただひたすら文章を暗記する事を繰り返していた頃があったので…」
「??」
リリア嬢は疑問の表情を浮かべる。
「いや、気にしないでください。…それで、その男は俺のこの呪い…リリアさんのいう狂戦士の能力を使ってドラゴンを倒しはしたものの…」
「"本能の赴くまま暴れまわった"………正にバンドウ様の能力と合致します」
リリア嬢は続ける。
「そしてこの英雄譚はこの世の全てが記載されていると言われている古代具…"イデアの書"に載っているものなのです」
イデアの書…確かその本には今は失われてしまった歴史や、この世界の真実などが神話や英雄譚などといった抽象的な表現で記載されていると一般的には言われている古代具だったような…。
しかし、イデアの書に書かれていることが真実かどうか確かめようもない為、世間ではあまり信用されていなく、価値の低い古代具として有名だったような覚えがある。
「リリアさん、イデアの書って確か…」
「バンドウ様、信じて頂けないかもしれませんが、私の所属する国では独自の研究と解析によってイデアの書の信頼度はかなり高いという判断がされています」
「そ、そうなんですね…」
「はい。それに狂戦士に関しては私の国ではいくつか文献も残っているのですよ?」
何?!?!
「え?!?!そ、それは一体どんな内容なのですか?!?!」
俺は興奮のあまりリリア嬢に詰め寄ってしまう(身体に触れないように気を付けながら)。
「お、落ち着いて下さいバンドウ様っ。襲われてしまうかと思いました…」
リリア嬢はまるで自身が可愛く見える角度を完全に把握しているかのように上目遣いで見つめてくるが…そんな場合ではない!!
おれの童貞卒業がかかっているのだ!!
「それで、その本にはなんて?!」
「はい!確か狂戦士は…自我を失う代わりに人間離れした強大な力を手にする伝説級(レジェンダリー)の超希少特殊技能であり、狂戦士化後の能力については保有者の魔力に依存する…と記載されていました」
あれ?なんか凄そうな特殊技能なんだけど…。超希少特殊技能?!なんだその響きは!!凄く…凄そうだぞ!!
…いやいやいや。待てよ。女の子に触れられないなんて俺にとっては呪い以外何者でもないのだ!!!騙されるな俺!!
「そして狂戦士の発動条件は時代や人によって様々だったらしいです。イデアの書では"元の世の最後の願い、そして希望が彼の能力の鍵となる"と書かれているそうです」
元の世の最期の希望?前世の最期の願い?…そういえば死ぬ直前に変な声が聞こえてきたような?…なんだっけな?確か生まれ変わったら何になりたい的な感じだったな?…それに対して確か俺は…
「クールなイケメンで、全体的に能力(スペック)が高くて、でも""女の子の為なら命を賭けて全力で頑張れる""カッコいい男かな~…なんてね笑」
みたいに答えた気がするな。
ん?ちょっと待てよ?
最後の願いが能力の鍵となる???
…
女の子の為なら命を賭けて全力で頑張る??
何の為に?
童貞卒業の為?
卒業する為には?
女性とイチャイチャする?
女性と触れ合う?
女性と触れ合うのが能力発動の鍵????
…………。
イデアの書凄えぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!!!!!!!!
いやいや、世間でインチキ書なんて言われてるけど違うよこれ!イデアの書は真実が書かれてますわこれ。
リリア嬢の国も凄いね、どうやって解析したのか知らないけどイデアの書の有能さに気づくなんて…。
いや待てよ。ていうかこれって…もっと別のこと言ってたら、こんな…女性に触れると発動するなんていう最悪な発動条件にならずに済んだのでは?
………。
NOOOOOOO!!!!!!!!!!!
オーマイガァァァァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!
なんて事だ…なんて事をしてしまったんだ俺は…。後悔先に立たずとはまさにこの事か…。
「バンドウ様?ど、どうされました!?」
心の中で様々な感情が交差するも、リリア嬢の言葉で現実に戻ることができた。
「い、いや…ちょっと驚いた…だけです。なるほど…イデアの書か…」
「何か心当たりでも?」
そう尋ねるリリア嬢の顔が、受付嬢のものから諜報員のそれになっていたのは流石だと思ったが…無駄に情報を渡す必要も無いと思ったので…
「い、いえ。なんでもないです」
リリア嬢は何かに気づいたのか、ジト目でしばらくこっちを見つめていたが…
「ふーん…まあいいですっ!バンドウ様の能力についてはこれくらいですかね。他に何か質問はありますか?」
今はこれ以上は特にないか…
「大丈夫だと思います」
「そうですか、それは良かったです」
抜群の営業スマイルに戻ったリリア嬢の清々しい程の笑顔は、やはり諜報員としての演技だとわかっていても目を奪われてしまう。
「あ…あと大事な事を言い忘れてました」
リリア嬢はわざとらしい演技で手をポンっと叩く。
「…なんですか?」
リリア嬢は俺の問いに満面の笑みで答えた。
「契約が全部終わったら、バンドウ様の能力…その狂戦士の力を封印できる方を紹介してさしあげますねっ」
…え?ちょっと待って。それって…
「リリアさん?!それって…俺の呪いが解けるってことですか?!?!」
俺は興奮して危うくリリア嬢の肩を掴みかけるが…呪いが頭をよぎり、直前で踏ん張った。
その様子を間近で見ていたリリア嬢であったが、微動だにせずに笑顔のままこちらを見つめていた。
しかし俺の内心は、今すぐ駆け出して全身で喜びを表現したいところだが…。転生して早15年、精神年齢はもう40近いという事もあるのだろうか…この世で一番嬉しい知らせを聞いたはずなのに、意外と心は落ち着いている。
「全てが終わったら…ですからね?」
しかし、リリア嬢の言葉が真実かどうか今の俺には分からないのでこの話は後々じっくりと時間をかけて、念入りに話を聞くとしよう。
リリア嬢も簡単には教えてくれないと思うし、契約の呪印もある。ここは慎重に事を進めるべきだと思う。
俺は笑顔のリリア嬢に対して、力強く頷く。
…凄く絵になるシーンだが、リリア嬢もまさか目の前の男が童貞卒業なんて目的のためにこんな本気になっているなんて思ってもないだろうな。
客観的にこのシリアスな状況を見るとなんかわらけてしまうが…
取り敢えずはこれからの事か。リリア嬢の指示に従って強くなるんだったかな?
「それで…これからどうしましょうか?」
「そうですねぇ。取り敢えずバンドウ様はゴブリン退治やスライム狩りなど無難なクエストをこなして下さい。先ずは魔力量を上げましょう」
この世界はレベルアップの概念のように、モンスターや魔物を狩ると身体の魔力量が上昇するらしい。魔力量とはその名の通り魔法を使う際の必要な力であり、スタミナであり、生命力でもある。要は身体的な全てのものに必要なエネルギーである。
まあ、人間が魔物の類を狩って強くなるということは、その逆も考えられるということだ。生物の成長に終わりは無い。…いつか読んだ本にそんなことが書いてあった気がする。
「分かりました…他には?」
「今はそのくらいで大丈夫です。何かやってほしいことがあればこちらからお伝えしますので」
「…では、今日はこれで。呪いを解く件…後でちゃんと話してくださいね!お願いですよ?」
リリア嬢は俺の言葉に答える事無く、相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべながら無言で手を振る。
その様子を受けて俺はリリア嬢に一礼し、部屋を出た。
「ふふっ。これからよろしくお願いしますね?…狂戦士(バーサーカー)さん」
リリアは部屋を後にする壱成を見ながら、静かにそう呟いたのだった。
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