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リナ、聖女に出会う
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オーランド王子は、鳥籠の姫の美しさに感嘆を禁じ得なかった。
かねてより諸国諸侯の美姫との縁談話がひっきりなしに舞い込む身であり、女性の美しさにはある程度の耐性があるオーランドである。
御者と従者が鳥籠を担いで、馬車からフロリナを降ろす。
フロリナの身なりは決して裕福なもののものではない。それなのに、彼女は今までオーランド王子が見た女性の中で一番美しかった。
金銀まだらの波打つ髪に、虹のように揺らめく瞳。薔薇のように繊細ながらも華やかな顔には怯えの色が強く、その瞳は青ざめている。人間とは違うぴんととがった耳は子兎のように寝て震えている。
「虜囚のように連れてきてすまない」
オーランドはフロリナの儚い美しさに胸を打たれ、つい慰めるように謝った。
するとフロリナは格子越しにオーランドに答えた。
「……鳥籠なんて、設定にはなかったのに」
砂糖菓子のように甘い声だ。しかし。
「設定?」
聞き返したオーランドに対して、フロリナは睫の重たく豊かな瞳をぱっと開けて、声を大きくした。
「本当は、王子と兵士が馬に乗ってフロリナを迎えに来るはずよ!? どうして馬車で、しかも鳥籠にフロリナを入れるの!?」
おかしなことに、フロリナは自分のことをフロリナと言う。随分と幼い姫なのだろうか。オーランドは内心の疑問を抑え、微笑みを浮かべて見せた。
「……申し訳ない。これは、召喚された聖女のお告げなのだ」
フロリナが目を見開く。その目が鮮やかに赤みを帯びた。
「……聖女!?」
「そうだ」
オーランドは尖塔に続く階段を上り始めた。従者達の抱える鳥籠がすぐ後に続く。
この階段は迷路のようになっていて、正しい順番で昇っていかないと王の居城にあたる塔の上に辿り着くことはできない。
正しい順番を知るものは限られている。秘密を守るために、鳥籠の運び手は二三度交替することになった。
その短くない時間の間に、オーランド王子は、憐れな鳥籠の美しい木こりの娘に、彼女が虜囚となった訳を話すことができた。
邪なるものと聖なるもの。聖なるもの、古い種族のエルフは姿を消して久しい。
「魔王が力を伸ばし、人々を魔物に変えているのだ。放っておけば、この世界は魔物の世界になってしまう」
現に魔王によって支配された国々は、魔物の国、魔王軍と同盟を組み、侵略を続けている。
「魔王がなぜ今、このような攻撃を始めたのかはわかっていない」
「当たり前よ、そんな設定してないもん……」
「セッテイ、とは」
「いいから、続き!」
「あ、ああ。そこで、世界樹に仕える神殿の神官が百夜の祈りを捧げ……」
「省略!」
オーランド王子はその端整な甘いマスクに、間抜けな驚きを浮かべた
「要するに、魔王を倒すために神官が聖女を召喚したのよね!? するよねそういうこと知ってる! で、その聖女が!?」
「あ、ああ、君を連れてこいと」
「何で!? そんな設定あたし、しなかったけど!!」
フロリナは愛くるしい顔を混乱に歪めている。オーランドはセッテイというのはエルフのまじないの一つか何かだと思うことにした。
「ま、まあ、直接、聖女に君が訊いてみるといい」
息を切らした従者と、王子、それから籠の中のフロリナは、王の間の前に揃って並んだ。
「オーランド王子、並びにエルフの娘、フロリナ、王の前に参じました」
オーランド王子が朗々と述べると、王の間の扉が重々しく内側に開いていく。
オーランドが入り、鳥籠が続く。
あたりには人の気配があるのに、誰も言葉を発しようとしない。
リナは鳥籠の中にしゃがみ込んだまま、目だけをきょろきょろと動かした。
紗のカーテンの向こう、一段上がった玉座に座るのが王様。それからその隣に、灰色の真っ直ぐな髪を長く垂らした長衣の男。
(神官だわ。えーと、名前は何だっけ。っていうかほんとにあたしの作ったお話と一緒なの!?)
