【完結】魔獣の公女様 

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19] 決別  〜アラン〜

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城に緊急の知らせが届いたのは、日付けが変わったばかりの夜中の事だった。

「リディアが行方不明?!」

「魔獣に襲われた?」

一体何が起こったと言うのだ?
今日もリディアは、妃教育と言う母上とのお茶会の為、城に来ていた。
私の執務を少し手伝ってくれた後、一緒に晩餐を取り、彼女を帝都にある大公低に送って行き、別れてからまだ半日もたっていないというのに、一体何が起きているのだ?
しかも帝都の真ん中、大公低に魔獣が出るなど信じられない。
私は急いで身支度をして、大公低に向かった。

「殿下!」

寝衣のまま髪を振り乱し、唾を飛ばして騎士達に指示を出していたイースデール大公が、私に向かって急ぎやって来た。

「リディアは?」

「未だ見つかりません…今日はナディアもリディアの部屋で一緒に眠っていたそうです。ですが気付いた時には既にリディアの姿は無く、ナディアも魔獣に襲われそうになった所を護衛が助けたそうです。魔獣はバルコニーから外へ逃走、行方を追いましたが、転移魔法を使われ、取り逃がしたそうです。」

「魔獣が転移魔法だと?!」

魔獣が転移魔法を使うなんて聞いたことが無い。
私は嫌な予感に震える手に、ギュッと力を込めて震えを抑えた。

「はい、短い距離ですが確かに転移魔法だったと影から報告が上がっています。騎士達の話によると、魔獣は肩と背中に刀傷を負っており、北東に向かって逃げたと言います。すぐに伝令を飛ばして、砦を閉鎖するように連絡しましたが、間に合うかどうか…国境を越え、【深淵の森】に入られてしまえばもう追う事はかないません。」

「帝国騎士団と辺境伯にもすぐに連絡をして魔獣を追う!魔獣の特長を全員に共有してくれ!」

「分かりました!」

大公に指示を出し、魔獣を追う為エントランスホールに向かおうとした時だった。
横からリディアの妹ナディア嬢が泣きながら私に縋り付いて来た。

「アラン様!どうかどうか リディアを助けてください!私達さっき迄一緒に眠っていたのに…私だけが助かるなんて…あああー」

ナディア嬢は泣きながら私の足元に崩れ落ちた。
私は彼女を立たせると

「ナディア嬢、リディアは必ず私が見つけ出す!必ず!安心してここで待っていてくれ!」

そう言って彼女を側にいたメイドに預け、私は近衛騎士を連れて大公低を後にした。

「頼むリディア…無事でいてくれ…」

だが、懸命の捜索も虚しく、リディアも魔獣も見つける事は出来なかった。
リディアが行方不明になって1ヶ月が過ぎた。
リディア行方不明の件は厳重に箝口令がしかれた。
予定されていた結婚式は当然中止され、リディアは重病の為、結婚式は無期延期すると発表された。
リディア重病のニュースに帝国は不安に包まれ、大公低には多くの見舞いが届けられている。
勿論、私にも多くの見舞いが寄せられた。

あれからもずっとリディアを探し続けているが、有力な情報は上がって来なかった。
リディアも魔獣も忽然と姿を消してしまったのだ。
誰もがリディアの事をあきらめ始めた時、父に呼ばれ、父の執務室に向かった。
そこで私に告げられたのは、リディアの死亡の発表と葬儀の日程、そして新しい婚約者の選定だった。

「アラン、残念だがもうこれ以上は待つ事は出来ない。リディア公女は病により死亡したと発表する、。そして婚約を白紙に戻し、新しい婚約者を立てる事になった。」

「父上!まだリディアか死んだと決まった訳ではありません!」

「ならば、お前は、魔獣に襲われた彼女がまだ生きていると思えるのか?」

「それは…しかし、死体でもいいリディアを見つけなければ私は…どうしてもあきらめる事が出来ません…」

握り締めた拳が震える。悔しくて唇を噛み締めた。

「アラン、お前の気持ちは痛い程わかる。だが、いつまでもこのままではいられない事はそなたにもわかるはずだ。」

「父上…」

「半年後、リディアの死亡を発表する。国を上げて大々的に葬儀を行う予定だ。その1ヶ月後、新しい王太子妃候補を発表する。新しい婚約者はフォレスト公爵家のティアーナ嬢に内定している。そのつもりでいるように。公式発表後ティアーナ嬢には王宮に部屋を与え、妃教育を始める予定だ。ティアーナ嬢は現在15歳、発表の頃には16歳になる。2年教育し、18歳の学園卒業の後に結婚式を挙げる。これは決定事項だ。イースデール大公も了承済だ。アラン、可哀想だがリディアの事は死んだと思ってあきらめてくれ。」

