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16、水城菜緒
しおりを挟むパリッと糊の効いた、濃紺のブレザー。胸元を飾るピンクのリボンが、可愛らしいアクセントをつけている。黒のストッキングを履いているため一見わかりにくいが、マイクロミニのプリーツスカートはかなり短い。
襟足でふたつに纏めたおさげ髪が幼い印象を与えるが、その顔もあどけなさを残す童顔であった。涼やかな瞳と造りの小さな鼻や口が、和風の美少女といった様相を強くしている。カルラに似たスレンダーな体型だが、身長は頭ひとつ分高いようだ。
「・・・まさか、中学生?」
支柱に串刺しにした少女とは制服が異なる。加えて、端正ではあるが幼い顔立ち。
縛姫はこの異様な状況で最初に口にするには、やや不釣り合いな質問をした。
「さあ、どうでしょう?」
薄ピンクの唇を綻ばせて、おさげ髪の少女はわずかに微笑む。
これまた異様な状況には似つかわしくない、余裕ある態度と台詞であった。
「フン・・・随分と短いスカートだねぇ。コイツらといい、今の若い小娘どもは羞恥心ってものがないのかい?」
「動きやすいんですよ、この長さだと。脚を見せたくて短くしてるわけじゃないんです」
「ミズキナオ、だったね。お前が紫雲の空天使、オメガペガサスでいいんだね?」
肩に乗ったガラス破片を払い落としながら、再び菜緒は笑顔を見せた。
「どうでしょう? と言っておきましょうか。六道妖相手に、こちらの手の内を全て見せるほど驕ってはいませんので」
六道妖の存在を、知っている。
それだけで縛姫からすれば十分だった。少なくともこの水城菜緒という少女が、破妖師の仲間であることは確定したのだ。
「フフ、そうかい。だがお前がこの死にかけの風天使を助けに来たのは間違いないんだろう?」
「そうですね。その点に関しては、しらばっくれるのはやめておきます。カルラさんがいなければ、夜の体育館にこんな派手な登場をする必要がありませんから」
「・・・なぁ・・・お”っ・・・!! ・・・逃げ・・・・・・ぇ”っ・・・・・・」
言葉の途中でカルラの顔が、カクリと力なく垂れる。
黙り込んだ萌黄の風天使は、そのまま動かなくなった。ただ半開きになった口から、トロトロと赤い鮮血が流れ落ちるのみ。
「ムダなやりとりをするのは好きじゃないので、ハッキリと言っておきますね」
涼やかな奥二重の瞳が、冴え渡るように鋭くなった。
折り目正しい制服と同じように、ハキハキとした口調で菜緒は言う。童顔のこの少女が、どうやら怒っているらしいことに、ようやく縛姫は気付いた。
「あなたたちが察しているように、私はカルラさんを救出するためにこの場に来ました。ふたり纏めて、でも構いません。一刻も早くカルラさんを手当したいので、とっととかかってきてください」
「ッ・・・はぁ?」
縛姫と剛武。ふたりの妖化屍は、ともに我が耳を疑った。
慇懃な少女の口から漏れ出た、突然の挑発。しかしそれは聞き間違いなどではなかった。ふてぶてしい台詞は、紛れもなく制服姿の和風美少女から発せられたものだった。
「早く闘いましょう、と言っているんです。意味がわかりませんか? 顔面クレーターのキモいババアと、汗臭そうなブタ野郎には」
「ィ”ッ・・・!! ぶち殺してやるあああアアァッ~~~ッ!!! クソ小娘がああァァッ―――ッ!!!」
〝妄執”と〝跳弾”とが、濃紺のブレザー目掛けて一気に殺到する。
「ふぅ。まったく。ここまで言わないと動かないなんて、面倒な化け物たちですね」
唇を尖らせたおさげ髪の少女は、素早く武道家のような構えをとった。
だが、遅い。
本来なら決して遅いとは言えぬスピードだが、妖化屍の身体能力は次元が違う。ましてゴムの肉体を持つ巨体は、長い距離を一瞬で跳躍できるのだ。
すでに菜緒の直前まで、風船のごとき肉弾は迫っている。
「・・・えッ・・・!?」
人妖・縛姫の情報はともかく、ただの妖化屍に過ぎない剛武の能力を、『水辺の者』といえど知るわけがなかった。
〝跳弾”の恐るべき技量を、闘って初めて菜緒は理解することになる。怪力の持ち主であることは予測できても、ゴムの弾力が生むスピードと特質は経験せねばわからない。
太鼓のように膨らんだ腹部から、剛武は全身で華奢な少女にぶつかっていく。
「くッ!!」
床に身を伏せ、水城菜緒は〝跳弾”の激突を避けていた。
