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「第十二話 東京黙示録 ~疵面の凶獣~」
6章
しおりを挟むその“特別放送”はなんの前触れもなく唐突に、フジテレビにて流され始めた。
初め画面に映されたのは、そぼ降る驟雨に霞む、朝の渋谷駅前。
映画でも観ているような破壊の爪痕は、逆に偶然チャンネルを合わせていた人々の心に造り物っぽい印象すら与えた。精巧すぎて、嘘っぽい。だが、わかっている。この映像が、虚構などではないことを。紛れもない現実。現在の渋谷の生々しいライブの映像が、今届けられているのだ。
抉られたアスファルトの道路も、崩れ倒れたビルの瓦礫も、半壊して剥き出しになった百貨店の壁面も、全ては真実。
そして、画面中央。
渋谷109に折れ曲がった四肢を突き込まれ、無惨に晒されたピンクのファントムガールの死体もまた、否定の許されない真実であった。
時間にして5分。敗北した天使の姿が、ただただ映し出される。なんの説明もないままに。
食い入るように画面を見詰める人々の胸に、じっとりと広がっていく認識と暗黒の翳。
人類を守るはずのファントムガールは殺されたのだ。巨大な悪魔の手によって。
可憐な美少女の面影も濃い天使は、悪魔どもに陵辱の限りを尽くされたのだろう。薄黒く汚れた肢体に残る、残酷な嬲り殺しの儀式痕。
規制を無視したショッキングなこの映像は、ほぼ確実に“敵”の意図によって流されている。
つまりフジテレビはいまや・・・侵略者たちに乗っ取られたのだ。
画面が切り換わる。名刺代わりの映像はもういいだろう? と言わんばかりに。
暗い照明と見慣れたセットは、同テレビ局の深夜のニューススタジオのものだった。
光の加減もセットに描かれた番組名のロゴも全て同じ。ただ決定的に違うものは。
木枷で首と両手首を拘束され、鎖で中央に吊り下げられた全裸の乙女の姿であった。
『無能なる人類どもへ布告する。我が名は魔人・メフェレス』
低く暗い、けれどもはっきりとした若い男の声が、電波に乗ってテレビのスピーカーから流される。
巨大生物として幾多の犠牲者を生み出し、人類に脅威を与え続ける悪鬼の声が、明確な意図を持って全国の一般市民に伝えられた瞬間であった。
『貴様らが守護天使と称し、希望を寄せるファントムガールは我らが葬った。ピンクのファントムガールは絶命し、青のファントムガールは今ここに我らの手に堕ちている』
画面の枠外から右手を伸ばした海堂一美が、握った金色の毒針を拘束少女の腋の下に突き刺す。
ズブリ、と肉に埋まる生音の後、獣のごとき絶叫が頭部に被せられた黒いゴミ袋の内側から轟き響く。
『聞こえるか? ファントムガールの鳴き声が。我ら選ばれし存在は近い将来、貴様らの上に君臨しよう。だが、今我らが望むのは憎きファントムガールどもの殲滅。残る全員を処刑したとき、我らの時代は始まる』
針が抜かれると同時に虜囚の全身が弛緩する。
ゴボゴボとゴミ袋の隙間から垂れ流れる泡と、どっと噴き出す珠の汗。
一糸纏わぬ濡れ光る肢体は、拷問の凄惨さとともに弾けるようなエロスをも醸し出していた。形もボリュームも申し分ないメロン乳に、鍛えられ引き締まった腹筋とウエスト。張り出したヒップラインと合わせて、見事なSラインを描いている。うっすら筋肉の浮き出た太腿は水を弾くほどの張りと健康的な色香の宝庫。滝のような汗もこびりついた鮮血の痕も、ヴィーナスのごとき完璧なプロポーションを彩る華にしか映らない。
ファントムガールが、あるいは巨大生物が人間の正体を持つことは、事情を知らない一般人には初めて知らされることである。
