悲しい恋 【完結】

nao

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新しい生命

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 「おめでとうございます。ご懐妊でございます。」
医者の言葉に、側にいた侍女達から歓声が上がった。
そして、おもむろに私とノアール様の前に整列して
「ご懐妊おめでとうございます!」
と、揃って祝いの言葉をくれた。
知らせはすぐに 陛下と王妃様にも伝えられ、皆が世継ぎの懐妊に湧き立った。
私はただ、周りの喧騒をぼんやりと見つめていた。
そして、ノアール様はしっかりと私を抱き寄せ、
「身体を大切に。丈夫な子を産んでくれ。」
そう言った。
涙が溢れる。
もう、この世界にレオはいないのに。
レオのいないこの世界で、私はどうやって生きていけばいいのかわからない。
もう、何もかもがどうでもいい。

レオに会いたい。


レオの所に行きたい。


ノアール様の腕に抱き込まれながら、涙を流す。
嗚咽と伴に
「レオ…  死にたい…」
小さく、  本当に小さな声で呟いた…
私を抱きしめるノアール様の手がピクリと震えたような気がしたが、その時の私は、レオの事で頭が一杯で、それ以外の事は、考えられなかった。
「死にたい…」
小さな私の呟きを聞いた彼が、泣き続ける私を抱きしめながら言った。
「レミリア、お前が死にたいと言うなら、好きにすればいい。だが、腹の子を殺す事は許さない。この子は私の子だ。お前がどうなろうとも、この子だけは無事に産んでもらう。」
「こ…ども…」
自分のお腹に手を当て、呟く。
私は自由に死ぬことも許されない。
そう思うと、また、涙が流れた。



「ノアール レミリアの様子はどうだ?」
王の執務室に呼び出され、何の話かと思ったが…
「あまり良くありません。元婚約者の死が、余程辛いようです。食事も、睡眠も、十分とは言えません。腹の子の為だと 言い聞かせて、なんとか渋々口にする程度です。」
フーッと、ため息がこぼれる。
「生まれてくる子が生きる糧になればいいのだがな。待望の世継ぎだ。大切にしてやれ。」
「もちろんです。」
父王が言いながら報告書を1つ、こちらによこす。
(レオナルド-ヴィトゲンシュタイン。ヴァレンティア-クロノスについて)
報告書の表に、そう書いてあった。
「調べたのですか?」
父王に問う。
「あぁ、酷いものだ。」
「··········」
報告書に目を通す。あまりの酷さに、ため息が出る。
レミリアに宛てられた、元婚約者の兄の手紙でおおよその事は把握していたが、あの王女は、自分の意のままにならない夫に薬を盛り、自分の自由にしただけで飽き足らず、夫の死後は自分の周りにいる男を、次から次へと閨に引き込んでいるらしい。
「私なら、こんな王女は、即刻 処刑するな。国の為にならぬ。」
「同感ですね。さっさと殺しておいたほうがいい…」
私は、穢わらしいもののように、報告書を机の上に投げ捨てた。
執務室を出て、レミリアの元へ向かう。
そろそろ昼食の時間だ。
部屋に入ると、丁度 侍女達がレミリアに食事させている最中だった。
口元に運ばれるスープをうながされるまま口に入れる。
小さくちぎられたパンを口に含む。
まるで、人形のようだ。
世話をしないと、自分からは何もしない。
朝 起きて、身支度を整える。
朝食を食べ、庭を散歩する。
部屋に戻ると、ソファーに腰掛け、ぼーっと窓の外に視線をやる。
昼食をとり、又、1時間ほど散歩して、部屋に戻ると、ソファーに座り、又、ぼーっとして過ごす。
夕食をとり、湯浴みをして、眠る支度を整えたら、寝台に入る。
今、王太子妃としての公務は、なるべく少なくして、外せないものは、母上とアリスが変わりを努めている。
私は夜、レミリアの眠る寝台に潜り込むようにして、一緒に眠っている。
落ち着いているように見えるが、今のレミリアは何処か危うい。
どこにもやらないよう、彼女を抱き締めて毎晩眠る。
幸い、皆の介護のおかげで、腹の子は順調に育っていた。
レミリアは相変わらず、言葉も無く、窓の外をぼーっと眺めて過ごしていたが、時々、子が腹を蹴ることに反応して、不思議そうに自分の腹を撫でるようになった。
私が彼女の腹に手を添え、
「元気だな。」
そう言うと、
「はい…」
と返事を返してくれるようになった。
このまま、無事に子を産んでほしい。
レミリアを引き寄せ、頭にそっとキスをする。
もう少しで産み月に入るかという頃、レミリアが急に産気づいた。
少し早い。
担当の女医は
「まだ、少し早いですが、このまま産ませましょう。」
そう言った。
周りは慌てて、出産の準備を整えてゆく。
彼女が死んでしまわないか心配で、私は出産に立ち会う事を希望した。
皆に大反対されたが、私は譲らなかった。
彼女の枕元で、彼女の手を握り、彼女の悲鳴を聞く度、心が潰れそうな思いがして、私は、必死に彼女を励ましていた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
大きな赤子の鳴き声が、部屋中に響き渡り、元気な男の子が産まれた。
ピンクゴールドの髪、彼女にそっくりな男の子だった。
「お世継ぎの誕生、誠におめでとうございます。」
皆の祝いの言葉を受け、産まれたばかりの赤子の顔を見る。
まだ、目は開かないが、きっと彼女そっくりのピンクの瞳だろう。
そう、確信した。
おくるみにくるまれた我が子を、彼女の顔の横に寝かせてやる。
彼女の手を取り、彼女の人差し指を赤子に握らせてやった。
力強く指を握られて、彼女の瞳から涙が流れる。
「レミリア、元気な子を産んでくれてありがとう。良く頑張ってくれた。もう大丈夫だから、ゆっくり休むといい。」
そう言って 彼女の頭を撫でてやる。
やがて、彼女はゆっくりと瞳を閉じて、安心したように、眠りに付いた。


