19 / 28
19] 決別 〜アラン〜
しおりを挟む城に緊急の知らせが届いたのは、日付けが変わったばかりの夜中の事だった。
「リディアが行方不明?!」
「魔獣に襲われた?」
一体何が起こったと言うのだ?
今日もリディアは、妃教育と言う母上とのお茶会の為、城に来ていた。
私の執務を少し手伝ってくれた後、一緒に晩餐を取り、彼女を帝都にある大公低に送って行き、別れてからまだ半日もたっていないというのに、一体何が起きているのだ?
しかも帝都の真ん中、大公低に魔獣が出るなど信じられない。
私は急いで身支度をして、大公低に向かった。
「殿下!」
寝衣のまま髪を振り乱し、唾を飛ばして騎士達に指示を出していたイースデール大公が、私に向かって急ぎやって来た。
「リディアは?」
「未だ見つかりません…今日はナディアもリディアの部屋で一緒に眠っていたそうです。ですが気付いた時には既にリディアの姿は無く、ナディアも魔獣に襲われそうになった所を護衛が助けたそうです。魔獣はバルコニーから外へ逃走、行方を追いましたが、転移魔法を使われ、取り逃がしたそうです。」
「魔獣が転移魔法だと?!」
魔獣が転移魔法を使うなんて聞いたことが無い。
私は嫌な予感に震える手に、ギュッと力を込めて震えを抑えた。
「はい、短い距離ですが確かに転移魔法だったと影から報告が上がっています。騎士達の話によると、魔獣は肩と背中に刀傷を負っており、北東に向かって逃げたと言います。すぐに伝令を飛ばして、砦を閉鎖するように連絡しましたが、間に合うかどうか…国境を越え、【深淵の森】に入られてしまえばもう追う事はかないません。」
「帝国騎士団と辺境伯にもすぐに連絡をして魔獣を追う!魔獣の特長を全員に共有してくれ!」
「分かりました!」
大公に指示を出し、魔獣を追う為エントランスホールに向かおうとした時だった。
横からリディアの妹ナディア嬢が泣きながら私に縋り付いて来た。
「アラン様!どうかどうか リディアを助けてください!私達さっき迄一緒に眠っていたのに…私だけが助かるなんて…あああー」
ナディア嬢は泣きながら私の足元に崩れ落ちた。
私は彼女を立たせると
「ナディア嬢、リディアは必ず私が見つけ出す!必ず!安心してここで待っていてくれ!」
そう言って彼女を側にいたメイドに預け、私は近衛騎士を連れて大公低を後にした。
「頼むリディア…無事でいてくれ…」
だが、懸命の捜索も虚しく、リディアも魔獣も見つける事は出来なかった。
リディアが行方不明になって1ヶ月が過ぎた。
リディア行方不明の件は厳重に箝口令がしかれた。
予定されていた結婚式は当然中止され、リディアは重病の為、結婚式は無期延期すると発表された。
リディア重病のニュースに帝国は不安に包まれ、大公低には多くの見舞いが届けられている。
勿論、私にも多くの見舞いが寄せられた。
あれからもずっとリディアを探し続けているが、有力な情報は上がって来なかった。
リディアも魔獣も忽然と姿を消してしまったのだ。
誰もがリディアの事をあきらめ始めた時、父に呼ばれ、父の執務室に向かった。
そこで私に告げられたのは、リディアの死亡の発表と葬儀の日程、そして新しい婚約者の選定だった。
「アラン、残念だがもうこれ以上は待つ事は出来ない。リディア公女は病により死亡したと発表する、。そして婚約を白紙に戻し、新しい婚約者を立てる事になった。」
「父上!まだリディアか死んだと決まった訳ではありません!」
「ならば、お前は、魔獣に襲われた彼女がまだ生きていると思えるのか?」
「それは…しかし、死体でもいいリディアを見つけなければ私は…どうしてもあきらめる事が出来ません…」
握り締めた拳が震える。悔しくて唇を噛み締めた。
「アラン、お前の気持ちは痛い程わかる。だが、いつまでもこのままではいられない事はそなたにもわかるはずだ。」
「父上…」
