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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
42章
しおりを挟むハッキリとそれと分かる形状に変化し終えた光の長柄武器=薙刀を、可憐な少女戦士は堂に入った姿勢で構えた。
湿気を含んだ夜の空気が、ピンと硬直したのがわかる。武道天使が新たな武器を手にした瞬間、対峙する凶魔の背中にビリビリと緊張が駆け抜けていった。
「薙刀・・・だと?」
スラリと伸びたユリアの四肢に、長柄の武器は美しいまでによく似合っている。あどけなさを残した愛くるしい童顔はそのままなのに、美少女から立ち昇る凛とした戦意を、ゲドゥーは確かに感じ取っていた。
似ている。そう、まるで、ファントムガール・サトミだ。
この柔術使いのファントムガールは、現在本気で闘えないはずだった。深刻なダメージを与えられぬ、甘ったるい腑抜け。それがいまや、くノ一戦士と同等の危険な香りを漂わせるとは・・・?!
「想気流は本来・・・戦場で生まれた闘技です。体術は、あくまでその体系のひとつ・・・杖術、棒術、剣術に加え・・・弓矢や薙刀も・・・継承者であれば、当然修めるべきものです」
古武道と呼ばれる一派の大半は、戦国時代に「生きるか死ぬか」の凌ぎ合いのなかで生まれたものを祖とする。西条ユリが習得する想気流においても例外ではなかった。もともとは刀や槍といった、武具を想定に入れた技術系統なのだ。
江戸という平穏な時代に移り、生死を争うものだった武術は、安全の範囲内で腕を競い合うものへと変貌していった。真剣が木刀になり、竹刀になり、やがては素手になって技術を研鑽するものとなっていった。
現在、街角の道場で子供たちに教えられる古流柔術は、投げ技や関節技、徒手で組んでの技術がほとんどであろう。ユリが師範代を務める道場においても、実情は変わりない。ユリ自身も、生まれてから15年間の修練の大部分は体術に割り当てられていた。
だが、本来は違うのだ。
武具を手にしての闘い方まで含めてが、想気流柔術。次期継承者であるユリが、弓矢や薙刀の扱いに長けることはむしろ当然のことなのだ。
「ファントムガール・ユリアとして闘わねばならない・・・そう決断した日から・・・密かに薙刀の修練に努めてきました・・・」
黄色に輝く光の薙刀を、ユリアが軽く振り回す。
まるでバトンチアリングを見るような鮮やかさであった。巻き起こる風で、闇が切り裂かれるが如く揺らぐ。ユリアにとってはウォーミングアップに過ぎない一連の動作だけで、相当の手練れであることは一目瞭然に伝わってくる。
「手加減をしてしまう私は・・・きっと、足手まといになると思ったから・・・お姉ちゃんがいなくても・・・闘えるように、ならなきゃいけないから・・・」
「なるほど。刃を持った武具なら、加減しようにもできないな。お前にその気がなくとも、その刃を当てればブスリといける」
「本来なら・・・まだ闘いの場に通用する力は・・・私には、ありません・・・・・・でも・・・もう、私がやるしか、ないんです」
双子の姉エリの助けなしでは本来の戦闘力を発揮できない、天才柔術家ユリ。このままでは、重責を担う守護天使として通用しないのは、ユリ自身が悟っていた。なによりも愛する姉を、危険に巻き込んでしまう。エリの存在なしでも戦士として独り立ちすることは、ユリにとって一番のテーマであった。
後継者を決める闘いで、姉を図らずも瀕死に至らしめてしまったトラウマ・・・努力を重ねても、怒りに身を焦がしても本気で闘えなくなったこの弱点を克服するため、ユリが辿り着いた結論が“武器を持つこと”―――薙刀という殺傷能力の高い武具を用いれば、必然的に敵を葬ることができる。エリがいなくても、ユリひとりで闘いに臨むことができる。仲間たちの足を、もう引っ張ることはなくなるはずなのだ。
だが『エデン』の戦士の光や闇の技は、想いの強さが威力の大きさに深く関係してくる。ただ薙刀を手にするだけではダメだった。稽古を積み重ね、絶対の自信と身体の一部に同化するような感覚とを身につけねば。薙刀という武具が“自分のものになった”と深層レベルから納得できねば、光のエネルギーを具現化して造り出すことすら叶わないだろう。
追い詰められた、この時だから。
アリスを救えなかった悔恨があるから、“鬼喰”を生み出せた。
本来ならば実戦で使える段階には届いていない、もっと稽古を積まなければ・・・ユリアの内心では“鬼喰”を使用するのは時期尚早であった。だが体術でダメージを与えられず、破邪嚆矢も通用しないと明らかになった今、ユリアがゲドゥーと渡り合うには、この新武器に希望を賭けるしかないのだ。
