ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

26章

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 夜の森林に響き渡る決意の叫び。
 銀と青の守護天使と対峙する般若面の魔人は、探るようにゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
 
「新必殺技・・・ビーディー・・・セブンだと・・・?」

 ナナの背後で身構えるマヴェルの肩が、肉眼で確認できるほど大きく上下する。今にも飛び掛りそうな体勢でありながら、銀毛の豹女は明らかに戸惑っていた。ショートカットの少女戦士が愚かなまでに駆け引きができない性格であることはわかっている。そして、その秘める戦闘能力の高さも。状況は優位にあるといえ、ナナの言葉は決して軽視ならざるものであった。
 
「そうよ・・・“BD7”で、この闘いに決着をつける。お前たちを・・・倒して」

「笑わせるわ。そんな都合いいものがあれば、始めから使っているだろうに」

「この技は危険すぎるから使えなかった。お前たちを倒す前に、自滅しちゃったら意味ないから・・・でももう・・・あたしに失うものは、なにもないッ!」

 ドン・・・ドン・・・ドン・・・
 張りのある超少女の肉体が、小さくジャンプを繰り返しリズムを取る。地響きと軽い揺れが明治神宮の敷地を覆う。弾けるような天使のステップは、サイズこそ桁外れに巨大だが、打撃系格闘技の選手がウォーミングアップで行なう動きに酷似していた。
 タイミングを計っているのか?
 緊張をほぐしているのか?
 ナナがなにをしようとしているのか、警戒を高めるメフェレスの耳に、新たな必殺技の布石ともいうべき異常を知らせる音色がはっきりと届いてくる。
 
 ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
 
「鼓動を・・・早めたか・・・?・・・」

 小刻みなジャンプに合わせるように、心臓が早鐘のごとく鳴り始めたのが距離を置いても伝わってくる。跳躍を繰り返すことで全身の血流を早めようというナナの狙いが、百戦錬磨の魔人には瞬時に読み取れた。
 嫌な予感が、する。
 知っている。いつか味わったことがある、この感覚は。おぼろげな記憶に隠れたこの経験は、紛れもなくメフェレスが忌み嫌う苦味を含んでいる。
 発動させてはならない。BD7とやらを。
 だが必殺技の準備に入ったナナに、魔人メフェレスも背後のマヴェルも飛び掛っていくことができない。隙がない、のだ。必殺技の態勢に入ったからといって、決してナナは無防備になったわけではない。驚異的な耐久力を誇る青い女神につい先程手痛い目に遭ったばかりの悪魔たちは、不用意な突撃に二の足を踏まざるを得ない。
 
 ある。やはり、ある。
 この状態。敵が着々と強大な力の準備を進めるのを、眺めるしかない状態。這い昇る悪寒をどこかで理解しつつ、相手のMAXパワーを待ち受けるこの感覚・・・オレは間違いなく経験したことがある。
 刻一刻と鼓動と体温を上昇させていくナナを前にしながら、尊大な魔人の胸に灰色のざわめきが広がっていく。
 
 マズイ、のか?
 止まらない。不愉快なこの胸騒ぎが。小癪な小娘を、今すぐ始末しろと訴えかけてくる。全力をもって、今のうちに血祭りにあげろと。
 さもなければ・・・負けるとでも言うように。
 
「半死人のこんな雑魚にッ・・・舐めるなッ!!」

 内なる声を吹き払うように、メフェレスが身体ごと捻って青銅剣を振り上げる。
 空気を切り裂く音は、魔剣が振り落とされた数瞬後でした。闇王の真空斬り。刀の軌道に合わせるように出現した暗黒の三日月カッターが、風を巻いて発射される。斬撃そのものの黒光が、小刻みに跳ぶナナに向かって一直線に疾走する。
 
「うおおおおおおッッ―――ッッ!!!」

 青き超少女の、咆哮。
 軽やかな跳躍から一転、大地に踏ん張って着地したナナは、全身の力を一気に開放した。
 突風。閃光。聖なる白き光が爆発する。轟音とともに中腰姿勢のナナの身体から、昇竜のごとき光の奔流が渦を巻いて立ち昇る。鳴動する大地。森林に伝播する葉擦れの音。自ら眩い銀光を発散する女神を中心に、明治神宮は昼のような明るさとビリビリと震える空気に支配された。
 太陽のごとき少女よ、ファントムガール・ナナよ。お前は本物の太陽となったのか?!
 この純粋な少女戦士が凄まじい運動能力の持ち主であることは知っている。驚異的な耐久力を誇ることも。潜在する能力の高さには薄々気付いてはいたが、よもやこれほどの光のエネルギーを秘めていたとは!
 
