上 下
260 / 275
「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

33章

しおりを挟む

「ギャハハハ、変身すらできずに逝っちまったか? 手応えねェ小娘だぜ。手裏剣使いの女の
方がまだ楽しめたってもんだ」

「まあ甘ちゃんのウサギちゃんならこ~んなもんよォ~。で、ど~するのォ~、メフェレス?」

 大の字で仰向けに転がるピンクの少女を中心に、体勢を直した悪魔4人がぞろぞろと集まっ
てくる。その顔に喜悦の色が意外に薄いのは、桃子と海堂が激突すればこうなるのは当然と
いう認識の強さ故か。
 余裕の表情で一連の攻防を見守っていた「闇豹」は、やや動きが緩慢な闇の首謀者に向か
って第二の餌食となったエスパー少女の処遇を訊く。
 
「このウジ虫に取った不覚、オレ様の生涯を穢した最大の汚点と言ってもいいだろう」

 ゴツ、という乾いた音を立てて、漆黒の革靴が動かぬ桃子の茶色の頭部を蹴る。
 元は恋人であったふたり。久慈からすれば単なる手駒のひとつでしかなかった桃子に、死に
直面するほどの敗北に追い込まれた記憶は、比較的真新しいものであった。屈辱、侮蔑、恥
辱。いかなる言葉も物足りぬ、痛恨の失態。久慈を復讐鬼に変えた最終的な引き金は、桃子
によって与えられた敗北であった。
 闇の王を穢した罪は、万死に値する。
 魔人に巣食った悪夢を取り払うために、処刑せねば済まぬ守護少女たち。なかでも是が非
でも五体を切り刻まずにおれぬ罪人が、今目の前で横臥している。
 
「残りの小娘どもを誘き寄せるエサはひとりで十分。このウジ虫は不要だ。見せしめのために
もこの場で・・・殺す」

 ニットセーターに拳の陥没跡を残したまま、四肢を投げ出し転がるアイドル少女。
 取り囲み見下ろす4対の眼が、差し出されたエモノをじっくりと吟味する。
 殺せる。ファントムガールを。人類の守護天使と呼ばれた希望の少女を。
 真っ赤な舌を出したスカーフェイスのジョーが、刃傷で崩れた己の唇を舐めあげる。暗殺者
のジョーにとって、殺人は禁断の蜜の味であった。ゾクゾクと疾走する背徳感と、麻薬でも味わ
えない興奮。快感としか言いようのないあの感覚は、何物にも変えることなどできない。だがそ
の相手が、人間ではなく天使であったら。光の力を駆使する女神であったら。極上の蜜の予感
に、疵面獣は射精寸前であった。
 簡単には殺さない。じっくりと、嬲り殺す。
 紫スーツの内ポケットに隠した匕首に、敢えてジョーは触れなかった。孤立無援の少女戦
士。リンチには絶好の森の奥地。あらゆる臓腑を潰し、全ての骨を砕いて・・・絶命させる。
 
 桃子に降り注ぐ、狂気の視線。殺意の眼差し。
 嗜虐に飢えた悪魔4体が、丸みを帯びた美少女の肢体を貪るべく飛び掛る―――
 
「ぬうッッ?!!」

 異変を感じたのは、場にいた全員であった。
 なにかが、ある。沸き起こるエネルギーの予兆に、悪魔どもの動きがピタリと止まる。
 この小娘・・・まさかまだッ―――!!
 
 白砂利の瀑布が一斉に天に向かって噴き上がったのは、次の瞬間であった。
 周囲四方、何万ともいう砂の飛礫が逆流する滝となって、地から天へと打ち上げられていく。
 
「このアマァッ!!・・・まだこんな力を残してやがったかァッ?!!」

 確認するまでもない、重力を無視した奇跡を起こしているのは、桜宮桃子の念動力。
 待っていた。一瞬のチャンスを。まさしく絶体絶命の窮地に陥りながらも、エスパー少女は決
して全てを諦めてはいなかった。
 猛るジョーの怒号も、その兇悪な姿も、噴き上がる白砂利に遮断されどこにあるのか判別で
きない。砂粒が作る煙幕。桃子の周囲に集結した悪魔どもの視界は、いまや完全に噴き上が
る白砂利に閉ざされている。互いの位置を始め、横たわる桃子の居場所すらもはや正確には
わかっていまい。
 
 バチバチと噴き上がった砂利が佇む闇の住人たちに当たる。無論、『エデン』の寄生者には
なんのダメージにもならない。
 それでよかった。桃子の狙いはただひとつ。
 
“ナナ・・・あたしは・・・あなたさえ助けられれば・・・・・・”