「リュミエール-オルランド」
オルランド帝国で光を意味する名を付けた。
この子が、レミリアの光となりますように。そう願った。
リュミエールは小さいながら、元気にすくすくと育った。
良く笑い。良く泣き。良く食べる。
そんな子供を育てているうちに、レミリアにも少しずつ笑顔が戻ってきた。
リュミエールが1才を迎える頃、レミリアは2人めを妊娠した。

「おめでとうございます。ご懐妊ですよ。」
医者の言葉に、あぁ、やっぱり と思った。
「おめでとうございます。」
侍女達からも、祝福の言葉が、次々と贈られる。
2人めがお腹に…
そっと、自分のお腹に手を添える。
リュミエールの妊娠がわかった時、私は絶望の中にいた。
でも、リュミエールがいたから、私はなんとか生きてゆく事が出来た。
そして、私を死なせまいと、次々と私を追い詰めるノアール様がいたから、私はほんの束の間、レオの死を忘れる事が出来た。
昼間の子育て。復活した王太子妃としての公務。夜にはノアール様に気を失って、眠ってしまうまで、毎晩のように抱かれた。
ノアール様は、全く容赦なかった。
でも、それは全て私の為。
その優しさと、思い遣りに、私は癒やされて、今日まで生きてこれた。
彼がいなければ、私はあのまま絶望に囚われ、リュミエールと共に死んでしまっていただろう。
今、私のお腹には、2人めの子供が宿っている。
レオの事を想うと、今でも胸が潰れるほど辛くて、悲しい。
でも、この新しい生命を前に、私は又、生きる希望と気力を与えられたのだ。
次の子はノアール様に似ているといいなと思う。
それ以外、私がノアール様に恩を返す事が出来ないから。
お腹の子に話しかける。
早く元気に産まれておいで と。
皆が、あなたを待っているから…
10ヶ月と少したった頃、私は女の子を出産した。
ノアール様によく似た、黒髪、黒い瞳のとても可愛らしい女の子だった。

「リンドアール-オルランド」
ノアール様に感謝の想いを込めて、彼の名をいただいた。
彼そっくりに産まれたリンドアールは愛らしく、その笑顔は王宮の者達を癒した。
もちろん、私や、ノアール様の事も。



それから、いくつかの季節を過ごして、私の色を持つ、リュミエールは4才、ノアール様の色を持つ、リンドアールは2才になった。
2人の子供に恵まれて、私はレオを失って、大きな穴が空いてしまった心を、少しずつ埋める事が出来た。
そして、レオを胸に抱いたままの私を、まるごと抱きしめてくれるノアール様の事を、私はいつの間にか、少しずつ、愛するようになっていた。

今、わたしのお腹には、3人めの子供がいる。
「元気に産まれておいで。」
ノアール様が、2人の子供達が、代るがわる、私のお腹を撫でながら話しかけている。


(レオ…心配しないで、私は幸せだよ。)
そう心の中で呟く。

レオを想う時、どうしてわかるのか、いつもノアール様は、私を 抱き締めてくれる。
そして、私も、愛を込めて、彼を抱きしめ返す。
私は幸せだ。
ノアール様と、子供達に囲まれて。
この幸せを 大切にしよう。
そうして、私は、自分のお腹をそっと撫でた。
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