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28、リロード
しおりを挟む「・・・忘れてた・・・な・・・ッ・・・そうか、六道妖だけじゃなかったんだっけ」
「うああッ・・・!! さ、刺されたッ!! あの新しく現れた女のひと、刺されちゃいましたよッ!?」
思い出したように叫んだのは、出入り口付近で固まったままの相沢健人、オメガスレイヤーと妖化屍の闘いに巻き込まれた高校生だった。背後に佇む黒スーツの男、聖司具馬に向かって震えた声をあげる。
白銀の光天使の、あまりの麗しさに見惚れていたのが、突如恐ろしい現実に呼び戻された、のだろう。
「心配ない、少年」
落ち着いたトーンで司具馬は応えた。不安に駆られる健人を、落ち着かせるかのように。
「郁美に・・・オメガエンジェルひとりに任せて問題ないと判断したから、オレたちはここに来た。あの程度では白銀の光天使には通用しない」
「・・・簡単に言わないでよ、シグマ。尖った凶器で刺されたら、痛いに決まってるじゃない」
振り向きざま、オメガエンジェルは背後の剛武に右腕を振る。手の甲を叩きつけよう、というバックブローの攻撃。
轟音と旋風伴う一撃を、〝跳弾〟は避けていた。一気に後方へと跳ぶ。
そのままゴム毬のような肉体の性質を生かし、剛武は縦横無尽に飛び回った。壁に、床に、天井に、ぶつかるたびに角度を変え、凄まじい速度で移動する。
〝跳弾〟という異名がなぜつけられているのか、その答えはこの動きにあるのだろう。
「こ、これじゃあッ・・・どこから攻撃されるのか、わからないッ・・・!?」
健人が驚愕の叫びをあげるのも無理はなかった。
その台詞を裏付けるように、オメガエンジェルは前後左右、さらには上下にすらも顔を動かし、飛び回る巨体を視線で追っている。決して狭いわけがない体育館であっても、剛武の移動スピードにかかれば、壁から壁へは一瞬のうちだ。
ドガアアアアッッ!!!
真正面から飛び込んできた剛武の巨体を、オメガエンジェルは両手で受け止めていた。
「大丈夫だよ。ゼンブ、ちゃんと見えているから」
平然と呟く美乙女に、焦りの色はまるで見当たらなかった。
剛武が突き出した右腕、その手首付近を、左右の掌で捉えている。元力士の分厚い手には、紫水晶のバトンが握られていた。尖った先端は、胸の『Ω』マークから10cmほど離れた場所で食い止められている。
〝跳弾〟が飛ぶ軌跡だけではなく、どんな攻撃を仕掛けてくるか、さえ白銀の光天使には見えていたのか。
美しい外見だけではない。その強さも、オメガエンジェルは飛び抜けているのかもしれない。
そう相沢健人が安堵しかけた、その時だった。
「バカが。やっぱりお前は油断してるようだなッ!!」
剛武の右手、その手首から先がギュウンッ、と伸びる。
全身の至るところがゴムのごとく伸縮する妖化屍、それが〝跳弾〟の剛武。
鋭く尖った紫の結晶が、豊かに膨らんだ胸の中央、黄金の『Ω』の紋章に突き刺さる。
ザグウゥッ!! ・・・ググッ・・・!!
「んぐぅッ!? ・・・ッ!! ・・・ァ”ッ・・・!!」
「オ、オメガエンジェルッ・・・さんッ!?」
ビクンッ、と大きく震えた光天使が硬直する。
悲鳴にも似た叫びを健人が漏らしてしまったのも、無理はなかった。紫水晶の一撃は明らかに効いていた。
白銀のスーツと深紅のケープを纏った美麗の乙女が、スーパーヒロインと呼ぶのに相応しい超人であることは間違いない。そのスピードやパワーは、確かに健人の度肝を抜く凄まじいものだ。とはいえ、ナイフのように鋭利な結晶で胸を刺されて平気でいられるわけがない。
「殺せぇッ!! 殺してしまうんだよッ、剛武! 遊ばなくてもいい、そいつはとっとと殺してしまうんだッ!!」
壁際の女妖化屍が叫んだ。かつて光属性のオメガスレイヤーを処刑した縛姫には、そのしぶとさと脅威が骨の髄まで身に染みている。
恐らく・・・いや、確実にオメガエンジェル=四乃宮郁美にとって、この闘いは初めての実戦のはずだった。能力は姉のオメガヴィーナスと同等だとしても、経験値の浅い今は脆い。闘いに慣れる前に、なんとしても始末しておくべきだ。
紫水晶は、妖化屍であろうとオメガスレイヤーであろうと、それらの強靭な肌を傷つける。白銀の光天使もまた、胸を抉られた激痛に苛まれているだろう。しかし、その程度で息絶えるほど、オメガ粒子の持ち主は脆弱ではない。
「カルラ同様、お前のバストも潰してやろうッ!!」
ゴムの性質を利用し、剛武は右腕をバネのように螺旋に捻じり、左腕はドリルのごとくギュルギュルと旋回させた。
それぞれ異なる形で限界まで捻じるや、左右の掌をオメガエンジェルの乳房にピタリと当てる。満員電車のなかで、変身前のカルラを事実上敗北に追いやった、同じ技。
ズドドドォッ!! ドドオォッ!! ドドドドドォッ!!
