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if おわりのむこうにあるおわり

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 秋だから、秋刀魚が食べたい。

 まだ夏の日差しのぎらついた感じが残っていて、けれど日が暮れるのは早くなった。
 リナは珍しく会社を定時で上がって、駅のごった返す人並みをすり抜け、改札を飛び出す。
 飛び込んだ戦場スーパーは夕市が始まってまさに客の興奮は最高潮。目玉の秋刀魚は一匹四八円。
 昔はもっと安かっただとか、今年はましだといかいう奥様方の「ねえ」に「はぁ」と会釈して、リナはもみ合いの中から手を出してトングを掴む。
 おいで! 秋の味覚!

「そんなにアンタ、秋刀魚好きだったの?」
「好きとかもう超越してるっていうか、食べなきゃでしょ! 秋なんだよ!」
 煙のもうもうと立ちこめるアパートに帰ってきたなり、顔を顰めた相手にリナは頬を膨らませる。
 彼はリナの幼い仕草に笑って、人差し指を突き出した。

「こら」

 ぷくんとほっぺたを押されて、ぷっと突き出した唇にかすめるようにキス。
 リナは足袋ックスを履いた足下に思わず視線を落とす。彼の足下は仕事のまま、黒い靴下だ。
 学生時代から付き合いだして、なれ合いで同棲をして、それから。

「……で、食べるの? 食べないの」
「食べるよ、ありがとう」

 スーツを脱いでブラシをかける。男にしては割と細身だが、貧弱な感じのない背中は、やはり頼りがいがあると思う。
 皮肉屋で、意地悪で、いたずら好きで、そのくせ、リナをべったべたに甘やかして、とろけさせてしまう。

「……ずるい!」
「何が」

 反論を封じるために、また一つキス。

 塩を振って、一〇分経って、余計な水分を拭き取って、もう一回塩を振って、魚焼きグリルでできあがり。
 大根は山盛りにおろしにおろして、職場のおばちゃんのお土産のかぼすも添える。
 湯気を立てるご飯と、冷蔵庫に余っていた野菜をめためたに切り刻んでやって作った味噌汁、一汁一菜の食卓を二人で囲む。

「今日はどうだった?」

 彼の質問に、思いつくままリナは答える。平凡を絵に描いたような、会社勤めの女の毎日に、そんなに珍妙なことは起こらない。
 けれど、これがおもしろいもので、聞いてもらっていると、楽しいことが湧き出てくる。

「それは流石に作り話だろ」
「ちょっと盛っただけだもん!」

 リナの赤い塗りの箸と、彼の黒い塗りの箸が秋刀魚の上で丁々発止する。

「どーだか。アンタは昔っからすぐぼーっとしちゃ妄想してにやにやしてるんだから。ほら、式の時、お義兄さんが言ってただろ、黒歴史ノートとか」

 大根おろしがつんときちゃう。

「そ、それ以上言うと、ど、どうなるかわかっておろうな!?」
「リナって、ほんとバカ」

 二人ですれば片付けは早く終わる。秋刀魚の匂いを風呂で代わりばんこに落として、ベッドに潜り込む。
 明日からは連休だから、どこか遠出しようなんて話をしていると、彼がベッドを抜け出て、旅行雑誌と――随分年期を感じさせるノートを持って戻ってきた。

「……っ、ぎゃーっ!! 何で!? 何でこれあるの!?」
「だからアンタの兄だって。お義兄さんが妹をよろしくってこれを」
「み、見た!? 見たの!?」
「見たけど」
「ああああああああ」

 ノートを奪い取り布団を被って丸くなったリナを、大きな手が布団越しにぽんぽんと叩きなだめる。

「アンタは? 黒歴史ノートの内容覚えてる?」

 リナは布団の暗闇で、ぱちくりと瞬きをする。

 中学生のリナが書き綴ったノートに広がる世界。騎士や竜、魔法が色鮮やかに、しかし、一瞬だけリナの脳裏を染めた。
 リナは布団から勢いよく顔を出して、そのまま雪崩の勢いで、おそろいのパジャマ姿の彼に抱きついた。

「……どうした?」

 リナはじっと自分を抱き返す彼の顔を見上げた。切れ長の黒い瞳が、凜々しい、若武者のように整っている。そこにセーラー服の幻を見て、リナは慌てて目を擦った。

「な、何か、いなくなっちゃいそうで」
「アンタって、ほんとバカ。俺がいなくなるわけないだろ」
「だ、だって、あたしを愛する一番最初の男だとか何とか言ってたのに」
「はぁ? 何それ、新手のお誘い?」

 今度のキスは容赦がない。つつましく、ノートはページを閉じた。

 抱きしめて、愛されて、愛されて、気だるい時間が訪れる。
 夢うつつに、リナは冒険の世界に思いを馳せる。

「……ねえ、サクヤ、あたし世界を救ったの。褒めてくれる?」

 言ってから、何て独り言だろうとリナは思う。世界を? 救う? リナが?
 けれど彼は、――サクヤは笑わず、

「よくやったな、リナ」

と言った。リナはにんまりと笑った。
 眠りが降ってくる。
 大きな大きな木が、美しい葉を落としている。青々とした葉は、枝を離れ、風に翻るにつれ、赤や黄色に変わっていく。
 降ってくる。世界が、眠りとともに。
 眠りに落ちる間際に、リナは快く痺れた唇をむにゃむにゃとさせた。「だから、一緒に幸せになろうね」
 力強い腕がリナを引き寄せる。リナはひな鳥のように、彼の胸に抱かれて、満足げにため息を漏らした。

 思いは世界を救う、それから、青い鳥は追いかけて冒険するもので、青い魚は一緒においしく食べるものなのだった。

 どんなときも、あなたと一緒に。幸せでありますように。

 ……いつまでも、幸せに暮らしましたとさ。

 物語の最後はいつでも、そう終わる。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

Alice Sakuma
2017.11.03 Alice Sakuma

さくや、かっこいいですー。
続き楽しみにしてます♪ヽ(*≧ω≦)ノ

解除
まっつん
2017.06.01 まっつん

楽しく読ませてもらってます(^^)続きが気になるのですが??更新しますよね?楽しみにしてます♪

千日紅
2017.06.13 千日紅

わっ、ありがとうございます!
更新しますします!

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