チラリと横目で地面に伏せた茶褐色の物体を確認する。北の丸公園の敷地内、日本武道館横の開けた土地に、それはシュウシュウと音をあげながら転がっていた。
全身から漆黒の煙をあげて、ピクリとも動かないギャンジョーの巨体。
ゲドゥーの闇光線を同士討ちにさせた。恐らく、こんな好機は二度と訪れまい。頑強な肉体を誇るギャンジョーが滅んだとは思えないが、しばらくの間、戦闘不能に陥ったのは間違いなかった。
5分。いや、3分。
凶魔ゲドゥーとのサシ勝負。相性的に噛みあうギャンジョー以上に、ユリアにとって難敵であるのはわかっている。だが、人類史上最悪の侵略者を撃退するのは、この世界に銀と黄色の武道天使ただひとりしかいないのだ。
「世界を守るなんて・・・そんな大それたことは、私には言えません・・・ですがッ!」
黄色の光で創られた薙刀の穂先が、ピタリとひとつ眼の凶魔に向けられる。
「アリスさんと・・・サクラさんの仇は、とりますッ!! この、ファントムガール・ユリアがッッ!!」
大地が鳴る。一直線に、“鬼喰”を構えた可憐な戦士が佇む凶魔へと疾走する。
「得物を手にして高揚する。素人にはありがちなハシャギぶりだな」
言うなり突き出したゲドゥーの右手から、漆黒の光線がカウンターとなって発射される。
ファントム破壊光線、ではない。あの技は名前を口にすることで、より威力が強化されるもの。牽制の意味を込めた暗黒光線を、正義の薙刀が真正面から迎え撃つ。
ザクンッッッ!!!
軽やかな音色を残して、漆黒の弩流が中央から割れる。火が走るように、“鬼喰”が創った光の裂け目が、暗黒光線を逆流して昇っていく。
そのまま、凶魔本体すら断つか。ユリアの脳裏に浮かんだかすかな期待は、数瞬ともたずに消え失せた。
「いい筋をしている。ユリアよ、どうやら相当の稽古を積んだな?」
おさげ髪の天使の左側面、右腕が届く危険区域からゲドゥーの声は聞こえた。
黒縄で編んだような極太の“最凶の右手”が引き絞られている。狙うは、脇腹か。圧倒的なスピードとパワーを誇るひとつ眼凶魔は、その死神の右手で早くもユリアの命を引き抜く寸前であった。
ゾワリ・・・
疑いようの無い、戦慄。
背を駆け登る寒気に、放ちかけていたゲドゥーのブローがビクリと止まる。踏み込みかけた脚が留まる。
ザシュンンンンッッッ!!!という擦過音と、股下から跳ね上がった薙刀が光の粒子を振り散らすのとは、ほとんど同時のことだった。
踏み込んでいたら、股間から真っ二つ、だったのか?
戦慄の正体を知ったゲドゥーの脳裏に、衝撃にも似た感情が押し寄せる。
腰に装着した白のプロテクターから腹部の中央にかけて、縦一文字に断裂が走ったと見えるや、プシュッと鮮血が噴き出る。トリックプレーとでも評したい、変則的な薙刀の動き。修羅場を潜り抜けてきたゲドゥーの直感が働かなければ、ユリアは大金星を得ていたかもしれない。仰け反った凶魔のひとつ眼が、かつてない動揺の色を見せる。
「・・・くッ」
小さく呻いたのは、美少女の花弁のごとき唇であった。
思惑通りの誘いだった。左側面に敢えて隙を作り、飛び込んできたゲドゥーを仕留める狙いは、すんでのところで表皮一枚を斬るのみに終わった。大上段から振り下ろした薙刀が、背後もしくは側面から跳ね上がってくる“想気流薙刀術”の一技法。予測しづらいだけに一撃必殺と成り得るが、変則的な軌道は一度しか使えないだろう。
だが、収穫はあった。十分すぎる、収穫が。
“鬼喰”はゲドゥーに通用する。ほぼ全ての攻撃を無効化してきた、最強の凶魔に。
“もともと鬼喰は・・・西条家に代々伝わる、本物の薙刀・・・・・・私の掌に残る鬼喰の感触を、きちんと具現化できたなら・・・その斬れ味は、まさに一撃必殺・・・”
屠れる。この悪魔を。
触れさえすれば、正義の薙刀はゲドゥーを斬る。本気を出せないはずのユリアが、勝利を人類の手に取り戻すことができる。
「はあああああッッ―――ッッ!!」
裂帛の気合いが迸る。銀と黄色の華奢な肢体が強く輝く。
斬撃の怒涛が菱形頭部の凶魔に迫る。流麗なまでの、薙刀の舞であった。美しく、華麗で、死の香り漂う、光刃の連続斬撃。あのゲドゥーがユリアの猛攻の前に、ただひたすらに後退していく。
内気で可憐な、愛玩動物のごとき美少女が、殺意に凝り固まった邪悪の権現を追い詰める。にわかに信じがたい光景は、しかし今現実に間違いなく東京九段下の空の下で展開されている。
斬りかかっていた“鬼喰”の刃筋を、不意にユリアが突きに変える。
その瞬間、空気が強張るのを武道天使は感知した。戸惑い。焦燥。動揺。ゲドゥーが示した確かな硬直。逃げられない。この薙刀の突きから、ひとつ眼凶魔はもう逃げられない。いけ。いっちゃうんだ。“鬼喰”が唸った、その瞬間であった。
「・・・ユリアよ」
ガッキイイイィィッッィィッッ・・・ッッ!!!
