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エイプリルフール
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お菓子みたいにふわふわした外見の、中身は気取りの無い親しみやすい女の子。
そのリナの顔が、どことなく引き締まってきている。遠くの空を見る時や、渡された夕食のスープの入った木椀を見つめる時などに。
また、リナは空を見ている。オーランド王子は、野営の後を片付ける手を止めて、リナの横顔に話しかけた。
「リナ、どうした?」
リナはオーランドの声にはっと振り返ると、笑い返してくる。
流石エルフというだけあって、その笑顔は咲き初めの花のように、可愛らしい。
「空が広いのは、電線もビルも無いからなんだなって」
「……デンセン? ビル?」
「あ、何でもないない、オーリさま、これも早く片付けちゃいましょう!」
リナは慣れたもので敷物などの荷物を纏めていく。
彼女は時折、オーランド王子には聞き慣れない言葉を口にする。
それが彼が持つリナの印象を滲ませる。
「オーランド王子! ここからはぐんと魔族が増えます。……もう、生きている人間は殆どいないでしょう」
ドラコスがオーランド王子に手招きしながら、声を張り上げてきた。
オーランド王子はリナに会釈をして、地図を広げるドラコス、パーシモンの話の輪に入る。
オーランド王子の代わりに、神官リーナスと見た目は少年のルドルフ老がリナのそばにつく。
リナを独りにしないことが、すでに彼らの間では暗黙の了解になっていた。
「王子、竜を呼んで下さい。俺も幻獣を呼びます。馬は魔族に怯えて進めなくなる」
「そうだな……。パーシモン、転移魔法で馬を安全なところで」
「構いませんが、朝の国の王子はよっぽど慈悲深いんですねぇ。中の国の人間なら、馬どころか自分を転移させて逃げ出すところですけれど」
パーシモンは眼鏡を押し上げて、にやにやしながら頷いた。オーランドは、この魔術師の率直なところが嫌いでは無い。
「竜騎士は、竜の友だ。竜は世界樹の心。例え馬といえど、竜にとっては命には変わりない。見殺しにはできない」
竜の心は優しく、時にその優しさで竜の心を壊してしまう。
狂った竜を狩る仕事。
竜騎士の努めであるその仕事を、オーランド王子は、まだ数多くこなしたわけでは無い。それでも。
「……竜を呼ぶには問題がありますか?」
唇を噛んだオーランドをドラコスが訝しがる。
「いや、問題は無い。片付けが済み次第」
「そうですか! オーランド王子、フロリナに竜騎士となった経緯でも話してやれば、きっと彼女の慰めになるでしょう。何だか、フロリナは悩んでいるように見えます」
俺は、あまり女心に聡い方ではありませんが、とドラコスは目尻に皺を寄せて付け加えた。
「……リナが気に病んでいるのは、建国の女王のことか……」
パーシモンは、いやいや、とひそひそ話をするためにぐいと顔を乗りだした。
ドラコスが頭一つ分抜きん出て背が高い。それは彼が巨躯の持ち主であって、オーランド王子も堂々たる体躯である。それに比べて、パーシモンは魔術師だけあって、やや細身だ。
「魔王が自分を狙っているとすれば、恐ろしくもなるでしょう。彼女を得れば、魔王は更に力をつけることになる」
「そうだな……それは……それは?」
オーランドはそこで言葉を切った。
なぜ、リナを守らなければならなかったのだろうか。
「……ええ? オーランド王子、忘れたんですか? リナの体液を摂取すると、世界樹の力を借りることができるからですよ!」
パーシモンは呆れ声だ。
ドラコスも同じように「えぇ?」と声を裏返す。
「王子、大丈夫ですか? しっかりしてください。フロリナだけでなく、王子までもが」
「……誰が、それを初めて言ったのだっけ」
「オーリさま! 終わりましたぁ!」
リナがリーナス、ルドルフと片付けを終えてやってくる。
「サクヤ、あんたも働きなさいよ」
オーランド王子は、腰に手を当てて指さすリナに思わず吹き出す。愛らしい。そしてまた、彼女は聞き慣れない言葉を言っている。
「もー! 返事もしないんだから!」
オーランド王子は彼女の指さす方向を振り返る。
そこには黒髪を頭の高いところで結わえ、長く馬の尾のように流した、異国の服を着たーー黒髪に、濡れたような黒い瞳をしている。
「……サクヤ?」
オーランド王子が呟くと、娘は軽く頷いた。
「竜を呼ぶのです、オーランド王子」
「あ、ああ、そうだったな……サク、ヤ……」
リナの後ろにいる、リーナスもルドルフの顔にも薄らと困惑の色が見えた。
オーランド王子は、自分の中に落としたインクのように広がるものの正体を当てようと試みる。
しかしそれは、パーシモンによって妨げられた。
「さあ、竜騎士オーランド王子! ひとつお願いしますよ!」
オーランド王子を囲む形になったリナ達から、パーシモンはそっと離れる。
サクヤの横に立つと、パーシモンは低く、己の足下に向かって呟いた。
「ブラフの上に、ブラフを重ねて、どれだけブラフが好きなんですかね、召喚された聖女サマは」
サクヤは同じように足下に向かって声を落とす。足下には朝の光が濃い影を作っていた。影は影に、光は光に、嘘は嘘へ。
「大魔道士にはそのブラフもお見通しね」
「ええ、大魔道士なんで!」
「見てごらん、ほら、竜騎士が竜を呼ぶ」
