花嫁の弟の話

千日紅

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本編

ストーム 9

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 一同は女子寮の食堂に集められた。実際は、食堂には入りきらず、学生達は廊下から玄関にまで溢れていた。
 一年生、二年生は優先的に食堂に押し込められた。まるでお見合いのようだ、カールは皮肉げに唇を歪めた。ビョルンはすっかり舞い上がっているように見えた。
 女子寮生たちは、男子寮生を値踏みしているのか、ちらちらとこちらを見ながら、そこここでひそひそ話をしている。
 男子寮生の三年生の中には遠巻きにしている者もあれば、浮き足だった下級生に小声で発破をかける者もいる。それを聞いてまんまと発憤する二年生も、逆に怖じ気付く一年生も混ざっている。
 要するに、みんな落ち着かない。カールも、表面上は冷静沈着の信条を守っていると見せかけつつも、逸る気持ちを押さえかねていた。
 麗しの女子寮寮長はどんな難題を持ちかけてくるのか―――ニコはどうしているのか。
 ティーナが一同の前に立つと、あたりがしんと静まりかえった。
 彼女の後ろに女子寮生が黒板を持ってきて立てかける。ティーナは白墨を受け取ると、黒板に三×三のマスを書いた。
「ゲームのルールを教えるわ。ゲームは九つ行います」
 ティーナは書いたマスの左上から時計回りに、数字を書き込んでいく。左上が一、右上が三、右下は五、左下は七、中央が九。
「この番号と同じゲームに、女子寮が勝てばマスを白く塗る。男子寮が勝てば、数字を消すの」
 ティーナは実際にやって見せた。すると三×三のマスは、白黒の千鳥格子になる。
「そうやって陣地を取り合って、縦、横、斜め、どれでもいいわ。マスを三個揃えた方が勝ちよ」
 カールはなるほどと頷いた。まず、実際に行うゲームに勝てるかどうか、勝ったところでマスを揃えられるかどうか。二重の戦略が必要となるわけだ。
 これは、女子寮生なりに知恵を絞ったと見える。この時カールは自分たちの優勢を疑ってはいなかった。
「各ゲームに何を行うかは、くじを引いて決めましょう。こちらの袋には一から九の番号を書いた玉を、そちらの袋に、ゲームを書いた棒を入れてあるわ。くじはそうね、男子に引いて貰いましょう」
 すると、どのゲームから行うかもくじによって決まり、そのゲームによってどのマスを奪い合うことになるのかもくじによる。
「できるだけ、公平になるようにしたつもりよ。私たち、王立学院で学ぶ者は、皆等しく切磋琢磨し合っている。男女の別は無いわ。どちらが勝っても恨みっこなしよ」
 ティーナの美貌にうっとりとする生徒もいれば、不愉快そうに眉を顰める生徒もいる。思春期の少年たちは美しい異性に対して、崇拝するか、侮辱するかくらいしか選択肢を持たない。
 男子寮生達の頭越しに、食堂の入り口からクリスの声が上がった。
「……そう言うわけだ、諸君。僕はきっと僕たちが勝利を手にすると確信している。手加減は無用だ」
 クリスの檄に呼応して、男子寮生達が唸ると、膨れ上がった男子達に対し、女子寮生たちはお互いに身を寄せ合って縮んだ。
 カールはふんと鼻を鳴らした。こんな寮にニコがいるならば、早く連れて帰ってやらねばなるまい。そう考えて、カールは、はたと、ニコが男ではないことを思いだした。そしてその事実を知る者が限られていることを。よもや、美少年ニコを女子寮生たちは―――。
「いたっ!」
 後ろから頭をぱんと音がするほどの勢いで叩かれて、カールは蹈鞴を踏んだ。
「お前、顔が気持ち悪いぞ」
 威圧的な長身、ライナスである。彼は黒髪にきちんと櫛を通して、青い瞳にちらちらとティーナを映している
「若いんだからしょうがないよねぇ」
 となりでにやにやしているのはマークである。こちらはぼさぼさ頭はそのままである。
 彼らに緊張感は全く感じられない。カールは顎をぐっとつきだした。
「ちょっと、先輩たち、そんなにひとごとみたいに……」
「いいんだよ、こういうのは下級生が頑張るもんだ」
「そうそう、カールもさ、一応下級生」
 二人に声を合わせられて、カールは深く深く眉根を寄せた。
「ほら、くじが始まるぞ」
 前の方では、顔を真っ赤にしたヨハンがティーナの持つ袋に手を突っ込んでいる。



 こうして寮対抗戦は始まった。
 早々に、男子寮生は自分たちの優勢が幻であったことを知る。
「じゃがいもの皮むき……」
 くじを引いた男子寮生が呆然と読み上げる。
 最初のゲームは、ジャガイモの皮むきだった。男女五名ずつが、厨房から借りてきた桶と椅子に座って、山と盛られたじゃがいもの皮を剥く。
 カールとナタリアは離れたところで、「自分が選ばれなくてよかった」と胸をなで下ろしていた。カールは、将来料理人になる予定はなかったし、ナタリアは厨房に入ったことが無かった。
 じゃがいもの皮むきは女子寮の圧勝で終わった。三のマスが白く塗りつぶされる。
 動揺する男子にティーナは告げた。
「見てわかるとおり、九のマスを取った方が、圧倒的に有利よ。ご安心なさい、男の子達が好きそうなゲームも用意しているから。
 でも、このままじゃあなたたちのところの一年生は、男子寮に帰ることはできないんじゃないかしら」
 ティーナが笑うと、他の女子寮生も忍び笑いを漏らす。



 ゲームは続いた。じゃがいもの皮むきの次は、詩の暗唱、パンの早食い(これは男子が辛勝した。女子とは言え、彼女たちは恐ろしい食べっぷりを見せた)―――進むに連れて、全員が一喜一憂して、大声を出して応援するようになった。参加者に少しでも恥ずかしさや拒否を見せる者があれば、上級生の誰かがすすんで勇気づけた。これは男女でも変わらなかった。
 カールはこれでは兄や姉に見守られて、遊んでいる下のきょうだいみたいだと思った。三年生たちは、お互いだけにわかる信号を交わしているように見えた。しかし、まだ二年生であるカールには、それが、学生生活の終わりが見え始めた三年生に特有の、共有された時間を慈しむ仕草のひとつであることには、思い至らなかった。



「楽しいわね、アンバー」
 ティーナは食堂の隅に座って、わいわいと騒ぐ下級生たちを眺めていた。結った髪の一筋を指に巻いて遊びながら。
 始まってしまえば、後は二年生の執行委員が進めてくれる。
「持ってきたよ」
 アンバーは布にくるんだ荷物を足下に置いた。彼女の異装も、この雰囲気では目立たない。
「いつまでも続けばいいのにね、アンバー」
「そうだね」
 それきり二人は黙った。沈黙のうちに、自分たちと同じ年頃の少年や少女たちが、笑いさざめき、はしゃぎ跳ね回る様子を見つめた。
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