「父上…」

私は父に何も言い返す事が出来ず、執務室を後にした。

どうしてこんな事になってしまったのか…

「リディア…」

部屋に戻り、ぐったりとソファーに身体を預ける。
天井を見上げた。
涙が目尻を伝う…
その日私は、リディアを失って初めて涙を流した…



◇ ◇ ◇



リディアと婚約したのは10歳の時だった。
10歳の魔力検査で最高値の魔力を記録し、しかも全属性である事がわかったリディアはすぐさま王家に囲われる事になった。
知らせを聞いた父上は、すぐにリディアと私の婚約を結んだ。
リディアはキラキラ輝く白銀の髪と、美しい宝石の様なアメジストの瞳を持つ可愛らしい少女だった。
優しくて、おっとりしていて、落ち着いた雰囲気の彼女を好ましく思った。
私に近づいてくる少女は皆、自分のアピールに一生懸命で、こちらの気持ちなどお構い無しで、ぐいぐい迫って来る様な少女ばかりだった。
王太子である私の関心を引こうと、五月蝿くまとわり付き、親に言い含められているのか、私の側にくっついて離れず、一方的にまくし立ててくる。
私の気持ちなどお構い無しで、私は何度も不愉快な思いをしたものだ。

その点、リディアはいつも一歩引いていて、自然体で、王太子妃教育にも音を上げる事無く、淡々とそつ無くこなしていた。
リディアは魔力が高かったので王太子妃教育の他にも魔法の授業も受けていた。
学園、王宮、魔塔と、毎日忙しい日々を過ごしていた筈なのに、無理をしている様子は無かった。
一度、「辛くないか?」と聞いた事があったが、リディアは

「私、手を抜くのがすごく上手みたいです。」

そう言って笑っていた。

学園は友達に会えるから嬉しい、魔塔は新しい魔法を使えるようになるのが嬉しい、王宮は私に会えるのが嬉しい。そう言って、私の心も軽くしてくれた。

私の贈り物にはにかんだような笑顔を向け、嬉しそうにしている所も、私の贈り物をずっと大切に使ってくれる所も、私を想い、選んだ贈り物を、私が気に入るかどうか不安そうに私を見つめる瞳も、わたしが「嬉しい、ありがとう、大切にするよ。」そう言った時の嬉しそうな笑顔も、私はとても好きだった。
リディアとなら、2人穏やかで、優しい時間をずっと共に過ごせるとそう思っていたのに…

次の日、私の目元は少し腫れてしまったが、優しく癒しをかけてくれていたリディアがいない事に、私の心は暗く沈んだままだった…



◇ ◇ ◇



リディアが行方不明になってから半年が立ち、父上がリディアの死亡と婚約の白紙を帝国中に宣言し、その1ヶ月後、しめやかにリディアの葬儀が行われた。
美しく、賢く、優しい彼女は国民にもとても愛されていた。
そこかしこで人々のすすり泣きが聞こえ、帝国中が悲しみに包まれた。

葬儀から1ヶ月が立ち、私は新たな婚約発表の前に、大公領にあるリディアの墓を訪れた。
リディアの墓には多くの国民が供えた花で溢れていた。

「リディア、明日 私は新しい婚約者の発表をするんだ。君がもういないなんてまだ信じられないよ。今にも君が「ただいま」と言って帰って来そうな気がするんだ。帝都にいながら魔獣に襲われるなんて、どれ程怖かっただろう…君を助けてあげられなくて本当にすまない。どうか安らかに眠ってくれ。遥か高みからこの帝国の平和を見守っていてほしい。君に恥ずかしくないように頑張るよ。リディア…お別れだ。私がここに来る事はもう無いだろう。さよならリディア。」

私はリディアの墓に頭を下げ、しばらくうつ向いて涙をこらえた。
こらえきれずに一筋流した涙を手で払うように拭い、踵を返した。
私はリディアに最後の別れを告げ、しっかりと前を見て、一歩を踏み出した。



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