だが、剛武の脅威はこれから。舞台との段差が生んだ壁に突っ込むや、巨大なゴムボールはすぐに元来た軌道を跳ね返ってくる。
先程より、角度がやや下向きにつけられている。今度は身体の上を通過しないよう、菜緒に直撃するため微調整を加えたのだ。
「はああッ!!」
バネでも仕掛けられているかのように、瞬時にブレザー姿は立ち上がった。迫る肉弾を跳躍してかわす。跳び箱の要領で、タン、と剛武の肩に手をついてその巨体を飛び越えた。
「・・・どうやら、まともにやりあうのは厳しいみたいですね」
マイクロミニのスカートが翻るのも構わず、180度まで開脚した菜緒は宙に浮いていた。瞳は涼しげなままだが、額にはわずかに汗が滲んでいる。
「余裕ぶるのはそこまでだよぉッ!! 水城菜緒ッ・・・いや、オメガペガサスッ!!」
確信に近い勝利の予感に、〝妄執”の縛姫は笑いを堪えられなかった。
両腕に抱え込んだのは、アンチ・オメガ・ウイルスを照射するレーザーキャノン。
六道妖の首謀者たる〝百識”の骸頭からは、今回のオメガスレイヤー狩りのためにいくつもの道具を借りている。対カルラ戦でも活躍したこの〝オーヴ”のキャノン砲は、事実上風天使を戦闘不能にした主武器であった。
「・・・う・・・ッ!!」
「変身もせずにノコノコ現れたのがお前のミスだよッ!! とても〝オーヴ”の光線から逃げられないねぇッ!?」
人妖・縛姫にはわかっていた。ブレザー少女の動きは確かに称賛に価するものだったが・・・あくまで人間としては、の話だ。オメガヴィーナスやカルラと闘った猛者の眼には、随分と物足りなく映る。
深く考えなくても、理由は明らかだった。水城菜緒は変身を遂げていない。変身前のオメガスレイヤーは、本来の10分の1ほどしか能力を発揮できないのだ。満員電車で四方堂亜梨沙を蹂躙したように、変身前を襲うのはオメガスレイヤー攻略の初歩中の初歩だった。
むろんオメガ粒子が影響している以上、変身前の状態でも〝オーヴ”は効く。
宙に浮いてしまった菜緒に、レーザーを避ける術はない。妖化屍の力を侮ったのか、全開で闘いに挑まなかったのが、あどけない少女らしい稚拙さであった。
「これでッ!! 紫雲の空天使もお終いさッ!!」
轟音がレーザーキャノンを震わせるや、緑色の光の帯が、暗闇の体育館を横切った。
反オメガ粒子。通称〝オーヴ”の光線が、一直線にスレンダーなブレザー姿に襲い掛かる。
「はああ”ア”ッ!? うわああアアア”ア”ッ―――ッ!!!」
胸元を飾るピンクのリボンに、緑のレーザーは直撃した。
空中で〝オーヴ”の一撃を喰らった少女は、軽々と後方に吹っ飛んでいく。舞台の上まで飛ばされ、埃っぽい壇上を丸太のように転がり滑った。
「ホホホッ・・・オーッホッホッ!! ざまぁないねぇッ!! だがまだだよッ! この縛姫の顔を笑った女はッ・・・ラクに死ねると思うんじゃないよッ!!」
「オメガスレイヤーなど大したことはないが・・・始末するのが厄介なのは、カルラでよくわかったぜ。どうせてめえも、くたばっちゃあいないんだろう?」
うつ伏せに倒れたままピクリとも反応しない菜緒に、再び二体の妖化屍は一斉に躍りかかった。
距離からいっても移動速度からいっても、剛武の方が早く辿り着く。一足先に舞台にあがった巨漢は、少女の白いうなじに掴みかかった。
〝オーヴ”を浴びればオメガ粒子は大幅に消耗する。オメガスレイヤーにとっては、活動のエネルギー源を根こそぎ奪われるようなものだ。
緑のレーザーを受けた菜緒が、動けるわけはない・・・はずであった。
「・・・そうは、いきませんよ」
鈴のような声が聞こえた、と思ったときには、剛武の顎は跳ね上がっていた。
黒のストッキングに包まれた膝が、巨漢の顔を激しく突き上げていた。横たわっていた菜緒の肢体は、剛武の接近にあわせて飛び起き、膝蹴りを喰らわせたのだ。
「なッ・・・!? こ、小娘えぇ”ッ~~~ッ!!!」
怨嗟の呻きを漏らしたのは、舞台に駆け寄る途中の縛姫。
反オメガ粒子のレーザーが、効かなかったというのか? あるいは変身前であることが、〝オーヴ”のダメージを逆に減らしたのかもしれない。
涼やかな瞳に強い光を宿らせ、水城菜緒は後方に跳躍する。
襟足でまとめたふたつのおさげ髪が、風に流れる。縛姫を挑発するように、和風の美少女は微笑んでいた。
逃げるつもりだ。咄嗟に縛姫は、少女の狙いを悟る。