リナの瞳は、ちかちか色を変える。その様に、王の間に集う者たちが目を奪われていることに、彼女は気がつかない。
鳥籠が玉座から伸びる赤い絨毯の上に降ろされる。
リナの胸はどきどき音を立てている。
(こんな場面、書いてない!)
鳥籠に一人の人物が歩み寄ってくる。リナの目から見えるのは、黒いローファー、それから黒いハイソックス。
プリーツの入ったスカート。おそろいのブレザー。それからベスト。
胸元のリボン、白いブラウス。
そして、黒髪をポニーテールにした、きりりとした顔立ち。
(誰、この美少女)
王子や神官が西洋風なのに、彼女はまるっきり現代日本人のなりをしている。良く伸びた手足と、高校生の制服。
彼女は黒目がちの目を猫のように細めて、にやりと笑った。
リナの前に立ち、彼女が鳥籠に手を置く。
すると、鳥籠は金の粒子になって霧散する。
リナは呆然と、自分を立ち上がらせる美少女を見上げた。彼女はリナよりも背が高い。
「……ようこそ、フロリナ。いいえ、古居 莉名と言った方がいいかな」
美少女の声は小さく、囁くようだったから、聞こえたのはリナだけだったはずだ。
(……なんで、あたしの名前……)
リナは立たされた膝がくずおれそうなほどの衝撃を受けた。自分の名前を呼ばれたことに、リナは恐怖を感じた。
この世界には、「古居 莉名」と「莉名を知る者」は存在しない。だって、ここは、リナの想像が正しければ、リナの妄想ノートの世界なのだから。
リナはちり、と何かが頭の芯をひっかくのを感じた。
けれどその微かな痛みは、制服の美少女が玉座を振り返って言った声にかき消された。
「王よ、私が魔王を倒すために必要な娘は、ここにいるエルフの娘に相違ありません」
凜として美少女の声が響くと、これほどの人数が同じ間にいたのかと、リナがびっくりするほどのどよめきが返ってきた。
玉座から、嗄れた声が振ってくる。
「聖女どのや、選ばれし勇者達の力の源がその娘というのは、まことなのか」
美少女はぎゅっとリナの身体を引き寄せた。美少女の割には力強い。
「そうです」
どよめきはやまない。
「ならば、証を見せよ!」
鋭くどよめきを割ったのは、玉座に仕えた神官の声だ。彼は怜悧な刃物のような眼差しを、フロリナに向けている。
(ああ、そうだ……神官は、パパがママとあたしを連れて逃げたのを恨んでる……。だって、パパのことをすごく尊敬してたんだもん)
リナは思い出して、悲しげに眉宇を寄せた。それを見た神官の頬がさっと赤くなる。
「リナ」
美少女は神官に向けていたリナの顔を両手で挟んで、彼女の顔を覗き込んだ。
「君の初めて、貰うよ」
何のこと、と問いかけた唇が、美少女の唇に塞がれる。リナはこれでもかと目を見開いた。
リナの黒歴史はそのまま、彼氏いない歴=人生に続いている。もちろんマウストゥマウスの経験などない。
人生なのかエルフ生なのか、フロリナとしてももちろん、誰かとキッスしたことはない。
夢にまでみた初キッス。
いつかはきっと、素敵なダーリン(二次元)と……。
それが美少女に奪われるなんて。
(あか―――――――ん!)
「ん――っ! んっ、んっ、んーっ!」
リナがもがくのを美少女は難なく抑えて、リナの唇の間に舌を潜り込ませる。舌はリナの口から唾液をすくい取って、美少女はそれをこくりと飲み込んだ。
異界から来た涼やかな美少女と、エルフの姫君の接吻――。それって、かなり――厨二的……!
