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15、犠牲
しおりを挟む「・・・バカっ・・・!! なんでこんなところに・・・来たのよ・・・っ!?」
床に爪を立てて掻き毟りながら、オメガカルラは捕獲された少女に向けて言い放っていた。
懸命に体を動かそうとするものの、ブルブルと震えるのが精一杯だった。諦めたくなくとも、もう現実を受け入れねばならない。今のカルラに、少女を助ける力などないのだ。むしろ蹂躙を受け、嬲られ続けた萌黄の風天使は、救護するよりされるべきであった。
「だ、だってッ!!」
依然、バタバタと足掻きながら少女も叫び返す。
白い太ももまでチラチラと見えるのは、スカートではなくブルマらしきものを履いているためだった。セーラー服にブルマ、とは少し卑猥な雰囲気もあるが、いかにも活発そうな少女にはよく似合ってもいる。
「さあ、早く答えを言いな、オメガカルラ。ペガサスのことを喋る気になったかい?」
顔面の陥没した熟女が、〝跳弾”の剛武に顎で指図する。
鷲掴んでいた少女の乳房を、力士体型の巨漢は一気に握り潰した。セーラー服の内部に収まった柔らかな果実がふたつ、ぐにゃりと変形する。
「はああ”ッ!! うわああああッ―――ッ!!!」
「や、やめっ・・・ろぉっ!!」
「お前がもたもたしてると、あの娘はお嫁にいけない身体になっちまうよ? オメガスレイヤーさまは、一般人を助けるためなら身を張るんじゃないのかい?」
少女の絶叫にうろたえるカルラを、冷たく縛姫は見下ろした。
「・・・アリサは・・・どうなってもいいっ!! 殺せっ!! 真っ二つでも八つ裂きでも、好きなようにすればいいっ!! ・・・いいから早く殺しなさいよっ!!」
「頭の悪い小娘だねぇ。お前を殺すのは、ペガサスの秘密を聞き出した後だって言ってるだろう。・・・剛武、やれ」
少女を背後から抱き締めた巨漢が、薄い笑いを張り付ける。
〝跳弾”は再び、頭上へ高々とジャンプした。先程までと異なるのは、捕獲しているのが萌黄の風天使ではなくセーラー服姿の少女という点。
常人では有り得ぬ跳躍力で、天井からぶらさがる照明灯に、一直線に突っ込んでいく。
「なっ・・・!!」
息を飲むカルラを嘲笑うように、凄惨な光景は現実となった。
ガシャアアアアッッンンンッ!!!
体育館の屋根を揺るがす衝撃と、ガラスの割れる破砕音。
ロケットのような勢いで天井まで運ばれた少女は、脳天から自分の頭より遥かに大きな照明灯に叩きつけられていた。
瞳を見開くカルラの前に、パラパラとガラスの破片と鉄クズが降ってくる。
続いてボタボタと垂れてきたのは、真っ赤な液体。
少女の首までが完全に照明灯のなかに埋まり、見えなくなったその頭部から、鮮血は流れ落ちていた。胸元も、豊かに盛り上がった乳房も、真紅の網目で汚れている。ブラブラと垂れさがった白い太ももから爪先へと、血は伝い滴っていた。
「・・・ぐっ・・・!! くぅ”っ・・・!!」
痙攣する拳を握りしめる。それが、今のオメガカルラに出来る限界だった。どれだけ怒っても、悔しくても、萌黄の風天使にその拳を振るう力は残っていない。
縛姫に後頭部を踏まれたカルラは、床に否応なく接吻する羽目となった。
「ホホホッ・・・ほーら、お前が喋らないから可哀想に。あの娘、血祭りにあげられちまったねぇ。でも安心しな。ビクビクと震えてる。まだ生きているようだよ」
「・・・んぐっ・・・!! ぅ”っ・・・!! ぷはぁ”っ!!」
「さあ言え、オメガカルラ。あの高さからこの槍のように尖った鉄の支柱に落ちたら・・・ピチピチしたあの娘もイチコロだろうねぇ。正義の味方が一般人を犠牲にしていいのかい?」
「・・・はぁっ・・・!! ・・・はぁ”っ・・・!!」