 真っ向から吸い込まれていった漆黒のカッターが、たぎるナナに触れた瞬間、粉砕される。
 魔剣の斬撃は先程ソリッド・ヴェールの前にも防がれている。しかし、同じように映る現象も、その内容には違いがあることをメフェレスは見抜いていた。ソリッド・ヴェールは三戦立ちという技が基本。つまりは空手道に伝わる「技術」とそれを修練した「自信」とが強固な防御力を授けていた。今回は、違う。膨大な光の源は、技術でもなんでもない、単にナナが全力で己の肉体中から掻き集めただけ。単純、しかしだからこそ圧倒的な光のエネルギーで、闇の攻撃を跳ね返したのだ。
 
「こッ・・・のォッ・・・バケモノがァァッ―――ッッ!!! あれだけ痛めつけてもまだッッ・・・!!」

「慌てるなッ、『闇豹』ッ!! いくら巨大なエネルギーとはいえ所詮一時のもの! こんなものはすぐに終わるわッ!!」

 瀕死に陥ったはずの少女戦士が見せる、壮大なパワー。新たな必殺技を危惧するマヴェルが、底知れぬナナの能力に焦りを見せたのも当然と言えた。
 この娘はなにをするつもりなのか、と。これだけの力がまだあるのなら、一体どれほど恐ろしい必殺技を携えているのだ、と。
 伝統ある柳生の剣を受け継ぐ魔人メフェレスは違う。狂的な破壊衝動しか背後にないマヴェルとは違い、闘いに関連するひと通りの知識は持ち合わせている。だからこそ、一見凄まじいナナの爆発的エネルギーにも臆することなく、そのカラクリを見破っていた。
 
「小刻みなジャンプで早めた血流を、力を込めることで一気に全身に送る。バカげた光のパワーも、全身から搾り出して掻き集めたが故に過ぎん。ククク、なんという無謀なバカだ! 一瞬の力の高揚のために、残るエナジーのほとんどを使い果たそうとは!」

 繰り返し行なわれたリズミカルなジャンプ。格闘家のウォーミングアップのような動きは、まさしく肉体を温めるための行為だった。
 身体を動かすことで血が巡る。血流が早くなる。そうして潤滑になった血を、中腰という力を込めやすい態勢で踏ん張ることで、一気に全身に注ぎ込む。
 血は酸素と栄養を含む。血液が巡るということは、全身が活性化されるということ。また、血が送られることで筋肉は膨張し、通常以上の強度と瞬発力を生む。さらに鼓動の高まりは交感神経を刺激し、研ぎ澄まされた感覚と緊張を呼び起こす。
 ナナの一連の動きは、パワー・スピード・耐久力・・・戦闘に関する全ての数値を引き上げるものであったのだ。
 それだけではない。戦闘態勢に入った肉体に呼応して、精神の具現化した力ともいうべき聖なる光も極限にまで高められていく。
 そうすることで今のナナは、体内に残存するほぼ全ての力を結集することに成功したのだ。
 が、しかし―――
 
「“BD7”などと大層な名前をつけるからなにかと思えば・・・単なる力の集中開放とはな! くだらんッ」

 吐き捨てるメフェレスに、無言でナナは応える。
 
「全力でぶつかればこのメフェレスに勝てると思ったか?! こんなものが必殺技とは片腹痛いわ!」

「・・・・・・“BD7”なら・・・お前に勝てる」

「笑わせるな! 貴様がしているのは、たかがパンプアップに過ぎんッッ!!」

 パンプアップ。運動することで筋肉に血液を送り、膨張させること。
 試しに腕立て伏せでもしてみれば、二の腕がやる前に比べて太く固くなり、仄かに温まっていることがすぐにわかるだろう。それがわかりやすいパンプアップの例。確かにメフェレスの指摘通り、やっている動作は派手でもナナがしていることは要はパンプアップに違いなかった。
 己の持つ力を瞬間的に、極限まで高める。それはいかにも必殺技らしい発想。しかしメフェレスからすれば、決して驚くべき内容ではない技。ナナが言う新必殺技がその程度のものであれば、もはや恐れることはない・・・
 勝利の予感に、高らかに魔人が哄笑しようとした、まさにその時。
 
 ―――あった。
 以前にもあった。同じようなことが。これから闘おうとする相手が、パンプアップによって『変身』したことが。先程までの不快な胸騒ぎが、一段と激しく蠢く。傲慢な悪鬼の脳裏を駆ける、鮮烈なショック。強引に、記憶の底に沈めたはずのあの出来事が、メフェレスの意志とは無関係に浮かび上がってくる・・・
 メフェレスは、いや、久慈仁紀は知っている。
 時間を掛けて必殺技の態勢に入る者のことを。全力を出すためにパンプアップする者のことを。どちらも同じ人間だった。久慈が忘れられない、忘れてはいけない人物。忘れたいのに許されない人物。幾多かの不覚はあれど、本当の意味で久慈に敗北の味を教えた、唯一の人物―――
 
 久慈を地に這わせた男・・・格闘獣、工藤吼介。
 
「貴様ァァァッッ――ッッ、『あの男』のマネをしていたかァッッッ!!!」

 黄金の般若面から迸る、呪詛の叫び。
 突っ込んでいた。余裕を漂わせることが美徳と信じているような魔人が、遮二無二なまでに一直線に。具現化した悪夢を振り払うように、妖剣を振りかざして襲い掛かる。
 