「んなわけあるかぁっ!」
リナはやっと自分の唇をもぎ離すと、
「何すんのよあんたっ!」
と叫んで、美少女の胸もとを突き飛ばす。美少女はよろけもせずにリナを再び抱き寄せた。そして、片方の手を天に向かってかざす。
「世界樹よ、召喚されし聖なる乙女に祝福を!」
リナは天井を見上げた。
美少女の手に向かって、天井を突き抜けて光の玉が落ちてくる。
光の玉は、美少女の手の上で跳ね、光の粒になって辺り一面に舞い散った。光はリナの上にも落ちてくる。
(え、何、これ……)
光の落ちたところから、何とも言えぬ柔らかで温かい感触、いや音のようなものが身体に響いてくる。
疲れ切った身体で飛び込む温かなベッド、冷え切って帰った家で出された温かなスープ、大好きな誰かの笑顔、それらが形を無くして音になって直接与えられたような――リナは知らず安らいだ顔に、桜色の唇を笑みの形にして、美少女にもたれかかっていた。
どよめきは去り、ところどころすすり泣きが聞こえてくる。「ありがたい」「奇跡だ」魔王の脅威に震撼する人々にとって、世界樹の祝福は何よりの贈り物となったのだ。
「……まさしく、聖女どのの言うとおりだったようだ」
また、王の声が降ってきて、リナははっともたれかかっていた身体を起こした。
美少女は王に対しても不遜な態度を崩さない。
「はい。フロリナの体液を摂取することによって、私達は世界樹の力を引き出すことができるのです。
これは、フロリナが人間の血とエルフの血を併せ持つ、すなわち世界樹の始まりから今に続く命への祝福を具現した存在であるからに他なりません。彼女無くしては、魔王討伐はなし得ません」
(今、体液を摂取とか言いました?)
リナの頭に吹き荒れるはてなの嵐に、美少女だけが気づいているようだ。 彼女はリナにだけわかる薄笑いを浮かべた。
おお、と感嘆の声を上げる王や、まだ忌々しげな神官を、まだ信じられないというようなオーランド王子を尻目に、美少女はリナの両手を掴むと、
「フロリナには、私から、これからすべきことを教えます」
と宣言した。
それから、リナに向かって「ね?」とにっこりするので、ついリナも「ん?」と首を傾げる。
刹那、キィーンと強い耳鳴りを感じて、リナは目を閉じる。美少女の手の感触以外の全てがぐにゃぐにゃと歪む。
足下も、空気も――。
耳鳴りは一秒ほども無かった。リナが瞼を押し上げると、目の前には美少女と、それから王の間とはまるで違う、誰かの居室。
白を基調とした調度品の数々。小さな窓の向こうには青空が切り取られている。
リナの頭に閃くものがある。
王城の尖塔群のひとつ、ここは祈りの塔だ。
フロリナは王城でこの居室を与えられ、一夜を過ごし、翌日、魔王討伐の旅に出発する。
(設定では、オーランド王子と……)
『王子、私のことはリナとお呼び下さい』
『では、俺のことはオーリと』
『オーリ様……』
『リナ……!』
がしぃっ☆
リナは思い出した自分の文章力のあまりの低さに気を失いかけた。
「がしぃって……がしぃって何なの……。設定にない美少女どころじゃ無いんだけど……」
その頬を、ぴたぴたと叩かれて、リナははっと覚醒レベルを上げた。
「妄想が口に出てるぞ、古居 莉名」
美少女にしては声が低い。
「……っていうか何なの!? あんた、あたしのこと知ってるのね!」
「アンタこそ、よく聴いてたのか?」
「……へっ?」
「この世界を救うためには、世界樹の力が必要だ。それを可能にするのはアンタの?」
「あっ? え、あ、さっき? 体液を摂取とか言ってた……」
(美少女にしては話し方が大分……?)