それでも一目で説得力があるほど、藤木七菜江の素の肉体は美しかった。女神の名に恥じぬ、完璧な造形と蕾の放つ芳醇さ。溌剌とした色香とのコラボレーションは、もはや奇跡と呼ぶのに近い。
その女神が、ゴミ袋を被され鎖で干し肉のように吊り下げられている。
忍び寄る絶望の時代の足音が、誰の耳にも聞こえないわけがなかった。
『見ているな、ファントムガールども? ここがどこかもわかるだろう? 疲弊し切ったこやつが窒息死するのはもはや時間の問題。仲間が苦しみもがき、糞便を垂れ流して死んでいく様をゆっくりと眺めておるがいいわ』
高慢に満ちた哄笑が、画面の向こうから悪夢を見続ける視聴者の耳に飛び込んでくる。
公開処刑。
このまま公共電波を利用して、守護天使の正体である少女が死に至るまでの一部始終を全国に見せつけようというのか。
正義の敗北を報せる、これ以上はないリアリティ。髪の毛ほどの疑問を挟む余地すら与えず、聖天使が悪に滅ぼされる事実を何千万もの瞳に焼き付けるつもりなのだ。懸命に闘い抜いてきた少女戦士に用意された、残酷な最期の舞台。人類の希望であった女神は、苦悶の末に訪れる死によって、絶望の象徴と変わり果てるだろう。
ブラブラと揺れる美しき裸体からは、反抗の意志すら感じられなかった。脱出が不可能であることは、誰の眼にも明らかだった。
ただ黒袋から漏れる泡混じりの唾液と途絶え途絶えの呻きのみが、壊れかけの少女がまだ息絶える寸前であることを教える全てであった。
『・・・フン・・・まあ、好きにすればいい』
卑下の笑いが急速に縮まり、声だけの若い男はそれまでとは異なったトーンで思わず呟く。
悪の頭領に訪れた、明らかな変化。なにかが起こったのか?
変調の原因は画面を見詰める人々もすぐにわかったことだろう。
フレームインするひとりの男。
この国のテレビ史上、最も凄惨な画面に登場してきた男は、迷うことなく首吊り虜少女の背後に立つ。小道具部屋からでも見つけてきたのだろう、その顔は子供番組で使うようなクマのかぶりもので隠されていた。
顔が見えずとも男とわかった理由はごく簡単であった。
鋼線を束ねたような引き締まった細身の肉体は、少女と同じく全裸。
長身痩躯。タダモノであるわけがない筋肉の質。
股間の中央から禍々しく天に向かって突き上げた肉刀を見れば、男の目的は語ることなく明白に理解できる。
『せっかくの機会だ、ファントムガールの絶頂シーンもよく見ておけ。出来得るならば妊娠ショーも見せたかったのだがな』
クマの着ぐるみを被った海堂一美の心を代弁するように、どこか殺伐とした久慈の声が響く。
段取りを無視した独断の行動が雇い主である悪鬼には気に障る。だが冷酷な最凶ヤクザの思惑は、守護少女たちの蹂躙しか頭にない久慈にとっても賛同できるものだった。
女神と謳われる少女が犯される。それも敵である男に。これほど明確な敗北もあるまい。
究極を言えば紛れもない性交の証が創出される妊娠こそ、敗北の極限と言えるのだろう。だがファントムガールが、いや『エデン』を寄生させた生物が身篭ることは不可能であることは久慈自身の体験から確実であった。片倉響子と明け暮れた情交の日々。夜毎の房事で何リットルの精液を響子の内部に注ぎ込んだか測り知れないが、ついぞ着床の兆候は微塵もなかった。
『エデン』融合者同士の交合に限った話ではない。避妊具の装着を嫌う久慈が、金と権力にモノを言わせ中絶を強要したのは中学に上がった頃から幾度もあった。時には、どうしても納得しない少女を恐怖が植え付くまで殴り続け、堕胎と同時に口を封じたことも二度や三度では済まなかった。それが『エデン』を寄生させてから、どれだけ相手を変えようとこの種のトラブルに巻き込まれることがなくなったのだ。
