【完結】魔獣の公女様 

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16] 戻りました

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 ギュンターク団長がマルコシアス帝国へ旅立って1ヶ月がたちました。

「シルフィ、ギュンターク団長が帰って来たそうだ。執務室で待っていると連絡があった。急いで行くぞ。」

「ワン!」

『あぁ…これでやっと人間に戻れるのね。』

 私は期待を胸に、殿下の後を追いました。

 執務室に入ると、既に ギュンターク団長が、机の上に報告書らしき書類と、細長い手のひら程度の木箱を置いて待っていました。

「殿下、遅い時刻に申し訳ありません。先程、こちらに戻って参りました。」

「いや、構わない。すぐに来てくれてありがたいと思っている。立ち話も無いだろう、座ってくれ。早速 話を聞かせてくれるか?」

 殿下がギュンターク団長にソファーに座るように言います。

『もしかして あれが?』

 私は机の上の木箱に鼻先を向けて、匂いを嗅ぎました。

「リディア公女様、こちらが変身のネックレスで間違いないですか?」

 そう言って、ギュンターク団長が、箱の蓋を開けて、わたしの目の前にネックレスが良く見えるように、差し出してくれました。
 箱の中には、魔力を失い、黒い魔石になったネックレスが入っています。
 ナディアが持っていたのをチラッと見ただけだったけれど…

『うん、これに間違いないと思うわ。』

私は、ギュンターク団長を振り返って、ウンウンと首を縦に振りました。

「今は魔力を失っていますが、魔力を充填すれば、すぐにでも公女様を人間に戻す事が出来ると思われます。」

「では、早速シルフィを人間に戻そう!団長、魔力の充填を頼めるか?」

「かしこまりました。」

 ギュンターク団長が、ネックレスの魔石に魔力を込めていきます。
 徐々に魔石が虹色に輝き出しました。

「ふ~~~ 随分 魔力を持っていかれましたね。この魔石を1日に何度も使ったと言うイースデール前大公は凄いですね。今でもご存命でいらしたらと思うと、そら恐ろしいです。」

 ギュンターク団長の手にあるネックレスは、先程迄とは違い、キラキラと虹色に輝いています。

『これでやっと、人間に戻れるのね。』

「では、早速!」

 そう言って、立ち上がってネックレスを手にしたロイド殿下は、思い出したようにハッとして、私を見ました。

『殿下? 何でしょう?』

「シルフィ、此処ではまずい。人が多すぎるし、隠す物が何も無い。」

『隠す?何を?』

 そう思って、ハッと気づきました。
 今、もし、ここで人間にもどったら…
 私は、裸じゃあ無いでしょうか?

『ダメダメダメダメダメダメダメ!!絶対にダメです!!』

 想像して、あまりの怖さに尻尾が足の間に挟まり、身体が震えます。

「シルフィ、君の部屋に行こう!寝台の中に入っていれば、急な事にも対応出来るはずだ。ミリーにも控えていてもらおう。」

『殿下、お願いします!』

 気持ちを込めて、私は殿下を見つめました。

「よし!行こう!シルフィの変身は私が解く!」

 殿下は、そう宣言して、私の部屋に向かいました。
 私も慌てて、殿下の後に続きます。

 殿下は寝室に向かう途中、ジュリアス様に、侍女に湯浴みと着替えの準備をさせるように命令しました。

 私に与えられた寝室に着くと、私は寝台の中に潜り込み、シーツから頭だけを出しました。
 殿下も寝台に上がると、寝台にしつらえられた天蓋を、全て閉じました。
 私は、ネックレスを持つ殿下の目をじっと見つめます。殿下は

「大丈夫。心配するな。必ず人間に戻してやる。」

 そう言って、優しく私の頭を撫でてくれました。

 殿下はネックレスを私に向け、1つ深呼吸をすると、

「人間に戻れ。」

 と唱えました。

 ネックレスがキラキラと虹色の光を放ち、私を包みます。
 光が収まると、私の前に、人間の手が見えました。
 身体を起こすと、白銀色の長い髪が肩から滑り落ちます。

(わたし…やっと人間に戻れたんだわ…)

 ペタペタと自分の顔に触れます。
 涙が頬を伝って、ポタポタとシーツを濡らしました。

「始めまして、リディア公女。」

 そう言って、殿下は私の涙をそっと拭い、シーツごと、私を優しく包むように、抱き締めてくれました。

「あ…ありがとう ございます…殿下…」

 私は、久しぶりに言葉を発しました。
 そして、殿下の腕の中で声を上げて泣きました。


 ◇ ◇ ◇


 グズグズと泣き続け、少し落ち着いてくると、殿下から

「落ち着いたなら、湯浴みをして、身を整えようか。」

 そう言われてみれば、今、私はシーツを1枚被っているだけの まっ裸!
 こんな姿で殿下に縋り付いて、子供のように声を上げて、泣いていたなんて!
 落ち着いてみれば、殿下の胸元は私の涙と鼻水で大変な事になっています。
 私は、恥ずかしさと、申し訳無さでアワアワと
「でででで…でんか…申し訳ありません!私ってば、なんて失礼な事を…」