 ブンッッと空間が震動する音とともに、砂の煙幕の中心で横臥しているはずのエスパー少女
が、やや距離を置いた藤木七菜江の傍らに現れる。
 念動力を発動しつつの、瞬間移動。
 異なるふたつの能力を同時発動させた反動が、小柄な美少女をぐらりと揺らめかす。瞬間移
動した距離が近いことが、幸いした。海堂一美に潰された肉体を気力で支え、再び失いかかる
意識を懸命に繋ぎ止める。
 視界を奪った今のうちに、この場を脱出しなくちゃ―――
 
 そう、初めから戦闘になれば圧倒的不利なのはわかっていた。桃子に与えられた使命は、な
んとかして傷ついた七菜江を奪還すること。
 油断した敵が近寄ったのを利用し視界を塞ぎ、再度テレポーテーションを試みる。力の限り
念動力を発動し続ければ、先程よりは時間を稼げるはずだ。
 最初から最後まで、桃子の目的にブレはなかった。ただ七菜江を助けたい、その一心。目的
を果たすために、エスパー少女は我が身を削られながらも、必死に脱出の糸にすがる。
 なんとか・・・なんとかテレポーテーションを成功させさえすれば――。
 
「ゲラゲラゲラ! まったくおめでたいバカ女だぜェッ!!」

 ガシッという骨の軋む音色とともに、背後に迫ったスカーフェイスのジョーに哀れな美少女は
羽交い絞めにされていた。
 
「あッッ?!!」

「女子高生の浅知恵など惨めなものだ。いくら目隠しをしようが無意味。お前の目的が藤木七
菜江である以上、ここに来るのはわかっている」

 凍えるような殺意の主が、捕獲された美少女戦士の眼前に立つ。
 仁侠界が畏れる現代日本最凶のヤクザ、海堂一美―――。
 
 グシャリッッ!!
 “最凶の右手”が、桃子の仄かな左胸の膨らみに抉り込む。
 
「はきゅううううッッッ!!!!」

 グルリと再び反転する魅惑的な瞳。吹き飛ぶエスパー天使の意識。
 だらしなく投げ出された小さな舌から、トロトロと透明な涎の糸が地面にまで垂れ落ちていく。
 すかさず凶魔の右手は、掌サイズで納まりのいい桃子の乳房を肉がはみ出るほど握り潰
す。
 
「くあああッッ?!! あぐうううッッ、あがアッ、ああぎゃああッッ―――ッッッ!!!」

 女性のシンボルを超握力で潰される激痛は、文字通りの地獄であった。
 アイドル顔負けの美少女が、可憐さに満ちた愛くるしい女子高生が獣のごとく絶叫する。たま
らずこぼれる涙が、白桃の頬を伝い落ちる。
 いっそ殺してあげればいいのに。見る者がいれば願わずにいられない残酷な仕打ちが、永
遠と思われる時を刻んで行なわれる。
 
「あぐうう゛う゛う゛ッッ~~~ッッ!!! ふぇああッッ、はッ離してェェェッッ――ッッ!!! お
ッ、おねがッッ・・・きゃううううッッ―――ッッッ!!! やッやめェェッッ・・・やめえええェェッッ
――ッッ!!!」

 ゴブッッ!!・・・絶叫の狭間に、吐血の霧を咲かせる無惨な戦乙女。
 ビクビクと痙攣する悶絶のダンスをたっぷりと味わった海堂が、左乳房を握り潰したまま、上
空へと引き上げていく。
 
「いぎいいィィッッ?!! ぎゃふうッッ、そッ、そんなァァッッ・・・いやああああッッッ―――ッッ
ッ!!!痛いィィィッッッ―――ッッ!!!! きゃうううッッ――ッッ、許しッ、許してェェェッッ
~~ッッ!!!」

 ジョーの拘束を解かれた肢体が、凶魔のクローによって高々と吊り上げられる。
 己の全体重を左乳房に預ける形になった桃子の悲哀は、凄惨を極めた。
 数分、極痛に痙攣するしかなかった少女の肢体から、急激に力が抜ける。
 垂れ落ちる、鮮血混じりの涎と、涙。脱力した四肢。
 あまりに壮絶な痛みに、巨大すぎる苦しみに、桃子は何度目かの失神を迎えていた。痛すぎ
て、苦しすぎて意識を崩壊させたのだ。
 ようやく超握力から解放された小さな身体がドシャリと大地に落ちる。離れた位置から破壊シ
ョーを楽しむ闇の首謀者と豹柄の狂女が、正義のヒロインと呼ぶには無様すぎる弱々しい姿に
哄笑する。
 うつ伏せに倒れた桃子の腰を、恐竜を思わす疵面ヤクザが地面がへこむほど踏みつける。
 
「ギャハハハハ、ファントムガール二匹目の犠牲者だぜェェッ!! ゲラゲラゲラ!」

 左手で茶色の髪を、右手で生足の先にある足首を掴んだジョーが、一気に桃子の肢体を反
り曲げる。
 
 メキイイッッ!! メシメシッッ・・・ミチイッ!!
 