リナの頭の中はまたしてもハテナだらけ。外見は麗しいエルフの姫君のリナ。みすぼらしい格好をさせられて、奴隷にでも身をやつしたような。虹色の目が緑みを帯びる。
「世界樹にアクセス権限を持つ者にとっては、お前の唾液だけじゃない、血液も、肉も、全て力の源になる」
排泄物以外はね、と続けられて、リナはほっと胸を撫で下ろす。
「……っじゃなくて、そんな設定あたししてない! 聖女はフロリナで、あんたみたいな美少女もいなかったのに……! あ、あんた、誰なのよ!?」
「美少女、美少女ねぇ……。
そうだ、取引だ。
この世界の登場人物はアンタが名前をつけるルールだ。アンタが”美少女”に名前をつけてくれよ。
名前の代償にふさわしい情報をアンタに教えてやる」
リナは美少女に手を引かれて、居室に備え付けのベッドに腰を下ろす。
ポニーテールの襟足がすっきりと美しい美少女。制服はかつてリナが着ていたものと同じだ。
毎日が同じことの繰り返し。勉強は少し難しくて、クラスの男子はバカばっかりで、だけどちょっぴりおっかなくて、女子同士で群れていないとどこか不安で。
ノートの中は自由だった。伝説の勇者、創世の神々、幻獣、魔物……。読みふけった物語たち。
「コノハナサクヤヒメ……」
古の女神の名前を思いついて、リナはスカートの膝を握りしめた。
「美少女、あなたの名前はサクヤよ。これでいいでしょ。教えて、サクヤ、あなたは何なの?」
美少女はつけられたばかりの名前を何度か繰り返して、にっと太く笑った。
「聖女だよ。召喚された」
リナはかっと頬を染めた。
「……話す気、ないんじゃない!」
「リナ、この世界でアンタの役目は少しばかり変わった。アンタの役目は、俺達に体液を与えること。魔王討伐は俺達で勝手にやる。アンタは俺達に与えればいい」
「……与える?」
何を、と、リナは別のことにも気づいた。
「……俺?」
サクヤはリナの胸をとんと指で突いた。リナはそのままベッドに仰向けに倒れる。
サクヤが制服を脱ぎながら、ベッドに膝を乗せる。振り仰いだサクヤの胸には、女子にはあるべき膨らみはない。
スカートの下はなぜかボクサーショーツ。しかも股間が膨らんでいる。
「唾液だと薄いんだ。もっと濃い方がいい。……一番いいのは、交わること。発想の逆転つぅか……アンタの中に出すこと」
リナはポニーテールの美少女の顔と股間を交互に見て、
「せ、聖女なのに、どうして、ついてるの」
と呆然と呟いた。
サクヤは、「バーカ」と全く世の中を舐めきった女子高生そのままにリナを罵った。
そして、彼女の手を取るとベッドに磔にして、のたうつ身体を抑えつけた。
「おバカちゃんのリナ。アンタの黒歴史の世界へようこそ。アンタはこれから王子にも、神官にも、他の仲間達にも、いやって言うほど愛される。この世界はあんたを愛するためにあるんだ。
俺はアンタの水先案内人。アンタに愛されることを教える、最初の男だよ」
かねてより諸国諸侯の美姫との縁談話がひっきりなしに舞い込む身であり、女性の美しさにはある程度の耐性があるオーランドである。
御者と従者が鳥籠を担いで、馬車からフロリナを降ろす。
フロリナの身なりは決して裕福なもののものではない。それなのに、彼女は今までオーランド王子が見た女性の中で一番美しかった。
金銀まだらの波打つ髪に、虹のように揺らめく瞳。薔薇のように繊細ながらも華やかな顔には怯えの色が強く、その瞳は青ざめている。人間とは違うぴんととがった耳は子兎のように寝て震えている。
「虜囚のように連れてきてすまない」
オーランドはフロリナの儚い美しさに胸を打たれ、つい慰めるように謝った。
するとフロリナは格子越しにオーランドに答えた。
「……鳥籠なんて、設定にはなかったのに」
砂糖菓子のように甘い声だ。しかし。
「設定?」
聞き返したオーランドに対して、フロリナは睫の重たく豊かな瞳をぱっと開けて、声を大きくした。
「本当は、王子と兵士が馬に乗ってフロリナを迎えに来るはずよ!? どうして馬車で、しかも鳥籠にフロリナを入れるの!?」
おかしなことに、フロリナは自分のことをフロリナと言う。随分と幼い姫なのだろうか。オーランドは内心の疑問を抑え、微笑みを浮かべて見せた。
「……申し訳ない。これは、召喚された聖女のお告げなのだ」
フロリナが目を見開く。その目が鮮やかに赤みを帯びた。
「……聖女!?」
「そうだ」
オーランドは尖塔に続く階段を上り始めた。従者達の抱える鳥籠がすぐ後に続く。
この階段は迷路のようになっていて、正しい順番で昇っていかないと王の居城にあたる塔の上に辿り着くことはできない。
正しい順番を知るものは限られている。秘密を守るために、鳥籠の運び手は二三度交替することになった。
その短くない時間の間に、オーランド王子は、憐れな鳥籠の美しい木こりの娘に、彼女が虜囚となった訳を話すことができた。