「半年後、リディアの死亡を発表する。国を上げて大々的に葬儀を行う予定だ。その1ヶ月後、新しい王太子妃候補を発表する。新しい婚約者はフォレスト公爵家のティアーナ嬢に内定している。そのつもりでいるように。公式発表後ティアーナ嬢には王宮に部屋を与え、妃教育を始める予定だ。ティアーナ嬢は現在15歳、発表の頃には16歳になる。2年教育し、18歳の学園卒業の後に結婚式を挙げる。これは決定事項だ。イースデール大公も了承済だ。アラン、可哀想だがリディアの事は死んだと思ってあきらめてくれ。」
「父上…」
私は父に何も言い返す事が出来ず、執務室を後にした。
どうしてこんな事になってしまったのか…
「リディア…」
部屋に戻り、ぐったりとソファーに身体を預ける。
天井を見上げた。
涙が目尻を伝う…
その日私は、リディアを失って初めて涙を流した…
◇ ◇ ◇
リディアと婚約したのは10歳の時だった。
10歳の魔力検査で最高値の魔力を記録し、しかも全属性である事がわかったリディアはすぐさま王家に囲われる事になった。
知らせを聞いた父上は、すぐにリディアと私の婚約を結んだ。
リディアはキラキラ輝く白銀の髪と、美しい宝石の様なアメジストの瞳を持つ可愛らしい少女だった。
優しくて、おっとりしていて、落ち着いた雰囲気の彼女を好ましく思った。
私に近づいてくる少女は皆、自分のアピールに一生懸命で、こちらの気持ちなどお構い無しで、ぐいぐい迫って来る様な少女ばかりだった。
王太子である私の関心を引こうと、五月蝿くまとわり付き、親に言い含められているのか、私の側にくっついて離れず、一方的にまくし立ててくる。
私の気持ちなどお構い無しで、私は何度も不愉快な思いをしたものだ。
その点、リディアはいつも一歩引いていて、自然体で、王太子妃教育にも音を上げる事無く、淡々とそつ無くこなしていた。
リディアは魔力が高かったので王太子妃教育の他にも魔法の授業も受けていた。
学園、王宮、魔塔と、毎日忙しい日々を過ごしていた筈なのに、無理をしている様子は無かった。
一度、「辛くないか?」と聞いた事があったが、リディアは
「私、手を抜くのがすごく上手みたいです。」
そう言って笑っていた。
学園は友達に会えるから嬉しい、魔塔は新しい魔法を使えるようになるのが嬉しい、王宮は私に会えるのが嬉しい。そう言って、私の心も軽くしてくれた。
私の贈り物にはにかんだような笑顔を向け、嬉しそうにしている所も、私の贈り物をずっと大切に使ってくれる所も、私を想い、選んだ贈り物を、私が気に入るかどうか不安そうに私を見つめる瞳も、わたしが「嬉しい、ありがとう、大切にするよ。」そう言った時の嬉しそうな笑顔も、私はとても好きだった。
リディアとなら、2人穏やかで、優しい時間をずっと共に過ごせるとそう思っていたのに…
次の日、私の目元は少し腫れてしまったが、優しく癒しをかけてくれていたリディアがいない事に、私の心は暗く沈んだままだった…
◇ ◇ ◇
リディアが行方不明になってから半年が立ち、父上がリディアの死亡と婚約の白紙を帝国中に宣言し、その1ヶ月後、しめやかにリディアの葬儀が行われた。
美しく、賢く、優しい彼女は国民にもとても愛されていた。
そこかしこで人々のすすり泣きが聞こえ、帝国中が悲しみに包まれた。
葬儀から1ヶ月が立ち、私は新たな婚約発表の前に、大公領にあるリディアの墓を訪れた。
リディアの墓には多くの国民が供えた花で溢れていた。
「リディア、明日 私は新しい婚約者の発表をするんだ。君がもういないなんてまだ信じられないよ。今にも君が「ただいま」と言って帰って来そうな気がするんだ。帝都にいながら魔獣に襲われるなんて、どれ程怖かっただろう…君を助けてあげられなくて本当にすまない。どうか安らかに眠ってくれ。遥か高みからこの帝国の平和を見守っていてほしい。君に恥ずかしくないように頑張るよ。リディア…お別れだ。私がここに来る事はもう無いだろう。さよならリディア。」
私はリディアの墓に頭を下げ、しばらくうつ向いて涙をこらえた。
こらえきれずに一筋流した涙を手で払うように拭い、踵を返した。
私はリディアに最後の別れを告げ、しっかりと前を見て、一歩を踏み出した。
11
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる