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⑷引き籠もる
しおりを挟むそれから私は、父上が戻るのを待って、執事から 父上の帰宅の知らせを聞くと、急いで 父上の執務室に向かった。
「どうした?アクオス、何か急用か?」
「はい、父上。」
私は、ゴクリと生唾を飲み込んで、意を決して 父上にサファイヤとの婚約を取り消したいと言った。
ドカンッ!!
言った途端、父上に殴り飛ばされた。
「お前は 何を言っているんだ?!!!」
父上の顔が 見る見るうちに 怒りで真っ赤に染まっていく。
殴られた頬が痛い。
口の中が切れて、血の味がした。
「あれほど 完璧な婚約者をないがしろにして、浮気して、妹に乗り換えておいて、今度はそれを取り消せだと?エメラルダを捨て、婚約を白紙にした時も 腹わたが煮えくり返ったが、又しても婚約者を捨てるだと?お前はノートン侯爵家に何か恨みでもあるのか?それとも ただの浮気者の 愚か者なのか?次から次へと そんなに簡単に婚約者を変えられる理由が無いだろう!そんな事をすれば、我が家は王家の信頼を失うだけじゃない!どのようなそしりを受けるか分からないのだぞ!我が家を笑い者にしたいのか?」
父上の拳はずっと怒りでブルブルと震えている。
私は初めて見る 父上の鬼のような顔に腰が抜けてしまった。
それでも、私はここで諦めるわけにはいかないのだ。
「私は サファイヤに騙されていたんです!あの女は私の他にも次々と浮気しているとんでも無い女だったんです!お願いします、父上!」
「まだ 言うか!」
もう一発殴られ、うずくまった所を足蹴にされた。
それだけで 気が済まない 父上は私の背中を何度も踏みつけた。
父上にボコボコにされて、息も絶え絶えになった頃、ようやく 父上の気が済んだのか、疲れたのか、父上は諦めたように言葉を続けた。
「サファイヤの浮気は確かなんだな。」
「はい···ゴホッ···父上···ゴホッ ゴホッ···」
息も絶え絶えに 父上に返事をした。
ふ―――――っ
父上は大きく息を吐き出し、決心したように私に命令した。
「お前は しばらく領地で 謹慎していろ 今すぐ領地へ帰れ!しばらく 顔も見たくない!」
「はい···」
「サファイヤ嬢の事は、浮気を理由に婚約解消するように動こう。派手に浮き名を流している様なら証拠もすぐに集まるだろう。」
「ありがとうございます、父上。」
そうして 父上は、私とサファイヤの婚約解消をノートン侯爵家に押し通してくれた。
両家の今後の為に 解消は円満におこなわれ、両家から 慰謝料と迷惑料を お互いに支払う事で、相殺した。
陛下からは、度重なる婚約の白紙、解消に不快感をあらわにされたが、領地に引き籠もり、謹慎する事で ある程度 見逃してもらえた。
きっと、何年も領地に引き籠もる事になるだろうと思うが 仕方が無い。
身から出たサビだ。
社交界では、姉に続いて妹まで もて遊んで捨てた男として、私の評判は地に落ちた。
領地でも、私に対する扱いは酷い物だった。
事情を良く知らない屋敷のメイド達にはゴミでも見るような白い目で見られ、見境無く 女性に手を出す男と噂され、若いメイドは私から遠ざけられた。
我が家だと言うのに、まるで針の筵のようだ。
自業自得とは言え、やはり辛い···
エメラルダには 心からの謝罪の手紙を送った。
今更、迷惑かもと思ったが、彼女の結婚に合わせて、結婚祝いの贈り物と一緒に送った。
彼女からは、
『お祝いをありがとうございます。
私はもう 気にしていません。
謝罪を受け取ります。』
という、短いカードが、お返しと共に送られてきた。
彼女の素っ気ない返事に、申し訳ない気持ちで胸が一杯になったが、それと 同時に少し 心が軽くなったような気がした。
カードを見た執事が
「相変わらず エメラルダ様は、お優しいですね。」
と、ため息まじりに そうこぼした。
そんな執事の言葉に私は少しショックを受けた。
なぜなら、私はエメラルダを優しいなんて思った事は一度も無かったから···
戸惑う私の顔を見た執事は、
「やはり、坊ちゃまは 全く気づいていなかったのですね。」
呆れたように一つため息をついて、エメラルダの事を教えてくれた。
「エメラルダ様はいつだって 私ども使用人にも 気遣いをして下さいましたよ。こちらに 訪れる時は お土産を欠かさない方でしたし、私どもの粗相にも、とても お優しい態度で 許して下さいました。決して 叱責する事無く、新人のメイドにも次は失敗しないようにと、諭されるだけで、メイド達にも とても慕われておられました。私どもは、エメラルダ様が 私達の女主人になられる事を 心待ちにしていたのですよ。まさか、坊ちゃまが あざといだけが取り柄の サファイヤ様に たぶらかされるなんて、思ってもいませんでしたよ。それを聞いた時は、私達 本家の使用人は 皆んな 坊ちゃまに 殺意を抱いたものです。」
サラッと 怖い事を言われて、身がすくんだ。
「すまなかった、私が愚かだった。」
素直に 謝罪の言葉が出た。
小さい頃から ずっと家族のように付き合ってきた執事に気を許しているからこそだろう。
シュンとする私に、やれやれと諦めたように
「まったく、しょうがありませんね。せいぜい反省して下さい。」
そう言って、執事は部屋から出て行った。
引き籠もり生活を始めて3ヶ月ほどたった頃、母から 王都でのサファイヤの様子が知らされた。
サファイヤは、次から次へと 婚約者のいる男性にちょっかいをかけて、いくつかの婚約を破談にしたらしい。
貴族の婚約は、お互いの家の利益に基づく契約でもある。
その婚約を潰す事は、家同士の利益を潰す事になり、大きな損害をもたらすものである。
その 原因を作った者には、相応の罰が下されるだろう。
ノートン侯爵家には、婚約が破談となった 貴族から 次々と、抗議と慰謝料の請求が求められ、王宮にまで訴状が上がるようになり、とうとう 陛下が 問題の解決に乗り出したそうだ。
「ノートン侯爵家は、サファイヤ嬢の為に 婚約を破談にしてしまった家に 相応の慰謝料を支払うように。そして、サファイヤ嬢は社交の場に一切の立ち入りを禁ずる事を命ずる。これは、王命である。」
そう 宣言された。
社交に出られないなんて、貴族としては致命的だろう。
ノートン侯爵家は、これから 辛い立場となるだろう。
跡取りである ダイヤの将来も暗いものになりそうだ。
同情を禁じ得ない。
本当にサファイヤと結婚しなくて良かった。
今になって、父上も母上も サファイヤと縁が切れていて良かったと喜んでくれた。
あのまま 我慢してサファイヤと結婚していたらと思うと、恐ろしい。
ノートン侯爵家は今回の処分を受けて、とうとうサファイヤを ノートン領にある 修道院へ送る事を決めたそうだ。
ノートン候爵は、爵位を 嫡男のダイヤに譲り、サファイヤと共に領地へ帰って行った。
これからは、領地でサファイヤを見張りながら、隠居生活をするそうだ。
そうして、サファイヤを巡る騒動は、一旦 終わりを迎えたのだった。
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