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そうして日々は

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 賑やかな朝食が終わって、リナはリーナスと連れ立って、王宮の中庭を歩いていた。
 朝の国は、あまり緑の豊かな国ではない。中庭もそうで、花崗岩がタイルのように敷き詰められている。
 丈高い植物は見当たらず、岩の間をちょろちょろと水が流れていく。

(あたしが暮らしていた森は、もっと緑が豊かだったのに……)

 ここは、美しいけれども無機質で、寒々しい。
 王宮全体が、リナには灰白の砦に見えた。
 リナの心中の呟きが聞こえたように、リーナスは話し出した。

「フロリナの住んでいた森は、世界樹の葉に近い、山の高いところにありましたからね。この地は世界樹の恵みからは遠いのです」
「そうなんだ。……あの、あたしの考えてることどうしてわかったの?」

 リーナスは口元に手を当てて、はにかんだ。灰色の長い髪を揺らす仕草にリナは見とれる。
 朝の光に美貌の神官は溶けてしまいそうに見えた。

「フロリナはわかりやすいですからね。顔に……。オーランド王子は、あなたに辛い思いをさせませんでしたか?」

 面と向かって問われては、リナも誤魔化しきれない。赤い顔で小さく頷いたリナを、リーナスは中庭に設えられたベンチに促した。

「おかげで、久しぶりに祈りの塔から外に出ることができました」

 並んで座ってよく見てみると、もとからほっそりとしていたとはいえ、リーナスは一回り痩せていた。魔王が召喚されての激務で、リーナスは疲労困憊していたのだと言う。

「……ねえ、リーナス。世界樹の神官って、大変でしょ? やめたくならない?」

 リナはベンチに腰掛けて、膝から下をぶらぶらと揺らす。

「なりませんよ。これが、私が与えられた使命ですから」
「……リーナスは、神官の他になりたかったもの、ないの?」
「フロリナ、世界樹の神官は、最初にこう教わるんです」



 世界樹の常緑の葉こそ、偉大なる御恵み
 枝に賢き霊《エルフ》、根に強き竜《ドラゴン》
 幹は根から枝葉へ、滞りなくすべてを循環させよ

 咲けよ 花
 実れよ とこしえに



「四大精霊とエルフは近い存在だと言い伝えにはあります。どちらも、只人の前には姿を見せません。竜はあなたもよく知っていますね。人間の友でもあり、世界の守護者でもある。悪しき闇から世界を守る」
「悪しき……闇……」
「フロリナ、世界樹には花が咲きません。咲けよ、花……花とは、何だと思いますか?」
「……わかんない」
「少しは考えましょうね! 花は、命です。この世界に、生きとし生けるものの命。そして実るのは、花と花が出会って、生まれるものです」
「花と、花が、出会って……」

 そこで、リーナスは柳眉を曇らせた。

「花の全てが結実するわけではありません。この世界で、生まれるに至らなかったの、生まれてすぐに壊れたもの、それらが大きく歪んだとき、悪しき闇になるのです」
「花と花が出会って、生まれる……。それっておしべとめしべ的な!?」
「は?」
「いや、あの、えーと……また、新しい命が生まれるってことなのかな、と」
「例えば、フロリナと私が出会って、竜の卵が孵化したことですか?」
「いや、そうじゃな……? え、えと…、そう……なのかな?」

 リナはオパールの瞳をぱちくりさせる。
 リーナスは目を細めて、リナの顔を見下ろした。

「ひととひとが出会うと、沢山のものが生まれます。感情や、思い出や、目に見えるものも、目に見えないものも」
「……リーナスは、目に見えないものがわかるの?」
「そうですね、私はまだまだ若輩者ですが」

 リナは膝の上でもじもじと手を組み合わせた。
 会話はふいに途切れる。次に話す言葉を探して、リナは瞼を閉じた。

 そして、瞼の裏の暗闇に、こたつに入って半纏を着た兄の姿を見つける。

「えっ……、おにぃ……」

 兄はこたつに液晶タブレットを載せて、漫画を描いている。
 脂じみた髪を見るに、また締め切り直前なのだろう。

 ――おい、リナ。

 兄は画面に向かって語りかけている。

 ――おい、莉那。お前の黒歴史から描き始めた漫画で俺、今度、メジャーデビューするんだぜ。

「えっ!? マジで!! すごいじゃんおにぃ!」

 ――莉那を、絶対に幸せにしてやろうと思って描き始めたのにさ、漫画の中で、お前が生きているみたいにさ、なのに、いつの間にか、にーちゃん、リナと、仲間達を描くことに一生懸命になってた……。

