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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
11章
しおりを挟む「今頃になって焦っているな、里美! 見よ、貴様のせいで響子はこの有り様よ」
雨混じりの泥のなか、うつ伏せに倒れた響子の右腕が御影石の台座に伸ばして据えられる。
漆黒の瞳を見開く里美の前で、久慈は両抱えにした墓石を女教師の肘目掛けて躊躇なく振り下ろした。
ゴギイイッッッ!!! ブチイッッ!! ブチブチッゴキンッッ!!
「ウギャアアアアアアアアッッッ~~~~ッッッ!!!!」
「ワーッハッハッハッハッ!! そおら、受け取れッ!!」
ダラリと垂れた右腕を支え、絶叫する美女を雨空高く久慈は放り投げた。
錐揉み回転しながら花崗岩の墓碑に落下していく妖艶な女教師。
その薄汚れた肢体を飛び出した里美が空中でキャッチする。
「その遠慮が、コンビネーションの乱れというのだ」
不快そうな海堂一美の呟きを、里美はすぐ耳元で聞いた。
駆られていた。響子を助けねば、という気持ちに。響子の生命力を信じることも出来ずに、ただ傷つけたくない一心で闇雲に身を躍らせてしまった。
七菜江には、見捨てる決意すらできた里美だったのに。
ゴキイイイイインンンンンッッッ!!!
左右から襲った凶魔の剛打が、里美の側頭部を挟み撃ちに捉えた。
視界が霞む。あらゆる神経のスイッチが切断され、ビリビリと痺れる感覚と頭蓋の軋む激痛だけが里美に残された全てであった。
脱力した腕から、ズルリと泥まみれの女教師がボロ雑巾のように地面に落ちる。
垂れ下がった四肢と虚ろな瞳。一撃にして意識のほとんどを吹き飛ばされたくノ一少女に、続く悪魔の打撃を避ける術はない。
誇張し過ぎず、絶妙なラインを描いた胸の稜線。乙女の可憐さとオトナの色香を凝縮した左の乳房にバズーカの如き右腕が突き刺さる。
「うぐうううッッッ!!! ッッ~~~~ッッ・・・ぁぁアアッ・・・アアッッ~~ッッ・・・!!」
胸を潰された少女の悲痛な呻きが、静謐な霊園に漂い流れる。
もはや破壊の激痛に支配された里美に、抵抗は不可能であった。
壮絶な破砕音が響き、顎の跳ね上がった美少女の肢体が吐血の糸を引いて空中高く舞い上がる。
海堂の右アッパーブロー。小さな少女の顔に放っていいとは到底思えぬ容赦ない豪打。並の女子高生ならば顎が吹き飛んでいたであろう悪魔の一撃を受け、口腔を真紅で濡らした虚ろな令嬢が悲劇の待つ地上へと落下していく。
突き上げた久慈の魔剣が落ちる里美の鳩尾を抉り、そのままカウンターで反撃不能の天使の肢体を高々と天空に刺し掲げた。
「おぶううううッッッ―――ッッッ!!! ごぼッ・・・アアッ・・・アッ・・・アアア・・・」
吐き出された大量の鮮血が、剣撃で支えた魔人の顔に降りかかる。
くの字に折れ曲がり、指一本動かせぬ肢体を空中に掲げられる正義の少女。食い込む腹部の苦痛に漏れる悶絶の呻きとボトボトと垂れる吐血の飛沫のみが、残酷な決闘の地に響く音色の全て。
八の字に寄った細眉とヒクヒクと震える桃色の唇。美少女の苦しむ表情を堪能し尽した久慈が、再び里美を天高く放り上げる。
悪魔のキャッチボール。受け手となった海堂が、瞳を濁らせた少女戦士の茶色混じりのストレートを無造作に鷲掴んだ。
『最凶の右手』は女子高生の体重を、まるで意に介していないようだった。
おおよその女優もモデルもアイドルも到達し得ない秀麗な美貌を、海堂は顔面から花崗岩の墓石に叩きつけた。
鈍い音色と飛び散る血潮。
ガラガラと崩れ落ちる墓碑の向こうから、おびただしい出血で深紅に濡れ染まった美乙女のマスクが、泣き入りそうな苦鳴とともに現れた。
「ああアぁッッ・・・ああァッ~~ッ・・・ゴブッ・・・アア・ア・ア・・・アアッッ・・・」
“・・・こ・・・んな・・・・・・私・・・も・・・う・・・・・・”
投げ捨てられたくノ一少女の肢体が、驟雨が造った泥沼に水没する。
鮮血と泥とで汚れたセーラー服が、ピッチリと大の字で転がる少女の肢体に張り付く。
汚泥に沈み、蝕む激痛に身を痙攣させるだけの乙女の姿は、正義が悪に蹂躙された様を雄弁に物語っていた。
「終わりだな」
泥水にまみれ無惨に転がるふたりの美女・・・五十嵐里美と片倉響子の黄土色に汚れた肢体を、久慈仁紀と海堂一美が冷たく見下ろす。美少女の顔面は紅に染まり、妖艶美女の右腕は有り得ない方向に折り曲がっていた。
瀕死の乙女と無傷の男たち。これが正義と悪の実力の差なのか。
トドメを刺すべく久慈が、絡みついたガム状の糸を剥がし、煌く刀身を頭上高く差し上げる。切れ味を取り戻した兇刃が狙うのは、うつ伏せに倒れた五十嵐里美の首――。
ボコボコボコッッ!!
