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第2話 不格好な杖
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会社を辞めた。
友達も趣味もなかったこともあって貯金は結構溜まっていた。働くなくても半年は過ごせる。貯金が尽きるまで転職先を探せばいい。
じゃあそれまで何をしよう。
公園のベンチに深く座って、全く使っていなかった脳を動かしてじっくり考えた。
...
「わかった。寝ればいいんだ。天才」
ニヤリと口角をあげてコンビニで買ったおにぎりを頬張った。
何を食べても味がしなかったが、お米の甘い味が口の中に広がった。
久しぶりに美味しいと思えた。
無我夢中で食べていると横から誰かが
「お嬢さん。お嬢さん。」と私を呼んだ。
頬張ったおにぎりを急いで飲み込んで声がした方をみると、ボロボロな杖を持ったおじいさんがいた。どうしたのかと聞くと、
「いや、1人でご飯を食べている姿がなんとも無邪気で。孫を思い出してしまってね。良かったらお話しませんかね。」と横に座って言った。
私に断る権利は無いらしい。
暇つぶしにおじいさんの話を聞くことにした。
この街に住んで60年たった
若い頃はすごくモテていた
おはぎを食べていたら死にかけた
何時間たったのだろうか。
そんな話をずっと聞いていた。
どれも可愛らしい話ばかりで心が暖かかった。
あの話を聞くまでは。
おじいさんが持っている杖には「アキ」と彫られている。人の名前だろうか。
「ねぇおじいちゃん。その杖に書いてあるアキさん、って誰?」
おじいちゃんの表情一気に曇った。
失敗した、聞かなければよかったと思った。
...
少しの沈黙の後
「アキは、、、私の妻の名前さぁ、」
と言い、ゆっくり話し始めた。
---------------------
山奥の小さな街に生まれ、育った。とにかく動くことが好きで、時間があれば木登りをしたり、泥の中を走るような少年だった。
「あんまり余裕こいてると落ちてバケモンになっちまうぞー」と近所のおじさんに言われるが、べーと舌を出して木登りを続けた。
近所で一番大きな木の頂上に到達したとき、木の葉に隠れていた鴉が大きな羽を広げ、すごい勢いで覆いかぶさってきた。
びっくりして枝を握っていた手を離した。
体が宙に投げ出され
ドンッ、、、、、、、、、、
鈍い音が聞こえた。
そこからの記憶はない。
目が覚めると真っ白い空間にいた。
天国かと思うほど暖かく、ふわふわしていた。
「ヨシくん、、、、ヨシくん!!!!!!!!!!」
近所に住んでいる幼馴染のアキの声だ。
涙と鼻水でグジュグジュになった顔を僕の手に押付けている。
「木から落ちてずっと意識がなかったのよ?
どこか痛いところは無い?」とすごい勢いで聞いてくる。
どうやら僕は一ヶ月前に木から落ちて運ばれてきたようだ。骨も数カ所ダメになってるらしい。
歩けるようになるかどうか、、という話も聞こえてきた。
終わった。
2階の窓から外をずっと眺めていた。
もうこの足は使えないのか。奇跡が起きて一瞬にして治らないだろうか。そんなことを考える気にもならず、ただ時間だけが過ぎていった。
「ただ外を眺めているだけだとつまらないでしょう。」と、学校終わりのアキが横に座り何も言わない僕を無視して話しかけてくれた。
家の仕事もあり、1週間に1度だけ病院によってくれるのだ。それが何よりも楽しみだった。
2年の月日がたち、僕は無事退院した。
ものに捕まりながらだが、少しづつスムーズに歩けるようにもなってきた。
「ヨシくん。退院おめでとう!」
アキが迎えに来てくれた。
「ねぇヨシくん。大したものじゃないんだけどね、退院祝い、、手作りだから不格好だけど、良かったら使って!」
と言い、言葉通り不格好な杖を差し出した。
この歳で杖っていうのは少し恥ずかしかったが、自分のことを想い1から作ってくれたというのが何よりも嬉しかった。
杖の手持ちの部分に「アキ」と彫られているのを見つけた。
「これ、、」と僕が言うと
「この名前を見たら私の事忘れないでしょ!」
と照れくさそうに言った。
「ありがとう、、大切にするよ。」
涙ぐんだ顔を見せないように、アキの前を歩いた。
足がすっかり良くなった頃、仕事のため町外れにある大きな街に引っ越した。
それと同時にアキと籍を入れた。
アキとの間に子供ができたのだ。
子供が生まれ、大きくなった。
貧しいながらも楽しい生活を送った。
「畑の野菜がこんなに大きくなりましたよ」というアキの報告が大きなイベントになるほど穏やかな生活だった。
こんな生活がずっと続いたらいいと思っていた
アキとヨシの腰がすこしずつ丸くなってきた頃
アキが病気になった。
余命宣告もされた。
もう助からないらしい。
アキが死んだ。
人間ってこんなに脆いものなのか。
途方に暮れた。
こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
---------------------
おじいさんは話し終わって一息ついた。
手が震えていた。
「話してくれてありがとう、大切な杖なんだね、」
「いいんだよ。さぁ、今日はお開きにしましょうか。またお会いしましょう」
と言っておじいさんは公園を後にした。
空はすっかりオレンジ色に染っていた。
自販機でコンポタを買った。
暖かい。
心がぽっかり空いた感覚をコンポタの暖かさが中和してくれている。
今日はもう帰ろ
3話に続く
友達も趣味もなかったこともあって貯金は結構溜まっていた。働くなくても半年は過ごせる。貯金が尽きるまで転職先を探せばいい。
じゃあそれまで何をしよう。
公園のベンチに深く座って、全く使っていなかった脳を動かしてじっくり考えた。
...
