ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

32章

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「フンッ、どうりでこの生意気な女にトドメを刺さなかったわけだ」

 呪詛を含んだ口調で吐き捨てる男が、いつの間にか横たわる七菜江の傍らに佇んでいる。
 魔人メフェレス。久慈仁紀。
 シャツもスラックスも漆黒で統一した闇の王は、振り上げた踵で思い切り弛緩した敗北少女
の鳩尾を踏み抜く。
 ゴボオオオッッ!!
 吐瀉物と鮮血を一斉に撒き散らす、ボロボロの猫顔少女。白目を剥いたままの瀕死の天使
は、踏みつけの反動で振り乱した手足をピクピクと痙攣し始める。
 闘うどころか、満足に動くことさえできない少女に、なんという仕打ち。
 憎悪を発散するように、ビリビリに破れたセーラー服から素肌を露出する七菜江の豊満ボデ
ィを、胸中心にグチャグチャに踏み躙っていく。失神した聖少女の口から深紅の気泡がゴボゴ
ボとこぼれ落ちる。
 
「ヒ、ヒトキ・・・あなたって人はァッ・・・!!」

 蒼白だった桃子の頬に、怒りの朱色が挿したのはこのときであった。
 可憐でもあり、綺麗でもある、美貌の持ち主・桜宮桃子。端整なマスクだけに、感情を燃やし
た美少女の表情は、凄みさえ溢れていた。
 
 前後左右を恐るべき敵に囲まれ、桃子が陥った状況は絶体絶命と呼ぶのに相応しいものか
もしれない。
 だが超能力さえなければ普通と変わらぬ美少女は、この苦境のなかで唯一の明るい材料を
見出していた。
 藤木七菜江はまだ、生きている―――
 
「あたしが・・・あたしがやるしかないッ! ナナァ、あなたはゼッタイ、あたしが助けてみせるか
らねッ!!」

 美少女たる所以を決定づけるような大きな瞳が、凛と輝きを増す。
 その瞬間、肩までに伸びた桃子の柔らかな茶髪は、突風を受けたように逆巻き立った。
 超能力の、全開放。
 見えないサイコのパワーが、少女戦士の周囲四方を一斉に吹き飛ばす。肉を打つ鈍い響き
が3つ。乗用車に撥ねられる衝撃が、何が起こったか混乱したままの二匹の凶獣と豹女を、現
れ出てきた茂みへと強制的に弾き飛ばす。
 
 桃子にもわかっている。並とは思えぬ4人の凶者に囲まれて、己が窮地の只中にあることを。
 命の灯が風前であるのは、七菜江ひとりに限った話ではない。死神の鎌は、確実にエスパー
少女の白き首元にも迫っている。
 だからこそ、遠慮などしていられなかった。今できる全力を、振り絞るしかなかった。
 
 10m以上は吹き飛んだ他の者とは違い、悪の首謀者とも言うべき久慈だけは思念の衝撃を
受けて尚、七菜江を踏み潰しながら留まっている。思惑外? いや、予期の範疇。4人の包囲
網のなかで、ひとり距離が離れていた魔人。念動力の効果が弱まることは、操る桃子自身が
一番よくわかっている。また、幾度となく美少女が起こす超常現象をその身で体験している男
は、サイコパワーの攻撃にもっとも対応できる敵でもあった。
 
「ヒトキッッ!!」

 真っ直ぐに、エスパー少女は黒き魔人へと突っ込んでいた。こうなることは、想定済み。自ら
を念動力で動かしたピンクのニットセーターが、飛鳥の速度で揺らぐ魔人へ特攻する。
 最初から、猛毒のごとき邪悪4人に勝てるなど、思っていない。
 桃子は己の力を過剰に評価する少女ではない。敵の力を過少評価するようなこともない。彼
我の実力差を比べて、まともにぶつかれば勝機などないことをきちんと悟っている。そしてそれ
以上に、いかに悪虐非道の悪魔相手であろうと、でき得るなら戦闘を避けられればと思ってい
る。
 この場で桃子がすべきこと。それは、藤木七菜江の救出、ただ一点のみ。
 倒せなくていい。ほんの少し、時間を作れれば。傷ついた仲間をこの手に戻し、テレポーテー
ションで安全な場所に飛ばす。自分も同様にして脱出する。本日の宿に選んだ渋谷のカプセル
ホテルならば、イメージも残っている。誰かがカプセル内に存在する可能性も極めて低い。瞬
間移動の超能力を十分発動できる。
 