「死なせたくなかったら、オメガペガサスの秘密をぶちまけな。どうせお前も死ぬんだ。犬死するなら、ひとりでも多くの人間を助けた方がまだ報われるじゃないか」
「・・・・・・バッカじゃ・・・ないの・・・」
地に伏せた風天使から漏れ出た言葉に、〝妄執”の縛姫は目を剥いた。
「・・・アリサたち・・・は・・・正義の味方なんかじゃ・・・ないってのよ・・・」
「・・・ッ!! 小僧一匹見捨てられなかったヤツが、ヌケヌケと・・・ッ!」
「アレはアリサの命と引き換えだから・・・出来た・・・他人の命は・・・勝手に賭けられない・・・っ・・・」
「このッ・・・!! なにをワケのわからぬことを・・・!!」
「ペガサスを窮地には・・・できないっ!! ・・・私自身の命以外は・・・天秤に掛けるなんて、許されないっ!! ・・・」
天井から落ちる赤い雫を見つめながら、カルラは強い口調で言い切った。
「・・・そうかい。どうやらお前のなかじゃ、自分の命だけが軽くて、ペガサスもあの娘も命の重さは一緒ってことらしいねぇ。バカバカしい!」
中央の窪んだ顔をさらに歪ませて、縛姫は唾を吐き捨てた。
カルラの頬にベチャリと付着する。唾液を広げるかのように、靴の裏でグリグリと踏みにじった。
「じゃあ見てるがいいさッ、哀れな小娘が串刺しになるのをねぇッ!! 剛武、カルラの目の前でその娘を殺してやりなッ!!」
縛姫がポニーテールを再び掴むのと、剛武が照明灯から少女を引き抜くのとは、ほとんど同時であった。
少女を抱えた〝跳弾”が、折れた支柱目指して真っ逆さまに落下してくる。顔を無理矢理に上げられたカルラは、これから起こる光景から目を逸らすことができない。
血に濡れたセーラー少女の表情が、恐怖に引き攣った。両腕を巨漢に羽交い絞めにされて、身動きの取れない態勢。身をよじることすらできない少女は、豊かに発育した胸から鉄製の竹槍に落ちていく。
「うわああああああああッ―――ッ!!!」
悲痛な絶叫が、己の口から出たのか、少女のものであったのか、カルラはわからなかった。
尖った支柱の先端が、セーラー服の乳房の膨らみに埋まるのが見える。
続けて超重量が、床に激突する轟音――。
ドオオオオォォウウウゥンンッッ・・・!!!
体育館全体を、震動が包み込む。
〝跳弾”の剛武を背負ったまま、セーラー服の少女は胸から鉄の支柱に落下していた。
「・・・ゴブウ”ゥ”ッ!!!」
胡桃のように丸い瞳が、一瞬大きく見開かれた。
鮮血の塊が、開いた唇からバチャリと吐き出される。
50㎝ほどの支柱を胸に埋めた少女は、床からわずか20㎝の高さまで肢体を沈め、そのままピクリとも動かなくなった。
左胸に刺さった支柱だけが、少女を支えている。淡い茶色の長い髪が、さらさらと重力にひかれて流れた。
「ホホホッ・・・オーッホッホッ!! くだらない意地を張るから運の悪い小娘が死んじゃったわねぇッ!! カルラ、お前のせいだよッ! お前がこの小娘を殺したんだ!」
床に顔を伏せたカルラに聞こえるよう、甲高く縛姫は笑い続けた。
少女を解き放った剛武も、カルラの傍らに歩み寄る。すでに砕けているアバラを爪先で蹴りつけても、萌黄の風天使は顔を下向けたまま反応しなかった。もしかすると、涙に濡れた表情を隠そうとしているのかもしれない。
「グハハッ、いくら強がっても目の前で一般人を殺されたんだ。オメガカルラのショックはさぞ大きいだろうな!」
「おそらくは『純真』が砕けかけているはずねぇ。『純血・純真・純潔』の全てが崩れた今なら、カルラを始末するのは羽のもがれた鳥を踏み潰すようなもの・・・」
紫のドレスの内部に、縛姫は己の両腕を引っ込めた。
代わりに左右の袖から飛び出したのは、緑色の大蛇。〝妄執”は通常の腕を緊縛の蛇へと交代させたのだ。