「……え……」

 兄は泣いていた。

 ――知ってたけどさ、莉那はかえってこないって……! だから、絶対、異世界転生後はチートって思ってたのに、俺の神の腕はテンプレ展開を許さず……。きゃ~らがっはっしりだっしったら~、きゃ~らはっとぉまぁらっないぃぅいっ、げっ、うげふっ! 喉つまったぁ!

「ちょ、ちょっと、おにぃ……」

 ――莉那ぁ……。俺、漫画描くの面白くてさ……。お前が死んだのに、にーちゃん、まだ彼女できないし、とーちゃんも、かーちゃんも、いつも通りでさ……変な通販買ったりして。

 兄の小山のような背中が震える。

「おにぃ……」

 ――俺達も、そうやって毎日、がんばってるよ、莉那。

「おにぃ、泣かないでよ……!」

 リナは兄に手を伸ばす。その手がぎゅっと握られて、リナは目を開けた。
 灰色の中庭が広がっている。空は青く、白い尖塔達が、天を衝いていた。
 リーナスがリナの顔を覗き込む。

「ど、どうしましたか!? 急にぶつぶつ言い出して、具合でも悪いんですか!?」

 リナは、二度三度まばたきをする。けれど、こたつに半纏の兄の姿は、戻ってこない。
 リナはぐずぐずと身体を折り曲げて、膝の上に伏せて小さくなった。

「フロリナ!? 大丈夫ですか!?」
「……あのさ、リーナス、あたしがさ、本当は、異世界の人間だって言ったらどうする?」
「……え?」

 平凡に生きた古居 莉那。生まれ変わった先祖返りのエルフの娘。
 完璧な平たい顔族の容姿から、ミュシャもかくやの光の化身(否、光の巨人)の如き可憐な姿
 平和ボケした日本から世界樹の大地へ。

「……どうもしませんよ。私もあなたも、同じ花ですから」
「もういない人が、生き返ったらいいと、思わない?」
「花は咲ききって地面に落ちて腐ります。実を残してね。やがて、養分になって根に吸われ、幹を通り、やがて、緑の葉に辿り着く。葉末を擦り合わせて、世界を寿ぎます。
 理の流れは決まっているのです。だから、そこに咲き、そこに散る、その花の精一杯、それでいいのです。私はここに咲いたことを誇りに思っています。これで、あなたの問いへの答えになりましたか?」



 ねえ、おにぃ。
 だから、みんな夢を見るのかな。ノートの中や、液タブの中。
 理の流れに飲まれて、消えていく誰かが、悲しくて。



「生命とは、生まれればやがて死にます。そしてまた新しく生まれます。だから、世界樹の神官は、世界樹に祈りを捧げるのです。その営みが、巡り続けることを願って」

 リナは膝に顔をすりつけて涙を拭いた。
 心配げなリーナスに、にかっと笑う。

「リーナス! 祈りの塔に連れて行って。あたし、やらなくちゃいけないことがあったの思い出した」
「それはなんです?」
「名前をつけなきゃ、地下の魔王だか何だかにね」



 世界樹の常緑の葉こそ、偉大なる御恵み
 枝に賢き霊《エルフ》、根に強き竜《ドラゴン》
 幹は根から枝葉へ、滞りなくすべてを循環させよ

 咲けよ 花
 実れよ とこしえに



 中庭から戻る道すがら、

「あの人の名前さぁ、ニューサクヤってのがいいかと思うんだけど」

とリナが言ったので、リーナスは顔を青ざめさせて、改めてリナと魔王との面会を設定し、それまでに名前を考えることをリナに提案した。

 リーナスは、オーランド王子にこのことについて許可を取ったが、その際、
「あまりにも……あまりにもセンスがなさ過ぎたのです……」
とさめざめと語った彼に、ドラコスもオーランド王子も無言で頷いたのだった。
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