 まともな神経の持ち主なら思わず目を背けずにいられない、残酷絵巻。
 踏みつけられた腰を中心に反り曲げられた桃子の身体が、ほとんど円を描いている。
 ほぼ直角にまで反り上がった上半身と、踵が後頭部に付くまで持ち上げられた下半身。
 弓なりという表現を越えて、桃子の肢体は腰を支点にして真逆に折り曲げられていた。
 
 ゴブッッッ・・・
 白目を剥いたままのアイドル美少女の唇から、ドス黒い血がねっとりと糸を引いて鎖骨を露
わにした胸とピンクのセーターに網目を描いていく。
 
「折り畳み式のファントムガール・・・いい姿じゃねえか、桃子。ギャハハハハ!」

「なァ~にィ~? もう殺しちゃったのォ~? ちり、つまんなァ~~い」

「慌てるんじゃねえよ、『闇豹』。小娘どもってのは案外身体が柔らけえからなァ。このくらいじゃ
死なねえよ」

 ジョーの両手が離れた瞬間、単なる肉塊と化したような桃子の上半身と足とがバタリと大地
に倒れ込む。
 ヒクンッ、ヒクンッとうつ伏せ状態のまま痙攣し続ける桃子の肢体。生存を確かめるように、
綺麗な流線を描いた茶髪の後頭部をグリグリとジョーが踏み躙る。
 幾人もの男子を虜にした厚めの唇は、泥の混ざった地面に口付けしたまま。
 白さの際立つ太腿にも、やや丸みを帯びた指先にも、もはやアイドル少女のあらゆる場所か
ら残された力を感じることはできない。
 
「ジョー、愉しむのはいいがあまり油断はするな。ナナといい、先程のこいつといい、ファントム
ガールどもの生命力と粘りは侮れんぞ。頃合いを見て始末をつけろ」

「海堂さんに言われちゃあしょうがねえ。そろそろ仕上げに入りますかい。ファントムガールの
解剖ショー、なんてのはどうです?」

 満を持して取り出した愛用のドスを、疵面獣は濃密な闇夜に光らせる。
 
“・・・・・・ナ・・・・・・ナ・・・・・・・・・”

 倒れ伏す桃子を見下ろし、数え切れぬ犠牲者の血を吸ってきた凶刃を構えるジョー。まずは
乳房を切り落とすか、一気に背中を引き裂くか。天使惨殺の瞬間を間近にし、興奮はもはや抑
えきれないレベルに達していた。
 
“ゴ・・・メン・・・・・・・・あ・・・たし・・・ナナを・・・・・・助けれ・・・そうに・・・・・・ない・・・・・・”

 狂気に彩られた殺意の刃が、一息にエスパー少女の首元に降ろされる。
 ガツッッ・・・
 ジョーのドスが突き刺したのは桃子の首、ではなく、硬い白砂利の大地であった。
 
「なんッッ・・・だとォ~~ッ?!」

 再びの、テレポーテーション。
 瞬間移動で消えたピンクの女子高生の肢体は、キョロキョロと見回す疵面ヤクザの視界には
捉えられることはなかった。
 
「フン。藤木七菜江を救うことを諦め、己の命を優先したか。賢明な判断だ」

 もし今度七菜江の側に現れたなら、首を折るつもりで構えていた海堂一美がニヤリと笑う。
 桃子の目的が七菜江救出にあることは百も承知。だからこそ、超能力という不可思議な技の
持ち主であっても、葬ることは容易いと考えていた。桃子が七菜江にこだわればこだわるほ
ど、仕留めるのはラクになる。エスパー少女が仲間の救出を目指す限り、悪の術中から抜け
出すことはできないのだ。
 
 気付いたようだな、桜宮桃子。
 藤木七菜江の救出など、不可能であることを。
 そして、お前が生き残る唯一の方法は、七菜江を見捨てて逃げるしかないことを。
 
「無意味な友情ごっこに殉じて死に急ぐかとも思ったが・・・こうでなければつまらんというもの
だ」

「あの身体でテレポートといってもそう遠くにはいけぬはず」

 不敵に微笑む海堂に歩調を合わせるように、獲物を逃がした焦りを感じさせぬ口調で久慈
が言う。
 
「逃がしてはならん。桃子を追うのだ。この好機に・・・ひとりでも多くのファントムガールを始末
する」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...