「お前は、調子に乗りすぎだ」
聖なる光の薙刀“鬼喰”は、ゲドゥーの右手にしっかりと受け止められていた。
止めたのかッ?!! 素手でッ?? 素手で薙刀の刃をッッ?!!
人形のようなロリータフェイスが驚愕に引き攣る。いや、わかっていた。わかっていたはずだ。“最凶の右手”は武具と同等の扱いをするべきだと。薙刀を防ぐ程度のことは、覚悟していたはずではないか。
ゴオオオオオウウウウッッッ!!!
業火が熱風をはらんで、ユリアの顔に、全身に叩きつけられる。
「きゃあッ?!」という少女らしい悲鳴を残して、黄と銀色のスレンダーな肢体が吹き飛ばされる。灼熱のように感じられた衝撃波は、業火ではなかった。暗黒の、波動。憤怒とともにゲドゥーが全開にした闇のエネルギーが、吹き荒れる暴風と化してユリアの全身を叩いたのだ。
「うッ・・・うぅッ・・・!!」
距離を置いて薙刀を構えるユリアの唇から、呻きが洩れる。
ゲドゥーの本気がこれほどとは。
邪悪の質量を示す漆黒の瘴気が、天に届くか如く燃え盛っている。この余波に触れただけで、人間などひとたまりもあるまい。違う。かつてユリアが闘ってきた敵たちとは、根本から闇の素質がまるで違う。もしかすると、今、守護天使たちは本物の悪魔と闘っているのかもしれない。
だが。
「・・・ひるみませんッ・・・私には・・・脅えることなど、許されないッ・・・!!」
恐喝は、極道者にとっては初歩の初歩とも言える基本戦術。
闇に呑み込まれたら、負ける。確かにゲドゥーとギャンジョーの暗黒エネルギーは巨大だ。だが、その圧倒的負の波動に気圧されることが、すでに凶魔の術中なのだ。
タンッ、と軽く地を揺らしてユリアが駆ける。
対するゲドゥーが悠然と歩を進める。冷たく光る濃紺のひとつ眼。ゆっくりと、右の拳を大きく振りかぶる。
薙刀“鬼喰”の一閃と“最凶の右手”の剛打。正面から激突する、光と闇。
大地が割れるような轟音と空気が裂けるような衝撃。震撼する戦場。天使と凶魔、渾身の激突を支える地球が悲鳴をあげる。
“まッ・・・負けるッ・・・な、なんてパワー!!”
素手の拳が薙刀の斬撃を上回るというのか。
驚愕が脳幹を走り抜けた刹那、瀑布となって押し寄せる暗黒に光の戦士は包み込まれた。
ボンッッ!! ボボボッッ!! ボンッッ!!
「うああああああッッッ―――ッッッ!!!」
燃える。ユリアが。暗黒の炎に焼かれて。
肩が爆ぜ、腹筋が裂け、太腿が黒い火を噴く。敗れた。正面衝突での、完全なる敗北。力と力では、所詮可憐な美少女がプロの殺人鬼に勝てる道理がない。勢いづくゲドゥーが、一気の決着を狙って尚右腕に力を込める。
奇妙な感覚が凶魔を襲ったのは、その瞬間であった。
不意に支えが消失したような。無重力空間に投げ出されたような、不可思議な感覚。
力を・・・受け流された?!
真っ向からぶつかりあっていた薙刀が、右腕の内側を滑るように入ってくる。まるで風に揺れる柳のごとく。
力勝負ならば軍配はゲドゥーにあがる。しかし、力を技で封じ込めるからこその想気流。技で力を無効化してこそのファントムガール・ユリア。
薙刀を手にしたからといって、想気流の真髄は変わらない。莫大な闇エネルギーの隙間を縫うように、シュルシュルと滑り込む“鬼喰”の穂先が、ゲドゥーの心臓に突き進む。
ドシュウウウッッ・・・!!
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