響子にしても戯れるように毎夜のごとく違う男を掴まえては、ベッドを共にしていたことは知っている。それでも、ない。『エデン』の持ち主が絡んだ性交で懐妊に至るケースは皆無であったのだ。
画面のなかでは無言の男が背後からたわわなバストに両手を伸ばす。
水滴を弾くような張りと理想を具体化したような芸術的丸み。健康的なエロスを発散する肉球に鷲のごとき五本の指が荒々しく食い込む。
天使と称される少女が穢されるのは、実に容易いことであった。
遊び道具と化した聖戦士の乳房がグニャグニャと変形する。いいように弄ばれる。桃色の突起をからかうように転がされ、摘まれ、なにも出来ない事実を証明するように揉みしだかれる。電流が走ったように、時折ピクピクと痙攣する肢体こそが少女の敗北を物語っていた。陵辱する悪と嬲られる天使。漆黒と桃色が交錯する空間のなかで、微笑んだままのクマの顔のみが悪夢のように浮き上がっている。
乳房を離れた男の手が、刀身のごとくそそり立った己のイチモツと宙吊り虜囚の腰とを掴む。
挿入する気か、その禍々しき凶器を。
小柄な美神の肉体に。股間の秘裂に。30cmを遥かに越えた槍剛直で貫くというのか。
もはやそれはSEXなどと生易しいものではない。天使の解体だ。
淡い繁みの奥、クレヴァスに定められる照準。切っ先が赤く腫れた裂け目にズブリと埋まる。すでにさんざん受けた辱めで、少女の内部は濡れ切っている。
視線を離すことのできない全国の衆目の前で、弾けんばかりの極上のボディは肉の凶器で一息に串刺しにされた。
『クアアアッッ?!! ウグウアアアアアアァァェェエエエアアアッッッ―――ッッッ!!!』
ヒトとは思えぬ切り裂く絶叫は、壊れた弦楽器の暴走にも似ていた。
肉棒を下腹部で咥え込んだ宙吊りの肢体がわずかに浮き上がる。窒息と串刺し。己の体重が課す二重の煉獄。突っ張った乙女の指が悶絶を示して奇妙に折れ曲がる。
性への抗えぬ快感と、深く突き入れられることでの圧迫と苦痛・・・のみでは済まない。
長すぎる海堂一美の剛直は垂直方向への荷重が加わることで虜囚・藤木七菜江の子宮にまで到達していたのだ。
そこにあるのは子宮と一体化し、いまや少女戦士の生命と官能を局地的に象徴した『エデン』――
キラー・ファントムによる執拗な電撃で疲弊し切った生と性の根源に、直接刺激を与えられる地獄の責め苦。
『アアァグウウウッッ!!! ふぇあああッッ?!! アアアアウウウウウゥゥッッ―――ッッッ!!!』
グチュ、プチュ・・・生々しい挿入の響きとともに、聖少女へのグラインドが続く。槍魔羅に貫かれるまま、抜群のプロポーションは泣き叫ぶたび浮き、沈んだ。
『見ろ。そして聞け。ファントムガールの断末魔を。このメフェレスに逆らったメスブタの惨めな死に様を焼き付けろ。よがり、悶え、泣き喚くこの姿こそがファントムガールの末路だ』
途切れることない悲痛な乙女の叫びのみを残して、勝ち誇る男の声は消えていった。
「・・・さて」
手元の電源をOFFにし、マイクから離れた久慈仁紀はゆっくりと己がいる部屋の風景を見回した。
無数のモニターとおびただしい電子機器。主調整室と呼ばれるこの部屋に陣取り、悪の王は守護天使の公開処刑を全国に放映することに成功したのだ。本来ならば厳重なガードで守られているはずの部屋のセキュリティも、『エデン』を宿した魔人の力には無に等しいものであった。退去勧告に従って最低人数を残したフジテレビの局内は、いまや崩れた壁面と渦巻く血臭とで占められている。
局に残っていた全員が、すでに冷たい肉片と化していた。