不利を察したのか、時間と距離を水城菜緒は稼ごうとしているに違いなかった。その細身の肢体を緊縛するには、縛姫の位置からでは遠すぎた。
「慌てるな、縛姫よ」
声が響くや、少女の奥二重の瞳が、ハッとしたように見開かれる。
初めてといっていい、菜緒の動揺した姿であった。その緊張した視線は、眼前に迫った影を捉えている。
顎を蹴り抜かれた〝跳弾”の剛武が、平然として、逃げる菜緒を追っていた。
「コイツ・・・弱いぞ」
力士体型の妖化屍が右手を伸ばす。弾力あるゴムの掌は、濃紺のブレザー越しに菜緒の左乳房を鷲掴む。
バスト81㎝のCカップ。
まだ未成熟な少女の胸を、容赦なく怪力で握り潰す。
〝オーヴ”のレーザーで撃たれた時よりも、遥かに痛烈な悲鳴が美少女の口から迸った。
「きゃあア”ッ!? ア”ッ!! くあああアア”ア”ァ”ッ―――ッ!!! ア”ッ・・・アア”ッ!!」
「グハハハハッ、相当に苦しいようだなッ!? さっきの小娘より辛そうな悶えぶりじゃあねえかッ!」
凛とした表情が苦悶に歪む。
長く、しなやかな四肢を突っ張らせて、水城菜緒はヒクヒクと痙攣した。思春期の少女にしてみれば、発育途中の乳房を圧搾されるのは、己の尊厳そのものを潰されるような苦痛だ。
だが、それにしても・・・脆い。
縛姫の胸に、ムクムクと漆黒の入道雲のような疑念が沸き上がる。かかってこいと挑発した割には、この弱さはなんだ? あるいは〝オーヴ”のレーザーによって、予想以上に弱体化しただけなのか?
・・・本当に、水城菜緒は紫雲の空天使オメガペガサスなのか?
『水辺の者』であることは間違いない。相当に鍛えられてもいる。しかし、オメガスレイヤーとしてはあまりに物足りない。左胸を潰されただけで悶絶する菜緒は、ふつうの人間の耐久力とほとんど大差ないではないか。
これならば、先程串刺し処刑したセーラー少女の方が、まだ頑丈だったと言えるだろう。
「・・・え・・・?」
そこまで考えて、縛姫は唐突に気が付いた。
いや、違う。水城菜緒が、脆いのではない。
・・・あのセーラー少女のタフさが、常人離れしていたのではないか。
風が巻くほどの速さで、縛姫は背後を振り返った。
支柱に串刺しになっていたはずの遺体は、消えてなくなっていた。
20㎝ほどの高さになった、鉄製の支柱。槍のようにとがった支柱は、セーラー少女の胸に刺さっていたのではなかった。その逆。潰れたのは、支柱の方。蛇腹に縮んだ支柱が、その事実を今になって縛姫に教える。
なぜ鉄製の支柱が、こんな無惨な姿になるのか。
答えは簡単。あのセーラー服の少女の方が、硬い肉体の持ち主だったから――。
「やっと、全てをわかってくれたようですね」
脂汗を浮かべた菜緒が、強引に引き攣った笑顔を作る。
少女のしなやかな右手が、剛武の顔面に当てられる。掌底というには、あまりに勢いのない攻撃だった。
「むッ・・・ごぽア”ッ!?」
だが突如咆哮した〝跳弾”は、菜緒の乳房を手離した。鼻と口を押えて、激しく咳き込み悶え踊る。
大量の水が、剛武の鼻からバシャバシャと溢れ出ている。
「私にできるのはこの程度の大道芸です。オメガペガサスだなんて、畏れ多いですよ」
これが、水城菜緒の能力であった。
手品のように水を生み出す。本人は大道芸などと卑下したが、その効用は侮れないものがあった。ゴムの肉体を持つ巨漢も、突如気管支に水を注がれてはたまらない。
思春期の乳房への暴虐から逃れた菜緒は、舞台の奥へと距離を取った。これ以上は自分の出番などないことを、聡明な少女は悟っている。
菜緒の仕事は、縛姫と剛武を引き付けること。そのためにわかりやすい挑発を繰り返したのだろう。
「小娘ぇッ・・・どもがアアァ”ッ~~~ッ!!!」
「私は『水辺の者』のひとり、オメガスレイヤーのサポートを務める水城菜緒。そしてあそこにいるのが・・・」
小さな唇を綻ばせながら、おさげ髪の少女は白い指先を体育館の後方に向けた。
「親友であり、仲間である浅間萌音。またの名を・・・紫雲の空天使オメガペガサス、です」
セーラー服にブルマというコスチューム。髪の右側だけをリボンで束ねた少女が、瀕死のオメガカルラを抱えて立っている。
その背中には、鮮やかな紫色のケープが、怒りに燃える妖化屍の視線を受け流すようにたなびいていた。
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