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1] 魔獣にされた公女様
しおりを挟む『はぁ はぁ はぁ はぁ…』
灯りのない街の中を、傷ついた身体で必死で走りました。
深夜、街を歩く者は誰もいません。
私の後ろから、馬に乗った騎士が何騎も追いかけて来ます。
傷を受けた身体中が痛い…
早く逃げなければ、このままでは殺されてしまいます。
『どうして?ナディア?』
さっきまで、同じ寝台で眠っていた妹の事を思い出します――――
私の名前は、リディア=イースデール
マルコシアス帝国の自治領 イースデール公国の公女です。
来月には、マルコシアス帝国の王太子、アラン=マルコシアス殿下に嫁ぐ予定だったのに…
「ねぇ、リディア。あなたと一緒にいられるのも後1ヶ月だもの、最後にもう一度、子供の頃のように一緒に眠らない?明日は学園もお休みだし、夜通し お喋りしたいわ。」
双子の妹 ナディアにそう言われて、2人一緒に同じ寝台に入ったのに、楽しくお喋りをして、いつの間にか眠ってしまった私。
ぐっすり眠っていたのに、ナディアに揺り起こされました。
『ナディア?』
そう声をかけたつもりでした。
でも、私の声は言葉にならなかったのです。
「わん!」
『え?何?私 今吠えた?!』
口を押さえようとして、手がいつもと違う事に気が付きます。
恐る恐る自分の身体を見回すと、私の身体は人ではなくなっていたのです!
白銀の毛に覆われた身体。
犬のような手足。
そして、長い尻尾?
自分の身体を見て、驚きで声が出ません。
『どうして?どうして?どうして?』
頭の中は疑問でいっぱいです。
ナディアは一体私に何をしたの?
そして、思い出します。
眠る前にしていた昔の話を…
「ゔぅ!」『変身のネックレス!』
「うふふ…リディア、良い格好ね。」
「ヴァオ?」『ナディア?』
「これが解る?」
そう言って、ナディアが黒い石のついたネックレスを、私の目の前に掲げました。
これって、お祖父様の変身のネックレス?
まさか、ナディア、私にこれを使ったの?
「ヴォゥ?」『どうして?』
私の混乱もおかまい無しにナディアが続けます。
「あのね、私リディアが邪魔なの。だから この国から出て行ってもらおうと思って… 頑張ったのよ?このネックレスとっても魔力が必要なんだもの。毎晩、毎晩、一生懸命魔力を込めたの。一ヶ月もかかったわ。すぐに魔力を込められたお祖父様は 本当に凄い魔術師だったのね。なんとかリディアの結婚までに間に合って良かったわ。」
「わん!」『ナディア!』
言葉の代わりに、『わん!』という声が出ました。
怖くて血の気が引きます。
そして、ナディアは更に続けます。
「私ね、ずっとずっと あなたが嫌いだったの。ほんの少し先に生まれただけで、何もかもがあなたの物になったわ。お父様も、お母様も、アラン様も。私はいつもこの屋敷で一人でお留守番。寂しかったし、悲しかったし、辛かったわ。でも始めから決まった事だと諦めていたの。あなたの方が魔力も多かったし、王家は魔力の多い妃を求めていたものね。でもね、初めてアラン様に会った時、私 一目でアラン様に恋をしたの。魔力さえ多ければ、婚約者に選ばれたのは私だったかもしれないのに…ただの義務でアラン様の隣に並ぶあなたを許せなかった。」
「ワンワン! ヴゥ…」『義務だなんて誤解よ!私は私なりにアラン様を大切に思っているわ!』
「毎日毎日、アラン様を想って泣いたわ。リディアは知らなかったでしょう?私の事なんて気にもしていなかったものね?」
そう言いながらナディアは私の顔を滑るように撫で、耳をギュッと掴みました。
「ヴゥ…!」『痛い…!』
思わず唸り声が出てしまいます。
「リディア、あなたはアラン様を愛していない。魔力が多いから、魔法に長けているから、公女だから、ただの条件だけで王太子妃に選ばれたあなたが憎かったわ。あなたが少しでもアラン様を愛してくれていたら、私は我慢出来たかもしれない。なのに、どうしてアラン様を愛してもいないあなたが、あの方の隣に並ぶの?あなたが憎いわ、本当に!」
