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本編
ストーム 5
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カールは以前、クリスに尋ねたことがある。民を支配するにもっとも有効であるのは何かと。確かあの時は、歴史にある為政者たちについて討論をしたときのこと。
「恐怖政治は倒されてきましたよね。独裁者も現れては消え、でも消えては現れる。やはり、民を支配するには恐怖が必要なのですかね。人間も動物ですから仕方ないと言えば仕方ないですけど」
指を折って歴史上の人物を数えるカールに、クリスは微笑んだ。いつもはその笑みではぐらかすことの多い彼だから、カールは珍しさのあまり克明に記憶している。
「ある期間においては恐怖は有効だね。けれど恐怖によって支配されることに慣れるとね、使えなくなるんだ」
「使えない?」
「そう、使えない人間」
クリスはカールの真似をするみたいに、自分の手のひらをかざした。そこに何かを握るように、指をゆっくりと折る。
「思考を放棄し、怯え、媚び、目先の快楽に左右され、お互いを貶める。神曲にある罪人たちのように。そういう人間が役に立つと思う?」
「難しそうですね、では、どうすれば?」
「支配されていると思わせなければいい」
カールは淡々と語るクリスに目を奪われていた。
「役割を持たせる。そして役割に誇りを持たせる。これだけでいい」
クリスは両手の指を組み合わせ、そこにできた三角の空間に目を落とす。
「兵士には兵士の役割を。敵兵を殺すことに誇りを、味方のために死ぬことに誇りを。誇りが育てば育つほどいい。彼らは役割を与えるものに従い、裏切らなくなる。もっとも重い、裏切りという罪を犯さなくなる」
「そういうものですか」
「そう。だから、僕も、裏切りを許さない」
夕食後の食堂に、全男子寮生が集められていた。つい先ほどまでは、足音や食器のぶつかる音でうるさかった食堂内は、静けさに満ちていた。
それぞれ神妙な面もちで、ひとりの男子生徒を待っている。生徒達は長く待たされることはなかった。彼は彼らと同じ生徒であり、彼らとは違うーーー寮長という肩書きだけでなく。
青年になりかけの少年達は、純粋な強さに憧れる。運動、学業、何に置いても力を示されることに惹かれる。そしてクリスは、彼らにとっては権威の象徴と足り得た。若くして為政者となった国王が後ろ盾であることは、それを後押しした。
クリスは彼らを座ったままにさせた。そして落ち着いて、だがはっきりと通る声で話し始めた。
「集まってくれてありがとう。君たちも気になっていることだと思う。僕の同室者ある、ニコラス=リンツのことだ。
君たちの中には、ニコをよく思わないものがいることも知っている。だからこそ聞いて欲しい。ニコは今、危機に陥っている。彼は、退学の危機にある。これを救えるのは僕達しかいない。
いいか僕達しかいないんだ。
確かに、ニコは向こう見ずな子だ。それについては僕が代わって詫びよう。けれど、ニコが誰かの悪口を言ったことがあるか? 君たちが大人げない態度を取っていた時、ニコは何をした?」
生徒達の何人かが顔を伏せる。
クリスはもう一度、生徒一人一人と視線を合わせるようにして、食堂内を見渡した。
「ニコに矢を射た罪は不問にする。だが次はない」
そんなことがあったのか! と食堂内はざわつく。明らかにやりすぎであり、場は同情に傾いた。カールを含め、数人の生徒は、クリスが明らかに犯人を特定してをいることがわかった。その生徒達は、青ざめた顔で座っている。
「僕達はここで学ぶ仲間だ。仲間のために、力を合わせて欲しい。僕に力を貸してくれ。ニコを救うんだ」
賛同の拍手が起こる。これは主に一年生の間からだった。
「ニコが囚えられている場所は、女子寮。君たちが戦うべき相手は、麗しの女生徒たち」
生徒達がざわめきだした。
「それって、俺たちが女子寮に入るってこと?」
「ニコはひとりで女子寮に捕まってるってことかよ」
「まさか、女子相手に戦うって何するんだよ」
クリスが軽く手を挙げると、食堂にはまた静けさが戻る。
「彼女たちは僕達に挑戦状を突きつけてきた。生意気だと思わないか」
少年達の顔が興奮に輝き始める。
「その通り、生意気だぞ!」
ばらばらっと賛同の叫びが続く。彼らのうちには、女子寮という禁忌に立ち入ることができるかもしれない興奮がある。
自分たちの同胞が、女子に捕らえられている。彼女たちの花園に討ち入り、彼女たちを屈服させ、同胞を取り戻す。
これから始まる戦いは、英雄としての戦い、彼らの名誉は保証されている。
次第に拍手が巻き起こる。生徒たちは近くにいる生徒と顔を見合わせ、興奮に顔を赤らめる。
「学院長の許可は得ている。紳士としての礼節は失うな!」
続いたクリスの言葉に、拍手は爆発的に大きくなった。
同じ頃、女子寮ではティーナが女子寮生たちを集めて話をしていた。
「アンネリーゼ様はとても深く悲しんでいて、ニコを手元に取り戻したいと仰っているわ。ニコが本当は女の子であることは、私たちだけの秘密よ。いい決して寮生以外には言ってはだめよ。秘密を守るの
「男子寮生たちは、男たちは、いつだって大事なことは何にもわかっちゃいないのよ。王妃様のお気持ちが理解できるのは私たちだけなの。彼らにニコは渡せないわ。みんなでニコを守りましょう」
ティーナが優しく、時には涙も浮かべ話している間、女子寮生はうっとりと彼女の話に聞き入っていた。もらい泣きをする女生徒も少なくなかった。
無粋で乱暴な猿―――ではなくて、男たちの集団で辛い思いをしてきた男装の麗人、女生徒たちはニコのことをそう理解した。
王立学院では、男女同権の教育が尊ばれていたため、女だからと侮られることはない彼女たちであったが、学院の外に出れば必ずしもそうではない。彼女たちは王妃という錦の御旗を得て、いい気になっている男どもを懲らしめてやろうというくらいの気概が生まれていた。
男は報酬に向かって走り、女は守る者のために強くなる。
「さあ、クリス、久しぶりのきょうだいゲンカよ。楽しみましょう」
あまりの騒ぎようにカールは食堂を抜け出した。
そこで、ライナスとマークにばったりと遭遇する。誰とも無く苦笑した。
「ニコは……どうしてますかね」
カールが問うと、ライナスとマークは二人とも首を傾げた。
「恐怖政治は倒されてきましたよね。独裁者も現れては消え、でも消えては現れる。やはり、民を支配するには恐怖が必要なのですかね。人間も動物ですから仕方ないと言えば仕方ないですけど」
指を折って歴史上の人物を数えるカールに、クリスは微笑んだ。いつもはその笑みではぐらかすことの多い彼だから、カールは珍しさのあまり克明に記憶している。
「ある期間においては恐怖は有効だね。けれど恐怖によって支配されることに慣れるとね、使えなくなるんだ」
「使えない?」
「そう、使えない人間」
クリスはカールの真似をするみたいに、自分の手のひらをかざした。そこに何かを握るように、指をゆっくりと折る。
「思考を放棄し、怯え、媚び、目先の快楽に左右され、お互いを貶める。神曲にある罪人たちのように。そういう人間が役に立つと思う?」
「難しそうですね、では、どうすれば?」
「支配されていると思わせなければいい」
カールは淡々と語るクリスに目を奪われていた。
「役割を持たせる。そして役割に誇りを持たせる。これだけでいい」
クリスは両手の指を組み合わせ、そこにできた三角の空間に目を落とす。
「兵士には兵士の役割を。敵兵を殺すことに誇りを、味方のために死ぬことに誇りを。誇りが育てば育つほどいい。彼らは役割を与えるものに従い、裏切らなくなる。もっとも重い、裏切りという罪を犯さなくなる」
「そういうものですか」
「そう。だから、僕も、裏切りを許さない」
夕食後の食堂に、全男子寮生が集められていた。つい先ほどまでは、足音や食器のぶつかる音でうるさかった食堂内は、静けさに満ちていた。
それぞれ神妙な面もちで、ひとりの男子生徒を待っている。生徒達は長く待たされることはなかった。彼は彼らと同じ生徒であり、彼らとは違うーーー寮長という肩書きだけでなく。