邪なるものと聖なるもの。聖なるもの、古い種族のエルフは姿を消して久しい。
「魔王が力を伸ばし、人々を魔物に変えているのだ。放っておけば、この世界は魔物の世界になってしまう」
現に魔王によって支配された国々は、魔物の国、魔王軍と同盟を組み、侵略を続けている。
「魔王がなぜ今、このような攻撃を始めたのかはわかっていない」
「当たり前よ、そんな設定してないもん……」
「セッテイ、とは」
「いいから、続き!」
「あ、ああ。そこで、世界樹に仕える神殿の神官が百夜の祈りを捧げ……」
「省略!」
オーランド王子はその端整な甘いマスクに、間抜けな驚きを浮かべた
「要するに、魔王を倒すために神官が聖女を召喚したのよね!? するよねそういうこと知ってる! で、その聖女が!?」
「あ、ああ、君を連れてこいと」
「何で!? そんな設定あたし、しなかったけど!!」
フロリナは愛くるしい顔を混乱に歪めている。オーランドはセッテイというのはエルフのまじないの一つか何かだと思うことにした。
「ま、まあ、直接、聖女に君が訊いてみるといい」
息を切らした従者と、王子、それから籠の中のフロリナは、王の間の前に揃って並んだ。
「オーランド王子、並びにエルフの娘、フロリナ、王の前に参じました」
オーランド王子が朗々と述べると、王の間の扉が重々しく内側に開いていく。
オーランドが入り、鳥籠が続く。
あたりには人の気配があるのに、誰も言葉を発しようとしない。
リナは鳥籠の中にしゃがみ込んだまま、目だけをきょろきょろと動かした。
紗のカーテンの向こう、一段上がった玉座に座るのが王様。それからその隣に、灰色の真っ直ぐな髪を長く垂らした長衣の男。
(神官だわ。えーと、名前は何だっけ。っていうかほんとにあたしの作ったお話と一緒なの!?)
リナの瞳は、ちかちか色を変える。その様に、王の間に集う者たちが目を奪われていることに、彼女は気がつかない。
鳥籠が玉座から伸びる赤い絨毯の上に降ろされる。
リナの胸はどきどき音を立てている。
(こんな場面、書いてない!)
鳥籠に一人の人物が歩み寄ってくる。リナの目から見えるのは、黒いローファー、それから黒いハイソックス。
プリーツの入ったスカート。おそろいのブレザー。それからベスト。
胸元のリボン、白いブラウス。
そして、黒髪をポニーテールにした、きりりとした顔立ち。
(誰、この美少女)
王子や神官が西洋風なのに、彼女はまるっきり現代日本人のなりをしている。良く伸びた手足と、高校生の制服。
彼女は黒目がちの目を猫のように細めて、にやりと笑った。
リナの前に立ち、彼女が鳥籠に手を置く。
すると、鳥籠は金の粒子になって霧散する。
リナは呆然と、自分を立ち上がらせる美少女を見上げた。彼女はリナよりも背が高い。
「……ようこそ、フロリナ。いいえ、古居 莉名と言った方がいいかな」
美少女の声は小さく、囁くようだったから、聞こえたのはリナだけだったはずだ。
(……なんで、あたしの名前……)
リナは立たされた膝がくずおれそうなほどの衝撃を受けた。自分の名前を呼ばれたことに、リナは恐怖を感じた。
この世界には、「古居 莉名」と「莉名を知る者」は存在しない。だって、ここは、リナの想像が正しければ、リナの妄想ノートの世界なのだから。
リナはちり、と何かが頭の芯をひっかくのを感じた。
けれどその微かな痛みは、制服の美少女が玉座を振り返って言った声にかき消された。
「王よ、私が魔王を倒すために必要な娘は、ここにいるエルフの娘に相違ありません」
凜として美少女の声が響くと、これほどの人数が同じ間にいたのかと、リナがびっくりするほどのどよめきが返ってきた。
玉座から、嗄れた声が振ってくる。
「聖女どのや、選ばれし勇者達の力の源がその娘というのは、まことなのか」
美少女はぎゅっとリナの身体を引き寄せた。美少女の割には力強い。
「そうです」
どよめきはやまない。
「ならば、証を見せよ!」
鋭くどよめきを割ったのは、玉座に仕えた神官の声だ。彼は怜悧な刃物のような眼差しを、フロリナに向けている。
(ああ、そうだ……神官は、パパがママとあたしを連れて逃げたのを恨んでる……。だって、パパのことをすごく尊敬してたんだもん)
リナは思い出して、悲しげに眉宇を寄せた。それを見た神官の頬がさっと赤くなる。
「リナ」
美少女は神官に向けていたリナの顔を両手で挟んで、彼女の顔を覗き込んだ。
「君の初めて、貰うよ」
何のこと、と問いかけた唇が、美少女の唇に塞がれる。リナはこれでもかと目を見開いた。
リナの黒歴史はそのまま、彼氏いない歴=人生に続いている。もちろんマウストゥマウスの経験などない。
人生なのかエルフ生なのか、フロリナとしてももちろん、誰かとキッスしたことはない。
夢にまでみた初キッス。
いつかはきっと、素敵なダーリン(二次元)と……。
それが美少女に奪われるなんて。
(あか―――――――ん!)