 守護天使の右拳が、高々と天に向かって突きあげられる。
 濃密な光が結集した少女の拳。バチバチと稲光りのごとく白光が爆ぜる。やる気だ。間違いない、新たな必殺技を。だがその技の態勢は、メフェレスが既に知っている技と変わることがない。
 
 この期に及んで・・・ソニック・シェイキングだと??―――
 
「新必殺技を考え始めたときから、やるならソニック・シェイキングを直接敵に当てるしかないって思ってた」

 極大の破邪の光と、衝撃波を伝える打撃とを組み合わせたものがソニック・シェイキング。本来は大地に放ち、周囲四方を一斉に殲滅させる究極技だが、それをひとりの敵にぶつければどうなるか? 言語を絶する破壊力が生まれるのは想像に難くない。超がつく必殺の技を生み出すのに、その点に発想が向かうのはナナでなくとも当然といえた。
 事実、難攻不落の防御力を誇るウミガメのミュータント「ウミヌシ」に対し、ナナは直接叩き込むソニック・シェイキングを繰り出している。ただ大地と生身の生物とでは、動きの有無から細胞の組成まで、あらゆる面で差異がある。「ウミヌシ」に使ったのも、未完成なものでしかなかった。
 
「直接当てるソニック・シェイキングを使うためには特訓が必要だった。でも威力が強烈すぎるから、ひとを相手に練習するなんてできなかった」

 ソニック・シェイキング習得時、練習の場にした五十嵐家の中庭は七菜江が陥没させた穴でいっぱいになった。大地を抉る強力な打撃を、人間に繰り返し叩き込めばどうなってしまうのか・・・超人的耐久力と回復力をもたらす『エデン』を宿した少女たちに囲まれながらも、七菜江はついに誰にも特訓の協力を要請しなかった。
 
「だからあたしは・・・自分の身体を技の実験台にした!」

 白光を纏った右拳が、振り下ろされる。
 目指すは森林の大地ではなく、己の左胸。心臓へ―――
 肉の食い込む轟音とともに、ナナの右拳は自身の豊かな左乳房に突き込まれた。
 
「特訓の結果、偶然生まれた新必殺技・・・これがッッ――ッッ!!」

 ドクンッッッ!!!
 
 ドクンッッッ!!!・・・・・・ドクンッッッ!!!・・・・・・
 
「“ビート・ドライブ・レベル7ッッ”!!!」

 ドクンッ!! ドクンッッ!! ドクンッッ!! ドッドドッドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
 
 膨大な光のエネルギーが。地すら震わす衝撃波が。
 ナナの心臓を激しく揺さぶる。血液ポンプの機能を有り得ない速度に高める。極限にまで早まっていた血流の潤滑を、マッハの域にまで押し上げかかる。血管との摩擦で血流が沸騰しそうなほどに。
 世界のあらゆる興奮剤が、まるで児戯。最強・超絶・究極のドーピングがいまここに。全力で高められたナナの戦闘能力は、心臓破裂の危険と引き換えに、一気に数十倍の高みにまで達していた。生まれる高熱で銀と青の肢体が灼熱の色に染まる。充満する聖光が蒸気のごとく立ち昇る。早打つ鼓動が暴風となって耳朶に響く。
 胸の中央に輝く水晶体が、ヴィーン、ヴィーンと鳴り始める。
 苛烈な攻撃にさらされてもこれまで鳴ることのなかった生命の象徴が、今になって初めて枯渇を知らせる警戒音を発する。いかに“BD7”が危険で、激しく体力を消耗する技か。己の攻撃でエナジー・クリスタルが点滅を開始するなんて、無論ナナにも初めての経験だ。
 
「ヌオオッッ―――ッ?!!」

 青銅の魔剣を大上段に構えたメフェレスが、赤銅に変色したナナの懐へ構わず踏み込む。
 殺す。殺るしかない。狙うは頭頂、天蓋から股下までを真っ二つに――神速の斬剣が闇を裂いて振り落とされる。
 青銅の刃が、青いショートカットに、触れる。
 
 ドドドドドドドンンンンンンンッッッ!!!!
 
 一秒で、ではない。
 一瞬で放たれた7発の右ストレートパンチが、甲冑鎧の胸部から腹部を打ち砕く。
 
「ゴパアアッッッ?!!」

 必殺剣を振り落としたはずの魔人は、粘った血糊を吐き出しながら派手に吹き飛ばされていた。
 青銅の鎧に刻印された、7つの陥没跡。もし甲冑がなく肉体で打撃を食らっていたら、勝負はこの時点で決まっていたかもしれない。
 パワーもスピードも、段違い。
 その強さ、数倍。いや、数十倍。元々抜群の運動能力を誇ったアスリート天使は、神の領域に手を掛けようというのか。剣の達人メフェレスをして、もはやその動きを見切ることができない。
 
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