ギュリギュリギャリッ!! ドギャギャッ!! ギュリリリィッ!!
スプリングの効いた右手が、伸縮を繰り返して連続でオメガエンジェルの左胸を撃ち潰す。
同時にドリルと化した左手は、Dカップはある膨らみを捻じれが入るほど深く抉り回した。
「きゃああ”ッ!? があぁ”ッ、アア”ッ!! ・・・んはぁああ”あ”ッ―――ッ!!」
左の乳房に連打を撃ち込まれ、右胸は貫かれるかと思うほどに拳が食い込んでくる。
恥も外聞もかなぐり捨てた悲鳴を、オメガエンジェルは叫んでいた。苦悶に歪む表情は、わずかに頬が赤らんでいる。痛みだけではない感覚が、乳首を頂点として沸き起こっているのがわかる。
「グハハハッ!! やはり性への攻撃には弱いか、オメガスレイヤーッ!! お前の『純潔』も散らせばさらに・・・」
「うああ”ッ、さ、さわらッ・・・ないでぇ”ッ――ッ!!」
オメガエンジェルのその反応は、反撃というより条件反射に近かったかもしれない。
胸に触れられる、その嫌悪感と怒りとで、光天使は右手をフルスイングしていた。
渾身の平手打ち。俗にいうところの、ビンタ。
バヂイィィッ!! と乾いた音が剛武の左頬で炸裂する。
オメガエンジェルの打撃の威力で、元相撲取りの巨体は首から腰まで幾重にも螺旋を描いて旋回した。
「おぶぅ”ッ・・・!! ぶおオオオ”ッ・・・!!」
ギュオオオオオオッ!!!
〝跳弾〟が大きく吹っ飛ぶ。捻じれの入った上半身が、プロペラのように回転しながら元に戻っていく。
奥の壁に叩きつけられ、力なく床に落下した時、ようやく剛武の捻じれは解消された。
「はぁっ、はぁっ・・・もうッ!!」
バストを隠すように両腕で自らを抱き締めたのは、胸の痛みゆえか、乳房を弄ばれた気恥ずかしさゆえか。
いずれにせよオメガエンジェルが、性的な攻撃を受ける嫌悪感で、責め苦から脱出したのは間違いないようだった。
「郁美、リロードした技を使え。もう様子見は必要ない」
「・・・そうだね。確かに油断するのはよくないって、勉強になったし、ね」
リロード。
先程も聞いた、馴染みのない単語を縛姫は再び耳にする。リロード。それは一体、なんのことだろうか? 四乃宮郁美がオメガエンジェルとして復活するまでに、そのリロードに手間取ったと言っていたが・・・
「教えてあげるわ、縛姫。どうせあなたも、すぐ倒すしね」
血に濡れた両手を真っ直ぐ突き出しながら、オメガエンジェルは言った。
その視線の先は、あくまで剛武に向けられている。ゆっくり立ち上がる巨漢を見つめながら、光天使は壁際の人妖に語っていた。
「いくら私が光属性のオメガ粒子を得たからって、なんでも自在に光を操れるわけじゃないわ。〝威吹〟のような技は、あらかじめ決められている」
「・・・決められている、だって?」
「そう、オメガ粒子にね。私や天音が〝威吹〟を使えるのは、元々光属性のオメガ粒子に『登録』されていたからよ。呪文を唱えると魔法が発動されるように・・・ある一定の動作や精神の推移をすることで、『登録』された技は使うことができるの」
オメガヴィーナスとこの妹が、同じ〝威吹〟を放つのは・・・宿るオメガ粒子が同じだからか。
なぜオメガスレイヤーは、奇跡ともいうべき数々の異能力を操れるのか? その秘密を初めて縛姫は知った。光や風、空の属性といっても、出来ることと出来ないことがあるのは、そのためだったのだ。
「『登録』された技の引き出し方は、内なるオメガ粒子の声に耳を傾けるしかない。幾千、幾万回と試行錯誤を繰り返して・・・私たちはようやく技の発動法を覚えるの。それがリロード。オメガ粒子への親和と努力の積み重ねだけが、新たな技のリロードを可能にする」
鮮血を撒き散らしながら立ち上がる剛武に、オメガエンジェルは両手の照準を定めた。
乙女のしなやかな指は、ハートの形を作っている。両手が作ったハートの奥に、咆哮する力士体型が見えている。