「大丈夫だ、リディア公女 落ち着いて、大丈夫だから…」

 そう言うと、殿下は部屋に侍女を呼び、もう一度、私を抱き締めて、部屋から出て行きました。

 それから私は、久しぶりにゆっくりと湯に浸かり、マッサージをしてもらい、香油をたっぷりとつけて身支度を整えました。
 久しぶりにコルセットを締め、濃青のドレスに身を包み、護衛騎士のフレッド様の案内で、殿下達が待つ、サロンに向かいました。
 これから、着飾った私を殿下に見てもらうと思うと、ドキドキして、なんだかとても恥ずかしいです。


 護衛騎士のフレッド様が、開てくれたドアをくぐり、殿下の前に立ちます。
 殿下が私を見つめています。
 驚いているのでしょうか?
 殿下、お口が開いていますよ。

「この度は、私を人間に戻していただき、ありがとうございます。」

 そうお礼を述べて、カーテシーをしました。
 ポカンとした顔をして、殿下が私を見ています。

「あの?殿下?」

「あ… いや… その…  凄く綺麗だ。」

「え? はい…ありがとうございます?」

 いやだ…殿下ったら、どうしちゃったんですか?顔が赤くなっていくのがわかります。熱い…

「さぁさぁ、このままでは話が進みませんから、リディア公女殿下、どうぞこちらへお座り下さい。」

 そう言って、ジュリアス様が、一人掛けのソファーに、私をエスコートして下さいました。

「ありがとうございます。」

「では、本題に入りましょうか。」

 ギュンターク団長にうながされ、ロイド殿下、ギュンターク団長、ジュリアス様、そして私の4人で会議が始まりました。

「現在、リディア公女殿下は先日、葬儀が行われた通り、死亡したとされております。マルコシアス王太子は新たに公爵家のご令嬢を婚約者に指名なさいました。ご令嬢は現在16歳、これから2年をかけて、王族として、教育され、18歳になるのを待って、婚姻の儀を行うと発表されました。」

 ギュンターク団長が調べて来た事を報告します。

「やはり、ナディアが妃に選ばれる事は、無かったのですね。」

「はい、そのようです。」

「リディア公女、あなたはどうしたい?」

「私は…」

「国に帰りたいか?」

 国に帰る?
 もう、死んだ事にされているのに?
 今更私が帰っても、国が混乱するだけだわ。
 私が行方不明になって既に1年以上が過ぎています。今更生きていましたと言って帰っても、私の居場所なんてどこにも無いわ。
 むしろ、私が帰れば、困った事になるだけでは無いかしら…
 ナディアの罪が暴かれ、お父様や、お母様の立場も危うくなるかもしれないわ。
 それに、私が帰ればナディアを罪人にしてしまう。私はきっと、嘘で誤魔化す事が出来ないから…

「私は…私は今更、国に帰ろうとは思いません。ここで、これからもシルフィとして暮らせたらと思います。」

 私は決意を込めて、殿下の目を見て、ハッキリと言いました。
 この国で、これからどうやって人間として、生きていくか、魔獣でなくなった私はもうこの城にいる事は出来ないでしょう。
 それでも私は、マルコシアス帝国に帰りたいとは思いませんでした。

「そうか…私はあなたを、歓迎する。どうか、いつまでも私の側にいてほしい。」

「あ…はい、ありがとうございます。」

 側にって、深い意味は無いわよね。
 他の皆さんもいるのに、まさかね…

「殿下、今日は色々あって、公女殿下もお疲れでしょう。もう夜も遅い事ですし、続きはまた、明日にいたしましょうか? リディア公女殿下にも、考える時間が必要でしょうから。」

