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番外編
小人たちは街にいる 6
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ルルはヨナスの膝の上、居心地の悪さを噛みしめる。そのうちに、かつて彼の腕から逃げ出した時のことが蘇る。
あの時、ルルはヨナスの知己であるグンターと一緒に馬車に乗っていた。グンターは、ルルの気を紛らわせるためか、いろいろと話をしてくれた。
ルルはろくすっぽ返事もせず、どうやったらマリー・ソフィーの元へ駆け込めるか、黄色い頭をいっぱいにしていた.
『ルル嬢の前ではすっかり優しい兄気取りでいたが、あいつはなかなか恐い奴で』
グンターは黒髪の、じゃがいもみたいな顔の青年だった。重たい筋肉を鎧みたく纏った彼には、ヨナスとは違う存在感があった。
穏やかな中にも鋭さがある。ヨナスは、三枚目を気取るが、グンターは二枚目を気取る。けれども、気障ったらしい仕草や話し方も、彼の素朴な風貌と合わさると、親しみやすさに変わってしまう。物語にある愛嬌のある武人そのままだ。
『俺の仕事は、陛下の盾となることさ。いやいや、ものの例えじゃない。俺達は飾りで盾を持ってるわけじゃ無いんだ。敵が来たら、陛下を守るために盾を使う。陛下が民衆の前にお出になられた時に、もし民衆が暴徒となって襲ってきたら……。そりゃ、なかなかあることじゃない。ましてや賢君と誉れ高い陛下を民達が襲うなんてことは。それでも万に一つがある。俺達は必ず陛下をお守りしないといけない。尊い御身は世界にひとつだけなんだ。
だから、俺達は毎日汗をだらだら流して、盾を構えるんだ。鎧だって、剣だって、どんな武器も、盾も、訓練しなきゃあ、使えない。
ヨナスも暇がありゃあ、訓練を手伝ってくれる。最もあいつは陛下直々の命を賜って忙しくしていることが多いが。
ああ、どこまで話したっけ。そうだ、訓練だ。訓練の時のヨナスの顔を見て貰いたいよ。
ヨナス、あいつはおっかねぇよ、ルル嬢。いっくら新米だっても、盾の構え方がなってねえったら蹴り倒す。大の男がちびりそうな声で、なぁにやってんだぁ! 殺されてぇのか! なんて怒鳴ってよ。盾を持った男が吹っ飛んじまうんだから、しかも、まわりも巻き添えで吹っ飛んでよ、大した蹴りだよ。
何だって一回目は教えてやるんだ。ヨナスの教え方には無駄がない。ちゃあんと教えてやる。教えて、わかったかって訊いて、相手がわかったって言うだろ。次の日、同じことを訊いて、ちょっとでも相手が答えにつまると、死ね! だ。そりゃあそりゃあ冷たくさ。
死ね、ぶっ殺す。そんなんだから、ヨナスに、よし! って言われた野郎達は泣いて喜んでよ。あいつがよしを出すってことは、そりゃ完璧ってことなんだ。
だから、ヨナスは一目置かれている。仕事はきっちりやるできる男だが、怒らせたらただじゃ済まない。頭も切れる。ユーモアもある。慕われてもいる。男ばっかりだからよ、どうしても荒っぽくなるが……。
そのヨナスが、ルル嬢には全く頭が上がらないってんだから』
ルルがヨナスの口から聞いたことがある罵り言葉は「くそ」がいいところ。状況のせいで聞き流していたことっではあるが、内容を吟味すれば、ヨナスにはルルの知らない顔があるということ。
グンターが見るヨナスも、バーバラが知るヨナスも、ルルにとっては知らないヨナスだ。
ヨナスはルルを囲いたがる。それは、ヨナスの見せたい顔だけを見せていたいということにならないだろうか。
多分、優しい、慈しみの側面だけを、ルルに見せようとして。
ルルは確かに傷ついた小鳥であった。ヨナスのもとで傷を癒やし、一人で羽ばたくにまで回復したと信じたい。
ヨナスの見せたいものだけを見るのではなく、自分が見なければならないものを自分で見る。
ルルのために整えられた町屋敷の外は、決して美しいばかりではない。
それでも、町屋敷の中も、外の世界の一部であるのだから。
ルルは繊手をヨナスの頬にあててみた。朝に夕に髭をあたるヨナスの頬。
「……ヨナスはモテるでしょ? いい人がたくさんいたのよね」
ヨナスが急に咽せて、咳き込む。口元を抑えた。
「バーバラは愛人じゃないぞ」
「知ってる。……私、それを責める気持ちはないの」
それ、の意味をヨナスは正確に聞き取って、「なぜだ?」と問い返した。
「……私、私が、ヨナスを愛することに、それは入っていないから」
ルルはヨナスの頬から手を下ろした。
「もし、バーバラさんがヨナスの愛人なら、別れて貰わなきゃって。そうだ、あの、かっとなって、ヨナスを屋敷から閉め出したりして、ごめんなさい……。
でも、バーバラさんがヨナスを本当に好きだったら、私と同じよ。もし私がヨナスを諦めなさいって言われたら、きっととても辛い。別れて何て言えないに決まってる。
みんな一緒なのだわ。心が痛むのだわ。
「……あの娼館には、ヨナスに会う前の、ヨナスが知らない私がいるのね。私の知らないヨナスがいるように、ヨナスの知らない私もいるの。それも一緒ね。ヨナスが小さな私を助けることができないように、私はヨナスの恋を邪魔することはできないの。同じように、誰の心に口を出すこともできない」
ヨナスは、ルルが幼い頃の話をすることを好まない。今も、真っ青の瞳と、きりりとした眉はくっつきそうなくらいに寄せられている。
「……どうして、私が頬を叩いても、ヨナスは避けないの?」
問いに虚を突かれ、ヨナスの眉根が緩む。
「本当は、避けられるのに、わざと叩かれてるんでしょ。わざと、弱いふりをしているのでしょ」
ヨナスは答えない。
やはり不機嫌そうなまま、しかし、彼の腕はがっちりとルルの細腰に絡んでいる。
「お義兄様じゃないヨナスは、何だか知らない男の人みたいなときがあって……ヨナスのことがわからなくなって、不安……になるの。だって、私は、ヨナスにふさわしいとは……っ」
折れそうなくらいに抱きしめられる。背中をうんと反り返らせ、ルルは仰のいた唇を深く塞がれる。
「んぅっ……! ヨナ、ス……」
ヨナスの口づけは、彼の不機嫌さやそっけなさと反比例して、深く素直に彼の思いを伝えてくるように、ルルには感じられた。
衣擦れと、荒い息の音。
性感を煽るための技巧的な理性など全く働かない、本能的に貪り支配するための口づけ。
ルルは全身を雷に打たれたように震わせて、口づけを受ける。避けられない、受け止めきれない情熱を、無理矢理に注ぎ込まれる。
「……俺はもうお前の義兄ではない」
霞む意識、馬車は速度を緩め、止まる。
ヨナスはルルの睫の涙の粒を払い、濡れた唇を指で拭った。彼女の身体を膝に乗せ、座席をにじり、外側から空いた馬車のドアをくぐりざま、
「……屋敷についたぞ、ルル。お仕置きだ」
と囁いた。
あの時、ルルはヨナスの知己であるグンターと一緒に馬車に乗っていた。グンターは、ルルの気を紛らわせるためか、いろいろと話をしてくれた。
ルルはろくすっぽ返事もせず、どうやったらマリー・ソフィーの元へ駆け込めるか、黄色い頭をいっぱいにしていた.
『ルル嬢の前ではすっかり優しい兄気取りでいたが、あいつはなかなか恐い奴で』
グンターは黒髪の、じゃがいもみたいな顔の青年だった。重たい筋肉を鎧みたく纏った彼には、ヨナスとは違う存在感があった。
穏やかな中にも鋭さがある。ヨナスは、三枚目を気取るが、グンターは二枚目を気取る。けれども、気障ったらしい仕草や話し方も、彼の素朴な風貌と合わさると、親しみやすさに変わってしまう。物語にある愛嬌のある武人そのままだ。
『俺の仕事は、陛下の盾となることさ。いやいや、ものの例えじゃない。俺達は飾りで盾を持ってるわけじゃ無いんだ。敵が来たら、陛下を守るために盾を使う。陛下が民衆の前にお出になられた時に、もし民衆が暴徒となって襲ってきたら……。そりゃ、なかなかあることじゃない。ましてや賢君と誉れ高い陛下を民達が襲うなんてことは。それでも万に一つがある。俺達は必ず陛下をお守りしないといけない。尊い御身は世界にひとつだけなんだ。
だから、俺達は毎日汗をだらだら流して、盾を構えるんだ。鎧だって、剣だって、どんな武器も、盾も、訓練しなきゃあ、使えない。
ヨナスも暇がありゃあ、訓練を手伝ってくれる。最もあいつは陛下直々の命を賜って忙しくしていることが多いが。
ああ、どこまで話したっけ。そうだ、訓練だ。訓練の時のヨナスの顔を見て貰いたいよ。
ヨナス、あいつはおっかねぇよ、ルル嬢。いっくら新米だっても、盾の構え方がなってねえったら蹴り倒す。大の男がちびりそうな声で、なぁにやってんだぁ! 殺されてぇのか! なんて怒鳴ってよ。盾を持った男が吹っ飛んじまうんだから、しかも、まわりも巻き添えで吹っ飛んでよ、大した蹴りだよ。
何だって一回目は教えてやるんだ。ヨナスの教え方には無駄がない。ちゃあんと教えてやる。教えて、わかったかって訊いて、相手がわかったって言うだろ。次の日、同じことを訊いて、ちょっとでも相手が答えにつまると、死ね! だ。そりゃあそりゃあ冷たくさ。