「ん――っ! んっ、んっ、んーっ!」
リナがもがくのを美少女は難なく抑えて、リナの唇の間に舌を潜り込ませる。舌はリナの口から唾液をすくい取って、美少女はそれをこくりと飲み込んだ。
異界から来た涼やかな美少女と、エルフの姫君の接吻――。それって、かなり――厨二的……!
「んなわけあるかぁっ!」
リナはやっと自分の唇をもぎ離すと、
「何すんのよあんたっ!」
と叫んで、美少女の胸もとを突き飛ばす。美少女はよろけもせずにリナを再び抱き寄せた。そして、片方の手を天に向かってかざす。
「世界樹よ、召喚されし聖なる乙女に祝福を!」
リナは天井を見上げた。
美少女の手に向かって、天井を突き抜けて光の玉が落ちてくる。
光の玉は、美少女の手の上で跳ね、光の粒になって辺り一面に舞い散った。光はリナの上にも落ちてくる。
(え、何、これ……)
光の落ちたところから、何とも言えぬ柔らかで温かい感触、いや音のようなものが身体に響いてくる。
疲れ切った身体で飛び込む温かなベッド、冷え切って帰った家で出された温かなスープ、大好きな誰かの笑顔、それらが形を無くして音になって直接与えられたような――リナは知らず安らいだ顔に、桜色の唇を笑みの形にして、美少女にもたれかかっていた。
どよめきは去り、ところどころすすり泣きが聞こえてくる。「ありがたい」「奇跡だ」魔王の脅威に震撼する人々にとって、世界樹の祝福は何よりの贈り物となったのだ。
「……まさしく、聖女どのの言うとおりだったようだ」
また、王の声が降ってきて、リナははっともたれかかっていた身体を起こした。
美少女は王に対しても不遜な態度を崩さない。
「はい。フロリナの体液を摂取することによって、私達は世界樹の力を引き出すことができるのです。
これは、フロリナが人間の血とエルフの血を併せ持つ、すなわち世界樹の始まりから今に続く命への祝福を具現した存在であるからに他なりません。彼女無くしては、魔王討伐はなし得ません」
(今、体液を摂取とか言いました?)