 ジュリアス様の言葉で、今日は一旦お開きになるようです。

「そうだな、リディア公女、部屋まで送ろう。続きは明日だ。」

「わかりました。それでは皆様、本日は私の為にありがとうございました。明日もよろしくお願いいたします。」

そう言って、私は皆様にカーテシーをした。

「行こうか。」

「はい、ありがとうございます。」

私は、そう言いながら差し出してくれた、殿下の手をとりました。

殿下にエスコートされ、私はサロンを後にしました。

私に用意された部屋に着くと、殿下が私の手を取り、手の甲に口づけをして、

「ゆっくりお休み。」

そう言って、部屋の扉を開けて、私を中へ入れてくれました。

「ありがとうございます。殿下」

真っ赤になって返事をする私にコクリと頷くと、ニッコリ笑って、殿下は扉を閉めました。
部屋にはミリーが待っていて、優しく私を労ってくれます。
ミリーに夜着に着替えさせてもらい、寝台に入ります。
これからどうすれば良いのか、どうしたいのか、今更国に帰るつもりはありません。
出来ればこのままシルフィとして、この国で暮らしたいと思います。
でも、殿下達の考えはどうでしょうか?
皇王は?他の方々は?私がこの国に残る事を許して下さるでしょうか?
殿下は「側にいてほしい」と言って下さいましたが、ただのシルフィでは、ずっと皇城にいる事は出来ないでしょう。

(何とかこの国で生きていく道を探さないといけないわね…)

色々考えているうちに、私はいつの間にか眠ってしまいました。



◇ ◇ ◇



次の日、私は朝起きて1番に自分の姿を鏡に写して、本当に人間に戻っているか、確認しました。
手を開いたり、握ったり、前から、横から、後ろから、鏡に写る自分を見ていきます。
そして、鏡に写る自分の顔に触れました。

「本当に人間に戻れたんだわ。」

パタパタと微かに音がして、すぐにノックの音が響きます。

「どうぞ」

「おはようございます。シルフィ様。お目覚めでしょうか?」

「おはよう、ミリー。」

彼女は、私が人間だとわかってから、ロイド殿下が私に付けて下さった専属メイドです。
子爵家の令嬢で、殿下の護衛騎士、フレッド=タイラント様の婚約者で、今年、23歳になるそうです。
魔獣だった頃は、正直、少し怖がられていたようですが、今はそんな事も無く、夕べから一生懸命お世話してくれています。
私は、しばらくイースデールの公女と言う事を伏せて、呪いにかかっていたマルコシアス帝国出身の人間、シルフィと言う事になりました。
今更、公女が生きていたとなれば大騒ぎになるでしょうから、今は、一部の者だけに知らされ、公女である事は秘密にするようにと、箝口令がしかれています。

「本日はどちらのドレスになさいますか?」

クローゼットには、私の為に急遽、用意されたドレスが5着程並んでいます。

「ミリーにまかせるわ。」

「では、こちらの深緑のドレスにいたしましょうか。シルフィ様の白い肌と白銀の髪がとても良く映えそうです。」

「では、それでお願い。」

ミリーにドレスを着せてもらい、髪を緩くハーフアップにセットしてもらい、鏡に写る自分の姿を確認します。

(あぁ…私、本当に人間に戻れたんだわ…)

身支度を済ませて、部屋に用意された朝食をとりなが、ミリーが今日の予定を教えてくれます。

「本日は、昼食の後、新しいドレスの採寸をしていただきます。それと、殿下から昼食をご一緒にしたいと連絡がございました。それまで何かなさりたい事はございますか?」

「午前中、図書室に行っても良いかしら?少し調べたい事があるの。出来ればこの1年のマルコシアス帝国の事を調べたいわ。」

「それでしたら、図書室よりもギュンターク様にお話を伺うのが良いかと思います。シルフィ様の事もあり、最近はずっとマルコシアス帝国に密偵を送っているようですから、お知りになりたい事をお聞きになれば良いと思いますよ。」

「そんな…私の為にお忙しい魔導士団長様のお時間を割いていただくのは悪いわ。」

「大丈夫ですよ。現在、シルフィ様の事が最優先案件になっておりますから、殿下からもその様に命令が出ております。」

「私の事が?」

「はい、ですから遠慮なさらず私どもにドンドンご命令下さい。」

「殿下には感謝してもしきれないわね。ありがとうミリー、じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね。ギュンターク団長とお話出来るよう手配してもらっても良いかしら、午前中に無理なら、今日は図書室へ行くから、あまり無理しないように伝えてもらえるかしら?」

「かしこまりました。」

そう言って、ミリーは部屋を出て行きました。
ミリーが出ていくと、私はバルコニーに出ました。

今頃、ナディアはどうしているかしら?
私を排除したのに結局ナディアはアラン様の婚約者には選ばれなかった…
次はどうするつもりかしら?あの子がこのままあきらめるなんて思えない。
ナディアの事を考えると胸が痛みます。
私達、仲の良い姉妹だと思っていたのに…
まさか、ナディアが私の事をあんな風に嫌っていたなんて、私はこれからどうすれば良いのかしら…


外には青い空が広がっています。

でも、私の心が晴れる事はありませんでした。








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