パーシモンは、サクヤの誤魔化しに気づかないという、彼なりの気遣いを見せた。
そのリナの顔が、どことなく引き締まってきている。遠くの空を見る時や、渡された夕食のスープの入った木椀を見つめる時などに。
また、リナは空を見ている。オーランド王子は、野営の後を片付ける手を止めて、リナの横顔に話しかけた。
「リナ、どうした?」
リナはオーランドの声にはっと振り返ると、笑い返してくる。
流石エルフというだけあって、その笑顔は咲き初めの花のように、可愛らしい。
「空が広いのは、電線もビルも無いからなんだなって」
「……デンセン? ビル?」
「あ、何でもないない、オーリさま、これも早く片付けちゃいましょう!」
リナは慣れたもので敷物などの荷物を纏めていく。
彼女は時折、オーランド王子には聞き慣れない言葉を口にする。
それが彼が持つリナの印象を滲ませる。
「オーランド王子! ここからはぐんと魔族が増えます。……もう、生きている人間は殆どいないでしょう」
ドラコスがオーランド王子に手招きしながら、声を張り上げてきた。
オーランド王子はリナに会釈をして、地図を広げるドラコス、パーシモンの話の輪に入る。
オーランド王子の代わりに、神官リーナスと見た目は少年のルドルフ老がリナのそばにつく。
リナを独りにしないことが、すでに彼らの間では暗黙の了解になっていた。
「王子、竜を呼んで下さい。俺も幻獣を呼びます。馬は魔族に怯えて進めなくなる」
「そうだな……。パーシモン、転移魔法で馬を安全なところで」
「構いませんが、朝の国の王子はよっぽど慈悲深いんですねぇ。中の国の人間なら、馬どころか自分を転移させて逃げ出すところですけれど」
パーシモンは眼鏡を押し上げて、にやにやしながら頷いた。オーランドは、この魔術師の率直なところが嫌いでは無い。
「竜騎士は、竜の友だ。竜は世界樹の心。例え馬といえど、竜にとっては命には変わりない。見殺しにはできない」
竜の心は優しく、時にその優しさで竜の心を壊してしまう。
狂った竜を狩る仕事。
竜騎士の努めであるその仕事を、オーランド王子は、まだ数多くこなしたわけでは無い。それでも。
「……竜を呼ぶには問題がありますか?」
唇を噛んだオーランドをドラコスが訝しがる。
「いや、問題は無い。片付けが済み次第」
「そうですか! オーランド王子、フロリナに竜騎士となった経緯でも話してやれば、きっと彼女の慰めになるでしょう。何だか、フロリナは悩んでいるように見えます」
俺は、あまり女心に聡い方ではありませんが、とドラコスは目尻に皺を寄せて付け加えた。
「……リナが気に病んでいるのは、建国の女王のことか……」
パーシモンは、いやいや、とひそひそ話をするためにぐいと顔を乗りだした。
ドラコスが頭一つ分抜きん出て背が高い。それは彼が巨躯の持ち主であって、オーランド王子も堂々たる体躯である。それに比べて、パーシモンは魔術師だけあって、やや細身だ。
「魔王が自分を狙っているとすれば、恐ろしくもなるでしょう。彼女を得れば、魔王は更に力をつけることになる」
「そうだな……それは……それは?」
オーランドはそこで言葉を切った。
なぜ、リナを守らなければならなかったのだろうか。
「……ええ? オーランド王子、忘れたんですか? リナの体液を摂取すると、世界樹の力を借りることができるからですよ!」
パーシモンは呆れ声だ。
ドラコスも同じように「えぇ?」と声を裏返す。
「王子、大丈夫ですか? しっかりしてください。フロリナだけでなく、王子までもが」
「……誰が、それを初めて言ったのだっけ」
「オーリさま! 終わりましたぁ!」
リナがリーナス、ルドルフと片付けを終えてやってくる。
「サクヤ、あんたも働きなさいよ」
オーランド王子は、腰に手を当てて指さすリナに思わず吹き出す。愛らしい。そしてまた、彼女は聞き慣れない言葉を言っている。
「もー! 返事もしないんだから!」
オーランド王子は彼女の指さす方向を振り返る。
そこには黒髪を頭の高いところで結わえ、長く馬の尾のように流した、異国の服を着たーー黒髪に、濡れたような黒い瞳をしている。
「……サクヤ?」
オーランド王子が呟くと、娘は軽く頷いた。
「竜を呼ぶのです、オーランド王子」
「あ、ああ、そうだったな……サク、ヤ……」
リナの後ろにいる、リーナスもルドルフの顔にも薄らと困惑の色が見えた。
オーランド王子は、自分の中に落としたインクのように広がるものの正体を当てようと試みる。
しかしそれは、パーシモンによって妨げられた。
「さあ、竜騎士オーランド王子! ひとつお願いしますよ!」
オーランド王子を囲む形になったリナ達から、パーシモンはそっと離れる。
サクヤの横に立つと、パーシモンは低く、己の足下に向かって呟いた。
「ブラフの上に、ブラフを重ねて、どれだけブラフが好きなんですかね、召喚された聖女サマは」
サクヤは同じように足下に向かって声を落とす。足下には朝の光が濃い影を作っていた。影は影に、光は光に、嘘は嘘へ。
「大魔道士にはそのブラフもお見通しね」
「ええ、大魔道士なんで!」
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パーシモンは、サクヤの誤魔化しに気づかないという、彼なりの気遣いを見せた。
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