そう言いながら私の耳を掴む手に力を込めていきます。
「キュ~ン…」『痛い…』
「ガウッ!」『離して!』
私は唸り声を上げてナディアの手を振り払いました。
ナディアは私の事など気にする様子も無く、淡々と話を続けます。
「そんな時にね、このネックレスの事を思い出したの。」
うっとりとしながらネックレスを見つめるナディア。
まさか…
「その通りよ、リディアを魔獣に変える事にしたの。」
そう言いながらニッコリ笑うナディアを、とても怖いと思いました。
「お祖父様の宝物庫からこのネックレスを持ち出して、毎日毎日 精一杯魔力を込めたわ。そしてやっと魔石の魔力を満タンにする事が出来たの。虹色に輝いてとっても綺麗だったのよ。魔獣のお姉様、残念だけれど今日でお姉様とはお別れよ。安心して、お父様達には上手く説明しておくわ。」
そう言って、ナディアは寝台の横に滑り降り、
「キャ―――――――ッ!!!」と叫んだのです。
「ほら、早く逃げないと、護衛達がやってくるわよ。」
ナディアはそう言いながらニンマリと笑いました。
バタバタと部屋の外が騒がしくなります。
「姫様!大丈夫ですか?!失礼します!!」
バタン!と大きな音を立てて扉が開かれ、護衛が2人部屋に入って来ました。
そして、私を見るなり、
「なぜこんなところに魔獣が?!」
そう言うなり、私に斬り掛かって来ました。
私は、咄嗟に避けました。でも、護衛の剣が私の肩をかすりました。
「キャン!!」
「早く!今のうちにナディア様を外へ!!」
護衛が、後から来た侍女にナディアを部屋の外へ出すように言って、更に私に斬り掛かって来ます。
逃げようと背中を向けた途端、背中を斬られました。
このままでは殺されてしまいます。
私はバルコニーに続く窓から外へ逃げ出しました。
何人もの騎士が騒ぎを聞きつけて集まって来ます。
私はバルコニーから庭へ飛び出しました。
「庭に逃げたぞ―――!!」
「逃がすな!!」
「リディア様がいない!早く探せ!!」
後ろから何人もの騎士が追いかけて来ます。
どうしてこんな事に?!
背中が痛い…
私は無我夢中で逃げました。
追ってくる騎士を攻撃する事が出来ない私は、転移魔法を使ってただひたすら逃げたのです。
ゆっくり座標を定めるヒマなんてありません。
とにかく目に見える物を目標に次々と短い距離を転移して逃げました。
転移魔法をこまかく使ってやっとのことで護衛騎士をまいて、王都の端までやって来ました。
傷付けられた身体が石畳に血の跡を付けて行きます。
取りあえず何処かに隠れて傷を治したい…
王都から出て、隠れる場所を探して広大な畑が広がる村を走って行きます。
疲れました。
転移魔法を連続で使った為魔力も少なくなりました。
早く何処か落ち着ける場所を見つけないと…
夜が明ける前に。
しばらく走って行くと、使い古された倉庫を見つけました。
取りあえず、そこに身を隠して、魔力の回復を待つ事にしました。
2~3時間もじっとしていると、少し魔力が戻って来た気がしたので、治癒魔法を使って、傷をふさぎます。
とにかく血を止める事を優先しました。
これから何が起こるかわかりません。
出来るだけ魔力を温存しないと、魔力が無くなれば動けなくなります。
もしも捕まれば、公女殺しの罪であっさりと殺されてしまうでしょう。
私はこのまま、国境にある【深淵の森】を目指す事にしました。
あそこまでは追手も来ないでしょう。
走りながら考えます。
ナディアは私が騎士達に殺されても構わないと思っているのでしょう。
むしろ死んでしまえばいいと思っているのでしょうね。
実の妹に「死ねば良い」と思われているなんて、泣きたくなります。
悲しい気持ちを振り払うように【深淵の森】に向けて私はただひたすら走りました。
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