 逃げの一手。七菜江と己れ自身が安全かつ確実にこの死地を脱するには、この作戦しか有
り得ないと桃子は確信していた。
 超能力といえど万能ではない。使用は即疲労となって肉体に返ってくるし、パワーの上限もあ
る。敵が4人もいれば念動力も分散され、自然威力も弱まってしまう。異端の能力を持つ桃子
ではあるが、それが通用するほど対峙している敵たちは甘くない。
 しかし、一発目。久慈やちゆりはともかく、初めて超能力を体験するはずの兇悪ヤクザ二人
には、目には見えないサイキック攻撃は必ず成功すると桃子は踏んでいた。一撃目。今こそ
が、勝負の時。ほぼ予想した通り、久慈以外の敵が吹き飛んだ今こそ、七菜江奪還の最大の
チャンスであった。
 
 思念によるエネルギーが、桃色の風と化した美少女の胸前に結集していく。
 対する久慈の右手に握られたのは、紛れもない日本刀。衰弱し切った少女戦士を踏みつけ
ながら、柳生暗殺剣の達人が凶刃を振り上げる。
 思念か剣か? 迫る勝負の刹那。取り返す者と奪う者のせめぎあい。この時、桃子は気付い
ていない。先程までの青き守護天使との闘いで、魔人メフェレスは確かなダメージを負っている
ことを。驚愕の新技“BD7”により、この男だけは万全の状態にないことを。他の3名とは違い
闇王・久慈仁紀だけは、この時実は戦闘の後遺症で激しい睡魔に襲われていたのだ。
 
 朋友の救出に生命を輝かせる聖少女と、張り付いた疲労を誤魔化しきれない悪鬼。
 ことこの激突に限って言えば、利は明らかに桃子の側にあった。
 
 ドンンンンンッッッ!!!
 
 巨木のバットで全身を叩きのめされたかの衝撃。
 加速を受けた念動力の波動をまともに食らい、漆黒に身を包んだ痩身が遥か十数mを猛烈
な勢いで吹き飛んでいく。
 
“やった!”

 辿り着いた。七菜江の元へ。瀕死に陥った仲間の元へ。
 オフホワイトのミニスカートが汚れるのも構わず、白砂利の参拝路に桃子は座り込んでい
た。その腕にボロボロに破れた青いセーラー服を抱き締める。ぐったりとした猫顔少女の重み
が、細い腕に伝わってくる。
 一瞬で、飛ばす。まともに動くことのできない七菜江を抱えて闘うことは不可能だ。テレポート
させる以外、脱出の方法はない。許されたわずかな時間で、桃子は瞬間移動を完成させなけ
ればならなかった。念動力で桃子ができるのは「吹き飛ばす」だけであり、深刻なダメージを与
えるまでには至っていない。あっと思う間もなく、敵は立ち上がってくる。必ず。こうして誰の邪
魔も受けずに朋友の側にいられるのは、きっとごく短い時間でしかないはずだ。
 
「あッッ?!!」

 絶望ともとれる驚きの声が、朱鷺色の唇を割って出る。
 闇夜に浮かぶ白刃が、横臥する七菜江の太腿に突き刺さっていた。
 打ち込まれた楔のごとく。ハンドボールで鍛えた張り詰めた腿肉を貫通した刃は、地中深くま
で埋没し、敗北少女の肉体を標本のようにその場に縫い付けている。ドクドクという鮮血のこぼ
れる音色が、今頃になって桃子の耳に届いてくる。
 
 見透かされていたのか。全ては、復讐鬼と化した魔人に。
 久慈が振り上げた凶刃は、桃子を迎撃するためのものではなかった。エスパー少女の狙い
が七菜江の奪還にあることを悟り、そのズタボロの肢体を串刺しにしたのだ。
 テレポーテーションは魔法ではない。自由に動けぬものを、大地に縫い付けられたものを動
かすことはできない。日本刀を抜かない限り、七菜江の身を安全な地に飛ばすことはできない
のだ。
 
「ひ、ひどいッ! なんてことをッ!」

 叫ぶなり桃子の両手は、突き刺さった日本刀の柄に伸びていた。目前にまで成功が迫ってい
た、計画の破綻。全てが思惑通りに進んでいたはずの脱出作戦が失敗に終わったショックよ
り、瀕死の少女をさらに痛めつける仕打ちへの怒りが優しいエスパーを衝き動かす。
 太腿の筋肉を貫いた刃は、少女の力ではビクともしなかった。
 『エデン』を宿した桃子の腕力は、一般的な女性と比べれば上位にあたる。それでもグイグイ
と力を込める美少女を嘲笑うように、筋肉に締められた刀身は1cmを引き抜くのすらままなら
ない。
 
「ムダムダァ~! お嬢ちゃんのような細腕じゃあよォ~」

 背後に湧き立つ生臭い息と、圧倒的な悪寒は同時。
 来たのか。恐るべき邪悪。もう体勢を立て直して。いつの間に後ろへ? なんという早さ!
 闇を切り裂く疵面ヤクザの轟音パンチは、反射的に飛び避けた桃子の茶髪を掠って過ぎて
いた。
 前方に飛んだピンクのニットが、勢いのまま5mを転がる。距離を取って振り返る美少女の毛
先から、立ち昇る焦げたような匂い。
 一斉に噴き出した冷たい汗で、瞳を見開いた愛らしい美貌は青白く濡れ光っている。
 