「オメガスレイヤーなど甘ちゃんだと思っていたけど・・・まさか一般人を見捨てるとはね。少し誤算だったわ。この分だと、ペガサス相手にこいつを人質にとっても意味ないかもねぇ~・・・」
左右の大蛇を、縛姫はカルラの首に巻き付ける。
下半身を緊縛したオレンジ髪も、同時に圧迫を強めていく。黄色のコスチュームをまとった華奢なヒロインを、ギリギリと強烈に締め付ける。
「うぇ”ア”っ・・・!! かはァ”っ!! ・・・ァ”、アア”っ!!」
「作戦変更だよ、剛武。ひとまずオメガカルラを望み通り八つ裂きにしようじゃないか。今の私たちなら、人質なんかなくてもオメガペガサスに勝てるさ」
「グハハハ、座興は終わりということか。よかろう、元々オレは一刻も早くトドメを刺したくて仕方なかったんだ」
相撲取りのような巨体が、カルラの背中に全体重を掛けて乗った。
萌黄の風天使、本来の耐久力ならば150kgの質量などモノともしないだろう。しかしありとあらゆる責めで限界まで削られた今のカルラは、体重たった38kgしかない普通の女子高生と変わらない。
ゴキゴキと背骨が軋み、内臓のいくつかが無惨に破裂していく。
「ゴボア”っ!! ア”っ!! アアア”っ―――っ!!! ひぎゅゥ”っ・・・ぅアア”っ!! ガハア”ア”ア”っ~~~っ!!!」
獣のような絶叫とともに、ドス黒い血がカルラの口を割って出る。
縛姫に絞められ、剛武に潰されて風天使は激しく痙攣した。断末魔の震え――。二体の妖化屍は黄色のオメガスレイヤーが死の間際にあることを確信した。
「ホッホッホッ!! 萌黄の風天使オメガカルラは・・・この人妖・〝妄執”の縛姫が仕留めたわァッ!!」
あとわずかに緊縛の蛇と髪に力をこめれば、カルラの肢体をバラバラに分断できる。
縛姫が喜悦に震えかけた、その寸前であった。
パリイィィッ・・・ンンンッ!!!
天井付近にある窓が割れ、黒い影が体育館に飛び込んだ。
「ッ・・・!! 来たようねぇッ!!」
割れたガラスが、キラキラと月光を反射して輝く。見えないはずの星空が、一瞬体育館の上空に描かれた、などと縛姫はらしくない錯覚を起こした。
煌めく破片のシャワーのなかに、人の形をした影があった。
7、8mはあろうかという高さから、影は音もなくフローリングの床に降り立つ。その軽やかな身のこなしは、並みの人間であるはずがない。
くしくも縛姫は、半年前、教会での出来事を思い出していた。
オメガヴィーナスを処刑した、あの夜。同じようにガラスを割って上空から乱入したのは、萌黄の風天使オメガカルラだった。
今はそのカルラを、解体寸前にまで追い込んでいる。あの時邪魔をした生意気な小娘は、半年経って地を舐めさせるまでに征伐した。
ならばきっと、今宵の乱入者も、六道妖の軍門に下ることになる。よき吉兆としか、縛姫には思えなかった。
「・・・・・・っ・・・な・・・お”・・・っ!!」
体育館の舞台近く。縛姫たちがいる出入り口とは反対側の、離れた場所に立つ影を見て、声を発したのはカルラだった。
おそらく背骨も砕けたであろう黄色のヒロインは、顔だけを舞台の方に向けている。端正な美貌は蒼白だった。血の気を失っているのは、乱入者の身を案じてか、蹂躙された肉体があまりに痛むためかはわからない。
もはやカルラは、指先ひとつ動かせまい。
確信した縛姫は、緑の大蛇とオレンジ髪をスレンダーな肢体から引き剝がした。「なお」と呼ばれた影に向かい、臨戦態勢を整える。意識を乱入者に向けるのは、〝跳弾”の剛武も同じだった。
「水城菜緒です」
暗闇のなかで、影は自ら名乗りをあげた。
闇といっても、死後の住人である妖化屍には昼のように全貌が見えている。舞台近くに降り立った影の正体も、今や明瞭にその視界に捉えていた。
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