「わかった。寝ればいいんだ。天才」
ニヤリと口角をあげてコンビニで買ったおにぎりを頬張った。
何を食べても味がしなかったが、お米の甘い味が口の中に広がった。
久しぶりに美味しいと思えた。
無我夢中で食べていると横から誰かが
「お嬢さん。お嬢さん。」と私を呼んだ。
頬張ったおにぎりを急いで飲み込んで声がした方をみると、ボロボロな杖を持ったおじいさんがいた。どうしたのかと聞くと、
「いや、1人でご飯を食べている姿がなんとも無邪気で。孫を思い出してしまってね。良かったらお話しませんかね。」と横に座って言った。
私に断る権利は無いらしい。
暇つぶしにおじいさんの話を聞くことにした。
この街に住んで60年たった
若い頃はすごくモテていた
おはぎを食べていたら死にかけた
何時間たったのだろうか。
そんな話をずっと聞いていた。
どれも可愛らしい話ばかりで心が暖かかった。
あの話を聞くまでは。
おじいさんが持っている杖には「アキ」と彫られている。人の名前だろうか。
「ねぇおじいちゃん。その杖に書いてあるアキさん、って誰?」
おじいちゃんの表情一気に曇った。
失敗した、聞かなければよかったと思った。
...
少しの沈黙の後
「アキは、、、私の妻の名前さぁ、」
と言い、ゆっくり話し始めた。
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山奥の小さな街に生まれ、育った。とにかく動くことが好きで、時間があれば木登りをしたり、泥の中を走るような少年だった。
「あんまり余裕こいてると落ちてバケモンになっちまうぞー」と近所のおじさんに言われるが、べーと舌を出して木登りを続けた。
近所で一番大きな木の頂上に到達したとき、木の葉に隠れていた鴉が大きな羽を広げ、すごい勢いで覆いかぶさってきた。
びっくりして枝を握っていた手を離した。
体が宙に投げ出され
ドンッ、、、、、、、、、、
鈍い音が聞こえた。
そこからの記憶はない。
目が覚めると真っ白い空間にいた。
天国かと思うほど暖かく、ふわふわしていた。
「ヨシくん、、、、ヨシくん!!!!!!!!!!」
近所に住んでいる幼馴染のアキの声だ。
涙と鼻水でグジュグジュになった顔を僕の手に押付けている。
「木から落ちてずっと意識がなかったのよ?
どこか痛いところは無い?」とすごい勢いで聞いてくる。
どうやら僕は一ヶ月前に木から落ちて運ばれてきたようだ。骨も数カ所ダメになってるらしい。
歩けるようになるかどうか、、という話も聞こえてきた。
終わった。
2階の窓から外をずっと眺めていた。
もうこの足は使えないのか。奇跡が起きて一瞬にして治らないだろうか。そんなことを考える気にもならず、ただ時間だけが過ぎていった。
「ただ外を眺めているだけだとつまらないでしょう。」と、学校終わりのアキが横に座り何も言わない僕を無視して話しかけてくれた。
家の仕事もあり、1週間に1度だけ病院によってくれるのだ。それが何よりも楽しみだった。
2年の月日がたち、僕は無事退院した。
ものに捕まりながらだが、少しづつスムーズに歩けるようにもなってきた。
「ヨシくん。退院おめでとう!」
アキが迎えに来てくれた。
「ねぇヨシくん。大したものじゃないんだけどね、退院祝い、、手作りだから不格好だけど、良かったら使って!」
と言い、言葉通り不格好な杖を差し出した。
この歳で杖っていうのは少し恥ずかしかったが、自分のことを想い1から作ってくれたというのが何よりも嬉しかった。
杖の手持ちの部分に「アキ」と彫られているのを見つけた。
「これ、、」と僕が言うと
「この名前を見たら私の事忘れないでしょ!」
と照れくさそうに言った。
「ありがとう、、大切にするよ。」
涙ぐんだ顔を見せないように、アキの前を歩いた。
足がすっかり良くなった頃、仕事のため町外れにある大きな街に引っ越した。
それと同時にアキと籍を入れた。
アキとの間に子供ができたのだ。
子供が生まれ、大きくなった。
貧しいながらも楽しい生活を送った。
「畑の野菜がこんなに大きくなりましたよ」というアキの報告が大きなイベントになるほど穏やかな生活だった。
こんな生活がずっと続いたらいいと思っていた
アキとヨシの腰がすこしずつ丸くなってきた頃
アキが病気になった。
余命宣告もされた。
もう助からないらしい。
アキが死んだ。
人間ってこんなに脆いものなのか。
途方に暮れた。
こんな気持ちになるのは久しぶりだった。
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おじいさんは話し終わって一息ついた。
手が震えていた。
「話してくれてありがとう、大切な杖なんだね、」
「いいんだよ。さぁ、今日はお開きにしましょうか。またお会いしましょう」
と言っておじいさんは公園を後にした。
空はすっかりオレンジ色に染っていた。
自販機でコンポタを買った。
暖かい。
心がぽっかり空いた感覚をコンポタの暖かさが中和してくれている。
今日はもう帰ろ
3話に続く
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