墓の下の大地が盛り上がったのは、その時であった。
「・・・なんだと?」
地面から勢いよく飛び出した、人の腕。
過酷過ぎる暴魔の凶行が、死者の安眠を妨げたのか。
いつか見たゾンビ映画のシーンが久慈の脳裏をかすめる。一気に墓場の下から飛び出した泥の塊は、紛れもない人間の形を取って、驚愕する二匹の悪魔の前に立ち塞がった。
「ちッ・・・兵隊を隠しておったか!」
死者が蘇った、などという妄想に取り憑かれたのはわずかな間であった。
泥で固められた2mほどの巨人は怪物ゴーレムを想像させるが、里美と響子が施した仕掛けであることは疑いようがなかった。本物のゾンビやゴーレムであるわけがない。恐らくは里美の配下、忍びの手の者を潜ませておいた。突進してくる泥巨人と正対する久慈に、動揺は微塵もなく消え失せていた。
銀光が煌く。
抜いた刀身が再び鞘に納まったとき、墓場より生まれたゴーレムの首と両腕は同時に切り離れた。
「?! こいつ、まだ動くかッ・・・」
「どうやら人間がなかに入ってる、というわけでもないようだ」
大砲の撃ちこまれる轟音が青山霊園に響き渡る。
首と両腕を失くした泥巨人の胸の中央、茶色に染まった“最凶の右手”が背から貫いて生えている。
そのまま海堂一美はいまだ蠢くゴーレムの身体を上下ふたつに引き千切った。
久慈の兇刃が再び虚空を舞う。今度斬ったのは土人形の身体ではなかった。
泥巨人を操っていた見えない妖糸を断ち切った途端、動きを止めた土の塊がボトボトとぬかるんだ地面に落ちていく。
「木の枝と泥で作ったマリオネットか。裏切りブタめッ・・・これは響子の仕事だな」
「万一に備えた隠し玉というわけだな。さすがに参謀を務めていたというだけはある」
「フンッ、だがその切り札を使っても逃げるのに精一杯だったようだ」
そぼ降る雨のなか、くノ一少女と美妖女の姿は悪鬼二匹の視界から消えていた。
「逃がさんぞ、忌々しいメスブタども。貴様らの墓場にはうってつけの場所だ」
刀身にこびりついた泥を、久慈の長く真っ赤な舌がベロリと舐め取った。
「ふふ・・・まさかこんな形であの仕掛けが役に立つなんてね」
「喋らないで。ズレるわ」
泥のゴーレムが作ったわずかな隙に、里美は響子の肢体を抱いて霊園の隅に隠れ逃げていた。
障害物の多いこの場所を戦闘地に選んだのは間違いではなかった。草陰、墓石の裏、広葉樹の枝。自然に隠れての逃走により、しばらくは時間を稼げるだろう。だがいずれは見つかる。なによりも圧倒的不利にある里美にとっては、ふたりしか敵がいない今は好機であることに変わりはない。態勢が整い次第、再び闘いを挑まねばならないのは明白であった。
聖愛学院の男子誰もが魅入り、女子誰もが憧れる生徒会長の美貌は流れる鮮血に染まっていた。
ドクドクと噴き出す血が尖った顎先から落ちていく。凄惨な己の姿に気付いていないように、里美は千切った新体操のリボンで折れた響子の右腕を固定していた。
下半身を投げ出して座り込んだ真紅のスーツの美女は、里美とは対照的に顔面を蒼白にしていた。引き攣った彫りの深いモデル顔に脂汗が浮かんでいる。骨を潰された激痛など、初めて味わうに違いなかった。自信に満ちた天才学者の表情は、いまや疲弊と敗北感に覆い隠されている。
「リボンはあなたの大切な武器でしょ。こんなことに使っていいの?」
「喋らないでと言ってるでしょう」
「ふ・・・ふふ・・・情けないものね。どうやら私はあの坊ちゃんを舐めていたようだわ。まさかここまで圧倒されるなんてね。糸の仕掛けは全て破られ、右腕も壊された。念を入れて備えておいたマリオネットのおかげでなんとか生き永らえたけど・・・時間の問題でしょうね。力を増した久慈と、最凶のヤクザ海堂一美。完敗を認めなければならないようね」
「・・・ごめんなさい」
「あなたが謝ることはないわ、五十嵐里美」
「いいえ、私のミスよ。ヤツらがあなたを集中攻撃するとは思ってもいなかった。援護が遅れなければこんな事態にはならなかった。この敗退は、全て私の甘さのせいよ」
「ふふ、同情されるのが、これほど惨めなものだとはね」
「同情ではないわ、事実を話してるまでよ」