死ね、ぶっ殺す。そんなんだから、ヨナスに、よし! って言われた野郎達は泣いて喜んでよ。あいつがよしを出すってことは、そりゃ完璧ってことなんだ。
だから、ヨナスは一目置かれている。仕事はきっちりやるできる男だが、怒らせたらただじゃ済まない。頭も切れる。ユーモアもある。慕われてもいる。男ばっかりだからよ、どうしても荒っぽくなるが……。
そのヨナスが、ルル嬢には全く頭が上がらないってんだから』
ルルがヨナスの口から聞いたことがある罵り言葉は「くそ」がいいところ。状況のせいで聞き流していたことっではあるが、内容を吟味すれば、ヨナスにはルルの知らない顔があるということ。
グンターが見るヨナスも、バーバラが知るヨナスも、ルルにとっては知らないヨナスだ。
ヨナスはルルを囲いたがる。それは、ヨナスの見せたい顔だけを見せていたいということにならないだろうか。
多分、優しい、慈しみの側面だけを、ルルに見せようとして。
ルルは確かに傷ついた小鳥であった。ヨナスのもとで傷を癒やし、一人で羽ばたくにまで回復したと信じたい。
ヨナスの見せたいものだけを見るのではなく、自分が見なければならないものを自分で見る。
ルルのために整えられた町屋敷の外は、決して美しいばかりではない。
それでも、町屋敷の中も、外の世界の一部であるのだから。
ルルは繊手をヨナスの頬にあててみた。朝に夕に髭をあたるヨナスの頬。
「……ヨナスはモテるでしょ? いい人がたくさんいたのよね」
ヨナスが急に咽せて、咳き込む。口元を抑えた。
「バーバラは愛人じゃないぞ」
「知ってる。……私、それを責める気持ちはないの」
それ、の意味をヨナスは正確に聞き取って、「なぜだ?」と問い返した。
「……私、私が、ヨナスを愛することに、それは入っていないから」
ルルはヨナスの頬から手を下ろした。
「もし、バーバラさんがヨナスの愛人なら、別れて貰わなきゃって。そうだ、あの、かっとなって、ヨナスを屋敷から閉め出したりして、ごめんなさい……。
でも、バーバラさんがヨナスを本当に好きだったら、私と同じよ。もし私がヨナスを諦めなさいって言われたら、きっととても辛い。別れて何て言えないに決まってる。
みんな一緒なのだわ。心が痛むのだわ。
「……あの娼館には、ヨナスに会う前の、ヨナスが知らない私がいるのね。私の知らないヨナスがいるように、ヨナスの知らない私もいるの。それも一緒ね。ヨナスが小さな私を助けることができないように、私はヨナスの恋を邪魔することはできないの。同じように、誰の心に口を出すこともできない」
ヨナスは、ルルが幼い頃の話をすることを好まない。今も、真っ青の瞳と、きりりとした眉はくっつきそうなくらいに寄せられている。
「……どうして、私が頬を叩いても、ヨナスは避けないの?」
問いに虚を突かれ、ヨナスの眉根が緩む。
「本当は、避けられるのに、わざと叩かれてるんでしょ。わざと、弱いふりをしているのでしょ」
ヨナスは答えない。
やはり不機嫌そうなまま、しかし、彼の腕はがっちりとルルの細腰に絡んでいる。
「お義兄様じゃないヨナスは、何だか知らない男の人みたいなときがあって……ヨナスのことがわからなくなって、不安……になるの。だって、私は、ヨナスにふさわしいとは……っ」
折れそうなくらいに抱きしめられる。背中をうんと反り返らせ、ルルは仰のいた唇を深く塞がれる。
「んぅっ……! ヨナ、ス……」
ヨナスの口づけは、彼の不機嫌さやそっけなさと反比例して、深く素直に彼の思いを伝えてくるように、ルルには感じられた。
衣擦れと、荒い息の音。
性感を煽るための技巧的な理性など全く働かない、本能的に貪り支配するための口づけ。
ルルは全身を雷に打たれたように震わせて、口づけを受ける。避けられない、受け止めきれない情熱を、無理矢理に注ぎ込まれる。
「……俺はもうお前の義兄ではない」
霞む意識、馬車は速度を緩め、止まる。
ヨナスはルルの睫の涙の粒を払い、濡れた唇を指で拭った。彼女の身体を膝に乗せ、座席をにじり、外側から空いた馬車のドアをくぐりざま、
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と囁いた。
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