狩りと呼ぶのも過ぎるほど、逃げ惑う凡人を殺戮していくのは簡単な作業であった。虫を虱潰しにするのはもはや久慈にとって闘争本能をなんら高めるものでもない。ただ殺す。邪魔だから、殺す。日本刀のサビを落とす感覚で、視界に飛び込む全てを悪鬼は切り刻んでいった。
殺人に躊躇いをなくした悪の王と、根っからの殺人鬼2名。猛烈な勢いで侵食していく死の香り。
いまや血と臓物の海だけが、静まり返った局内を満たしている。
「あ、あの・・・この後どうすれば・・・」
冷たい視線の先で、ただひとり生き残った、いや生き残らされた口髭の男が震える声を搾り出す。
潮にも似た匂い漂う室内には、プロデューサーの男の他には3つの生首が転がっているだけであった。
久慈の切れ上がった眼がチラリとモニターを流し見る。
虜囚の公開陵辱を別角度から映す画面が5つと、渋谷109に磔にされたファントムガール・サクラの亡骸を撮り続けるカメラが一台。
口髭男から操作方法を聞き出しただけの即席“特派員”にしては、晒された超能力天使を捉えた映像は鮮やかさにしろ構図にしろなかなかのものであった。
「そうだな・・・これまでの貴様の動きを見ていれば、大体の操作方法は理解できた」
腕がブレた、と見えたのは一瞬のことであった。
いつ日本刀を抜いたのか、納めたのかすらわからぬまま、竹を割ったような爽快な音色を残して、口髭男の跳ね飛ばされた頭部は主調整室の宙を舞った。
「もう用はない。残るファントムガールどもが処刑されていく様子を、そこで眺めていろ」
つまらなそうな口調を残して、上下を漆黒で固めた魔人は機材に囲まれた部屋を後にした。
「あからさまな、挑発ですな」
モニターと機材が所狭しと並べられた地下室に、静かな初老紳士の声が響く。
意図的に低く抑えられた声質。
緊迫した空気が根を張ったような部屋のなかで、執事安藤は硬直を取り除こうとするかのように主人である少女に言葉を掛けた。
誰もが口を閉ざした時間がどれほど過ぎ去ったことだろう。
静まり返った朝の空間に流れるのは、テレビ画像に繋がった巨大モニターの音のみであった。
ケモノの鳴き声。
いや、画像を見れば、その悲痛な喘ぎ声がヒトの口から発せられたものだとわかる。
黒いゴミ袋を頭から被せられ、全裸で吊り下げられたグラマラスな少女。
藤木七菜江。
闘い敗れた少女は、拘束具を嵌められ、首を吊られ、乳房を愛撫されながら槍のような兇悪ペニスで貫かれていた。
全国に放送される、ファントムガールの公開レイプショー。
衝撃の光景に、妖女片倉響子ですら、言葉を放つのを忘れていた。
耳を塞ぎたくなる絶叫、淫靡に濡れ光りながら何度も出し入れされる長大な男性器、首と両手首に食い込む拘束の木枷・・・全てが雄弁に語りかけてくる。正義が悪に敗れたのだと。
人類を守るため身を捧げて闘ってきた少女が、まもなく死を迎えるのだと。
乾き切った五十嵐里美の唇が動いたのは、クマの着ぐるみで顔を隠した凶魔がさんざんの放出を終え、精液の残滓をこぼしながら虜囚少女から離れた後であった。
「フジテレビに来い、と言いたいみたいね。罠を仕掛けて待ち受けている、と」
思わず響子が表情を覗き込むほど、里美の声は穏やかであった。
穏やかなわけが、ない。血液が沸騰するほど内心燃え盛っているのは、月のごとく冷たい瞳が物語る。
抑えているのだ。必死に。冷静に活路を見出さんと。
崩れかける気持ちを懸命にこらえ、仲間の惨状を見せ付けられて尚、リーダーたる少女は感情を殺して逆襲へのベストな選択を突き止めようとしていた。
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