「私が弱いから負けた。それだけのことよ。元々あなたは私と組むといいながら、自分ひとりであの二匹と闘うつもりでいた。だから自分を襲ってこない奴らの動きに戸惑ってしまった。そうでしょ? あなたが責任を被ろうとすればするほど、私は惨めになるってわけよ。足を引っ張ったのはむしろ私の方」
「響子、それは・・・」
「やめましょう、この場においての責任追及は無意味よ。今はここからどう脱出するかが重要。私もあなたも、このダメージでは今度闘えば死は」
「逃げないわ」
「?! なんですって?」
「私は闘う。久慈と海堂、このふたりさえ倒せばきっと敵は瓦解する。この国に迫った危機を救うためには、今チャンスを逃すわけにはいかないの」
鮮血に濡れた瓜実の顔のなかで、切れ長の瞳が決意の色を灯して燃え上がる。
これまでの情報収集の成果により、敵方の全貌はほぼ掴めている。久慈の一派に加担した、最凶のはぐれ極道ふたり。だが理知的な面を持つ海堂と異なり、殺人快楽者で欲望がままに生きるスカーフェイスこと城誠が、若輩の久慈の指示を素直に聞くとは思えない。久慈と海堂、このふたりが冷静な関係を築けているからこそ機能している同盟のはずだ。首魁2名さえ倒せば、空中分解する可能性は極めて高い。
もちろん一筋縄でいく相手ではない。この悪鬼二匹に対抗できる手段があるものかどうか。
しかし同時に一気にクーデターを終結させるチャンスでもあることを、里美は冷静に判断していた。
「バカな。命からがら逃げてきたのをもう忘れたのかしら? 無駄に死ぬだけよ。勝てるわけがないわ」
「私も勝てるとは、思っていないわ」
「ふふッ・・・奴らの攻撃を受けておかしくなっちゃったのかしら?」
「引き分けで構わない。いいえ、そんな贅沢は言わないわ。せめてひとり、道連れにできるだけでいい。それも許されないなら、数日間動けなくするだけでもいいの」
どこまでも深い漆黒の瞳に、憂いと炎が漂った。
死ぬつもりか、五十嵐里美。
このふたり、いやひとりだけでも数日間戦闘不能に追い込めば、もしかしたら希望が灯るかもしれない。危ういバランスで成り立っている敵陣を思えば、確かにその点は響子も否定はしない。しかしそのために、守護天使側の大将とも言うべき自らの命を散らすつもりなのか。
なんという、愚かな思考。響子の本心は確実にそう思っている。
だがこの少女の真似を、自分では到底できないこともまた、確信している。
「やめなさい、五十嵐里美」
己の口から流れる言葉が、響子には厳しくかつ優しいものに聞こえた。
「チャンスは必ずまた訪れる。焦って死を選ぶのは愚かな行為よ」
「あなたは勝算のない闘いには挑まない主義だったわね。安心して、もうあなたを巻き込んだりはしないわ」
「奴らにこの世界を蹂躙されたくない気持ちは私も一緒なんだけど」
「私はナナちゃんを見捨てたのよ。できないの、撤退なんて」
秀麗なる美少女の柳眉が、苦しみを訴えて寄っていた。
戦士として失格の、苦悩に沈む少女の顔。
五十嵐里美という少女の本当の素顔を初めて見た気分に駆られる響子の耳に、か細い告白は続いた。
「あのコを見捨てて私はこのチャンスを得たの。あのコの命を利用したチャンスなの。これ以上重いチャンスなんて、絶対にもう有り得ないの」
「里美・・・」
「その腕ではあなたはもう闘えない。逃げて。私は必ず奴らを道連れにする。その後の闘いに備えて」
骨折の応急措置を済ませた少女が、残ったリボンを額に巻く。
白いリボンの切れ端と茶色の混ざった長い髪が、里美の立ち上がる勢いでふわりと揺れた。
「・・・響子。もしよかったら、私のお願いをひとつだけ聞いてくれないかしら?」
「・・・私にできることならね」
「チャンスがあったら・・・ナナちゃんを助けてあげて。いいえ、ナナちゃんだけでなく・・・あのコたちを助けてあげてください。お願いします、片倉先生」
背中越しに女教師に言葉を遺したセーラー少女は、流れる絹髪を翻して霊園の茂みへ姿を消した。
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