青年になりかけの少年達は、純粋な強さに憧れる。運動、学業、何に置いても力を示されることに惹かれる。そしてクリスは、彼らにとっては権威の象徴と足り得た。若くして為政者となった国王が後ろ盾であることは、それを後押しした。
クリスは彼らを座ったままにさせた。そして落ち着いて、だがはっきりと通る声で話し始めた。
「集まってくれてありがとう。君たちも気になっていることだと思う。僕の同室者ある、ニコラス=リンツのことだ。
君たちの中には、ニコをよく思わないものがいることも知っている。だからこそ聞いて欲しい。ニコは今、危機に陥っている。彼は、退学の危機にある。これを救えるのは僕達しかいない。
いいか僕達しかいないんだ。
確かに、ニコは向こう見ずな子だ。それについては僕が代わって詫びよう。けれど、ニコが誰かの悪口を言ったことがあるか? 君たちが大人げない態度を取っていた時、ニコは何をした?」
生徒達の何人かが顔を伏せる。
クリスはもう一度、生徒一人一人と視線を合わせるようにして、食堂内を見渡した。
「ニコに矢を射た罪は不問にする。だが次はない」
そんなことがあったのか! と食堂内はざわつく。明らかにやりすぎであり、場は同情に傾いた。カールを含め、数人の生徒は、クリスが明らかに犯人を特定してをいることがわかった。その生徒達は、青ざめた顔で座っている。
「僕達はここで学ぶ仲間だ。仲間のために、力を合わせて欲しい。僕に力を貸してくれ。ニコを救うんだ」
賛同の拍手が起こる。これは主に一年生の間からだった。
「ニコが囚えられている場所は、女子寮。君たちが戦うべき相手は、麗しの女生徒たち」
生徒達がざわめきだした。
「それって、俺たちが女子寮に入るってこと?」
「ニコはひとりで女子寮に捕まってるってことかよ」
「まさか、女子相手に戦うって何するんだよ」
クリスが軽く手を挙げると、食堂にはまた静けさが戻る。
「彼女たちは僕達に挑戦状を突きつけてきた。生意気だと思わないか」
少年達の顔が興奮に輝き始める。
「その通り、生意気だぞ!」
ばらばらっと賛同の叫びが続く。彼らのうちには、女子寮という禁忌に立ち入ることができるかもしれない興奮がある。
自分たちの同胞が、女子に捕らえられている。彼女たちの花園に討ち入り、彼女たちを屈服させ、同胞を取り戻す。
これから始まる戦いは、英雄としての戦い、彼らの名誉は保証されている。
次第に拍手が巻き起こる。生徒たちは近くにいる生徒と顔を見合わせ、興奮に顔を赤らめる。
「学院長の許可は得ている。紳士としての礼節は失うな!」
続いたクリスの言葉に、拍手は爆発的に大きくなった。
同じ頃、女子寮ではティーナが女子寮生たちを集めて話をしていた。
「アンネリーゼ様はとても深く悲しんでいて、ニコを手元に取り戻したいと仰っているわ。ニコが本当は女の子であることは、私たちだけの秘密よ。いい決して寮生以外には言ってはだめよ。秘密を守るの
「男子寮生たちは、男たちは、いつだって大事なことは何にもわかっちゃいないのよ。王妃様のお気持ちが理解できるのは私たちだけなの。彼らにニコは渡せないわ。みんなでニコを守りましょう」
ティーナが優しく、時には涙も浮かべ話している間、女子寮生はうっとりと彼女の話に聞き入っていた。もらい泣きをする女生徒も少なくなかった。
無粋で乱暴な猿―――ではなくて、男たちの集団で辛い思いをしてきた男装の麗人、女生徒たちはニコのことをそう理解した。
王立学院では、男女同権の教育が尊ばれていたため、女だからと侮られることはない彼女たちであったが、学院の外に出れば必ずしもそうではない。彼女たちは王妃という錦の御旗を得て、いい気になっている男どもを懲らしめてやろうというくらいの気概が生まれていた。
男は報酬に向かって走り、女は守る者のために強くなる。
「さあ、クリス、久しぶりのきょうだいゲンカよ。楽しみましょう」
あまりの騒ぎようにカールは食堂を抜け出した。
そこで、ライナスとマークにばったりと遭遇する。誰とも無く苦笑した。
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