「オメガッ・・・エンジェルゥッ~~ッ!! ふざけてんのかァッ、てめえッ・・・!! なんだァッ、そのハートはよォッ!! なんの冗談だァッ!?」
「天音には出来なかった・・・だけど、私はリロードできたのが、この技よ。名付けて〝ディドィット〟。剛武、私はこれであなたを倒すよ」
「ゴムの身体を持つオレにッ!! てめえらオメガスレイヤーの技なんて通用しねえッ!! カルラもペガサスも、結局オレには勝てなかったぜッ!?」
突き出した両手の照準があっていることを示すように、剛武の胸中央にピンクのハートが描かれている。
途端、〝跳弾〟は再び飛び始めた。高く跳躍し、猛スピードで天井から壁へと移動する。素早く動くことで、ハートの照準を外す。
「グハハハッ!! のうのうと光線を撃ち込まれるのを待っているとでも思ったのかッ!? この速度についてこられるかァッ、光の天使さまよォッ!? 先程のように突っ込んでくるのを受け止めるのとは、ワケが違うぞッ!!」
動き回る的を射るのは難しい。オメガエンジェルも神速の世界の住人とはいえ、飛び回る〝跳弾〟を仕留めるのは簡単ではないと、縛姫も思った。
先程のリロードの話に嘘がなければ、オメガスレイヤーは時間が経つほど技を習得する可能性が高くなる。やはり今、すぐにでも白銀の光天使を消すべきだと、改めて人妖・縛姫は決意を固めた。
「―――・・・え?」
呆気にとられて声を漏らしたのは、縛姫や剛武だけではなく、見守る健人も同じだった。
オメガエンジェルがくるりと180度反転し、すたすたと縛姫に向かって歩き始める。
まるで飛び回る剛武を無視していた。もはや用はない、と言わんばかりに。いつ背後を襲われてもおかしくはない、無防備。
「さあ、次はあなたの番だよ、縛姫」
「てッ・・・めえッ~~ッ!! どういうつもりだァッ――ッ、オメガエンジェルゥッ~~ッ!? 今更怖気づきやがったかァッ!?」
「これが私の必殺技〝didit〟。『I did it.』・・・敢えて訳せば〝やっちゃった〟、てところかな」
可憐ですらあるオメガエンジェルの言い方に、飛びながら激昂する剛武。
だが、そんな怒りは一瞬のうちに消えることになる。
剛武自身の、命とともに。
ボオゥゥンンッッ!!!
「ッ!!?」
天井付近まで飛び上がった〝跳弾〟の巨体が、突如火を噴く。
胸が灼熱の光に包まれ、噴火口のなかのマグマのように溶解していた。グツグツと、沸騰している。広がる炎の中心は、先程オメガエンジェルが向けたピンク色のハートの照準。
眼に見える、ということは、反射した光が瞳の網膜に飛び込んでくることである。
つまり、本当に光の速さで撃ち込んだ光線は、眼に見えたときには『もう終わっている』。見えた時には、すでにその光線は届いた後なのだ。
「〝アイ ディドィット〟・・・すでに私の光線は『撃ち終わっている』わ。剛武、あなたがピンクのハートを見た時には・・・必殺光線はあなたを射抜いた後だった」
速度を失った〝跳弾〟の巨体が、天井高くから力なく降ってくる。
ボボボンッ、と肉と脂肪が爆ぜ、燃えながら消し飛んでいく。すでに胸部が焼け崩れ空洞になった巨体は、黒煙のなかでバラバラと分解していった。
オメガエンジェルの背中で、深紅のケープが強くたなびいた時、とっくに絶命していた〝跳弾〟の剛武は床に激突して粉々に砕けた。
「ィ”ッ・・・!! お、おまッ・・・お前はッ・・・!!」
「なによ、縛姫。とっくに自己紹介は済ませたよね? それとも一度は殺した私のこと、まさか忘れたとか言わせないから」
軽妙な口調とは裏腹に、白銀の光天使の表情は凍えるほどに冷徹で、ゾッとするほど美しかった。
「私がオメガエンジェル。かつての光の女神、オメガヴィーナスの妹、四乃宮郁美。もう一度言うよ。あなたたち妖化屍を滅ぼし、仇を討つため・・・私は戻ってきたわ。この地獄に、ね」
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