リナの頭に吹き荒れるはてなの嵐に、美少女だけが気づいているようだ。 彼女はリナにだけわかる薄笑いを浮かべた。
おお、と感嘆の声を上げる王や、まだ忌々しげな神官を、まだ信じられないというようなオーランド王子を尻目に、美少女はリナの両手を掴むと、
「フロリナには、私から、これからすべきことを教えます」
と宣言した。
それから、リナに向かって「ね?」とにっこりするので、ついリナも「ん?」と首を傾げる。
刹那、キィーンと強い耳鳴りを感じて、リナは目を閉じる。美少女の手の感触以外の全てがぐにゃぐにゃと歪む。
足下も、空気も――。
耳鳴りは一秒ほども無かった。リナが瞼を押し上げると、目の前には美少女と、それから王の間とはまるで違う、誰かの居室。
白を基調とした調度品の数々。小さな窓の向こうには青空が切り取られている。
リナの頭に閃くものがある。
王城の尖塔群のひとつ、ここは祈りの塔だ。
フロリナは王城でこの居室を与えられ、一夜を過ごし、翌日、魔王討伐の旅に出発する。
(設定では、オーランド王子と……)
『王子、私のことはリナとお呼び下さい』
『では、俺のことはオーリと』
『オーリ様……』
『リナ……!』
がしぃっ☆
リナは思い出した自分の文章力のあまりの低さに気を失いかけた。
「がしぃって……がしぃって何なの……。設定にない美少女どころじゃ無いんだけど……」
その頬を、ぴたぴたと叩かれて、リナははっと覚醒レベルを上げた。
「妄想が口に出てるぞ、古居 莉名」
美少女にしては声が低い。
「……っていうか何なの!? あんた、あたしのこと知ってるのね!」
「アンタこそ、よく聴いてたのか?」
「……へっ?」
「この世界を救うためには、世界樹の力が必要だ。それを可能にするのはアンタの?」
「あっ? え、あ、さっき? 体液を摂取とか言ってた……」
(美少女にしては話し方が大分……?)
リナの頭の中はまたしてもハテナだらけ。外見は麗しいエルフの姫君のリナ。みすぼらしい格好をさせられて、奴隷にでも身をやつしたような。虹色の目が緑みを帯びる。
「世界樹にアクセス権限を持つ者にとっては、お前の唾液だけじゃない、血液も、肉も、全て力の源になる」
排泄物以外はね、と続けられて、リナはほっと胸を撫で下ろす。
「……っじゃなくて、そんな設定あたししてない! 聖女はフロリナで、あんたみたいな美少女もいなかったのに……! あ、あんた、誰なのよ!?」
「美少女、美少女ねぇ……。
そうだ、取引だ。
この世界の登場人物はアンタが名前をつけるルールだ。アンタが”美少女”に名前をつけてくれよ。
名前の代償にふさわしい情報をアンタに教えてやる」
リナは美少女に手を引かれて、居室に備え付けのベッドに腰を下ろす。
ポニーテールの襟足がすっきりと美しい美少女。制服はかつてリナが着ていたものと同じだ。
毎日が同じことの繰り返し。勉強は少し難しくて、クラスの男子はバカばっかりで、だけどちょっぴりおっかなくて、女子同士で群れていないとどこか不安で。
ノートの中は自由だった。伝説の勇者、創世の神々、幻獣、魔物……。読みふけった物語たち。
「コノハナサクヤヒメ……」
古の女神の名前を思いついて、リナはスカートの膝を握りしめた。
「美少女、あなたの名前はサクヤよ。これでいいでしょ。教えて、サクヤ、あなたは何なの?」
美少女はつけられたばかりの名前を何度か繰り返して、にっと太く笑った。
「聖女だよ。召喚された」
リナはかっと頬を染めた。
「……話す気、ないんじゃない!」
「リナ、この世界でアンタの役目は少しばかり変わった。アンタの役目は、俺達に体液を与えること。魔王討伐は俺達で勝手にやる。アンタは俺達に与えればいい」
「……与える?」
何を、と、リナは別のことにも気づいた。
「……俺?」
サクヤはリナの胸をとんと指で突いた。リナはそのままベッドに仰向けに倒れる。
サクヤが制服を脱ぎながら、ベッドに膝を乗せる。振り仰いだサクヤの胸には、女子にはあるべき膨らみはない。
スカートの下はなぜかボクサーショーツ。しかも股間が膨らんでいる。
「唾液だと薄いんだ。もっと濃い方がいい。……一番いいのは、交わること。発想の逆転つぅか……アンタの中に出すこと」
リナはポニーテールの美少女の顔と股間を交互に見て、
「せ、聖女なのに、どうして、ついてるの」
と呆然と呟いた。
サクヤは、「バーカ」と全く世の中を舐めきった女子高生そのままにリナを罵った。
そして、彼女の手を取るとベッドに磔にして、のたうつ身体を抑えつけた。
「おバカちゃんのリナ。アンタの黒歴史の世界へようこそ。アンタはこれから王子にも、神官にも、他の仲間達にも、いやって言うほど愛される。この世界はあんたを愛するためにあるんだ。
俺はアンタの水先案内人。アンタに愛されることを教える、最初の男だよ」
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