「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ!!」

「さっきのが超能力ってやつかい? 面白ェ曲芸じゃねえかァ。けどよォ、オレらには痛くも痒く
もねえぜェ」

 エスパーならではの超感覚故か。桃子の透明な皮膚一面に鳥肌が粟立つ。
 凶悪過ぎる邪悪の具現者は・・・そう、もうひとり。
 弾丸のごとく突っ込んでくるそれは、触れるだけで爛れそうな濃密な殺意。
 風すら振り千切る速度で飛び込んできた白スーツの凶魔が、“最凶の右手”を引き絞った態
勢で桃子の傍らに現れる。
 
「ッッ!!! くゥッ!!」

 反射的に厚さ15cmはあろうかという鋼鉄の壁を思い描いた桃子が、見えないサイコのシール
ドを己の前面に張る。
 放たれる、海堂一美渾身の右ボディブロー。
 迎え撃つ、桜宮桃子念動力の壁。
 
 ドゴオオオオオオッッッ!!!
 
「あぐうううううッッッ!!!」

 己の鳩尾に突き刺さる海堂の右拳を、桃子は引き攣る激痛のなか、信じられない瞳で見詰
めた。
 超能力が、効かない。
 いや、サイコパワーの発動は確かに間に合っていた。鋼鉄の壁を思い浮かべたのも事実。
巨大金庫の扉と同等の強度を持つエネルギーが、念動力によってその場に生成されたのは間
違いない。
 ただ、サングラスのヤクザには・・・海堂一美には通用しなかった。
 超能力が作り得る防御壁の強度を、“最凶の右手”の打撃力は上回ってしまったのだ。
 つまり。
 実際に厚さ15cmの鋼鉄の壁があっても、海堂一美の右ブローはそれを打ち破るほどの威力
を持っていることになる。
 
“そ、そんなッ・・・まさかァ、まさかそんな力がァ・・・”

 ゴキッ!! ギュルッ!! ブチブチブチッッ!!
 
 ピンクのニットセーターの中央に陥没した右拳を、サングラスの凶魔は顔色ひとつ変えずに
そのまま桃子の中でこね回す。
 
「はがふッッ!! ゴブウッッ!! くあああッッ――ッッ!!! ああああッッ―――ッ
ッ!!!」

「フン、脆い肉体だな、桜宮桃子。守護天使を謳う小娘のなんと弱いことか」

 青き女神が敗退したばかりの神宮の森に、イマドキ美少女の悶絶の悲鳴がこだまする。
 悪鬼が支配する森のなかで、孤立した守護少女に差し延べられる救いの手など、あるわけ
がない。
 ジタバタともがく桃子の手足を軽く受け流し、“最凶の右手”の美少女調理が続く。桃子の肺
腑はボウルに入ったミックスサラダの具のごとく、こねられ掻き乱され続ける。苦痛という意味
ではこれ以上の嗜虐はなかった。ビクビクと震える愛くるしいプリティフェイスから、汗と涙と涎
と胃液が混ざった粘液が、長い糸を引いて唇の端から垂れ落ちていく。
 
“ひぎッイイィッッ・・・苦しッッ・・・壊されェェッ・・・ぐちゃッ・・・ぐちゃにィィッ・・・”

「ここが胃袋のようだな」

「ッッッ?!! きゃふはああああッッッ―――ッッ!!!」

「地獄の苦しみに泣き叫べ、ファントムガール・サクラ」

 グシャリという凄惨な響きが、アイドル顔負けの美少女の体内から起こる。
 
 ブシャアアアッッ!!
 
 黄色がかった吐瀉物混じりの液体を吐き出した瞬間、愛玩動物のような桃子の瞳が白眼を
剥く。
 許容外の壮絶な苦痛に耐え切れず、優しき少女戦士の意識はズタズタに引き裂かれてしま
っていた。
 何十万人にひとりと思われる美少女のマスクに苦悶と嘆きを刻んだまま、海堂の右手から抜
け落ちた小さな肢体が、ドサリと白砂利の大地に転がる。
 
 これが人類を守るため闘ってきた、戦乙女たちの現実だというのか。
 身体中を切り裂かれ血染めで転がる肉感的な少女と、内臓を潰され己の反吐で汚れたイマ
ドキ美少女。
 神が眠る聖なる敷地に、ふたりの守護戦士が惨めな姿で倒れ伏している。
 対照的に、ほとんど無傷の4人の悪魔たち。
 人類の守護天使と侵略者たる悪鬼ども。実力の差を象徴するというには、あまりにその光景
は無惨すぎた。
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